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第一話 来ちゃった

「えへ。来ちゃった」


 ぴんぽーん。がちゃ。からの開口一番でこのセリフ。コンボが綺麗に決まる。


 彼女が彼氏の部屋を訪れるなら、一度はやっておきたい定番のやつである。


「先輩、今日は呼んでないですよね。すみませんが帰ってください」


「え?」


「今日は帰ってください」


 しかし、家主の返答は冷たいものだった。全く歓迎されてない。


 今日は六月にしてはとても暑い。そんな中エレベーターもないこのマンションを、階段で四階まで登ってきたというのに。


 なのに彼は今すぐ帰れという。およそ良好な付き合いを続けている彼女相手に向けるような言葉では、決してないだろう。


「は? え? なに? キミ本気で言ってんの? ちょっと意味分かんないんだけど?」


「今日は少々都合悪いんで、帰ってください。これでいいですか?」


「いいわけある? いいわけないでしょ」


「良くなくても帰ってください」


「だいたいなんなの? 彼女様がせっかくやってきたってのに。門前払いとかおかしくない?」


「先輩今日アポ取ってないでしょ? 別におかしくはないですよ」


 アポって。ここは企業の受付かなにかなのか。


 普通に生活してる上であまり聞かない単語が、彼の口から飛び出す。


「いやいやいや。絶対おかしいよね? 今までこんな対応されたこと、ないんですけど」


「今日まで都合の悪い日がなかったからですよ。そして今日が初めての都合の悪い日です」


「だったらなんで、今日突然都合が悪くなったのさ」


「別段突然でもなかったと思いますけど。昨日帰る時に俺、また来週って先輩に言いましたよね?」


 確かに昨日帰る時、彼は片手を上げてそのようなことを言って帰っていった。


「あれいつものジョークでしょ? わたし、今日予定あるなんて聞いてないんですけど」


「特に週末の予定も聞かれませんでしたし、今日しなければいけないこともなかったはずですよね」


「そうだね。確かに予定みたいなものは何にもなかったよ。でも家で待っててもキミ全然やってこないから、たまにはってこうやってこっちから出向いてみたんじゃない」


 いつもは彼が彼女のマンションを訪れることが多かった。


 だから、彼女は今日も自宅で彼を待っていた。


 さっきまでは。


「そうですか。どうもお互いに連絡の伝達に齟齬があったようですね。すみません。今日は予定があるので、また来週にしてもらってもいいですか?」


「いいか悪いかで言えば別に構わないけど、それはそれとしてキミが今日何してるのか。わたし、とても気になるんだけど」


 彼女が話の合間にちらっと部屋の中を覗き込もうとするも、彼はそれを自分の体でスッとガードする。


 角度を変えてもう一度覗き込もうとしても、またもや体でスッとガードされる。


「今回は先輩には関係のないことなので、それはちょっと」


「ふーん。それって、この女物の靴に関係のある話なのかな? しかも若い子向けだよねこれ」


 しかし、流石の彼の体も足元の靴までは隠しきれなかった。


 小さめの赤のラインが入った靴。どう考えても彼の物ではない。


 ちなみにここまでずっと、玄関のドアを開けただけの対応で話をしている。


 もし他に通路を通ろうとする住民が居たら、二人をまじまじ見てくるか、目を合わせずに足速く立ち去ることだろう。


「関係あるかないかで言えば関係ありますけど、性別も年齢も俺にとってはあまり関係のない話です」


 部屋の中に居るのは若い女性。


 彼は意外にもあっさりそれを認めた。


「へー。わたしの知らない若い女の子がキミの部屋に来てて、しかもキミはわたしには関係のない話だと執拗に帰らせようとする、と」


「その通りです。どこも間違ってませんね。アポ無しだとこういうことが起こるんで、次からはメールなり電話なりしてください」


 さっきから会話だけ聞いてると、どう考えても男側が焦って当然の流れ。


 なのだが、彼にその様子は全く見られない。


 実に落ち着いたもので、平然としている。


「よーく、わかった。次からはしっかり連絡させてもらった上で、尋ねることにするよ。で、今日は誰が来てるんだい?」


「だから、先輩には関係のない話です。お帰りはあちらですよ」


 彼はそう言って、彼女の肩越しに背後の階段を指差す。


「……わたしが言葉で会話を試みてる間に、答えたほうがいいと思うよ? わたしも、あまり気が長い方じゃないからね」


「……はぁ。わかりました。俺が出ます。財布とスマホ持ってくるんで、ちょっと一旦外出てもらっていいですか」


 根が張ったようにあくまで動かない彼女に遂に負けて、彼が自ら部屋を出ようとした、その時。


「っくしゅん!!」


 辺りにくしゃみの音が響き渡った。


「…………」


「…………」


「…………」


「キミ、確かそこ脱衣所だよね」


「そうですね」


 彼女がこの部屋に来るのは初めてではない。


 当然間取りだって把握している。


 今音が聞こえてきたドアは、彼女の記憶違いでなければお風呂場に続く脱衣所の扉だ。


「今、なんか聞こえなかった?」


「先輩の気のせいでしょう」


「そろそろわたし、キミをぶっ飛ばしても許されると思うんだ」


「そうされる理由が俺にはないので、却下ですね」


 この期に及んでなおもすっとぼける彼氏。


 しかしその表情は、決してさっきまでの飄々としたものではない。


「じゃあ、わたしが脱衣所の中を確認してもいいってことだよね?」


「いいわけないでしょう。とりあえずドア閉めるんでそこ出てください」


「ふっざけんじゃないよ!!!」


「うおっ!?」


 あまりののらりくらりに、遂に彼女の堪忍袋が破裂した。


 彼女は彼を思いきり突き飛ばすと、履いていた靴を足首だけで脱ぎ捨てる。


 脱衣所へのドアまでは一歩二歩。すぐそこだ。


 彼女はすぐにドアにたどり着くと、勢い良く扉を引き開ける。


「あ……」


「…………」


「…………」


「……こ、こんにちは?」


「なんでお前服も着てないんだよ……」


「死ね!!!! 二度死ね!!!! むしろわたしが殺す!!!!!!!!!!!」


 彼に掴みかかる彼女の背後には、遂に開けられた問題の脱衣所のドア。


 その中にはどう見てもお風呂から出たばかりの娘が、バスタオルを一枚巻いただけの格好で立っていた。

一話二話は第三者視点、次回三話からは後輩彼氏のユウ君視点で固定になります。

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