第七十五話 忍法! 葉隠の術!
「片付いたみたいだね。もうさっさと座っちゃおうよ」
状況が落ち着いたと見て、先輩とユキコさんが近寄って来た。
「それもそうですね。あの辺なんか目立ちづらいかと」
隅っこの方の、大きめの観葉植物が置いてある辺り。
あの辺に座れば観葉植物に遮られて、それほど目立つこともないだろう。
「そだね。じゃあ行こ、ユウお兄ちゃん」
「ってマユ、待てって。引っ張ると危ないから!」
心得たとばかりに、ぐいぐい俺の腕を引きながら先導するマユ。
てかいつまでこの腕抱えてるつもりなんですかね。もういいんじゃね?
「……ユウ君。顔がにやけてるよ?」
そう言って少し後ろからついてくる先輩。それは大きな誤解です。
「これ困惑顔って言うんです。知りませんでした? 先輩の時も結構してますよ」
「失礼だねー。わたしがいつユウ君を困らせたって言うんだい?」
えっ。先輩、それ本気で言ってます? うわ、顔がマジだ。マジかよ。
「えー、割と。結構? 故意無自覚併せればしょっちゅう?」
まさか先輩に本気で自覚がないとは思わなかった。
海のリハクさん出てきちゃう。一生の不覚……!!
「……そういうマジレス返されると結構困るんだけど」
「先輩には散々振り回されましたからねー。少し位自覚してくれないと」
誰のせいだよ! 先輩には猛省を求めたいものである!
「そうそう。ユウ君結構泣いてたよー? サヤカがわかんないーって」
「ちょ、ユキコさんそれは言わないって約束じゃ……!」
えっ。何その裏切り。ユキコさんまさかの伏兵……!?
「……面白くない。面白くない面白くない面白くない! 何でユキコがそんな話、ユウ君にされてるのさ! わたしなんにも聞いてないけど!!」
そんなの言えるなら最初から本人に言ってるよぉ!!
「サヤカに関する話をサヤカにするバカはいないでしょ。そんなの、私以外に誰が聞くっていうの? まー、サヤカも大層色々やらかしてるみたいね」
いや、もう、その辺で……。やめましょうよ。ね?
「ユウ君!?」
先輩物凄い眼光で俺を睨んでるぅ! 隣でマユが呆れてるぅ! ヘイ!
「だからそれも言わない約束って……!! ユキコさん!?」
「ユウ君ダメだなー。女相手に、秘密だの約束だのは意味ないよ。絶対に漏れる。覚えとくといいよー?」
ええ、今物凄く実感してるところですが。それが何か!?
「だとしてもここでバラすの酷くない!? それも本人の目の前で!」
もうちょっとこう別の場所で、こっそり教えてくれてもよくない!?
「バカだね。本人の目の前だからじゃないか。これが他の女だったら、もっと最悪のタイミングで最悪な暴露されてもなにもおかしくはないんだよ? 今だってこうやってサヤカに弁明立てることもできてるけど、本来はそう言うの無理だからね。全部なにもかも終わった段階で君の手元に投げ込まれるのがオチだよ」
だから誰に何を話すのか、よーく考えたほうがいいよ。
ユキコさんのその一言は、迂闊な俺の心に重く伸し掛かった。
「とか言って終わらそうとしてるけど。まったく終わってないからね?」
先輩、対面の席からガンガンオーラ飛ばしてくる。
「もういいじゃないですか……。終わらせましょうよ。もう」
俺は席に座ってがっくりと肩を落としている。つらい。
「はいはーい。飲み物買ってくるけど、何がいい?」
そんな空気も物ともせず、ユキコさんはあくまでいつも通り。
そりゃね、こんなの完全に他人事ですもんね。
「一人だけ通常営業かよ!! ……いや、すみません。なんでもないです」
やめよう。どう考えても八つ当たりだ。こんなことしたって何にもならない。
「はぁー。じゃあわたしは冷たいお茶で。ブレンド茶じゃないやつね」
溜息と一緒に、先輩からの圧も若干緩くなる。今はそれだけでもありがたい。
「私は一緒に行きますね。今はこれってのがないので」
「じゃあマユ、俺も普通の冷茶で頼む」
今は喉が渇いて仕方ない。こんな時に甘ったるい物なんか飲めるわけがない。
「わかった。ユウお兄ちゃんはドクペね」
うんうんとマユは俺のリクエストを……リクエスト通りじゃねぇ!?
「ねえマユさん!? 俺の話聞いてました!?」
「うん。ユウお兄ちゃんはこんな日はドクペでも飲みたいなーって言ってたよ」
そんな不思議そうな顔で言うんじゃないよ!
「そんなこと一言も言ってねぇ!!」
そんな。マユまで敵に回ってしまったら俺の心の癒やしは……。
「じゃあ行ってきます。ユキコさん、行きましょう」
「はいはい。じゃあ行ってくるんで、ごゆっくりー」
あれっ? もしかして、二人で買いに行くってことは……?
「待って! 一人にしないで! 行かないで!! ……行っちゃった。容赦ねぇ」
この場に残ったのは、俺と先輩。この二人。
「……で、ユウ君」
「……はい」
先輩が静かな声で、俺に語りかける。
「わたしに不満があるなら、今のうちに言って欲しいと思う」
「いや、別にこれと言っては……」
今言わなきゃいけないことって、なんかあったっけ。いやマジで。
俺が先輩に言われるならともかくとして。
「嘘だね。だって、ユキコには散々色々言ってたみたいじゃないか」
「それは、付き合う前とか付き合いだしてしばらくの間のことで……」
それがなかったら、多分俺どっか途中で先輩のこと、諦めてましたよ。
「じゃあ、最近は特に言ってなかったと?」
「いや、そういうわけでもないですけど……」
「ほーら! やっぱそうでもないんじゃないか! それを言えって言ってんの!」
先輩、こんなとこでテーブル指先コンコンは目立つからやめましょうよ……。
「えーと……。一番最近で覚えてる愚痴って、先輩一度火がつくと全然離してくれないってことなんですけど……」
いやこれマジで。明日早いってのに寝かせてくれない時とか、ホントに困る。
「キミ、人の親友になんてこと愚痴ってんだい!? わたしにはマユちゃん相手に散々言ってきたくせに!!」
ね。自分の身に置き換えるとそう言うの、よく分かるでしょ?
……俺も、人のこと言えなかったんだなぁ。




