第三十四話 いつもの匂いに包まれて
「それで、ベッドですが……」
「もちろん、彼女のわたしが使わせてもらうよ」
「いえいえ、ここはお客様である私がベッドを使わせてもらうのが、自然な流れだと思いませんか?」
とりあえずマユさんは一見まっとうなこと言ってるようで、それ自分で言うのはどうなのってやつだからね。
それにしてもなんでこの人達は他の人に言わせる前に、そういうこと自分で言っちゃうのかな?
君達が男だったら、今頃不名誉な称号貰ってるとこだよ?
「うーん。マユの言うことももっともだけど、お客様扱いならむしろ新品未使用な予備布団を使って貰った方がいいんじゃないか? 人が毎日寝てる布団だと思うと、なんか上手く寝られないこととかあるし」
男友達のなら御免こうむるし、他の女性の布団だったらなんか緊張しちゃって寝られるかわからん。
というか女性の場合は恋人でもなけりゃ、他の男なんて自分の布団に寝かせないだろうけど。
「その通りだよ。マユちゃんは今日一日色々あって疲れたんでしょう? ここは新品未使用の布団で、朝までぐっすり眠るといいよ」
「いえいえ。サヤカさんのお心遣いはありがたく頂きますけど、私にとっては知らない土地で、初めての部屋で眠るんですよ? 少しぐらいは知ってるものがないと、余計落ち着かなくて寝てなんか居られないですよ」
ふむ。マユの言うことにも一定の理解は出来る。
ただ、この状況で知ってるものって……マユさん?
「なるほど。つまりマユちゃんはユウ君の匂いに包まれて眠りたいってわけだ。わかるよ。それにしてもユウ君の匂いだなんて、マユちゃんは一体いつ覚えるまで嗅いだんだい?」
「別に、しょっちゅう一緒に寝たりしてましたからね。ユウお兄ちゃんの匂いなんて、私にとっては実に嗅ぎ慣れたものなんですよ」
やめて! あえてぼかしたことを白日のもとに晒すのはやめてあげて!
そういう話は俺が恥ずかしくなるでしょ! ほんとやめてよね!
それにしょっちゅうって、それちっちゃい子供の頃の話だろ!
マユと一緒に寝たのだって、せいぜい中学生までだったじゃねぇか!
てかマユはなんか満足気な顔してるし、先輩も先輩でしたり顔とかしてるしもうほんとやだ!
「はいはい。変態的な話はそこまでですよ。そんな話聞かされて、じゃあどうぞってなるわけねーだろ! 先輩がベッドで、マユが布団! はい決定!」
この場合は彼女をベッドに寝かすほうが、まだマシだろう。
だいたいこれ以上二人でやらせておいてもロクな事にはならないのは、もう目に見えている。
こうなったら家主特権で強権を発動するしか道は無い。
もう夜も更けた。変態どもにいつまでも付き合ってなど居られないのだ。
俺はひとまず布団圧縮袋のタグをハサミで切り取って、チャックをじじーっと開けていく。
「うーん。ユウお兄ちゃんにそう言われちゃったら、しょうがないよね……」
「まぁ、そこが彼女かどうかの違いだからね! しょうがないよね!」
口を突き出してのふてくされマユと、勝ち誇ったにやにや先輩。
どっちもロクなもんじゃねぇなこれ。
もうちょっと綺麗な表情しなさいよ。
構成されてるパーツ自体はいいものなんだからさ、
「そこ、口はいいから手を動かす!」
そう言いながら袋から掛け布団を取り出すと、圧縮されていた布団がみるみるうちに元の大きさを取り戻していく。
じっと見ていると自分の何かに近親感を覚えそうになるので、さっさと広げて二人に渡していく。
二人は付属の布団カバーを上下に分かれて、仲良く装着させている。
布団カバーってあれ、つけるの地味に面倒なんだよね。もうちょっと手軽にならんかな。
一人で出来るは出来るんだけど、すごく面倒で。あっち行ったりこっち行ったりさ。
これも二人でやると凄くスムーズにできるから、手伝ってもらうとすごく助かるんだよな。
しかしそうやって仲良く出来るんなら、もう普段からずっとそうしててくださいよ。
そしたら俺の心労とかもかなり減るのにさ。
まぁ、今後は例の約定で多少はマシになりそうだけども。
などと考えながら、俺は俺で敷ふとんのカバーを一人で黙々と装着している。
そう、そのめんどくさいやり方で。だって、誰も手伝ってくれないし……。
そりゃね、三人しか居ないんだからね。仕方ないってのはわかってるけどさ?
「ユウ君、こっちはできたよ」
「ユウお兄ちゃん、後は代わるよ。私の寝具だし」
一瞬マユの言い方になにか引っかかるものを感じたが、気のせいだったかなと流して立ち上がる。
入れ替わりにマユがその位置に入ると、先輩がその反対側に腰を落ち着ける。
うーん、コンビネーション。これは俺はいらない子ですね。
と、そこで俺は自分だけお風呂にまだ入っていないことに気づいた。
そういやDOGEZA乱舞とかで結局入りそこねてたな。
ここはもういいだろうし、後は二人に任せて風呂行っとくか。
「あー、それじゃ俺は風呂入り忘れてたから、入ってくるわ」
「うん、行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい。あとで覗きに行くからね」
「いや、来なくていーから」
俺は通りがかりついでに先輩のおでこにデコピンを一つ炸裂させると、着替えを持って脱衣所に向かった。
「置き土産……」
脱衣所でいの一番に俺を出迎えてくれたのは、先輩がさっき持って行ったはずの乾かしたピンク色の上の方。
そう、紐と椀で構成されてる方のアレである。流石に下の方はないようだ。じゃなくて。
「先輩! ちょっと! 忘れ物!!」
俺は脱衣所の扉から半分だけ身を乗り出して、部屋の中の先輩を呼びつける。
「はいはーい。なんか忘れてたっけ? あれ? 手ぶら?」
先輩は部屋から出てきて俺を見るが、俺が手に何も持ってないことに首を傾げる。
「ご自分でどうぞ。他にもないか、よく確認してね」
俺は脱衣所から出ると、扉の先を指し示して先輩を中に入れる。
「あ、あー。寝る時はキャミでいいかなーってやめたんだった。こいつはまた粗末なものを……」
「布にいちいちそういう表現はしないでしょ。もういいからそれ持って早く帰りましょう」
俺は脱衣所を出てきた先輩を部屋に追い立てると、あらためて脱衣所に入り直す。
……そのまま十秒ほど待って、扉を勢い良く開け放つ。
外向け、廊下側に開くドアは、ドアの前に誰かがいれば当然その誰かに当たることになる。
ゴッ! という実にいい音が廊下に響くのも、ならば必然といえるだろう。
「先輩。覗きはやめましょうね?」
「はい……。ごめんなさい……」
俺はうずくまっておでこを抑えてる先輩を一瞥すると、再び脱衣所のドアを閉めた。
「はー。やっぱ湯船はたまらんな、っと」
やはり夏場でも肩まで浸かりたい派の俺としては、シャワーで済ませるお風呂はイマイチお風呂に入ったという気がしない。
できれば毎日でも湯船を張りたいが、いかんせん一人暮らしではそうも行かないのが悲しいところだ。
中には光熱費、いわゆる電気ガス水道代が家賃に含まれていて、使いたい放題の物件もあると聞く。
お湯だっばだっば溢れさせながら湯船に浸かりたいなぁと思いながら、俺は部屋へのドアを開けて……すぐに廊下へ引っ込んだ。
さっきまでいい湯に浸かりながら若干うとうとしてたこともあって眠気も十分だったのだが、今はもうそんなもの完全に何処かへ吹っ飛んでしまっている。
それもこれも今見たものが未だに信じられないからであるのだが、もう一度確認する勇気がちょっと俺にない。
ど、どうしよう。こういうときどうしたらいいの?
俺、こんな場面とか出くわしたことなんか無いよ。
誰かに聞こうにも携帯なんて部屋の中だし、そもそも人に聞ける内容なんかでは決して無い。
どうしようもなにもない。俺が確認する他に方法などないのだ。甘えたことを言ってはいられない。
俺は恐る恐るもう一度部屋へのドアを開けると、そっと中を覗き込んだ。
部屋の中では、二人の女性がベッドの上でくんずほぐれつしている真っ最中だった。




