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第六十五話 抑止力と予防線

「だから浮気じゃないし、されてないって言ってるでしょ。まぁ、その他にも色々あって。彼女、マユちゃんね。今、昔のわたしと似たような境遇なんだ」


 んん? なんか、話がまた不穏な方向へ転がってきたような?


 というか昔の先輩って、もしかしてあの話?


「まさか……高校時代のアレ?」


「そ。高校一年の時のアレ」


「それは……」


 と、呟いたっきり黙り込んでしまうユキコさん。


 いや、アレだけで会話とかされても。こっちにはいっこも伝わって来ませんが。


「わたしにはあの時ユキコやマミさん達が居てくれたから良かったけど、マユちゃんには今、ユウ君しか心の支えになるようなものがないんだよ。わたしは、そんなマユちゃんにユウ君から離れろなんて口が裂けても言いたくない」


 そう言う先輩の表情は何時になく緊迫していて、俺は思わず息を呑む。


 え、なにこれ。ちょっと、なんかただならない感じにしか聞こえないんだけど。一体なんなの? 俺、なんにも聞いてないんだけど。


「ちょ、先輩ちょっと待って。マユ、なにか今困った事になったりしてるのか?」


 見ればマユは、さっきからずっとうつむき気味だ。


 これって、もしかしなくてもホントに困ってる感じでは?


 まさか、昨日言ってた男性が苦手になったとかそう言う話に繋がるのか?


「うん……。実は……今しょっちゅう告白されたりとかしてる、かな。もちろん、全部お断りはしてるんだけどね」


 なんか、それがなかなか減らなくて。と苦笑するマユは実に弱々しく、それは俺のまだ見たことのない顔だった。


 てかなんだそれ。マジで何だそれ。何でそんなことになってんだ。


「なんでそんなことに……。……もしかして、俺が居なくなったせいなのか?」


 確かにマユは可愛らしい。あの庇護欲を誘う感じなど、これ以上ないモテ要素。


 そこで俺というお邪魔虫が居なくなれば。確かに一人や二人ぐらいには、告白とかされることもあるかもしれない。


 だがそれにしたって、そんなしょっちゅう告白されるような感じではなかったはずだ。


 少なくとも、俺が地元にいる間はマユがモテまくって振りまくるなんてことにはなっていなかった。


「まぁ、そうなんだろうね。でもマユちゃん、中三の時も一年間一人だったんでしょ? その時はどうだったのさ?」


 そう言われれば。同じ学校に俺が居ないという条件では同じなはずだ。


 しかし記憶によれば、マユが中三の頃も別に至って平和だったはずなのだが。


「学校は違ったけど、ユウお兄ちゃんの高校と方向は同じだったから。行き帰りに寄って貰って、一緒に帰ったり……」


 そういえば、そんな事頼まれたりもしましたね。あったあった。そんな事。


「して見せつけてたと。それが実質的な抑止力になってたわけだ」


 先輩がそう引き継ぐと、ユキコさんも納得したように頷く。


「それで今年はユウ君丸ごと消えちゃったから、男子連中最後のチャンスといきり立つと。流れはまぁ、わからなくはないけどさー……」


 ユキコさんは片手を額につけると、そのままゆるゆると頭を左右に揺らす。


 単純過ぎて頭痛い? ホントバカな男子ばっかで救いようがねぇ。ふざけんな。


「えっと、お二人は結局今現在のマユの状況に対してどういう懸念を持ってるんですか? なんかヤバくなるなら、早めに手とか打っておきたいです」


 具体的には、役に立たない地元の後輩連中のケツでも蹴り上げとかないと。


 というか、何で報告の一つも上げてこないんだ。あいつらは。あれほどくれぐれもマユのことをよろしく頼むと言っておいたはずなのに。


 でも、逆に特に報告するような大事までは起こってないとも読み取れるのか?


 いずれにせよ、やっぱり今夜辺り後輩連中に聞き込みをかけておかねば。


「ん? あ、あー。そういや、キミにはわたしの昔話、まだしたことなかったね」


 そう言えばという感じで先輩が振り返る。あれ? 思ったより反応が軽いかな?


「ええ、まぁ。詳細は引き続き、先輩が話してくれる気になるまで待ちますから。なので今は端的に、どうしたらいいかだけ教えてもらえれば」


 あんまり愉快な話でもないだろうから、こちらからは話題にするのも避けてたんだよね。先輩の中ではもう、気持ちの整理とかついてるんだろうか。だとするならば、良いのだけれど。


「ん。ちょうどいい機会だし今話しちゃうよ。マユちゃんも、それでいいかな?」


「あ、はい。私は、大丈夫ですけど……」


 マユの不安げな表情に、わたしも大丈夫だよと答えて先輩は話始めた。


「結論として、今のわたしはこんな感じだからね? そこ、重要なところだからちゃんと覚えといてね?」


「わかりました。それだけ言われても何がなんだかさっぱりですけど、予防線張られてるんだろうなってのはわかります」


 先輩が自分を指差してこくこく頷いてるけど、まぁこれは多分もう心配とか要らないよってことを言いたいんだろう。わかりました。しっかり覚えておきますよ。


「まぁそういうことだね。あと、話は最後まで聞くように」


「俺は小学生男子か何かですか。わかってます」


 俺は特に逆らうこともなく頷いておく。その程度には、色々言いたくなるような話なのだろう。なんかこっちが緊張してきたな。


「ユキコも、途中で余計な口を出さないように」


「えー。私達の赤裸々な青春時代を余すこと無く隅々まで……」


「しなくていいから。てかホント余計なこと言ったら酷いからね」


 一方でユキコさんは流石に当事者。余裕のある返しをしているな。妬ましい。


「まぁいいや。補足が必要になるまでは黙ってるよ」


 先輩はそれには黙って頷くと、おほんおほんと咳払いを二度三度。


「じゃ、高校生になったわたしに何が起こったか。昔話の始まりだよ」


 物語に出てくる語り部のように、先輩は静かに静かに自分の物語を語り始めた。

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