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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第七章【魔導書の国】
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十話【レジスタンス侵攻】

 メレラウド監獄のエントランスに男たちの靴音が響く。ザザザザッという勇ましい音、手にした銃火器、決意をみなぎらせた瞳。彼らはさながら獣の群れだった。百年の意志を受け継いだ獣だ。シックザールは彼らに置いていかれないように駆けるので精いっぱいだった。

 打ちっ放しのコンクリートで作られた監獄にいろどりは無い。どこまでも無機質に灰色だった。

 細く曲がりくねった通路は、まるで迷路のようだった。万が一独房から抜け出したとしても、簡単には外に出られないための構造だろうか。しかしアルバたちはそれすらも把握していたのか、迷いなく監獄の中央へと向かっていく。

 いくつかの通路を曲がったところで、一際濃い灰色の円柱が現れた。その円柱を囲むようにいくつかの部屋が取り囲んでいる。アジトで頭に入れた記録によれば、それらは看守たちの詰所や休憩室、事務所や厨房などだ。一階は主に看守たちの職場であり、この監獄の中枢と言える。そして地上の二階と三階、地下の一階と二階は円柱を取り囲むように独房が並んでいるはずだ。円柱の内部から、少数の看守が多数の囚人たちを監視できる構造というわけだ。

「アルバ!」

 その声と共に、一人の刑務官が詰所から飛び出してきた。数人のレジスタンスが反射的に銃口を向けるが、相手の顔を確認して即座に銃口を下に向ける。シックザールの隣に立つ男が「ロスという。ここで働き始めて十年の、俺たちの仲間だ」と囁くように説明してくれた。

 アルバとロスの二人は軽くハグすると、アルバは銃を、ロスは鍵束を手渡した。

「ロス、首尾は?」

「上手くいってる」

「誰か殺したか?」

「ゼロだ。こちらの被害も無い」

「よし、上出来」

「二手に分かれよう。五人ほど分けてくれ」

「俺が地下に行く」

「相変わらず良いとこ取りだな。じゃあ俺は上の仲間を助ける」

「健闘を祈る」

「お互いにな」

 短いやり取りを繰り返したところで、二人は拳を当てて互いの健闘を祈る。「仲いいだろ。ロスの曾祖母も赤銀探偵団の一員だったんだよ」先ほどの男が、訊いてもいないのに説明してくれた。


 監獄内で働いていたレジスタンスと合流し、奪還組はさらに二手に分かれた。アルバたち地下組はヴェラード奪還を最優先に、ロスたち地上組は収監されている仲間を助け出す。シックザールは、当然のように地下組に加わった。

 会談を降り、地下一階に到達する。当然陽の光が届くことは無いので電気の照明が頼りになる。シックザールは過去の経験から、刑務所の地下など暗くてじめじめした陰湿な場所と考えていたが、実際は違ったようだ。周囲が海だからか湿度は高いが、等間隔に並べられた照明は煌々と輝いている。陽の光が差し込む地上の方が暗く感じるほどだった。これもまた、囚人たちの動きを見やすくするための工夫なのだろうか。

 しかし今は監獄見学をしている場合ではない。アルバはこの階の独房の鍵束を二人の仲間に手渡す。解放のために最小限の人数を割き、残りは地下を突き進むという作戦だ。このような強硬策が採れるのも、ロスをはじめとした監獄内メンバーが暗躍してくれたおかげに違いない。

「怖いぐらい上手くいってますね」前を走るアルバに話しかける。

「油断するな。まだ敵地の真っただ中だ」

 実際に、他のメンバーの緊迫した面持ちは侵入当初から変わらない。自分だけ百年の想いを共有できないシックザールは、そっと集団の後ろまで後退した。


 地下二階に到達した彼らを出迎えたのは、銃声だった。

「言わんこっちゃない」舌打ちしたアルバたちは壁に身を潜める。どうやら、この階の制圧は失敗していたようだ。それはつまり、何名かのメンバーが返り討ちに会い、命を落とした可能性が高いということを意味していた。彼らもそれを悟ったのか、その顔に焦りや怒りの色が差し込まれる。

「ちょっとごめんよ」

 隣で身をひそめる男がシックザールの耳を塞ぐ。その彼の両耳には、黄色い耳栓がはまっていた。そして視界の端で、何か丸い物体が放り投げられるのが見えた。

 タァンッ――!

 強烈な閃光と共に、巨大な風船が破裂するような音が耳を貫く。先ほど投げられた丸い物体、手榴弾がそれを発生させたのだと理解するのに時間がかかった。

 そうして理解を終えた時には、既にアルバたちが敵を縛り上げていた。その人数は二人で、閃光と爆音の余波が残っているのか半分放心状態になっている。

「普通の手榴弾の方が良かったんじゃないですか?」シックザールが尋ねる。

「それじゃ、この二人は死んでいた」

「……甘いんですね。レジスタンスのリーダーのくせに」

「誰だって人殺しなんてしたくないさ。シックザール君にはわからないかもしれないが」

 その割には、初めて出会った時には容赦なく警官の首を折っていたなと思い返していた。何にせよ、人間が爆殺された通路を進まなくて済んだのは好都合だった。


 地下二階の囚人たちを解放する。解放するのはあくまでレジスタンスメンバーのみなので、犯罪を犯して正規に投獄された者たちはそのままだ。彼らの独房の前を通過するたび罵倒の言葉が浴びせられる。

「みんな、ここまでありがとう。後は俺とシックザール君に任せてくれ」

 出し抜けに、アルバはそう口走った。この言葉は彼らにとっても想定外のことだったのか、皆その場で足を止めた。自分もついていく、俺も残るといった声が上がる。それらの声を彼は聞き流していた。

「さっきの二人が気になる。通信機器は全て破壊したはずだが、何らかの方法で異常事態を知られているかもしれない。皆は、先に脱出の準備を済ませてくれ」

 彼らは不承不承といった様子ではあったが、やはりリーダーの言葉は絶対なのか、解放した囚人たちを連れて元の道を歩いていった。衰弱が激しく、手を貸してもらわなければ満足に歩くこともできそうになかった。

「さあ、行くぞ。ヴェラード様はもうすぐだ」

 指示を出し終えたアルバは、シックザールの手を取って駆け出した。


 そうして入ったのは、円形に並ぶ独房の内の一つ。アルバは錆び付いた鍵束をポケットから取り出すと、鍵を開けて中に入る。

「木を隠すには森の中……って、初めて会った時も言ったっけな」

 独房の中には質素なベッドと洗面台の他、仕切りの一つもない便器が設置されている。薄汚れてはいるが、使用されたことによる汚れではない。シックザールはアルバの部屋を思い出した。あの部屋は、わざと何の特徴も無いように偽装されていたが、この独房もそれと同じだ。一見すれば、ただの古びた独房なのだが、その実態は隠された地下三階への踊り場になっている。

「せいっ!」アルバが力を込めて便器を回すと、ねじを回すようにして便器が回転し、やがて床から離れた。

 そこには、明らかに排水管よりも太い、ギリギリ人が通れる程度の穴が開いていた。律儀に梯子まで設置されている。アルバは腰のベルトに小型のライトを固定すると、先に穴の中へ潜っていった。

「ここで待っててもいいぞ?」

「いえ、行きます」

 彼の姿が完全に穴に入ったところで、シックザールも梯子に足を掛ける。ダミーとはいえ、便器の下に潜ることに若干の嫌悪感を抱く。なるべく体を丸い壁にぶつけないようにしながら、慎重に闇の中に降りていく。


 空気が薄くなってきた。シックザールにとっては問題の無い濃度だが、人間のアルバには相当な負担だろう。実際に、足元からは苦しく喘ぐような呼吸が聞こえてくる。それでも梯子を下るペースに変化が無いのは、彼の気力が体を動かしているからかもしれない。何か話しかけようとして、それは無粋だと感じて口を閉じた。

 タンッ――。

 靴が地面を踏む音が聞こえた。ようやくアルバは最下層に到達したようだ。少し遅れてシックザールも梯子から降りる。そこはドーム状になっており、数人は入り込めるスペースになっていた。

 二人はライトを手にして周囲を見回すが、あるのはコンクリートの灰色の壁だった。触っても、叩いてみても、ビクともしない。

「どういうことです? 行き止まりじゃないですか!」

 泡を食ったシックザールはアルバに詰め寄る。しかし彼は、顔を赤くして灰色の地面を見つめていた。呼吸は荒いが、単純な空気の薄さから来るものとは性質が異なる。怒りが込められていた。

「くっそ! 何てことしやがる!」

 雄たけびと共に地面を乱暴に蹴る。そこでようやく、シックザールは彼の足元にあるものに気が付いた。

 南京錠だった。よく見れば、地面から取っ手のような出っ張りが二つ並んでおり、その出っ張りを貫くように重厚な南京錠が取り付けられていた。ヴェラードの入れられた独房は、二人の足元に埋まっていたのだ。

「何て扱いしやがる!」アルバは激昂しつつも、その錠に合う鍵を探して差し込む。ガチャリと錠が外され放り投げられた。

 アルバの手が取っ手をつかむ。そこにシックザールの小さな手が添えられる。空気の薄さと怒りによって、アルバは意識が朦朧としていたのだ。

「すまないな、シックザール君」

「いえ。それより早くヴェラード様を」

「ああ……」

 二人の手に力が込められる。ズズズという重い音と共に、地面の扉が開かれる。同時に、中からかび臭い空気が漏れだした。それは本にとっての死臭のようなもので、シックザールたち白本が最も忌み嫌う臭いの一つだった。

 鼻を押さえながら、二人は闇の充満した独房を照らす。そして、ようやく見つけ出した。アルメリアの元の主人にして、この国の歴史に残る大罪人。ヴェラードの姿を。

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