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第二話 正座

「正座」


「もうしてます」


 背中まで伸びる長い髪。すらっとしたその立ち振舞。


 そこにはいわゆる美人さんが、仁王立ちで腕組みをしていた。


「申し開きは?」


「間違っても浮気はしてません」


 一方で正座してるのは一見特にこれといった特徴の無い、いわゆる普通の男の子。


 と、言うにはギリギリか、もしくはもうアウトなお年ごろ。男性になりかけとも言えるだろう。


 二人とも大学生という身分ともなれば、やはり子ではないとするのが一般的か。


「……それだけ?」


「話聞く気、あります?」


「は? なにその態度」


「ということです。今は何を言っても多分聞いてもらえないので」


 彼は後頭部に出来たたんこぶを後ろ手にさすると、諦めたようにため息を吐く。


「はー。ふーん。へー。わかった。じゃあこっちの子からまずは話聞かせてもらおうかな。どちらさま?」


「……えっと。ユウお兄ちゃん?」


「ああ、悪いんだけど、一応一通り説明するだけしてくれる? すまんな」


 話をするにしても何をするにしても、まずは服を着てもらわなければどうにもならない。


 ひとまず着替えを先に済まさせ、一同はあらためて部屋にある小さなテーブルを囲んで座った。


 今は可愛い目の格好に着替えた女の子は、こちらは高校生ぐらいだろうか。


 真っ黒から少しだけ色を抜いたような色合いの髪が、まだしっとりとしている。


「うん。わかった。えっと、はじめまして。私、ユウお兄ちゃんの隣りに住んでるマユっていいます。あ、隣っていっても実家の方です」


「はい、はじめまして。わたしは彼の彼女だったはずのサヤカね。で、そのお隣のマユちゃんがなんでここに?」


 まず、彼の実家は電車で一時間ほどかかる場所にある。乗り換えも一度、必要になる。


 そんな距離から来るにしては、この周辺には特に大きな繁華街もランドマークも存在しない。


 ということは、マユは恐らく最初からこの部屋を目指してやってきたのだろう。


 マユはサヤカの言った彼女という単語に一瞬反応した後、説明を続ける。


「私、今年受験なんですけど、志望校がここから近い場所にあるんです。それでもし合格した場合は自宅から通うか、一人暮らしするかで迷ってて。住むならどこらへんに住むのがいいか、家から通うならどのぐらい大変なのか。それを一度ユウお兄ちゃんに聞いて確かめておこうと思って、それでユウお兄ちゃんにこの辺の案内をお願いしたんです」


「ふーん。話としては、よくありそうな話だね?」


「事実ですから」


 彼女がそうつぶやけば、彼氏もそれに合わせて相槌を打つ。


「それで、この辺を案内して欲しいはずのマユちゃんはなんでここでシャワー浴びてるの? 今日は別に雨も降ってないよね」


 急な土砂降りにあって全身ずぶ濡れで。


 このままだと風邪ひくから体温めておけなら、まだわかる。


 わかりたくはないけど、まだわかる。


 しかし今日はこの梅雨の時期にしては綺麗な晴天で、少し暑苦しいほどだ。


「あ、はい。ここに来るまでに少し道に迷ってしまって。うろうろしてたら汗かいちゃってちょっとどうにも気持ち悪かったんで……」


「たしかに今日は蒸し暑いよ。晴れててもジメッとしてるよね。でもそこからシャワーが全然つながらないんだけど。だいたい着替えもないのに普通、シャワーとか浴びる?」


「あ、着替えならあります」


「なんであるんだよ!!」


「一泊二日の予定だったので……」


 見れば部屋の窓際の壁にそって、小ぶりなトランクが置いてある。


 確かにこんな物を持ってこんな天気の日に外をうろうろしていたら、汗のひとつもかくだろう。


 しかも、ここはエレベーターもないマンションの四階である。その苦労は推して知るべし。


「ああ、そう。そうなんだ。ごめんね怒鳴ったりして。ちょっとキミ、ああユウ君。こっち集合」


 サヤカが指先でクイクイと部屋の隅を指す。


 どう考えてもいい話にはならないだろうと、ユウは諦めた顔で従う。


「で、キミとマユちゃんの関係性は?」


「隣の妹分ですが……」


「ラブ的な話は?」


「ありえません。産まれた時から知ってるんですよ?」


「ふうん。いわゆる幼なじみってやつなのか」


「そうですね。そうなります」


 なんだか話が長くなりそうなので、ユウは手振りでマユにリラックスしていろと伝える。


 マユはしっかり頷いて、それならばと席を立ってお茶の準備をし始めた。


 かちん、とヤカンを火にかける音が聞こえる。


「それでキミ達、普段はどんな付き合いしてたわけ?」


「別によくあるお互いの部屋を用もないのに頻繁に行き来してたとか、そう言う話はありませんよ? あんなの都市伝説です」


「なんでさ? 仲が良ければ普通に遊びに行ったりするでしょう」


 あまつさえ、ねぼすけの朝を部屋に乱入して叩き起こしたりとか。


「先輩。マユのことは産まれた時から知ってるって言いましたよね? 実妹みたいなもんですよもう」


「でも、こういう時にお世話をしちゃうぐらいには、仲良くやってるわけだよね」


 今お茶のお世話されてるのはこの二人の方なのだが、それはひとまず置いておく。


「そりゃあ頼られて、できることなら手伝うぐらいしてやりますよ。ホントの兄妹でも、それは変わらないでしょう?」


「そうだね。マユちゃんはホントの兄妹じゃないけどね」


「というか、マユのおばさんから電話で直接お願いねって言われて普通断れます? 既に何か予定があるならともかく」


 なかなかそこでいいえといえる日本人は居ないだろう。NOと言えない日本人である。


「ご近所付き合いは大事だよね。お隣さんだからね」


「うちと隣の親同士が仲いいんで、こういうことは別に今更珍しい事じゃないんですよ」


「つまり、キミはよくマユちゃんのお世話をしてあげていたと」


「まぁそうですね。高校までは同じ学校だったんで、マユの両親にも気にかけてやってくれって言われてましたし」


 その通り、目に届く範囲で彼は十全にマユを気にかけた。


 おかげでマユに悪い虫が付くことは、この年まで一度としてなかった。


「で、その流れで一泊二日でその辺を案内ねぇ……」


「なんですか。その意味深な発言」


 目を細めるサヤカに、ユウは若干困惑の混ざった声で問いかける。


「いやぁ。キミ、確か今まで全然モテたことないって言ってたよね?」


「だから、なんです急に。確かに先輩に出会うまでは、年齢イコールってやつでしたけど」


「彼女の一人も居たことがない、と」


「俺の青春時代を暗黒に染めてそんなに楽しいですか。いくら先輩が俺の彼女でも、やっていいことと悪いことがあるって思いません?」


 自分と付き合うまで彼女が居たことがないという彼氏に、学生時代そんなにモテなかったのと聞いてしまうこの所業。


 この彼女も、なかなかエグいことをするものである。


「まぁいいや。よーくわかったよ」


「わかってもらえたならよかったです。無事に誤解は解けたようで。それが一番心配で、こんなことになっちゃってちょっとヒヤヒヤしてたんですよね」


 そう言って彼氏君は額の汗を拭うフリをする。


 別段室内が暑いというわけでもないのだから、そうそう本当の汗などかくものでもない。


「誤解ねぇ……。まぁいいや。その街案内、わたしも参加させてもらいます」


「えっ?」


「えっ?」


 ちょうど淹れ終わったお茶を人数分、マユがテーブルに置いたところでサヤカが宣言する。


「街案内。わたしも行きます。別にいいよね?」


 人差し指を一本立てて、二人の反応を確認するようにじっと見る。


「え、そりゃまぁ……先輩が良ければ……」


「でも、それじゃ私のために貴重な休日使わせることになっちゃうんじゃ……」


 その二人は困惑を隠せない表情で、お互いに顔を見合わせる。


「んーん。これはわたしの心の平穏を得るためにやってることだから、マユちゃんが気にすることはなにもないよ」


「でも……」


「いーのいーの。別にわたしも今日は特に予定とかなかったしね。ねえ? ユウ君?」


 ことさらニンマリした表情で、彼氏君に確認を取る彼女。


「そうですね。マユ。先輩はこの分だとどうせ断っても無理やりついてくる。先輩が一緒でもいいか?」


 彼氏君はその笑顔の裏など気にすることもなく、淡々とマユに確認を取っていく。


「う、うん。それはいいんだけど……。それじゃ、よろしくお願いします。なんだか、すみません」


「うんうん。いいんだよいいんだよ。なにせわたしの方がユウ君よりこの辺長く住んでるわけだしね!」


「長いって。言ってもそんな変わらないでしょうに」


 大げさな、とやや呆れ気味に突っ込む彼氏君に、心外だと表情で反論する彼女。


「女の子視点ってやつこそが大事なんだよ。キミ、こっから駅まで一番安全度が高い道順とか、わかるのかね」


「一番早い道じゃなくてですか? うーん。そういうのは確かに気にしたことなかったかも」


 女の子が一人で歩く道である。特に日が落ちた後など、薄暗い場所は避けるに越したことはない。


「キミは男の子だからね。ま、そういうのもあって困ることはないでしょ。わかんないことあったら聞いてね、マユちゃん」


「はい。よろしくお願いします。サヤカさん」


 妙な展開になってしまったが、なんとか最悪な展開は避けられたようだと溜息をつく彼氏君。


 背後から二人の女性が、それをじっと見ていた。

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