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第壱節(その1)



-壱-




 午前の授業終了を告げる鐘が鳴り、クラスメートに誘われて識也は食堂に向かった。

 笑顔で雑談に応じながら廊下を歩き、他愛のない会話に興じながら日替わりのランチを胃に運ぶ。言葉を交わしながらも些かも知人の話す内容に興味は惹かれなかったがそんな素振りは全く見せない。適当に相槌を打ち、適度に話題を提供しながら普通の高校生を演じてみせる。

 本質的に識也は一人を好み、他者との触れ合いを精神面では必要としなかったが、それだけで生きていくことは出来ないこともまた理解している。大勢が居る中で一人で過ごすのに不満は無いし、むしろ他者と交わりながら生きる事の方が不満であるが、ぽつねんと交流を拒んでいるとそれが他者には歪に見えてしまう。そうすると――識也には理解が不能なのだが――要らない気を回してくる人間も存在するのだ。

 不満を一切抱いていない識也からしてみれば余計なお世話と言う他無いのだが、だからといって完全に拒んでしまうのも軋轢を産んでしまう。そして然る後に自身に振りかかる事柄は些事と片付けるには面倒である事を中学の時に学んでいる。だから高校入学以降は人懐っこい歳相応の顔を作ることを心掛け、そしてそれが苦もなく可能である程度に識也は器用であった。


「じゃあ俺はジュースと菓子でも買って戻るわ」

「おう、んじゃ俺らは先に戻ってるな」


 時期はすでに十月。同じ教室で時を過ごすようになって半年以上が経過するが未だに名前さえ曖昧な友人もどきと手を振って別れて自動販売機へと向かう。器用さは持ち合わせていても演じるという精神的な疲労は如何ともしがたかった。


「ふぅ……」


 誰かと共に生きる事は煩わしい。それどころか不快ですらある。だがそれも後一年と半年の我慢だ。


(……そう考えると長いな)


 胃に詰め込んだ、いつ食べても味の違いが分からない昼飯が重く伸し掛かる。アップルジュースの缶を大きく傾けて多少なりとも胃を労ってやる。そうしていると、建物の(ひさし)に隠れていた太陽が顔を出した。その眩しさに目眩がして、口から溜息が漏れた。


「こぉら! 昼間っから溜息なんかつきやがって!」


 背後から楽しそうな声が掛けられ、直後の衝撃を前のめりになりながら受け止める。後ろからこっそり近づいて飛び掛かり、傍若無人にもヘッドロックをかましてくる人間など一人しか居ない。

 識也はこれ見よがしにワザと大きく溜息をもう一度吐いてみせた。


「重い。人が見てる。さっさと俺から降りろ、良太。そしてすぐに半径六,四〇〇キロ離れろ」

「地球から追放っ!?」


 驚愕した声を振り向かずに聞きながら、識也は空になった缶をゴミ箱に投げ捨てた。


「いつもながらつっめてぇ奴だなぁ、おい。単なるスキンシップじゃん? 俺とお前の仲だし良いじゃねぇかよぉ」

「ダメだ。暑苦しい。主に存在が」

「ひどくねっ!? ……ってへぶぅっ!?」


 酷評に衝撃を受けている隙に、識也は背中の同級生を全力で投げ捨てた。鮮やかな背負投げによって軽やかに芝生の上に叩きつけられ転がっていく。そうして止まった場所は、偶々歩いていた女子のスカートの中が見える位置。

 背中の痛みも忘れてだらしなく鼻の下を伸ばした良太だったが、スカートの中身を目に焼き付ける間もなく悲鳴と共に顔面を上履きで踏み潰され、そのまま大の字になって動かなくなる。そんな良太を見て識也は小さく鼻を鳴らし、庇の奥から降り注ぐ日差しを手で遮りながら眼を細めた。

 暦の上ではとうの昔に秋を迎えたというのに日中の気温は今日のようにまだ三十度を越えている。朝晩こそ幾分涼しくなってきたためTシャツの上に冬服の学生服を着ているが、そこに男から抱きつかれるなど拷問だということがこの男は分かっているのだろうか。


「分かってたら抱きつくはずがないか。

 おい、バカ。さっさと起きろ。そのままミミズみたく黒く焼け焦げたいなら構わんが」

「いつつ……誰のせいでこうなったと思ってやがる」

「さあ? 酷いことをする奴もいたもんだ」

「お前っだっつってんの!」

「冗談だ」


 表情筋を動かす事なくそう言ってのけて、識也は良太に手を貸して立ち上がらせた。

 良太――藤巻 良太(ふじまき りょうた)は今の識也にとって唯一と言ってよい友人であった。

 中学時からのクラスメートであり、人に興味を失った直後から今の表面を取り繕う事を覚えるまでの識也を知っている。その為に識也もまた良太の前で特段態度を取り繕うようなことはしない。

 無論全てを曝け出すような事は無いが、必要以上に何かを演じるということに疲労を感じる識也にとっては、素で良太とじゃれ合える時間は貴重なものだった。


(そういえば、最初に俺に話しかけた時も同じように跳びかかってきたんだっけな)


 初対面の、それもクラスで浮いている様な根暗な奴に突然じゃれついてくる程に人懐こい性格の友人をマジマジと見る。当時から変わっていないな、と成長しない友人を残念に思う。だがその視線の意味は伝わらなかったようで、良太は首を傾げた。


「どーした?」

「いや、別に」


 識也は視線を良太から外して教室へ向かって歩き始め、隣のクラス――二年C組の良太もまた並んで歩く。廊下を歩き階段を昇っていくが、その最中であちこちからギョッとしたような視線をひしひしと感じる。もういつもの事だが、いい加減にうざったいそれの原因である友人を横目で睨むと、これみよがしに溜息をついた。


「おいおい、さっきから人を見て溜息ばっかつきやがって何なんだよ。

 ――ハッ! まさか!」

「聞いてやるから言ってみろ」

「俺に惚れた?」

「死ね。ただ相変わらず浮いた格好だって思っただけだ」


 随分とイイ(・・)性格をしていると自覚している識也と友人関係を続ける程に面倒見が良くて明るい良太。少々ふざけた性格ではあるが何処に行っても友達に困らないはず。だがその実、良太もまた友人と呼べる人間は少ない。

 その主要因は間違いなく見た目だ。どちらかと言えば「イケメン」と呼んでも差し支えない部類に入っているはずだが、短い髪はオレンジと表現するのが適切な程に明るい色に染められ、耳や唇にピアスが付いている。未だ学ランではなくワイシャツで過ごしているが、だらしなく裾をズボンから出して腰にはジャラジャラとチェーンを垂らし、指にはいかついドクロの指輪がはめられている。おまけに、今はシャツの下に隠れているが背中から左腕に渡って盛大に刺青が刻まれていた。


「そっかぁ? 自分では結構イケてると思ってんだけど」

「TPOをわきまえろ。どこのライブ会場に来てるつもりだ、お前は」


 そちら系のロックバンドのライブでは目立たないだろうが、今居る場所は曲がりなりにも表面上は大人しい生徒の多い普通の高校内だ。深く考えるまでもなくひどく目立つ浮いた格好であり、彼の本質を理解する以前に見た目だけで敬遠されている。

 それでも良太自身は気にしていないどころか、逆に見た目だけで判断するような連中はこっちからお断りだと言わんばかりに敢えて友人を作ろうともしていなかった。


「いいだろ? これが俺なんだ。俺が俺であろうとするのを何人たりとも止めることは出来ねーんだよ!」

「さよか」

「むしろ識也の方こそ疲れねーのかよ? そんないい子ちゃんの仮面を被り続けて」

「いいんだよ。ちょっとの苦労で平穏に過ごしてる方が、人前で素の自分で居る時の煩わしさよりよっぽど楽だ。

 お前だって中学の俺を見てきたんだから分かるだろう? 望んでもないのに『みんな、水崎くんと仲良くしてあげて』だの『貴方の方からも心を開いてあげて』だの、うざくて仕方ない。親切の押し売りにはうんざりだ」

「まー、そりゃそうだな」吐き捨てるような識也の言葉を咎めるでもなく、あくびしながら同意してみせる。「ありゃ確かに面倒だ。『普通』からズレてただけでちょくちょく先公にゃ呼び出されるしな。俺もこのカッコ始めてどんだけ呼びだされた事か」

「お前はちっとは自重しろ。それで、俺に何か用があったんじゃなかったのか?」


 識也が水を向けると良太は「そうだったそうだった」と頭を掻くと、ポケットからCDを取り出した。


「ほれ。こないだ言ってた俺おすすめバンドのアルバム。パソコンにコピーすりゃ家で聞けるだろ」

「ああ、悪いな。明日には返すよ」


 良太の手からそれを受け取ると識也は自身の胸ポケットにそれを仕舞った。

 クラスメートとの話題で最近の音楽やアイドルのネタは欠かせない。だが自宅のテレビは乾燥した作り笑いを垂れ流すだけで見向きもされず、たかが数千円とはいえCDの購入に遺産を使う気も起きない識也はこうして良太経由で得たデータで流行りを勉強するのが常であった。


「別にイイけどよ、そこまでしてクラスの連中と話を合わせる必要も無くね?」

「かもな。だが流行りを知って損は無いし、それに、たまに興味をそそられる曲に当たる事もある。いい気分転換にもなるからな」

「なら自分で買えばいいじゃん」

「そもそもお前に教えてもらわなきゃ流行りの歌手さえ分からん」

「このダメ人間め」

「褒め言葉だな、それは」


 識也は勝ち誇った様に鼻で笑い、全く堪えた様子の無いその様に良太はがっくりと項垂れてみせる。


「まったく……みーちゃんもこんな奴の何処がいいんだか」

「知らん。俺の方こそ知りた――」

「あー! しーちゃんだっ!」


 その時、識也の後ろから女の子の叫び声が響いた。





お読み頂きまして、誠にありがとうございました<(_ _)>

次話以降も宜しくお願い致します。

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