1−3 「BAD END」の真相 II
何とかダンジョンの入り口までたどり着いた時、入ったときには顔を出し始めたところだった太陽はすっかり沈み、周囲は暗闇に包まれていた。
「……はぁ、やっと戻ってこれた……」
「ええ……」
流石のカエデも息が上がっている。
それもそのはずだ。二年間、数多くの護衛任務をこなしてきたが、間違いなく今回が一番きつかった。
なんせ、現状最難関と言われているダンジョンを何とか突破した直後。護衛対象の外見は少女。そして、戦闘能力皆無。なのに、事あるごとに文句を言ってくる。
正直、情報入手の為に堪えたものの、何度も手を離して置き去りにしてやろうと思ったぐらいだ。
当の元魔王さんはというと、そんな俺たちの疲労など意にも介さず、地上が見えた瞬間から、それまでの態度が何だったのかと思うほどにはしゃいでいる。
「……! ついに……! レン! 着いたぞ! 地上だ!!」
「分かってるよ」
「とりあえず今日はこの辺りに泊まりましょう。流石にこれ以上動けないわ」
「そうだな」
ダンジョンから最寄りの町までは歩いて2時間程かかる。満身創痍で既に日が落ちているとなれば、今日は野営で一晩過ごした方がいいだろう。
半球状の防御壁を張り巡らした後、腰を下ろす。草原地域なので地面が柔らかい。これなら十分休めるだろう。
「さて、それじゃあ話を聞かせてもらうわよ」
俺の隣に腰を下ろしたカエデが、アルトリアに鋭い瞳を向ける。
「そうだな。ではまず先代勇者、ショウとの戦いの結末から話そう」
アルトリアは小さく息を吐き、言葉を続ける。
「奴は強かった。奴の仲間もな。ただ、我には及ばなかった。死闘の末奴らを倒し、元の世界に戻してやろうとした所で、突然部下に裏切られた。背後から……」
「え? ちょっと待って」
カエデが慌てて話を止める。額を手で押さえ、暫く考える仕草を見せてから、疑問を呈する。
「え? 元の世界に戻す? 殺そうとしたんじゃなくて?」
「何故殺す必要がある?」
カエデの言っている意味が本気で分からないといった様子で、アルトリアが首を傾げる。
「何者か、まあ既に正体はわかっているが。まあ、そいつ陰謀で無理矢理連れてこられたのだ。元の世界に戻してやるのが道理だろう?」
「それは……。そうだけど……」
何故か元魔王に道理を説かれ、釈然としない様子のカエデに変わって、質問を投げかける。
「何故戦う前にその提案をしなかった?」
「したさ。ただ、これにも既に策を打たれていてな。全く聞く耳を持たれなかった」
「策?」
「反逆者が、ショウの恋人を魔王城に幽閉していたのだ。我が知らんうちにな」
反逆者? 葉に恋人……? 既に頭が混乱し始めた俺の様子を察してか、カエデが簡潔に話を纏める。
「つまり、貴方にとっての反逆者が旧勇者パーティーをこの世界に呼びつけ、勇者の恋人を人質にすることで貴方を討ってもらおうとしたってこと?」
「そうだ。そして、戦闘でほぼ全ての力を使い切った我の不意を突き、殺そうとした」
「その反逆者とやらの名前は?」
「セパルという。元々魔王軍の参謀であった」
二人の会話によって生まれる新たな情報を処理する前に、ふと湧いた疑問をぶつける。
「……戦う前に、葉の恋人を解放することを約束すれば良かったんじゃ……」
「我は魔王だぞ。そんな約束が信頼されると思うか?」
何処と無く物憂げな表情になるアルトリアを見ていると、彼女が「魔王」で、「諸悪の根源」であることを忘れてしまいそうになる。
カエデも目の前の少女に対して抱くべき感情を図りかねているようで、複雑な表情を作っている。
「まあ、その様な流れで我は力を失ってな。代わりに魔王の力がショウに譲渡された」
「っ! 葉に!?」
「ああ。魔王の力は、先代を倒した者に引き継がれるようになっていてな。セパルに力を渡したくなかった私は、不意打ちを受けた後、咄嗟に目の前に転がっていた葉の剣を拾い、自らを刺した」
「……剣にショウさんの魔力が篭っていたから?」
「察しがいいな。その通りだ。結果、目論見通り、力はショウに移された。そして私は残る力で人間界の辺境にあるダンジョンの再奥までテレポートし、反撃に必要な力、つまりお前たちをこの世界へ呼んだ」
……当然だが全てが初めての情報だ。
「BAD END」として語られていた前勇者パーティーの物語が、こんな展開を迎えていたとは思いもしなかった。
「……大体理解できたわ。それで、葵は、勇者パーティーは、その後どうなったの?」
「分からん。一つ言えるのは、人界が無事だということは、セパルがまだ表立って行動していないということだ。勇者の仲間達も恐らく無事だろう。ただ、人間の器では、闇の力を拒むことが出来る勇者といえども魔王の力を何年も受け止めきれるとは思えん。ショウの限界は近いと考えるのが自然だ」
数刻前、アルトリアが俺の魔力を吸収しようと試みた場面を思い出しながら尋ねる。
「力に飲まれるとどうなるんだ?」
「理性なく全てを破壊する怪物になる。正にお前たちがイメージする魔王だろう」
その言葉を発したアルトリアは震えていた。まるでその存在を本気で恐れているかの様に。
暫くの静寂の後、カエデが震えた声で尋ねる。
「葵はその力を受けていないのよね」
「ああ。だが、あの少年は我と戦う前から既に、この世界の力に囚われていた。まるで元の世界から逃れるようにな」
「……」
「加えて、実質的に魔界の主権を握っているであろうセパルが最も得意とするのは巧みな話術や、直接的な魔術による洗脳だ。言いづらいが、次に会うときのアオイとの対話は、例え姉であるお前であっても困難を極めるだろう」
「……そう、分かったわ」
大きく息を吸い、ゆっくりと吐いてから返事をするカエデ。その瞳は無数の感情を反射し、蒼く輝いている。
カエデは何があっても魔王城に向かうだろう。そして、それは俺も同じだ。葉が正気を失う前になんとでも救い出し、元の世界に一刻でも早く戻らなければ。
「さて、これが我が知っている限りの情報だ」
俺たちが決意を決めるタイミングを見計らったかのようにアルトリアが話し始める。
「そして、ここからはこれからの話だ。我は魔王としての力は奪われたが、魔力吸収の能力は残っている」
そう言いアルトリアが右手の人差し指をデコピンの要領で弾くと、指先から小さな氷塊が飛び出し、光の壁に当たって砕けた。
「……! それは、私の魔力?」
「ああ。勇者の魔力以外ならなんでも吸収できる。直接触れないと、この程度しか吸収できないがな」
少女の顔に似つかわしくないしたり顔を浮かべながら、アルトリアは言葉を続ける。
「つまり、戦闘が大規模になればなるほど我は強くなる。そしてショウから力を回収できれば、お前たちを即座に元の世界に戻すことを誓おう」
「…………」
「どうだ? お前たちは親友と弟を助け、元の世界に戻るため。我は魔王の座を取り戻す為。協力しようではないか」
俺の眼前に小さな手を差し伸べるアルトリア。その手を取る意味を数瞬の間、改めて考え直す。
その時、ふと、俺にとって一番大事な人が昔言っていた言葉を思い出す。
(「難しい問題に悩むくらいなら、とっとと決めて、選んだ方を正解にする努力に時間を費やしたほうが良くない?」)
何とも彼女らしい豪快な発想に思わず笑いそうになる。
でも、その通りだ。この問いに明確な正解なんてない。それなら、とっとと覚悟を決めて動き始めよう。
「もう少し考え……」
「分かった。君に協力しよう」
「……なっ!? レン、その言葉の意味分かって……」
「ただし、もしも君が少しでも人間に危害を加えたり、その素ぶりを見せた時は容赦しない」
カエデを手で制止しつつアルトリアに忠告してから、確認する。
「それでいいか?」
「ああ、勿論いいとも。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
返事を受けてから、カエデの方に向き直る。
「葉と葵くんを助ける為に、戦力は大いに越したことはない。俺が責任をとって監視するよ」
「……」
カエデは暫くの間、俯き、額を押さえていたが、突然顔を上げ、アルトリアに鋭い眼光を向けた。
「……心を許した訳ではないからな。葵を助ける為だ」
「それでいい。互いに利用し合うだけだ」
爛々と輝く紅い瞳と、決意を灯した蒼の瞳を交互に見てから、俺はアルトリアの手を取った。
「じゃあ、暫くの間よろしく」
「ああ。共に魔王を討と……、いや、助けよう」
初めて少女の顔に見合った笑顔になるアルトリア。そんな彼女の背後で輝く月が、いつもより何となく輝いて見えた。




