初恋は人体模型とともに~理科準備室で告白大作戦?~
「ゆう君、ゆきにつきあって!」
五年一組の教室に響き渡るその声は、明らかに僕に対するものだった。
本日の授業は終わり。
みんな帰る準備をしたり、クラブ活動に向かったりしている。
そんなざわざわとした教室の中でも、その声ははっきりと耳に届く。
そしてその声を発したのが、あの西園ゆきちゃんだったことが、よりみんなの注目を集めた。
「西園さん、それはどういう……」
戸惑う僕に説明を求める時間は与えられず、『いいから来て!』と西園さんは僕の袖を引っ張り教室の外へと連れ出す。
こんなことは初めてだった。
僕が西園さんとコミュニケーションをとるのも、西園さんがこんなにもアクティブなのも。
理由はよく分からないけれど、何か大切な用があるみたいだし、僕は引っ張られるままに階段を下る。
歩くよりは速く、だけど走るというほどではない速さで、僕達は移動する。
胸につけた名前のワッペンが、パタパタと音を立てて跳ねるのが何だか可笑しかった。
「何か可笑しい?」
「いや、別に」
ワッペンが跳ねる程度で笑うなんて、何だか恥ずかしかったので僕はそう答えた。
一階に降りて、一番端っこの教室。
そこで西園さんは立ち止まった。
僕の袖をつまんでいた指も、いつの間にか離れている。
「ここね、扉を上にちょっと持ち上げると……ほらっ。鍵がなくても開いちゃうの」
そう言って扉を開けた彼女の頭上には、『理科準備室』と書かれたプレートがぶら下がっている。
理科で使う実験道具とか、薬品が置いてある所だ。
でも、ここは理科の先生専用の部屋で本当は入っちゃいけない。
それを西園さんも知っているはずだけれど。
「入ろう、ゆう君!」
それは悪魔の誘惑だった。
いけないことだと分かっていた。
だけども僕も理科準備室には興味があったし、何より西園さんにとても興味があった。
「仕方ないなぁ」
そう言って僕は西園さんに続いて教室に入った。
初めて入る教室の匂いは、風邪を引いたときに行く病院の匂いに近かった。
鍵付きの棚と長いテーブル。
それからこまごまとした実験道具なんかがごちゃごちゃ並んでいる。
お世辞にも綺麗とは言えない部屋だ。
でも小学生の好奇心をくすぐるには充分な面白さがある。
そこを慣れた足取りでするすると進んでいく西園さん。
「危ないよ?」
「へーきだって。よく来るし」
何だか彼女は楽しそう。
「ところで何で僕をこんな所に連れてきたの?」
僕が問いかけると、彼女は驚くようなことを口にする。
「私ね、好きな人がいるの」
彼女はそう言ったのだ。
小学校高学年にもなれば、多少そういう話は出てくる。
誰が好きだとか、付き合うとか。
友情とは違う、特別な感情。
それが芽生えたことを、彼女は恥ずかしげもなく僕に告げたのだった。
「それでね、ゆう君につきあってほしいの」
続けて彼女が言った言葉に、僕は戸惑う。
好きな人がいて、つきあってほしい。
それはつまり……。
僕、神川ゆうは西園さんが気になっていた。
それは彼女が抱いているような感情ではなく単純な興味だった。
でも、いずれは彼女のことを好きになるかもしれない予感はあった。
そんな彼女が、僕につきあってほしいと言った。
僕は恐る恐る彼女に訊く。
「それって……」
「そう、告白の練習につきあってほしいの」
「え? ああ……うん」
淡い期待は消え去った。
なんだ、告白の練習か。
今まで感じたことのない、妙な感情を持て余し、僕はそっと後ろに手を回して拳を握りしめた。
「驚いた?」
「うん。ちょっとね」
僕は必死に平静を装う。
「でも、何で僕なの? 他の人じゃダメだったの?」
「私友達いないもの」
確かに西園さんは少し近寄りがたい。
教室でも大抵一人で本を読んでいる。
セミロングの黒髪で、前髪は少し長めのおかっぱスタイル。
ミステリアスでクールな出で立ちがすごく様になっている。
そんなだからこそ、僕は興味を持ったわけだけれど。
「それ理由になってる?」
「だってゆう君、私の隣の席じゃない」
「そうだけど、それだけの理由?」
「それだけじゃないけど、他に頼めそうな人いなかったし。女の子に頼むのも何だか変でしょ?」
ということらしい。
複雑な気持ちだけど、僕は応援したいと思った。
だから僕は言った。
「一緒に頑張ろう、西園さん」
こうして、西園さんと僕の告白練習会が始まった。
気になる子の告白を応援なんて、戦いの前にノックアウトされたような気分ではあるんだけどね。
僕と西園さんが放課後一緒に過ごしていることに、クラスメイト達は怪しんでいたけれど、理科の勉強を教えているのだと答えると納得してくれた。
これは西園さんが用意していた言い訳だ。
確かに僕は理科の授業が好きだし、毎回理科だけは満点をとっている。
それが理由で僕のクラスでの係は理科係になっている。
授業の手伝いをしたり、観察用の花に水をあげたり、芋虫を育てたりする係だ。
そのことはクラスメイトに知れ渡っている。
でも僕は知っている。
前回の理科のテストで、西園さんが九十八点をとっていることを。
隣の席からちらっと見たときに知ったのだ。
だから西園さんは、僕が教える必要などないほどに勉強ができる子なんだ。
本当はね。
「それで、どんな言葉で告白したらいいと思う?」
今日は図書室で告白の言葉を考えていた。
告白の練習なんて言ってたけど、実際は相談に近い。
僕も面と向かって練習なんかされたら恥ずかしいので、都合が良かった。
「ストレートに『好きです』じゃダメかな?」
「う~ん、悪くないと思うんだけど、もっと何か……」
お気に召さなかったらしい。
もう少し、相手に好きだという気持ちが伝わる言葉が良いのかな?
「西園さんは何でその人が好きなの」
「えっ、それ聞く?」
少し照れながら僕を見る彼女。
僕は少しどきりとした。
「う、うん。やっぱり理由は大切だと思うし、何で好きになったかも相手に伝えた方がいいかなって」
「そうね、ゆう君の言う通りだ。えっとね、その人は私を助けてくれたの――」
彼女は図書室の椅子に座り、時折周りを気にしつつも理由を話してくれた。
詳しくは教えてくれなかったけど、ある日の授業中にその相手は彼女を助けてくれたらしい。
どうやらその授業は理科の授業だったらしく、彼女はその思い出の場所で告白する予定とか。
時々理科準備室に行くのは、その場所に慣れるためだという。
「だったらその気持ちを素直にぶつけたらいいんじゃないかな?」
告白なんてしたことないし、されたことないけど、なんたって告白なんだ。
伝えたいことを伝える以外に方法はないと僕は思う。
「うん、だよね。そうしよう! ゆう君!」
彼女も気持ちが決まったらしい。
話がまとまったところで、僕は前から気になっていたことを聞いてみた。
「ところでさ、何でゆう君なの?」
「ん? だって、ゆう君はゆう君でしょ? もしかして、ゆう君じゃないの?」
「いや、ゆう君だけど」
自分のことをゆう君なんて言うのは幼稚園以来かもしれない。
「でも僕、西園さんと仲良しって訳でもなかったでしょ? 最初から下の名前で呼ばれるのはどうかなって」
「うーん、そういうもの? でも私の中ではゆう君はゆう君なの。神川君って言うのはなんか違うの。もしかしたら何か特別に思っているのかもね」
また西園さんが意味深なことを言う。
「特別?」
「そ、特別。なんだったら、私のことも『ゆきちゃん』って呼んでいいよ」
「それは何か恥ずかしい」
「え~、なんで~! ふふっ」
彼女は冗談交じりにそう言って笑った。
西園さんは結構面白い人だ。
ちょっと変わっているという印象は前からあったけど、実際話してみるとミステリアスとかクールなんて言葉では言い表せない面白さがある。
「西園さんって、想像してたより面白いね」
「そう?」
「うん、面白い」
「そんなこと初めて言われた。まあ、友達なんていなかったし当然かな。もしかして、ゆう君も私のこと特別だと思ってくれてるの?」
「またそんなこと言うし。ほら、日が暮れちゃうしそろそろ帰ろう」
「は~い」
僕は下校を勧める。
正面玄関を出て門を抜け、別れの言葉を交わす。
「バイバイ、西園さん」
「うん、またね! ゆう君」
軽く手を振って、僕は家への道を歩き出した。
そして、ふとさっきの言葉を思い出す。
「特別かぁ」
あれは単なる冗談だったのかもしれない。
それでも僕の心は揺れ動いた。
彼女を応援する身でありながら、彼女の魅力に引き込まれていく自分。
彼女の話から、告白したい相手は五年一組のクラスメイトということになる。
誰かは分からないけど、その子は知らないだろう。
西園さんがあんなにも面白い人で、あんなにも可愛く笑うことを。
教室では全くそんな表情を見せないのだから。
きっと僕だけが知っている。
「何だかずるい気もするなぁ」
僕は小声でそう呟きながらも、俯いて頬を緩めた。
そう、西園さんは僕の特別なのだろう。
「ゆう、お前も今帰り?」
信号待ちをしていると、後ろから声をかけられた。
よく知る声だ。
「うん。かつとし君も部活終わったんだ」
振り返った先にいたのは、同じクラスの宮永かつとし君。
サッカー部のエースでムードメーカーだ。
「ああ、今日もハットトリック決めたんだぜ!」
「かつとし君はすごいなぁ」
かつとし君とは幼稚園の頃から友達で、家も近いのでよく遊んだりする親友だ。
「ゆうだって理科係じゃん! すごいと思うけどね」
「それと比べる?」
「もっと自信持てよ。一郎君とも親友なんだろ?」
「なんで今一郎君の話するんだよ~」
一郎君とは、理科で使う人体模型のことだ。
理科係の僕が大抵運ぶので、みんなから一郎君の親友と呼ばれているのだ。
「西園さんに補習もしてるんだろ」
「ああ、うん。そうだね」
「でもおかしいんだよな~」
かつとし君は顎に手を添えて考えるポーズをとる。
「何が?」
「俺の勘違いじゃなければ、西園さんって頭良いはずなんだよなぁ」
「ううぅ……」
「まあ、理科に関してはゆうよりできるやついないと思うけどさ」
「う……うん」
疑われている。
そして、かつとし君は簡潔に言った。
「お前、何か隠してるだろ。親友の目は誤魔化せないぜ!」
親友にこう言われてしまったら、真実を答えるしかなかった。
僕は放課後西園さんと一緒にいる理由をかつとし君に伝えた。
するとかつとし君の様子が急変した。
「うおぉ~、マジかぁ~!」
頭を抱えるかつとし君。
「かつとし君?」
「いや、なるほどね。そういうことかぁ~、やるなぁ~! やっぱ俺の目に狂いはなかったな」
「あの~、大丈夫?」
かつとし君はどこか残念そうで、でも嬉しそうでもあった。
「わりぃわりぃ。ちょっと俺の個人的な事情ってやつでな。そっか、告白の相談な」
「うん、僕なんかで良いのか分かんないけど」
そう答えると、かつとし君は立ち止まって僕に言った。
「実はさ。俺、前に告白したことあるんだ。西園さんに」
「本当に!」
「ああ、でも振られちゃって」
「そう……なんだ」
まさかの告白だった。
僕の知らないところでそんなことがあったんなんて。
「その時さ、既に西園さんには好きな人がいたんだって。だから俺、訊いたんだ。誰が好きなのか」
「えっ!」
かつとし君らしい思い切った行動だ。
「それで、教えてくれたんだけど。俺、それきいて納得したんだ。好きな相手がそいつなら仕方ないなって」
「じゃあ、かつとし君は西園さんの好きな人を知ってるんだね」
「ああ。でも教えないぜ、なんか悔しいし」
「うん」
こういう時、どういう話をしたらいいのか僕には思いつかなかった。
ただただ、かつとし君の話を聞いていた。
かっこいいかつとし君が振られて、しかもそれを認めるくらいの相手。
一体誰なのだろう。
そんなことが頭の中を巡る。
「そうだ、告白の話ついでに言うけどさ」
「何?」
「俺、お前のこと好きだぜ!」
「え?!」
「どう、俺の告白?」
「えっと、ええ~! どういうこと?」
「さあ、どういうことかな? でもさ、本当にお前は良いやつだと思うぜ。優しいし、真面目だし、俺のバカな話につきあってくれるし、理科係だし」
「理科係は余計だよ。というか今日のかつとし君何かおかしくない?」
「そっか? いつもこうだぜ? ま、そういうことだから、またな!」
かつとし君はそれだけ言うと、走って行ってしまった。
「何が、そういうことなんだろう?」
もしかすると、失恋のこととか思い出して少し気を紛らすためにあんなことを言ったのかもしれない。
しばらくすると、遠くからまたかつとし君の声がした。
住宅街へと続く橋の向こうに夕日に照らされたかつとし君がいる。
「俺、お前の親友で本当によかったぜ~!」
かつとし君はそう大声で僕に言って、また走り去った。
何だか恥ずかしくもあったけど、僕はそれ以上に嬉しく思った。
何で急にあんなこと言い出したのかは分からないけど、僕もかつとし君の親友で良かったと思えたんだ。
それから数日。
告白の作戦会議は相変わらず継続していた。
しかし、僕の頭の中では別の作戦会議が始まっていた。
かつとし君の勇気ある告白を聞いて、僕はあれから考えた。
そして気づかされたんだ。
自分の気持ちを大切にしなきゃなって。
そう、西園さんのことが好きだという気持ちをだ。
どうやら西園さんはまだ告白する勇気が出ないようだ。
だったらその前に僕が告白してしまおうという作戦だ。
別に西園さんの気持ちを横取りしようなんてわけではない。
かつとし君すらも負けを認める相手なんだ。
多分僕の告白は失敗に終わる。
でも、伝えるだけ伝えておきたいと思ったんだ。
さてどうやって伝えるかな。
「なかなか勇気が出ないんだよね」
そう話すのは西園さんだ。
今日も図書室で作戦会議中だった。
「そればかりは僕にはどうしようもできないね。西園さんの気持ちの問題だからね」
「うん。やっぱり実践してみないと。でも、やっぱり嫌かな?」
西園さんは実地での練習を提案してきた。
何度かこの提案はあったけど、僕は恥ずかしくて今まで断ってきたのだ。
でも僕は今回これをチャンスだと思った。
「いいよ。やろう、実践練習」
「え、本当に?」
「うん。それで告白する勇気が出るなら」
すると西園さんは今まで見たことないほどに目を輝かせた。
「ありがとう。じゃあ早速予定を立てよう。やっぱり場所は理科準備室ね」
「理科室じゃなくていいの?」
「うん、明日はそれでいいの」
「明日やるんだ」
「早い方がいいでしょ?」
「そうだね」
こうして、明日の放課後に模擬告白をすることとなった。
西園さんにとっては練習だけど、僕にとってはこれが本番になる。
一緒に告白の練習をし、終わったら僕も実は好きなんだと伝える。
うん、悪くない計画だ。
この日の夜、僕がなかなか寝付けなかったのは言うまでもない。
そして翌日。
不安な気持ちを抱えたまま、放課後がやってきた。
予定通り西園さんと二人で理科準備室に入る。
相変わらず扉は上に持ち上げると簡単に開いた。
「西園さん、本当にここでいいの? 本番を再現するなら、理科室の方がいいんじゃないの?」
理科室は普段鍵もかかってないし、入るのは簡単だ。
思い出の場所を告白場所にするのなら、わざわざ理科準備室に来る必要はないと僕は思った。
しかし、西園さんは否定する。
「いいの。言ってなかったけどね、大事なのは場所というよりもこれなの」
そう言って彼女は近くにあった布を引っ張った。
するとその布をかぶっていた存在が姿を現す。
「一郎君?」
「そう。彼が私のキューピッドなの」
「どういうこと?」
理科係の僕の親友、一郎君が西園さんの恋のキューピッドなのだという。
「前に言ったでしょ。助けてもらったって。理科の授業中にね、私一郎君を近くで見るために近づいたの。そしたら一郎君の土台につまずいちゃって。その時に、一郎君を運んできた子に支えてもらったの。おかげで怪我もしなかったし、それで好きになっちゃったってわけ」
「そういうことだったんだ。だから一郎君のいるところでってわけなんだね。……ん? 一郎君を運んできた子?」
僕は何か引っかかった。
でも西園さんはそれについて考える時間を与えてはくれなかった。
「気にしない気にしない。さあ、私の作戦……じゃなかった、練習に入りましょう」
そうだ、気をそらしてはいけない。
これは僕にとっても大切なことだから。
「では始めるわね」
一郎君の前で、僕と西園さんが向かい合うように立つ。
静まり返った理科準備室の中で、西園さんの深呼吸が聞こえる。
近くに彼女がいるのだと思うと、僕の心拍数は上昇した。
僕は僕のドキドキが伝わってしまわないか心配になった。
でも、目の前にいる西園さんも僕と同じくらい緊張しているようだったから少しだけ安堵する。
「ちゃんとこっち見てね」
「うん」
彼女の見つめる先に僕がいて、僕の見つめる先に彼女がいる。
今まで一緒に話をする機会は何度もあったし、慣れていたつもりだけど、いざこうなってみると恥ずかしい。
「あのね、私は君のことが大好きです!」
彼女はとうとう言った。
これが練習なのは分かっている。
それでも彼女が本気でこの練習に取り組んでいるのが分かる。
今目の前にいるのは僕だけど、きっと彼女の目には好きな相手が映っているんだ。
僕は何だか悔しくなり、そして申し訳なく思った。
でもこれが大好きな彼女のためだと思うと耐えられた。
そして彼女は続ける。
そう、予定ならこの後好きになった理由を相手に伝えるんだ。
「あの……、私が君を好きになったのは理科の授業の時で――」
そうだ。
「人体模型の一郎君につまずいた私を近くにいた君が支えてくれて――」
うん。
「その優しさが嬉しくて、好きになりました!」
ちゃんと言えたじゃないか。
「他にも優しいところがいっぱいあって、真面目で……とっても大好きです! 理科係の神川ゆう君!」
……え?
「えっとえっと、君と仲良くなりたくて、どうしたら良いかなって考えて。そしたら、サッカー部の宮永君が相談に乗ってくれて。ゆう君は奥手だから強引にアプローチしないとって言われて。……告白の練習とか嘘で。あ、でもこの告白は本当で……」
緊張の糸が解けたのか、西園さんは物凄い勢いで物凄いことを言い出した。
「ちょっと待って、西園さん! 落ち着いて!」
「あっ、うん」
西園さんは顔を耳まで真っ赤にして俯いた。
「もしかして、西園さんの好きな人って僕?」
「もしかしなくても、そーです。というかその様子だとゆう君、私が恋に落ちた感動的なシーン覚えてないでしょ」
上目づかいでじっと僕を見る彼女。
そう、僕は覚えてなかった。
「だと思った。でも、そういうことを無意識にできちゃうところを好きになったんだと思う」
「そうなんだ」
「返事はそれだけ? 私が勇気を出して告白したんだよ? もっと何かあるでしょ?」
髪を揺らしながら首をかしげる西園さん。
そうだ。
僕も言わなきゃいけないことがある。
「うん、あるよ。実はね、僕も君のことが好きなんだ、西園ゆきさん!」
「本当に? いつから?」
「五年生で一緒のクラスになってから気になってて。隣の席になって益々気になって。気づいたらすっごく気になる存在だったんだ」
「ふふ、気になってばっかり」
「そうだね。それで、好きになっちゃったのは西園さんに特別に思ってるのかもって言われたときかな。どういう意味かすごく気になっちゃって、気づいたら好きになってた」
「やっぱり気になってばっかりだ。さすが理科係だね」
「も~、どういう意味だよっ!」
「ほら、また気になった」
そうだ、僕は気になってばかりな人間なのだろう。
今までも、そしてこれからも。
気づくと僕らの緊張は解け、いつもの雑談している雰囲気になった。
「あ~、すっきりした!」
両手をあげて伸びをする西園さん。
僕も伝えるべきことを伝えられたのですっきりしている。
色々と予想外な展開があったけどね。
「あのね、ゆう君」
「何?」
「私とゆう君は大好き同士です」
「うん」
「でもね、つきあうとかは考えてないの。私、つきあうってどういうことかよく分かんないの。ゆう君は分かる?」
「ううん。僕も分かんない」
つきあうという言葉に憧れはある。
それは何か特別な感じがする。
でも一体どういうことなのかは、小学五年生の僕には分からなかった。
「だよね。だからね、ゆう君。私のこと、高校生になるまで好きでいてくれる? 高校生になったら、そういうのも分かると思うの」
「うん、ずっと大好きでいるよ」
「良かった、嬉しい。約束だからね。高校生になったら、私はゆう君の彼女になって、ゆう君は私の彼氏になるの。それまでは特別な友達ね」
「うん、僕もそれでいいと思うよ」
やっぱり西園さんはすごいや。
すごく良く考えてる。
その上で僕を好きになってくれたことがとても嬉しい。
そうだ、後でかつとし君にもお礼を言っておこう。
たっぷり冗談交じりの皮肉を込めつつね。
「そうだ! それともう一つお願いがあるの」
西園さんは僕の小指に自分の小指を絡めて言った。
「私と二人きりの時は、苗字じゃなくて名前で呼んで欲しいの。ね、約束!」
「うん、約束する。大好きだよ、ゆきちゃん」
こうして、僕達はちょっとだけ『特別』になった。