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無意味(ナンセンス)コメディシリーズ

雪女をスクエスト


 作者、初心に返りたく思い執筆。





 昨夜は飲みすぎた。


 IT企業の子会社に勤め始めて2年あまり。会社の同僚と、仕事帰りに居酒屋で一緒に なってからは もうベロンベロンだった。日頃のストレスが充分に吐き出されたとでもいうのだろうか。俺は人生で初めて記憶が無くなるほどアルコールを摂取した。

 おかげで気持ちの悪い気分な朝……。

 目が覚めて自分の所在を確認する。

 月6万で借りてるマンションの一室。自分の部屋だ。そして今 俺はベッドの中から天井を見上げているんだ。間違いない。ふむ。

 俺の名前は飯田 信生。ノブオ、ノブちゃん、のぶやん、ノブッち……。

 間違いない。ふむ。


 ピンポーン。


 確認し終えた所で玄関のインターホンが鳴った。俺は起き上がる。

 途端に激しい頭痛に襲われた。「あでででで」

 つい悲鳴を上げて重い頭を押さえた。ベッドに両の手をつきながら、ゆっくりと立ち上がった足も何だか頼りなかった。

 しかし そうも言っていられない。誰かが玄関で待っている、か、も……。

 必死の足取りでフラフラに なりながらも俺は玄関のドアにまで辿り着き、ガチャリと鍵を開けてノブを捻りドアを押し開けた。チェーンロックは昨夜 閉め忘れたんだろう、かかっていなかったので そのまま開いた。

「はい どちらさま……」


 ドドド。


 俺の体の上に、何かが倒れ込んできた。「わおおうっ!?」

 俺は玄関の硬い地面に押し倒される。乗っかってきたのは柔らかい……。


 人間だった。

 しかも美女。


 若い成人女性で、少し日に焼けた程度に茶色な長髪。しかも ふんわりとした、甘い いい匂いがした。

 だが しかしだ。


「ち、ちべたい……」


 冷たい。

 その女は体が気味が悪いほど冷たかった。まるで氷と接触しているよう。顔は美女だが、まさか死体じゃあるまいな?

 俺は疑い あれこれと考えたが、死人ではない証拠に女は口を開けて こう言った。

「れ、冷蔵庫を貸して下さい……」



 それから後。言われた通りに冷蔵庫の場所を教えると、女は「どっこいしょ」と言って冷蔵庫の中に入っていった。冷蔵庫は2ドアで、一人暮らしには充分なサイズなもの。

 どうやって女が その中に詰まったのかは言わないでおこう。『入る』と言うよりは『詰まる』と言った方が正確だ。美女というのは第一印象にしかすぎなかったという事を言っておく。


 冷蔵庫のドアは開け放したまま、俺は美女に尋ねた。「で、あんた どうしたんだ?」

 何から聞けばいいのかが分からないが、とりあえず そう聞いてみた。身元、状況、そして……。

 このままだと俺は冷蔵庫を使えない上に電気代も無駄に消費してしまう。しかも家を出るに出られないという置かれた状況だ。美女が何をしでかすか分からないし。美女といっても迷惑だ。美女だから何でも許されると思ったら大間違いだ……たぶん。


「人間界に遊びに来たのですが」


 いきなり次元を超えた展開が俺を待っていた。美女の その発言は、己が人間では ない事を示している。

 しかも ごく普通にサラリと言ってのけた。おいおい。

「間違えて夏場に来てしまったようです。私ってば おバカさん」

 美女は両手で顔を隠し、さめざめと泣き出した。泣かれても。

「ちょっと待ってくれ。酔っ払って寝言 言ってんじゃないよな? 100%本気で言ってんだよな? 正気なんだよな? オイ何だ その目は。確認だ確認。俺も昨夜 酔っ払って就寝したから、今は寝ぼけて夢でも見てんじゃないかと疑っている」

と、自分の頬をつねり引き伸ばしながら美女の薄目を見つめた。「そんな事を言うなんて」と、美女の目は そう語っている。

 何故 俺をそんな目で見る。俺が悪いのか?


 すると美女は。水をすくい上げるように両の手の平を胸の前に持ってきた。何だ、何をする気だ? と訝しげに俺が それに注目していたらだ。

 みるみるうちに水が手の中にプクプクと泡立てて出現し、何と それは白くなっていって雪に化けていった。

「いい!?」

 俺は思わず声を上げる。

 驚きの あまり呆然としてしまった。俺は一体 今 何を見たんだ?


「私、雪女 所属、雪女 育ちの 雪女 なんです」


 トリプルで雪女と言って俺に攻めてきた。所属って何だ。部活じゃあるまいし。

 雪女と宣言した その女の手には いつの間にか雪が積もり、チョコンと手に乗るくらいのサイズの小さな雪だるまが出来ていた。「ハイどうぞ〜」

 ……受け取った。


 雪女というのは、どうやら本当らしい……のかな。


「ああ、だから夏場に おバカさんって事か、なるほど……で。いつ帰る。 早 く 帰 れ 」

 今日も朝から蒸し暑い。話し込んでいる最中にも、気温が どんどん上昇しているんじゃないのか。だからか気がカリカリしている。つい本音まで出てしまった。

「それが……」

 はあ、と ため息を漏らした。「何だ?」

「落としてきたみたいなんです」

 俺は眉をひそめた。

「何を」


「パスポートです」



 パスポート。何だ、税関みたいに、人間界と雪女界を行き来するには そんな物が必要なのか現代。

 うだるような暑さの中、俺はマンションを出て街中へ出た。一枚の紙切れを手に持って。

 それは部屋を出る前に雪女が描いた地図だった。人間界の地に降り立ってから俺の住むマンションの部屋に来るまで、自分が訪れた先を描いたものだった。

「パスポートが無いと、家に帰れないんです……」

 悲しそうに雪女は言っていた。家、即ち雪女界。それは大変だ。俺に とってもだ。このまま行き場が無いからと冷蔵庫の中で永住してもらっては困る。たとえ最初 良くとも、最終的には嫌になって冷蔵庫ごと山に捨てに行ってしまうかもしれない。やっている事は拾ってきた犬を飼えずに捨てに行く子どもと一緒か。対処出来なきゃポイか。ああ最低。でも他に どうのしようがある。

「仕方ないか……今日は仕事が休みで よかった。見つかりゃいいけどな」

 俺は暑くて外に出られないという雪女を残し、一人で部屋を後にして来た。「ドアを閉めて行って下さい」と雪女が自ら そう言ったので、容赦なく冷蔵庫のドアは閉めてきた。帰ったら窒息 死体に なってなきゃいいが。


「『エステサロン……コイケ』」

 俺は まず最初に雪女が訪れたと思われる店の名前を読み上げた。そしてその地図の示された通りの道筋を辿って、該当する店へと着いた。

 ガラス張りで、店の中の様子が窺える。受付のカウンターが見えた。


 カランコロン。


「いらっしゃいませ。ようこそ!」

 軽快な音のドアベルがドアを開けると屋内に響いた。ちょうど、受付嬢の笑顔にバッチリと視線が合い音は重なっていた。真正面から、カウンター越しに俺を出迎えてくれる。

「当店には初めてですか?」

 受付嬢はニコニコと笑顔を休めない。俺も つられてヒクヒクと口元が慣れない笑いで引きつっていた。

「あ、いえ、あ、いや、その。初めてですが、お客では ないんです」

 俺が しどろもどろに なって頭を掻きながら そう言うと、「どういう事でしょう?」と聞いてきた。

「落とし物を探してまして。パスポートなんですが……」

「知りません」

 即座に返事が返ってきた。受付嬢のカウンター攻撃。

「え? 無いですか? 本当に? 一応ちゃんと調べて下さいよ」

と、俺が聞き返したならばだ。

 いきなり、ムンズと俺のシャツの首根っこを掴み、そのまま俺の体を持ち上げた人物が現れた。俺の背後から。

 俺は宙に浮いた足をバタつかせ、息苦しくて首元のシャツを掴み気道の確保に慌てる。な、何だ何だ!?


「ひやかしなら けえってくんな!」


 ペンッ。


 俺は店から放り出された。勢いよく。

 店の前の広い歩道の上に俺は倒れ込む。そばにいた通行人が俺の無様な姿を横目で見つつ過ぎ去って行った。

 振り返った俺が店の中を見直すと、やけに筋肉質で背が2メートル近くは あるんじゃないかと思われる色黒肌のハゲの男が腕を組んで、俺を見下していた。

「ヘイボーイ。おととい きやがれトーヘンボク」

と、手の中指を突き立て「ファック・ユー(忌々しい)!」と わざとらしく威嚇的に歪んだ顔まで ご披露した。

 ファックってアンタ……と小さく思いながら、男の背よりも もっと高く上に かかっていた店看板を見上げると。

 太陽の強力な熱光が角に反射し、その影で店の名前で ある『エステサロン・ 鯉 家 』と墨チックな文字が堂々と描かれていたのが見えた。こい……?


 確実ではないが、この店に俺が探し求めているものはないと判断した。



 雪女が次に向かったと思われたのは『ブティック・イシダ』。

 まさか またイシダが実は“医師だ”なんて二度オチは ないだろうな、と思ったが、場所に着いてみると普通に『ブティック・石田』と日本語の看板が見える所に立てられ、店先にはワゴンに入った売り出しの鞄や財布などといった商品が陳列されている。ショウウィンドーにはエレガントに飾られた婦人もののバッグやマネキンが。

 俺は一安心して自動ドアをくぐった。

「いらっしゃいませ」

 俺の独断だが少しオカマくさいなという雰囲気を持った、小奇麗なオバさんが迎えた。

「あのう。つかぬ事をお伺いしますが」

「はあい? 何で御座いましょ」

 明るくオバさんは答えてくれた。

「昨日から今日に かけて、パスポートみたいなの落ちてませんでした?」

 俺が そう聞くと、オバさんは「うーん……そうねえ……」と考え込み、レジへ戻って帳面のようなものを広げ出して首を振った。

「届いてないわ。心当たりもなくて。ごめんなさいねえ」

と、帳面を元あったレジの下の引き出しへと戻し、謝った。「そうですか……」

 どうやら ここには無いらしい。仕方ない。次へ行くか……

「分かりました。では、失礼します。ありがとうございました」

 俺は軽く会釈して場を立ち去ろうとすると、オバさんは俺を引き止めた。

「ちょっと待って。逆に聞いちゃうけど、髪の長い、白いワンピースを着た20歳くらいの女の子ご存知ないかしら? 昨日 来た お客様なんだけど。そうねえ、中門田(なかもんだ)ウキエさん似の、ちょっと眉の太い」

 中門田ウキエとは、大人っぽい容姿だがコミカルな映画やドラマによく出る実力派の女優だ。過去、『ハットトリック』や『酷戦』といった視聴率の高いドラマで人気が出ている。

 俺は即座にピンときた。あの雪女の事だと。眉の太い白いワンピースの女という事で。中門田ウキエは関係ない。

「その人が どうかしたんですか?」

「どうもこうも! あの お客様が お帰りに なった後 売り場を見たら! 何でか知りませんけど商品がビショ濡れ! 後で防犯カメラで確かめたら、その女の方だったのよ! あの人が手にとった商品が全て台なしで、防水じゃないものは もう売り物にも なりゃしない! 損害分、きっちり請求しようと思いましてね! ホントにもう、あなた ご存知ない? あ ん の ク ソ ア マぁ …… 」

 最後のクソアマでオバさんの素顔を垣間 見てしまった。

 しまった。今夜の夢にでも出てきたらどうしようか。明日の寝覚めには清々しさが期待できそうにないぞ、参ったな……。

「いえ。すみませんが、全く知りません」

 俺は店を後にした。ウィーン。自動ドアの開閉の音が悲しく響く。ここで得るものなど何も無い。俺には無い。損害賠償なんて俺は何も聞いていない。さらばだ。



 さて、次へ。

 俺は昼に なって ますます熱せられた鉄板状態に近づく歩道を歩きながら垂れ流れ出る汗をずっとタオルで拭き続けていた。足取りは外へ出た時から重い。頭痛も波があるが、片隅に存在する。永遠に消えてくれないのか、どうなんだ。しつこいのが余計にイラッとくるぞ。


 ……そういえば あの雪女。間違えて来た割には何で こんなに うろついてんだろうか。

 まあいい。帰ってから気の済むまで尋問しよう。

 さあ次は。……


『沖タマプール OKITAMAN 』


 プール……?

 嘘だろう何やってるんだ雪女。しかも このレジャー施設は海に いるのと そっくりに造られた所だったはずだ。屋内ではない。日光をしっかりと浴びるはず。溶けるだろ、バカか お前は。

 俺は頭痛が ひどくなってきた頭を押さえながら、雪女が訪れた地へと。

 電車に揺れに揺られて数十分。乗り換えて乗り換えて、段々と家族連れが増えてきた道を歩いていった……電車の中はエコも関係なく ききすぎるんじゃないかと思われるほどクーラーが活発に働いていて涼しかった。おかげで少々体も頭も冷えて冷静に どうでもいい思考が巡る。


 ちきしょう、いいなあファミリー。俺にも彼女という温かさが欲しいねえ。暑苦しいのも冷やしすぎなのも勘弁だがな。出来れば人間で お願いします。

 この夏は海や花火大会にでも積極的に赴いて行ってナンパでも挑戦してみようか。いいかもしれない。事が済んでから会社の同僚か大学時代の頃にバカ騒ぎしていた友達にでも声をかけてみようぜ。俺は そう決めた。


 人も彩りも賑やかに なってきた雑踏や建物の間をすり抜け、俺は やっと目的の施設に辿り着いた。

 今日は平日だ。人も休日に比べれば、かなり少ないのだろう。それでも人は多く、子どもが何処でも走り回ったり、パパやママと くっついて笑顔で楽しそうにしている。

 入り口の門の前で、案内係風の制服を着た お姉さんが居たので俺は人が並んでいる列を無視して近寄って聞いてみた。

「あの、聞きたいんですが」「すみませぇん、列に並んで順番をお待ち下さぁい」「いや あの、遊びに来たんでなくてですね」「決まりですんでぇ〜」「いや ですからね」……


 そんな押し問答が13分間 続いた。


 結局 俺の方が折れた。

 俺は かなり こめかみの あたりをピクピクと させながら、上昇してくる感情を必死に腹の底へと押し込んだ。我慢しろ、我慢するんだ大人の俺、と。

 頭上では燃え尽きる事のない太陽が俺達 人間を含む地上のものを文字通りサンサンと明るく照らし続けている。少しは休めよ太陽、と愚痴を言っても所詮は無駄だが。

 

 ひさしも何も無い列の最後尾に並んだ時、ちょうど前に居た親子連れのうちの、抱っこされている幼児と俺の目がバッチリと合ってしまった。俺には背を向けているパパに抱っこされて肩へと のっかっている その子は俺を見て顔が引き締まり固まる。

 俺がゲ、まずい泣き出すぞと思い込み腕を上げて身を隠す格好をとったら、その子は何と『……へっ』という舌打ち付きの顔をして俺からツンと顔を背けた。


 情けなど皆無。


 ……俺、あなた達に何か しましたか神よ(マイ・ゴッド)



 灼熱地獄をどっぷりと味わい堪能しながら だいぶ時間をロスして順番が やって来ると。さっき俺と話が かみ合わない会話バトルを繰り広げた、強敵とも言える相手で あった その案内係の女は俺を見て平然と言う。

「ようこそ! 沖タマプールOKITAMANへ!」

 まるで全てが無かった事のように。

 俺は張り手とグーで女を どつき回したろーかいワレェとなるのを何とか堪えて踏ん張った。

「お一人様ですかぁ? 入場券を拝見しますぅ」

 天使のような愛想の微笑みフラッシュ。頭上の眩しい太陽とコラボか。

 そして俺の話は通じるんだろうか このマニュアル女……遊びに来たんじゃねえと散々言っただろうがあああ!

「落・と・し・物・を・し・た・ん・で・す・けど。パスポートみたいなやつ、落ちてませんでしたか」

 半ばヤケクソかキレ気味で言った。案内係の女の動きが止まる。そして「ええっとぉ……」と、スマイルだが眉だけを八の字に させて困惑し出した。

 恐らく彼女のマニュアルには直接 載っていなかったからだろう。そんなもの知るか!

「お客様センターまで、お尋ね下さぁい」

 終いには流した。それがマニュアルの中の検索結果か! 詫びもなく。ふざけんなバーロウ!


 ……無風の この猛暑の さなか。

 楽しげな子どもの声とイチャイチャしているカップルと忙しそうに汗かき働く施設の人達。

 入り口の門を隔てた向こう側の施設の中では、きっと陽気なパラダイスが存在するに違いない。


 なのに こんな所で一人暴れ狂う……俺。

 何か訳の分からない かろうじて日本語を発音していたとは思う。思いたい俺。



 ……後は もう知らん……。




「……ただいま……」

 すっかり日が落ち、あたりが暗くなった平坦な道をトボトボと歩いて我が家となるマンションに帰って来た。いつも通りに鍵でドアを開け、バタンと重そうなドアが自然と閉まるのを聞く。

 内から鍵をかけた後、俺は片手に持っていた手提げの鞄を玄関に置き、もう片手に持っていたコンビニ袋だけを持ってワンルームしかない俺の部屋へと進んだ。

 すると、布団がなく机だけのコタツの上にポツンと。鉛筆と共にメモ用紙が あった。

 俺はメモを手に とって、書かれた文字を読む。汚い字だったが、ちゃんと日本語で読める字が書いてあった。内容からして雪女が書いたものに違いなかった。



『交番に行ったら ありました。エヘッ☆ 』



 ……。


 俺のメモを持つ手が小刻みに震えた。ワナナナと。


 俺の怒りは頂点に達し! ……


 ……なかった。

 その代わり、疲れがピークに達した。ド、サ、リと……仰向けに だらしなく寝転がった。


 もういい……もう疲れた……


 俺の中に“お疲れ、俺”という、自身に宛てたエールが送られる。


 今日は散々だった。雪女が現れ、脅され、動かされ、警察に連行されて。オチがこれ。バカみたいだ、俺。まるで女にでも貢いだ挙句にボロ雑巾になり逃げられた心境だ。やってられんわ!

「エヘ☆ じゃ、ねえよボケ……」

 せっかく出た悪態にも もはや力が無い。今の俺は完全に意気消沈した抜け殻だった。もろくも崩れ去った儚き人生の ほんの一部を経験か体感でも出来たんだろうか。いや待てよ、最初から意気込みなんてなかったような。錯覚か。ああもう どうにでもしてくれ弄んでくれ俺を好きなように……


 ……


 ハア……と ため息をつき、倒れたまま顔をコタツの方へと向けた。コタツ机の横に、クシャクシャに なりかけていたコンビニの袋が一つ。

「……」

 ……静かな部屋で俺は のそのそと起き上がって袋をグシャリと わしづかみにした後、それを持って冷蔵庫の前へ四つん這いでドタドタと躍り出た。

 乱暴に冷蔵庫のドアを開ける。そこには もう何も入っているはずは なかった。

 しかしだ。



「きゃ」



 目を丸くした。

 小さな小さな声と共に。小さな小さな『雪女』が居たのだ。

「……」

 はあ? と俺は首を傾げた。雪女は最初びっくりして手で頭を隠していたが、やがて恐る恐る俺の顔を見上げていった。

 白いワンピースは脱げて自身はティッシュペーパーに可愛らしく くるまれており、その小さな……5センチほどの体の、ほんの小さな小さな可愛らしい目で。

 俺の方を見上げて二コリと笑ってみせた。

「ごめんなさい。黙って行くのも悪いと思って待ってたら……」

と、雪女はクルリと その場で一回転をしてスタッ! とカッコよく片手を上げてポーズをとった。

 そしてもう片手は。耳の あたりで手の平を広げたと思ったらだ。


「小っちゃくなっちゃった!」


「……」


 ……体がね、と俺の心の中で同時に何かが弾けた。パチンと。俺にしか分からない音で。

「ったくよう……」

 ガックリと肩を落とした。だが不思議な事に俺の顔が みるみるうちに ほころびていく。

 そして段々と、自分でも気持ち悪いくらいに満面の笑みに なってしまった。

「あはは〜。ごめんなさいね、迷惑かけて」

 そう言う雪女の顔は さっきよりも もっと明るく笑っていた。

 俺はコンビニの袋を引き寄せて、雪女に見せる。


「アイス買ってきたんだ。食うか?」




 その後日だ。

 チビのままに なった雪女は、俺の部屋の冷蔵庫の中を拠点として住むようになってしまった。

「今度、温泉でも行こうよぉ〜」

と、雪女は何処から拾ってきたのかパンフレットを床に並べて俺を誘う。

「何で そう熱き地へとチャレンジしようとするんだ。身のほどを知れユキエ」

 俺は床に新聞を広げて、足の指の爪を切っていた。パチン! と切った親指の爪がユキエの方へと飛ぶ。「きゃああ! 刺さるじゃないの人殺し!」

 ユキエが大げさに横へと飛び跳ねる。小さな体は今でも健在だ。

 ユキエというのは俺が雪女に付けた名前。「素敵! アネゴみたい!」と大喜びだった。

 溶けかけている氷の塊に もたれながら、爪を切る俺をジロジロと見ていた。

「何だよ」

「べーつに!」

 そういうユキエは何故だか楽しげだ。一体 何が そんなに楽しいんだろうか。

「彼女いないと毎日ヒマだねえ」

 しかも皮肉だ。全く腹立たしい奴め。俺は毎日こいつと こんな調子で ずっと過ごしている。これから ずっとなんだろうか……。

「お前が いるだろ」

 うるさい奴だ。俺は そういうつもりで何気なく文句を言った。

 しかしユキエは。

「えっ」

と、声を上げて驚いた顔をした。しかも いきなり赤面だ。

 ん? どうしたんだ?

「何だ何だ……オイ!?」

 びっくりして慌ててユキエの様子を見に行く。熱が あるのか、顔中 真っ赤にして倒れてしまった。

 何だホント、どうなってんだ!? 全く! ……



 ……開け切っているベランダの外では入道雲が高く堂々と空の主役を張り、そこから生み出された風は夏と呼ばれて部屋の中へソヨソヨとやって来る。


 チリリン……

 涼しさを、ガラス戸の上部に吊り下げられた小さな風鈴が知らせてくれているみたいだった。




《END》





【あとがき】

 ブログの方に挿絵を ちこっと描きました↓

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-95.html


 読了ありがとうございました。



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[一言] 暑い所好き?wな雪女にハマりました!w 主人公の苦労がまたw えへ☆の所で殺意を覚えるほど共感しましたvv 言われた通り、他の方の作品も読んで、昨日は楽しかったのですが、結局戻って来ちゃい…
[一言] 面白かったです。評価の星は少なくなってしまいましたが、キャラクターという欄があれば5個つけています。 とにかく女の子がカワイイ。羨ましい才能です。 笑えるところもたくさん。個人的には、〜私っ…
[一言] 短いのにとても面白かったです 登場人物も好感が持てて私は好きな作品でした 展開もテンポが良かったので読むのもあっとゆう間でしたがサロンの部分だけ少々わかりづらかったように思いました
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