第六十三話 懊悩。なやみもだえること。
「そうですね。本当のマユを見ていない。確かに、それはあるのかもしれません。マユが知らない間に傷ついてたのを、昨日初めて知ったなんてこともありました」
そう言う俺の視線は、テーブルの上で組んだ己の手の中へと落ちる。
ずっと近くで見守っていたはずのマユが、知らない間に男性を苦手にしていたと言うのは俺にそれなりのショックを与えていた。
俺に言わないだけで、なにかそれなりのことがあったのではないか。
まさかマユにそのまま聞いてみるわけにも行かず、その件は未だに棚上げしたままだ。
ただ、受験勉強の方に影響は特に見られないようなので、そこまでの大事があったわけではないというのは見て取れる。
何にしても今夜マユが帰ったら、地元の連中にそれとなく話を聞いておこう。
「ごめんね。私はサヤカの親友だから。こういう時、どうしてもサヤカの味方をしちゃうんだ」
ユキコさんはそう言って、俺に苦笑いを向けてくる。
誰だって、人に苦言を呈すなんてしたくないだろうに。
この人はそんな嫌なことでも、きっちりやってくれる。
もう感謝の気持ちしか産まれない。俺一人ではきっと気付けなかった。
「確かに、先輩がどう思うかについて俺に配慮が欠けてたのは事実です。俺はその辺もうちょっと、色々考えなきゃいけなかった」
まぁそりゃそうだわな。ちょっと考えなくてもよく分かる。
彼女ほっといて妹と過剰なスキンシップしてたら、そら怒られても仕方ない。
思えば、昨日から先輩の事はずっと後回しだったような気がする。てかしてた。
先輩とは明日以降も会えるからという、甘えの気持ちがあったことも否めない。
「はーい。そこまで。この話はこれで終わりだよ。二人共冷静になってマユちゃん見てごらん。行き場なくしてうつむいちゃってんじゃん」
と、場が停滞したところで先輩が両手の平を突き出して、マユの方へと目を向けさせる。
「あ……。すまん、マユ。ほんっとに。俺ってやつはほんとにもう」
今自分のことしか考えてないって反省した裏で、また同じことしてますよ。
もう俺、このテーブルにヘドバンした方がいいのかな? やっとくか?
「ううん。私、サヤカさんとユウお兄ちゃんに迷惑かけちゃった。謝らなくちゃ」
マユは膝の上に手を置いたまま、テーブルの一点をじっと見つめていた。
「いや謝罪なんて要らないよ。だってその分回収するって約束したからね。わたしは一時の謝罪なんかより、ユウ君で遊んでたほうが楽しいし」
マユがポツリとそうつぶやけば、先輩は食い気味にそれを否定する。
遊ぶって……。他にもうちょと言い方なかったんですかね先輩よ!
「……サヤカは、そんなんでほんとにいいの?」
「おうともさ。わたし達の間では、それでいいとしたんだよ。でも当事者のわたしとマユちゃんがそれで納得してるのに、なんでユキコがそんなにエキサイトしてるのさ? 心配してくれるのはありがたいけど、ちょっと加熱とかし過ぎかな?」
尚もなにか言いたげなユキコさんの視線を受け、先輩は困惑の表情を浮かべて問い返す。
「……だってさ。サヤカはさ、これまでのラブラブっぷりは一体何だったのさって思わない? これって公然と浮気されてるのと、一体何が違うのよ?」
「えー。違うよ。ぜんぜん違うよ。なんというか、ピント外れっていうか。少なくともわたしは、ユウ君が浮気してるとは思ってないよ」
ユキコさんが伏し目がちに指摘した内容を、先輩はあっけらかんと一笑に付す。
「……そりゃまた随分と言い切るね。なんでなのか、聞いてもいい?」
「これね、ユウ君から手を出したことって多分ないんだよ。ユウ君は、全部受け止めていただけで、それがこの二人のいつものことだった。ただそれだけの話だよ」
まぁ、若干いつものことではなかったですが。
というか、先輩浮気じゃないってわかっててくれたならそう言ってくださいよ!
……あ、これなのか。わかってほしいばかりじゃダメだったんだ。
もっと態度ではっきりさせなきゃいけなかった。俺のミスはそこなんだ。
うう。でも、どうやってアピールとかすればいいんだろ。
マユに冷たい態度とかは、ちょっと俺無理そうだけど……。
「ふぅん。……ちゅっちゅもかい?」
「なんだいユキコ。やけにキスにこだわるね?」
「だってそこ、一番大事なとこでしょう」
「まぁそうだけど」
俺が一人で懊悩していると、二人の話が何だか変な方向に飛んでいた。
「だいたいキスまでするのが当たり前なら、なんで付き合ったりとかしないのさ」
「んー。案外言葉にしなかっただけで、実態はそうだったんじゃないのかな?」
「ダメだわ。私には、サヤカの言ってることとかいっこもわかんない。だいいち、昨日初めて出会った娘でしょう? なんでそんなことがわかるのさ」
確かに。先輩なんか分析めいたこと言ってるけれど、俺やマユとの顔合わせは小学生以来のはずなのだ。俺達の近況なんて、そんなの先輩どうやって知ったのだ。
「ねえユキコ。去年わたし達、ユウ君とマユちゃんの二人に既に会ったことがあるんだよ。そう言われたら、何か思い出せたりはするのかな?」
何それ。ちょっと、俺そんなの聞いたことないんだけど!?




