1−1 (元)魔王、拾いました。
「カエデ!」
「分かってる!」
エメラルドグリーンの魔力を身に纏う魔法剣士が手を地面に付けると、彼女の目の前に氷で出来た巨大な壁が出現する。
直後、その壁に灼熱の炎がぶつかり、あっという間に壁を破壊するが、それより早く壁を足蹴にして飛翔した少女は火を噴いたばかりの首を薙ぎ払った。
「ラスト!」
「了解! はあああぁぁ!」
真正面から飛び込み、思い切り剣を振り抜く。その軌道に沿って放たれた黄金に輝く斬撃が、残る最後の首ごとモンスターを真っ二つに切り裂いた。
「ゴアァァァ……」
短い断末魔の後、8つ首のダンジョンボスモンスター、蛇神はゆっくりとその身を地に伏した。
「……ふぅ。流石に強かったわね」
「ああ。協力してくれて助かったよ」
流石長年難攻不落と言われ続けていたダンジョンのボスとだけあって、今や人界でもトップを争う実力であろう俺とカエデが協力してもかなりの苦戦を強いられた。
「コイツは食べられそうにないな……」
「やめてよ。気色悪い」
「ごめんごめん」
グロテスクな死体の前で、軽口を叩きながらお互い自身の傷を回復魔法で癒してから、蛇神が守っていたダンジョン再奥への扉へ向かう。
扉の向こうからは一切の魔力を感じないので、恐らくなんらかの強力な武器や、金になるお宝が眠っているのだろう。
ストイックを極めた隣の女剣士は前者を、物欲の化身である俺は後者であることを望みながら、同時に未知の領域へと手をかける。
瞬間、凄まじい悪寒を感じ咄嗟に大きく後ずさる。カエデも同じ動きを見せた為、俺の勘違いではないのだろう。
「……なにかいる」
「ああ。でも魔力は……」
「私たちの魔力感知が働かないほど強力な妨害魔法を持っている相手だとすれば?」
俺の言葉を遮り発せられたカエデの言葉にハッとする。
ごく稀に魔力感知を阻害する能力を持った魔物はいるが、それらの能力も俺たちの感知能力の高さを持ってすれば殆ど意味をなさない。
つまり、今扉の奥にいる何者かは、カエデの言う通り俺たちの感知能力を上回る何らかの感知妨害手段を持っていることになる。
「どうする?」
「まあ今更後に引けないでしょう」
「だよな。でも危ないと思ったらすぐ退くぞ」
「分かってる」
大きく息を吐き、早まった胸の鼓動を落ち着かせる。
暫くの間忘れていた死への恐怖をグッと飲み込み、勢い良く扉を押す。
真っ暗な部屋。一歩踏み入れた瞬間、ねっとりとした重い空気に息苦しさを感じる。
慎重に歩みを進めていると、背後の扉が自然に閉まり、何処からともなく不気味な高笑いが聞こえてきた。
「フハハハハハ! よくぞここまで辿り着いた。しかし残念だったな。ここが貴様らの墓場だ」
セリフに合わない声の高さに違和感を感じながらも警戒を強める。
「お前はダンジョンの魔物ではないな。何故こんな所にいる」
「教える必要はない。この部屋に入った時点で貴様らが生きて帰ることはないのだからな」
「なに? どういう意味だ」
「こういうことだ!」
迫力を増す声音に緊張が走る。グッと剣を握り直すが、迎撃するより早く、気配を消していた影が懐に飛び込んできた。
「くっ……!!」
「遅い!!」
あっという間に腕を背中に回される。
しまった……! 拘束系の魔法か!
…
……
………ん?
直ぐに気づく。回された腕が異常に短い、というよりそもそも相手の体が俺より遥かに小さい。
「フハハハハハ!! この時を待ち望んでいた! すまんな一介の冒険者。お前の魔力は我の糧に…………あれ?」
「大丈夫!? ……ってどういう状況?」
魔力の輝きで俺と、俺に抱きつく謎の少女を照らしたカエデは真顔で此方に目を向けている。
完全にフリーズしてしまった脳内をなんとか再起動し、少女の脇に手をかけひょいと持ち上げる。
「は、離せ! 我を誰だと心得る!!」
「ちょっ、落ち着いて。大丈夫だから」
腕をがむしゃらに振り回す少女の頭には小さいながらも二本の角が生えている。結膜が赤く輝いて見えることからも、この子は間違いなく魔族の子だろう。
「何故だ……何故魔力が吸えぬ……!」
「ん? 吸う?」
そんなチートみたいな魔法あったっけ?
俺が脳内の記憶を掘り起こしていると、初めて目線があった少女がハッと驚いた様な顔をした。
「貴様、ひょっとして、レンか?」
「え? そうだけど……」
どうして俺の名前を……。その質問を口にする前に、少女はニィっと口角を上げ、不気味な笑みを浮かべた。
「クックック……! そうか、漸くか!」
「どうしたんだ?」
「この子は何を言っているの?」
カエデと同時に疑問をぶつけるが、そんな事は意に介さず少女は外見に釣り合わない邪悪な表情を浮かべて話し始める。
「我の名はアルトリア。この世界の魔王だ」
「「はぁ!?」」
予想していなかった発言に二人揃って素っ頓狂な声を上げてしまってから、直ぐに考え直す。
何を言っているんだこの子は。
隣のカエデも何やら呆れた顔をしている。
「何を馬鹿な事を言っているの。とりあえず早くダンジョンから……」
「まあ正確には『元』魔王だな。そしてお前たちをこの世界に呼んだ張本人でもある」
俺たちをこの世界に呼んだ……?
元魔王……?
脳が情報を処理しきれない。複雑に絡まった思考の糸を一本ずつ解いていく最中に、先に混乱を抜け出したカエデが疑問を投げかける。
「貴方が元魔王なら、何故貴方がこんなダンジョンの再奥にいるの?」
「来たるべき時を待つ為だ。そして今その時がきた」
「私たちが来るのを待っていたってこと?」
「まあ、正確にはレン。お前を待っていた。カエデがいたのは嬉しい誤算だ」
俺だけでなく、カエデの名前まで知っている。元魔王かどうかはともかく、どうやらこの少女が言っていることは只の妄言ではないらしい。
カエデも同じ結論に達したようで、俺たちは一度頷きあってから、改めて少女に向き直った。
「分かった。貴方の言うことを信じるわ。取り敢えず詳しい話を聞きたいから地上に……」
「勇者レンよ!」
カエデの言葉を強引に遮り、少女は赤くギラつく瞳を俺に向けた。
「我と共に魔王を討とう!!」
「「……はぁ!?」」
これが俺と元魔王、現無力な少女であるアルトリアとの出会い。そして、これから始まる壮絶な闘いのプロローグだった。