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前日譚 Case.19 そんな、バカップルじゃないんだから

こちらは前日譚の追加となります。

前日譚は先輩彼女と後輩彼氏の二人劇で、本編開始前の時間軸になっております。

「サヤカさん、お待たせしました。特製カレーチャーハンの出来上がり、です!」


「いよっ! 待ってました! わたしチャーハン大好き! しかもカレー味!」


 サヤカさん、俺が声をかける前からちゃんとテーブルの前で用意済みである。


「俺も大好きなので、パラフワ具合は期待してもらってもいいですよ?」


 米同士がべっちょりくっつかないようにパラパラかつ、卵が一固まりにならないようにフワフワに。


 この両立がなかなかこれで難しい。だが俺には秘訣があるのだ。無敵である。


「いいね、いいね。はやく、はやくっ!」


 サヤカさん、手にしたスプーンでテーブル叩いたら駄目ですよ。


 お行儀、悪いって怒られちゃいますからね?


 俺は出来上がったチャーハンを一旦丼の中にすべて押し込むと、お玉で軽く固めて平皿の上でひっくり返す。


 ん。見事に中華料理屋で出てくるような、あのチャーハンのフォルムである。


 残念ながら紅しょうがの在庫はなかった。是非とも付け合せに載せたかった。


「はい、どうぞ。熱いですから気をつけて」


 そう言ってサヤカさんの前にキッチンから運んできた平皿を置くと、サヤカさん何だか目をつぶって口を大きく開けている。


「わかったー。それじゃ、あーん」


 ……これってもしかしなくても、いわゆるあーんを要求されている?


「……いや、サヤカさん。そんな、バカップルじゃないんだから」


 俺がそう言ってやんわりと断ると、サヤカさん片目だけ開けて小首を傾げる。


「んんー? わたしは、別に全然気にしないよ? 他に誰が見てるわけでなし」


 いやそんな可愛い仕草とかしても駄目ですからね。流石にちょっと恥ずかしい。


「いやぁ、流石に俺自身が気にするといいますか……。ね? 風邪引いたとか病人相手にならともかくですね」


 そういう、ああ、じゃあ仕方ないよねってラインってあるじゃない?


 今はそう言う時でもないわけで。付き合い始めには流石にちょっと荷が重い。


「ああ、なるほど。そういうのがあればいいんだ? うわなんだか熱っぽいなー。お腹出して寝てたせいか具合悪くなっちゃったかなー?」


 ……棒読みとはこのことを言うのだね。


 サヤカさん、言ってる間にもこっちをチラッチラッて見てきてるし。


 うう、これ、やるまでずっと続けるつもりなんだろうなぁ。


「……わかりました。わかりました。やります……。じゃあ、はい、あーん……」


 俺は覚悟を決めてスプーンにチャーハンをひとさじすくうと、サヤカさんの口内へとゆっくりと運んで荷物を下ろす。


「あーん……むぐむぐ……」


 というかテーブル挟んで対面でやってるせいか、すくったチャーハンがスプーンの側面から結構ぽろぽろ落ちる。


 対面越しのままだと、テーブルの上が汚れてしまう。


 ……ええい。こうなったら毒を食らわば皿までだ。


 俺は座る位置をサヤカさんの対面からすぐ隣へと変えると、チャーハンを載せたスプーンに片手を添えてサヤカさんの口までゆっくり運ぶ。


「んんー! ユウ君、これすっごく美味しいよ!」


 そう言って、二口目には右手の親指をぐっと突き出してぐっどのポーズ。


「そうですか……。それは、ホントによかったです」


 俺がこんなことされたら、何食べても味なんかわかんないと思うんだけどな。


 流石サヤカさん。一筋縄ではいかない人だ。真似は……しなくてもいいかな。




「ふー。食べた食べた。美味しかったよ、ユウ君。お疲れ様」


「お粗末さまでした。てか、作るよりその後の方が疲れましたけど……」


 結局、最後まであーんをさせられた。


 自分で食べた方が早いですよと途中何度も言ったのだが。


 そういうことじゃないらしい。本人がそう言うならしょうがない。


「まぁまぁ。たまにはいいじゃない。こういうのもさ」


「まぁ付き合ってるーって感じはしますよね。俺、そう言うのよくわかんなくて」


 恋人らしいことって、どういうことなのだろう。手でも繋げばいいのかな?


 エッチなことを抜けば、ペアルックとかデートするぐらいしか思いつかない。


 ……我ながら、発想が貧困過ぎてヤバイ。


「だいじょぶ! わたしもそゆのわかんないから!」


 そう言ってサヤカさん、自分の胸をトンッと叩く。


「それ、張り切って言うことでもないですよねぇ」


「キミもね」


 全くもってその通り。こうなったら、恋愛映画でも見たほうがいいのだろうか?


「まぁ、殴り合うのはこのくらいにして。サヤカさん、あの冷蔵庫は何です?」


「何ってなにさ?」


「いや、卵と飲み物と何故かでっかいハムが幾つかしか入ってなかったんですが」


 正直、引いた。長期保存できる食品以外は本当に何も入っていなかった。


「ああ、あれはユキコ用だよ。前に紹介したよね? わたしの親友のユキコだよ」


「ああ、あのおっぱい大きい」


 言われてぱっと思い浮かぶのはあの豊満な果実。


 残念ながら収穫済みのようで、彼氏と絶賛イチャラブ中らしい。


「……事実ではあるけど。もうちょっと覚え方ってあるんじゃないかな?」


「……ですね。すみません。えーと、和風美人の人? 長い髪が綺麗ですよね」


 振り向いた時にふわっと髪が跳ねる様子とか、かなりいい。CMか?


「……事実ではあるけど。それ恋人の前で言う? もうちょっと考えようよ」


「……ですね。すみません。えーと、えーと。キリッとした人ですよね」


 委員長ポジより、なんか参謀ポジって感じの鋭さを感じた。剣士タイプ?


「ああー。印象に逃げちゃったかー。まぁいいよ。その人だよ」


「ほっ……。で、何でその人がハムの話に出てくるんです?」


 よかった。これ以上の説明を要求されても上手く説明できる自信がない。


 女の人って、どういう風に表現したら正解なのかさっぱりわからない。


「んー。ユキコがたまに食べたいって、食べに来るから?」


「な、なるほど? ……えっと、説明それだけなんですか?」


 今のところ、親友のユキコさんがこのハム好きなんだろうなぁぐらいにしかわからない。


「ん? それ以上の説明必要なのかな? それじゃどんなことが聞きたいの?」


 そりゃ聞けるならこのハムはそもそも何なのか、とか。


 味見してみた時にかなり美味かったんだけどこれ高いやつなんですか、とか。


 何でぶっとい塊一本まるまる入ってるんですか、とか。


 これこの保管方法で悪くなったりしないんですか、とか。


 上げだしたらキリがないが、さりとてまとめて説明できる気もしない。


「えーと……。そう言われると俺も上手く説明できないんで、もういいです」


「いやいや。よかないでしょ。なにさ? 言ってごらんよ。聞いたげる」


 俺が引くと、サヤカさんが踏み込んでくる。


 最近の俺達の関係性は概ねこんな感じで推移している。


 どうにも、どこまで聞いていいのかよくわからない。


「うーん……。それじゃ、気になったのを一つだけ。サヤカさんって、毎日のご飯とかどうしてるんです?」


 どう考えてもこれ、自炊してる冷蔵庫じゃない。


 玉ねぎやじゃがいもも、何かの端数ってぐらいしか残ってなかったし。


 ここで調理が行われている様子がどうにも伺えない。


「う……。ほ、ほら。今って色んなお手軽食品あるじゃない? そういうのをね」


 ちょちょいとね、ってサヤカさん……。


「まさか、インスタントやらレトルトやらお弁当で生きてたんですか?」


 本当に居るんだな。こういう人。食費とか凄いことになってそう。


「……外食もあるよ? ほら、出前だってあるわけだしさ!」


「サヤカさん……。一体どこの男子大学生なんですか……」


 そんな食生活で今までよくやってこられましたね。


 味に飽きたりしなかったんだろうか?


 ……あ。もしかして、外食や出前がイヤだって言ったの……これか。


「だって……。料理なんて、ロクにやったことないんだよ」


 サヤカさん、バレたーみたいな顔してそっぽを向いてしまった。


 まぁ別に、そんな反応することはないんですけどね。


 別段問い詰めてるってわけでもないし。


「それじゃ、一人暮らしを期に始めてみようとかは……」


「思ってたら、こんな食生活してないねぇ」


「ですよねぇ……」


 まぁ、予想はしてた。


「なに。キミもユキコみたいに、料理ぐらい出来ないと嫁に行けなくなるとか言うクチなのかい?」


 と、そこでサヤカさんこちらをじろりと睨んできた。言われたらしい。


「いや、そこまでは言いませんけど……。まぁ、これは俺の中での比較対象が悪すぎると言うだけなので」


 女性なら主婦並みとは言わずとも、人並みぐらいには出来るのかと思ったけど。


 でも女性だから料理ができるってのは、決してイコールではないんだよな。


 古い決めつけってやつで、あんまりよくないことなのだろう。反省。


「わたし今何と比べられてるんだ……。キミって、もしかしてマザコン?」


 サヤカさんゲンナリとした表情ですけど。そんなの言われたら俺もですからね。


「いや、それだけはないです。てか何で今うちの母親?」


 あの拡声器にべったりとか、今度はそれを拡散されるわ。冗談ではない。


「んん? キミの家って、もしかしてパパさんがご飯作ってたとか?」


 何で父親がキッチンに? こちらは由緒正しい男子厨房に入らずでした。


「いや? 普通に母親でしたけど。まぁ、俺も多少はしましたけどね」


 現代っ子だからね。そんなしきたり知ったことじゃないですよ。


 俺は食べたい時に食べたい物を食べるために、隣に習いに行ったりするのです。


「それ、それもだよ。何で男子高校生が料理なんてしてるのさ? 食事に困ってって感じでもなさそうだし」


「そんなに変ですか? 料理好きが周りにいたので。それに釣られて、ですかね」


 出てくるものは当然美味いのだが、あいつの場合作ってるところから楽しそうだからな。


 料理が楽しい物だという刷り込みがなかったかと言われれば正直否定は難しい。


「はー。わたしもいい加減料理の一つでも覚えたほうがいいのかなぁ。流石に彼氏の方が料理上手いとかやばいよね」


「まぁ、その辺はそれぞれなんじゃないですかね。出来る方が出来ることをやればいいと思いますけど」


 俺だって別に家事全般が得意というわけでもないですし。


 強いて言えば干した後の洗濯物を畳むのとかめんどくさいですし。


 こんなことにならなければ干した後の服はまとめてクローゼットにポイでした。


 今はいつ部屋に来るかわかんないから、流石にちゃんと畳んで仕舞ってる。


「うう。ユウ君のやさしさが身に染みるよ……。ユキコにも見せてやりたいよ」


 ユキコさんからは、なかなか厳しく突っ込まれているようだ。


 親友って言ってたから、結構遠慮ないやり取りでもしているのだろう。


「まぁ苦手なことは誰にでもありますから。興味が湧いたらまた言ってください」


 とりあえず今はお茶でもどうぞ、と俺は緑茶のカップをサヤカさんへ差し出す。


 急須も茶葉もなかったのでティーバッグだが、これも普段は飲まないのかな。


「そのうちに、ね。……ふー。ご飯食べて、お茶も飲むと今度はデザートが欲しくなるよねぇ……。和菓子、食べたかったなぁ」


 ぼんやりと。中空を見上げてぽつりと心の声を漏らしてしまうサヤカさん。


 これ、心がほっとするとやっちゃうよね。リラックス。


「と、言うと思いまして。サヤカさん、これどうぞ」


 俺はテーブルの下で何気なく目立たないようにしてあった紙袋を取り出すと、中身を小皿に乗せて緑茶の隣へ置いてみる。


「なんだいこれ? ……って柏餅! 柏餅君じゃないか! どしたのこれ?」


 サヤカさんの信じられないような視線が、お皿から俺へとスムーズに移動する。


「サヤカさんがお昼寝してる間に、ちょちょっと行って買ってきました」


 帰ってきてもまだ寝てるのには、ちょっとびっくりしたけど。


 もう昼寝じゃなくてガン寝だったね。昨夜は夜更かしでもしたのかな?


「ユウ君……」


 サヤカさんは珍しい物を見るように、柏餅を手に持ってしげしげと眺めている。


「あ、あれ? 柏餅、駄目でしたか? おはぎのほうが良かったかな?」


 でもおはぎはシーズン終わったばかりだからな。ここは旬でと思ったんだけど。


「ううん。凄く嬉しい。ねえユウ君。なんでユウ君はこんな……」


 サヤカさん、何だか顔をうつむかせて動かなくなってしまった。


「こんな……? なんです?」


「ううん。好きってことだよ」


 顔をあげるなりニコっと笑ってこのセリフ。殺す気か?


「っ! え、えと。そう言う直接的なのはちょっと……」


 今、俺の顔は確実に真っ赤だろう。


 そんなもの、鏡なんか見なくたってよくわかる。


 だって今、俺の鼓動はこんなにも早いのだから。


「お? 照れてるね? ユウ君、大好きだよ?」


 うううう! サヤカさん、追撃するのはやめてくださいよ!


 覗き込みに来なくたって、今俺がどうなってるかなんてわかるでしょ!?


「そういうこと、からかい半分で言うのやめません!? 言葉の価値が下がる!」


 俺が抗議ついでに寄ってくるサヤカさんをグイグイと押し返すと、同じぐらいの力でサヤカさんもぐいぐいと自分の体を押し付けてくる。


「お、そーか。わたしの言葉にはちゃんと価値があるんだねぇ。うれしいなぁ」


 くそっ! そんな、にやにやした顔で! そういうのも可愛いのがまた……。


「そんなの、当たり前じゃないですか! その、好きな人に言われたら……」


 俺、弱いなぁ。勝てる気とか全くしないよこれ。どうしたらいいんだろ。


「……やばい」


 気づけば、サヤカさんからの押しつけがなくなっていた。


 その代わり、なんだかサヤカさんがじりじりと膝立ちでにじり寄ってきて……?


「……サヤカさん? ちょ、サヤカさん!? 無言はやめて! 無言は!!」


 翌日のスポーツのコマ(講義)は、着替えられない俺は自主休講にする他なかった。

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