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第拾九節(完)




-拾九-





 十月十五日




 十月も半ばになれば夏の名残も大分薄れ、昼間でも長袖でちょうどよい気候となる。瑞々しかった木々の葉も心なし元気を失い、地面に落ちた枯れ葉も目立つようになってきた。

 識也はその落ち葉を踏みしめながら帰路についていた。その隣では良太が歩いている。相変わらず学生像には馴染まない派手な装いだが、良太にいつもの元気は無い。目元は隈ができ、瞳も何処か虚ろ。常に視線は下に向けられ、足取りは重く、今は識也が歩調を合わせているが、気を抜けばあっという間に置いて行かれてしまいそうだ。


「みーちゃん……何処行っちまったんだろ……?」

「……そうだな」


 ポツリと力のない言葉が良太から零れ落ちた。それに応じる識也の声も風で遮られてしまう程に小さなものだった。

 不意に良太の脚が止まった。苦しそうに息を吐き出し、ダラリと下がった両腕が震えた。


「やっぱ……やっぱそうなのかよ……?」じわ、と良太の両眼に涙が滲んだ。「しずる先輩も殺されちまったし、みーちゃんも――」

「止めろ、良太」


 どうしても思い浮かべてしまう想像を口にし、だがそれも識也の鋭い声で遮られた。


「未来は……未来は音無先生に殺されてなんてない。絶対だ」

「識也……」

「そんな事……絶対にない」

「……そう、だよな」

「ああ。だって未来だからな」


 言葉の中身を噛みしめるように識也は話し、良太は口を噤んだ。識也の目つきは鋭く、微かに目元に皺が寄っている様子は何かを堪えているようだ。良太にはそう見え、狼狽えている自分を恥ずかしく思った。


「……ワリィ。ちょっと弱気になっちまった」良太は目元を制服の袖で乱暴に拭い、パチンと強く自分の頬を叩いた。「そうだよな。みーちゃんだもんな。きっとヒョイって出てきて何事も無かったみたいにまた俺らの隣で笑ってんだろうな」

「……ああ」

「お前の方が辛いんだもんな。せっかくみーちゃんと両想いになったのによ。

 気を遣わせちまってワリィ!」

「気にするな。アイツを大切に思う気持ちはお前だって同じだしな」


 両手のひらを打ち鳴らし良太は識也に謝罪し、識也も微かな笑みを浮かべて見せて緩々と首を横に振る。

 識也の言葉に少し恥ずかしそうに良太は頬を掻き、やがて強い決意に満ちた眼で前を見据えた。


「よしっ、ンなら俺は俺のできる事をすっかな」

「……何をする気だ?」

「決まってんだろ、警察だけじゃなくて俺もみーちゃんを探すんだよ。このまんま黙って待ってるなんて俺にはできねぇからな」


 ここ数日鳴りを潜めていた良太らしさが戻ってきた。識也は一瞬驚いたような表情を浮かべた後で少しだけ口元を緩めた。


「いい考えだ。お前らしいな」

「だろっ?

 さて、そうと決めたらこうしちゃいられねぇ! ワリィけど俺は先に帰るわ! お前も気持ちが落ち着いたら一緒に探しに行こうぜ!」


 そう言って良太は識也の返事も待たず走り出した。一度振り返って手を上げ、すぐにその速度を上げていく。

 小さくなっていく良太。識也は何処か呆れた様な、微笑ましい様な笑みで彼の後ろ姿に手を振り見送った。

 やがて雑踏の影に消え、完全に見えなくなる。識也は良太が去っていった方向をしばらく立ち止まって見つめていたが、ポツリと一言だけ残して背を向けた。


「ゴメンな、良太」





 カチャリ、と音を立てて鍵が開く。識也は靴を丁寧に脱ぎ揃え、自宅であるアパートの部屋へ上がった。簡素なキッチンを抜け、部屋へ入る。机に置かれたデスクトップPCのスイッチを押しかけて、しかしその手を止めた。代わりにラジオのスイッチをONにした。

 ラジオからは軽快な音楽が流れてくる。流行りの歌なのだろうが識也には分からないし、もう興味も無い。ただ聞き流すだけだ。

 ラジオをBGMにして制服を脱いでいく。黒い喪服のような学生服をハンガーに掛けて部屋着に着替え、乾いた喉を潤そうとキッチンへ向かう。


「――はい、ではここで一旦最新のニュースになります。報道フロアの筧さーん!」


 音楽が小さくなり、DJの陽気な声が響く。次いで真面目さの伝わってくる落ち着いた女性の声がスピーカーから流れ始めた。


「はい、報道フロアの筧です。最新のニュースをお伝えします。

 ――まず、横浜市で起きた変死事件の続報です。横浜市内の、建設途中のまま放置されていた廃ビル内で今月十一日に三人の遺体が見つかった事件で、身元の確認作業を行っていた二人の身元が新たに明らかになりました。

 神奈川県警の発表によりますと、頭部を切断された状態で見つかった二名の内、一人は四年前から行方不明になっていた一ノ瀬 薫さん――当時十七歳――であり、もう一人は遺留品などから今月八日の下校途中で行方が分からなくなっていた高校生の都筑 未来さんである可能性が高いとの事です。警察では今後、DNA鑑定を行い身元を確定させる予定です」


 冷蔵庫から識也は冷やしておいたコーヒーを取り出し、マグカップに注いでいく。その間にもニュースは淡々と状況を伝えていく。


「残りの一人で、首から血を流して死亡していた都筑さんと同じ高校の教師、音無 望容疑者の自宅を家宅捜索したところ、二人とは異なる数名の首のない遺体が新たに発見されました。

 遺体を切断するための工具や、遺体の保存状態を維持するためとみられる化学薬品等も見つかったこと、また音無容疑者の傍に落ちていた刃物から音無容疑者の指紋が見つかった事などから、警察は音無容疑者が一ノ瀬さん、都筑さんを殺害し、首を切断したと断定。二人を殺害した後にその場で自殺を図ったものと思われます。警察は今後、殺人、および死体損壊容疑などで容疑者死亡のまま書類送検する見通しです。

 またその他にも多くの余罪があると見て引き続き捜査を続行し、過去の近辺での行方不明者の情報を洗い直し、全容の解明に全力を尽くすと警察は延べています。なお、見つかった遺体はいずれも首から上が無い状態で発見されており、音無容疑者が何らかの目的で頭部のみを切断・破棄したものとみてそちらの捜索も続ける予定ですが――」


 ラジオに耳を傾けながらカップを傾け、程なく飲み干すと簡単に水で濯いでそのままシンクに置く。そして部屋に戻ると、キッチンにあるものとは違う真新しい冷蔵庫から栗毛色をした何かを取り出した。

 識也は優しくそれを抱えあげ、勃ったままギュッと抱きしめた。そしてラジオのスイッチを切ってベッドへと潜り込んだ。

 シャツ一枚で過ごすには少々肌寒い季節。布団を肩まで被り、体を丸めて横を向いた。


「ニュースを聞いてたか? これで俺らを邪魔する人はもう居なくなったよ」


 冷蔵庫から取り出したものを、識也は自分の枕元に並べた。優しく微笑み、慈しむ。それに口付け、柔らかい手つきでそっと撫でた。


「これからずっと、ずっと一緒だからな。

 ――愛してるよ、未来」


 識也は眼を閉じ、夢の世界で揺蕩い始める。穏やかな寝顔で、幸せな時間を甘受する。

 彼の横では、未来が優しく微笑んでいた。











短い話でしたが、ここまでお付き合い頂きましてありがとうございました。


また別のお話で再会できれば幸甚です。

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