前日譚 Case.13 警鐘
こちらは前日譚の追加となります。
前日譚は先輩彼女と後輩彼氏の二人劇になっております。
それでは、今回もよろしくお願いします!
「あ、はい。わかりました。駅前のシダ植物が目印のカラオケ店ですね。すぐ行きます」
俺は通話を終了すると、急いでパーカーを羽織って外出の支度を整える。
今日は先輩のグループ一同でカラオケだと意気込んでいたので、俺は自室で大人しくレポートを書いていた。
そんな俺の作業が一段落して、ベッドで一休みでもするかと寝転んでいると、スマホにユキコさんからの着信。
普段はメールが殆どで通話なんてほとんどしないのに、珍しいこともあるもんだと思ったところで今日はユキコさんもカラオケメンバーなんだと気がついた。
とすると、カラオケ店で先輩達に何かあったんだろうか。
慌てて電話に出てみれば、先輩が酔い潰れてしまったから迎えに来たほうがいいという、ユキコさんからのありがたいアドバイスだった。
まぁ、大事でなくてよかったけれど、慌てたあまり二度も取り落としてしまったスマホが少し可哀想な気もする。
ここから駅前までは、さほどかかる道のりでもない。俺は早足気味に駅への道を急ぐ。
幸いなことに今日は雨でもなく寒くもない、まだ春の匂いが残る夜だった。
月は一応出てはいるが、この街灯のみの道を酔った女の子一人で歩いて帰らすだなんて、俺にはとても考えられない。
そう考えると、去年までの先輩達はどうやっていたのだろう。
酔っていては自転車に乗るのも危ないし、やはりタクシーに乗り合いだろうか。
そもそも飲むなら宅飲みにしてくれればそういう心配もいらないんだけどな、と思うもグループ全員が入れる部屋ってのも大概だよなぁと思い直す。
グループが揃えば二人や三人どころでは収まらない。十人以上が入って平気な部屋など、普通に賃貸で暮らす限りはありえない。
シェアハウスみたいな共同居住スペースを共有しているような部屋ならもしかしたら可能かもしれないが、所詮殆どの者がワンルーム暮らしの大学生には望むべくもない条件だ。
そう考えると、一軒家というのは凄いものだなと思える。リビングが広めだったり、隣接する部屋と繋げられるような作りなら、十人程度特にどうということもなく収容してしまうのだろう。
よく一軒家とマンションを比べて購入するならどちらを選択するか、なんて話があるけれど、こういうところでも違いがあるんだなぁと思える。
でも、マンションでもホームパーティとかしてる人達はいるわけで、そういうことを前提にしてる人達はやはり最初からそういう部屋を選んで住んだるんだなぁとも気づく。
家賃とか広い分だけ凄いんだろうな。数十万単位とか、下手な給料だと家賃だけで全部飛んでいきそうだ。
と、無為な思考を手持ち無沙汰の供物として差し出していると、件のカラオケ屋に辿り着いた。
えーと、これこっからどうしたらいいんだろ。
あ、そうか。ユキコさんに着いたって連絡すればいいんだ。
俺はポケットから携帯を取り出すと、ユキコさんを連絡帳から引っ張りだしてコールボタンを押す。
画面を耳に当てて待っていると、数度のコールで繋がった。
どうやら電話の向こうはルーム内のようだ。
あれ、連絡もらってからけっこう経つのに、まだ部屋の中に居るのか?
他の誰かが歌っている大音量が、スピーカー越しに聞こえてくる。
ああ、これCMで聞いたことある曲だ。けっこう上手いなこの人。
「もしもし? もしもーし? 聞こえてるー?」
あ、いけね。後ろの歌声聞いてる場合じゃなかった。
「あっ、はい! 聞こえてます! 今、店の前に着きました。俺、どこで待ってたらいいですか?」
「あー、それなんだけど、私達も流石にサヤカ抱えて店の前まで行けるような力も、体力もないんだよね」
「あ、はい。そうですね。女性一人とはいえ、抱えて運ぶのは大変ですもんね」
特に意識のない人間は自分でバランスを取ってくれないから、余計に重く感じるという話も聞く。
「ということで、私達の部屋まで迎えに来てくれるかな? 部屋は503号室ね。よろしくー」
「え、あ、はい。わかりました……?」
戸惑っている間に、通話は切れてしまった。
……えーと、か、帰ろうかな……?
俺は目の前のカラオケ店を一度見上げると、手元の携帯をじっと見つめる。
状況は、あのグループが一堂に会している上で、更に飲酒までしている。
これはもう、ちょっとどころじゃない勢いで近づきたくない。
警鐘なんかさっきから最大音量でずっと鳴りっぱなしだ。誰か切る方法を教えてほしい。
しかし流石にそういうわけにも行かず、ここまで来てしまった以上は仕方ないと店内に入る。
入る客も帰る客も居ない時間なのか、あくび混じりの受付をスルーして、奥のエレベーターへ直行する。
上りのコールボタンを押すと、エレベーターが到着するまでの短い時間で覚悟を決めねばならない。
い、行きたくねぇー……。
想定被害予想としては、撃沈が「帰れない」レベル。大破が「付いてくる」レベル。
中破が「人質にされる」レベルで、小破が「歌わされる」レベルと言ったところか。
これ以下などという生ぬるい展開はないだろう。考えるだけ無駄である。
……具体的に想像したら、余計に帰りたくなってきた。
先輩の携帯に電話したら、一人で出てきてくれないかな。
叶うはずのない望みだと自分自身ですら思っているが、それでも考えずにはいられない。
やっと到着音がして、エレベーターのドアが開く。
五階のボタンを押せば、もう後は秒読み開始である。
クソッ! 先輩め! なんで酔いつぶれるまで飲んだりするんだ!
これが合コンだったら俺みたいな奴に速攻でお持ち帰りされてんぞ。
……合コンだけは何があっても参加させちゃいかんな。うん。
どうしてもって時は男側で俺も参加してやる。迷惑? 知るか。
もう一度到着音が鳴って、ドアが開く。503は……右か。
一部屋、二部屋、三部屋目。ルームナンバーは503。
そっと覗き窓を覗いてみれば、ほぼフルメンバー。はい、ワンナウト。
しかも稼働を停止してるのは、先輩を含めて数名しかいない。はい、ツーアウト。
しかもちょうどその時、ユキコさんとバッチリ目が合ってしまう。なんであの人こっち見てんの!?
はい、これでスリーアウト。望みは潰えた。無事に試合終了である。
……よし。ここはとっておきのやつだな。逃げるんだよォォォーーーーーッ!!
「あれぇ。どこ行くのかなぁ? ユ・ウ・君!」
そう言って行く手の角から顔を覗かせたのは、今一番顔を合わせたくない、マミ先輩だった……。




