第七十九話 マスクと拘束椅子と討伐戦
「えー……。それで、誰からやります?」
無事受付を通って、割り当てられたブースに四人まとめて入る。
大きめのソファがひとつと正面にディスプレイだけの簡素な空間だが、そこまで言うほど狭くないなというのがぱっと見の印象だった。
「え? ここは招待主のユキコからでしょ?」
「そうですね。一番最初はユキコさんに」
「ってことですけど。どうですか? ユキコさん」
VR体験一番乗り。今はその権利を誰のものにするかを決めているところだ。
「いや、別にいいけど……。そんな事気にしなくていいんだよ? サヤカとか、すっごい楽しみにしてたんじゃないの?」
他の全員からお先にどうぞと言われて、ユキコさんはやや戸惑いを見せている。
「楽しみだよ? だから逆に言えばわたし達は間違いなく楽しめる。でもユキコはそうじゃない。でしょ? VRとか、あんまり興味ないんだよね?」
「まぁ、有り体に言っちゃえばそうだね。あんま良く知らないって方が正確かな」
先輩の指摘に、ユキコさんもその通りと首を縦に振る。
「それだよ、それ。知らないんなら下手に他の人のを外から見てこんなもんかって思っちゃうのも、もったいない話じゃない? だったら最初に体験してみてよ」
日本の美意識。MOTTAINAIである。
「ですね。きっとすげー驚きますから。いっぺん騙されたと思って。すげーから」
ホントすげーから。TVで見ただけでもその面白そうなのが感じ取れるぐらい。
「まぁ私達誰も実際にはやったことないんでしょうけど。でも、私もどんなものかぐらいは知ってますから。ここはユキコさんに、一番に体験してほしいですね」
マユはマユで、どこかでそう言う知識を仕入れてきたのかな。
今はスマホを使えば簡易疑似VR体験もできるみたいだからね。
ダンボール製で、四千円ぐらい出せば買えたような気がする。
「ふぅん。そこまでおすすめされたらまぁ、じゃあ私からやってみようか。言われてみると何だか段々楽しみになってきたよ!」
お、ユキコさん。どうやらその気になってくれたようですね。では早速。
「そうです。きっと楽しいですよー。じゃ、そこ座ってもらって。この仮面舞踏会マスク、してくださいね」
そう言って俺は某目からビームが出る人のような形をしている目元マスクを取り出すと、ユキコさんに手渡す。
アメコミ以外の例えだと、赤い彗星のヘルメットを取ったゴーグル姿。
またはM78星雲からやってくる、七の名を持つ彼の目元にも似ているな。
「……なにかなこれ?」
「汗とか、お化粧崩れとかを防止するためのものですよ。VRヘッドギアは不特定多数の人が装着しますからね。これでデバイスとの皮膚接触を防ぐんです」
いわゆるVR用マスクと呼ばれるものだ。
これはVRヘッドギアを着ける時には必ず必要になるので、受付が終わると必要人数分手渡されるのだ。
「なるほど……。こうかな? どう? ちゃんと付けられた?」
装着自体は難しいことはない。普通にマスクをつけるように耳にかけるだけだ。
「……っ! く……え、ええ。ちゃんと付けられてますよ。じゃあ、ヘッドギアを付けましょうか」
「……何で君達、私を見て笑ってるのかな? まさか……?」
ユキコさんが何かに気づきかけたその瞬間、その目の前に飛び込んでくる人影。
「はーいユキコ、こっち向いてー。マヌケ顔いただき!」
先輩が、スマホを構えて飛び込んできていた。
「あっ!? サヤカ!? ちょっと!」
パシャパシャという連写の音に反応して、とっさに腕を顔の前に突き出してガードするユキコさん。
「はいはいユキコさん、今ヘッドギア付けますからね。動かないでくださいね」
だが手遅れだ。俺は暴れるその肩を捕らえて、座席に軽く押さえつけておく。
「くっ! ユウ君! 離して! サヤカを! サヤカを止めないと!」
「はーい残念でしたー。もうアップしちゃったもんねー!」
「サヤカあああああああああああああ!!」
流石先輩。行動が素早ぁい!
勝者のマウントポジション。スマホを高々と掲げて勝利宣言の先輩。美しい。
「それにしても、これは酷い……」
「その片棒担いだのは誰なんだろうね? ユウお兄ちゃん」
そんな人、知りませんねー。
「ちょっとユウ君!? 君、謀ったな!?」
「ユキコさんがね、いけないんですよ……」
俺にあんなことさせるから……俺は…俺は!
「愉悦死すべし。慈悲はない」
「てかそれまだ根に持ってたの!? ちょっと陰湿過ぎやしないかな!?」
「ね、人の気持ちがわからないやつは、こういうことをぬけぬけと言うんだよ」
「これが……愉悦勢……」
何という……醜さ……。
「くっ……! 私としたことが! こんな初歩的な罠で!!」
「ふふん。こんなもの引っかかるほうが悪いんだよ。そうなんでしょう?」
愉悦勢はいつもそういうんだ! 俺知ってる。
「ぐぬぬ……。覚えてなよサヤカぁ……!」
「まぁまぁ。はい、目を閉じてー。頭のバンド、キツくないですかー?」
そうやってユキコさんと先輩がじゃれてる間にも、俺はユキコさんの頭にバンドを当てて調整していく。
「ユウ君! 君もこのままで済むとは思わない事だね! ん、締め具合は大丈夫」
「ああ……。こうやって憎しみの連鎖が産まれていくのですね……。はい、これでVRゴーグルは出来上がりです」
「ユウ君。コウモリ野郎の行く末は、もちろんわかってるよね?」
あっはい。そんな、俺はいつだって先輩の味方です。はい。
「……はい、次はヘッドフォンしますからねー。耳失礼しまーす」
「ちょっ! ユウ君、ヘッドフォンまでされたら周りの様子が全くわからなくなっちゃうんだけど!」
ユキコさんは耳が弱いのかな?
耳に被った髪を軽くかき出してるだけなのに、びくびくと体が反応している。
うーむ。これじゃ作業がやりづらくって仕方ない。とりあえず肩抑えておこう。
「はい、暴れないの! てか遊んでる間ぐらいはVRに集中してくださいよ。そのための遮光ゴーグルとヘッドフォンなんですから」
俺は聞き分けのない子供に諭すレベルの声音で、ユキコさんを黙らせる。
だって、先輩とマユがなんかものすげーじっと俺を見てるんだもの。
何故だ……。解せぬ。
「うぅ……」
「はい準備完了でーす。あとは自分のタイミングでスタートさせてくださいね」
何だかぐったりしてしまったユキコさんにVRゴーグルとヘッドフォンを付け終わると、俺はやや大きめな声でユキコさんの耳元に準備の完了を告げる。
ヘッドフォンしてるからね。大きな声じゃないと聞こえないからね。
いや、だから別に意図的なものじゃないんですって。
なにもないから。二人とも、そろそろ画面の方を見てようか?




