第五十一話 三本の電柱で感じる心の機微
「ユウお兄ちゃん、もうリミットまであと五分だからね」
俺が先輩の女神っぷりに感動していると、横でマユさんがぼそっと残り時間を教えてくれる。
「はっ! 感動してる場合じゃなかった。先輩、荷物の準備は大丈夫です?」
「ん。んー、おっけ。もう行けるよ」
最後……というか終始ドタバタしたが、なんとか支度が整った。
全員で部屋を出て、鍵をかけたら待ち合わせ場所の駅へと出発する。
「ユウお兄ちゃん、さっきの続き。いいよね?」
「マユよ。俺、人前じゃダメだっていいませんでしたっけ」
マンションのエントランスを出た途端、マユさんが隣に並んで早速おねだりを始める。
「言ってたね。でも、まだ人前じゃないよ?」
「いや思いっきり隣に先輩居るでしょうがよ。なに、先輩の存在消しちゃった? マユさんそれはちょっとひどくね?」
「サヤカさんは最初から人数のうちでしょ!? 逆にそれ、ユウお兄ちゃんのほうがひどくない?」
今の状況は人前か否かで争っていると、先輩が俺達の後ろからにゅーっと割り込んでくる。タコかなにかかこの人は。
「キミ達、何を喧嘩してるのか知らないけど、その前にさっきの続きというのを聞きたいわけだこのわたしはさ」
そうだった。例の回収だなんだがあるんだった。
つーかこれ。逐一すべてを先輩に報告する必要があるってことなんかいな。
「ユウお兄ちゃんと腕を組もうとしてたんですよー。でも、組んだ頃にはもう目的地に着いちゃって」
と背後のマンションを振り返るマユ。
「なるほどね。腕を組む。いいねそれ。わたしも混ぜてくれるかい?」
先輩はマユの話に納得の表情を浮かべると、続けてにんまりとした笑顔を浮かべてこちらを振り向く。
あ、これ、ロクでもないこと考えついた時の顔だ。
「あの、二人同時だと俺手が全く使えなくなるんですけど。てか、両腕に女の子ぶら下げて街歩いてるような奴とか、俺見たことねぇよ!」
どんなモテ男だよそれ。てかそれ、イケメン無罪にはならんやつだぞ?
ましてやフツメンの俺がそんなことしてみろ。余裕で死罪は免れない奴だ。正直勘弁してくれ。
「ええー。そうかなぁ。今のキミにはちょうどいい格好だと思うけどなぁ。わたし、オススメだよ」
えっなに。先輩俺に死んだほうがいいって言ってんのこれ。なにそれこわい。
「じゃあ、こうしませんか? 人通りが増えるまでは二人で、それ以降は交互ということで」
つまり、俺は常にどっちかと腕を組んでるってことですかね。もう一人を放置して?
それはそれで大変まずい気がするんですが、俺の気のせいなんですかね? そうじゃないよね?
「んー、まぁ、わざわざ注目されるのもイヤだしね。ダブル腕組みは勘弁してあげようか」
ですよね。先輩、知らない男に注目されるの、嫌いですもんね。
イヤらしい視線は特に嫌うし、まぁこうなるんじゃないかとは思ってたけど。
そういうのは、できれば提案する前に想像して欲しかった。
俺が注目されるということは、横の女の子も注目されるってことなんだから。
まぁ、先輩の余裕っぷりを見てると、撤回前提でわざと言ってるんだろうなって感じもするんだけども。
「それじゃあ、決まったところで交代頻度の方も決めましょう。電柱三本分ぐらいとか、どうですか?」
「まぁわたしもこんなことしたこと無いからさ、いいも悪いもわかんないんだよね。とりあえずそれでやってみようか」
「ですよね。実は私もわからないです。じゃ、そういうことで。まずはサヤカさんからどうぞ」
「いやいや、ここは言い出したマユちゃんからでいいよ。わたしはその後でいいからさ」
君達、最初はダブルで行くんじゃなかったですかね。もう忘れちゃったんですかね……。
まぁ、そんなこと馬鹿正直に言っても俺が大変になるだけなので、この場合は口をつぐむのが最適解だ!
「サヤカさん、ちょっと待って下さい。さっきからユウお兄ちゃんが不自然に静か過ぎます」
ぐっ。流石マユさんは欺けないな! 黙っているのに集中しすぎたか。ツッコミの一つでも適当にしておけばよかった。しくじった!
「ユウ君……。なにか、隠してるのかな? わたしに対して隠し立てとか、相当ためにならないよ? さあ、キリキリ吐こうか。さあさあさあ」
「いやいやいや、俺は腕組みされる方ですからね。そっちは約定とかなんかあるわけですし。俺は黙って見てるしか無いじゃないですか」
「んんー? 彼氏案件でもないのに、そんな物いちいち取らないよ。それにそんな殊勝なこと、ユウ君が自分から言うかなぁ? 怪しいなぁ? どうしちゃったのかなぁ?」
ユウは無言で逃げ出した! しかし、まわりこまれてしまった!
「はは、やだなぁ。先輩は。俺はいつも殊勝でありたいと願ってやまない好青年ですよ。そんな怪しいとか、まさかまさか」
俺は背後の家の壁に追い込まれながらも、それでも笑顔を崩さない。
今ここで気を抜いたら、確実に殺られる! サツバツ!
「ふふん。これは語るに落ちたかな? 古今東西、自分で自分を好青年とか言っちゃう奴が胡散臭くなかった試しはないんだよ。さあ、なにを隠してるのか吐きたまえ」
先輩が逃がさんとばかりに俺の右手を抱き込んで、じっと見上げてくる。
「サヤカさん、流石です。ユウお兄ちゃんがこういうエセ爽やか風を装った時は、だいたい何かある時なんです。これはクロ確定の流れで間違いないですね」
こちらも犯人確保とばかりに左手を抱え込んで、先輩とアイコンタクトをとっているマユ。
君達! これは不当逮捕がうんぬんかんぬん。要するに解放してください。
「……つまり、こうなるのを避けたかったんですが……」
俺は諦めたようにがっくり頭を垂れる。
なに? 両手に花だって? ハハッ。ソウデスネ。
「んー? ユウ君はわたしと腕を組むのがイヤってことかい? わたし、泣くよ? いいの?」
「それじゃ、ユウお兄ちゃんは私と腕を組むのが嫌ってことなのかな。妹分にはお兄ちゃんの腕につかまってもいいって法律があるんですよ? 知らなかった?」
やめてくださいよ先輩そんな顔するの卑怯だろぉ! 胸がキュンとしちゃうでしょうが! これが、ときめき……! 俺のメモリアルが、また一ページ。
てか、マユの方はホント最近ためらいがなくなってきてますね。どんだけ大嘘ぶっこいてんだよせめてもうちょっと信憑性のある嘘つけよ!
それでも無碍に振り払ったりしたらどういう顔をするのかとか思うと、なかなかそうもいかなくて。うーむ。
「とりあえずです。とりあえず、このまま進みますが、いいですか。絶対に人と遭遇したら離れてくださいよ。いいですね? さっき自分達で決めてた約束ですからね」
絶対だぞ! フリじゃないからな! 絶対だぞ!! 守れよ!!
「はいはい。このままじゃユキコとの待ち合わせに遅刻しちゃうからね。急ぐって言ってたのはキミじゃなかったかな?」
「ユウお兄ちゃん、歩くの遅い。歩調合わせてくれないと、歩きづらいよ」
二人して前へ前へとぐいぐい腕引っ張ってくるから、どうしても前かがみのへっぴり腰になってしまうわけで。
どっちかって言うとこれ君達のせいでしょおおおお!!
「ねえ、急かすのもいいけど、合意形成もしよう? 頼むよマジで」
その後俺達が出会った第一街人がおばさんだったのは、実際幸運だったのかもしれない。
妙に微笑ましそうな顔で見送られたんだけど、俺一体どういう風に思われてたんだろ……。
少なくとも、睨まれなかっただけで今はいいや……。
今は先輩を右側にぶら下げながら、俺達は待ち合わせ場所の改札口へ向かったのだった。




