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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第七章【魔導書の国】
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三話【竜とレジスタンス】

「竜殺し……大罪人……?」

 初めて聞いた単語のように、アルメリアはその言葉を繰り返した。しかし誰より慌てふためいていたのは、その言葉を投げかけたアルバの方だった。

「まさか、忘れてしまったんですが? いや、あれほどの事件を……」

「ほら、言っただろう? 他人のそら似だって。もしくは本人じゃなく、ひ孫辺りじゃないかって」

「そうは言っても、瓜二つすぎるだろ!? 大体、こんなに目立つ人間が、一体今までどこに隠れてたんだよ! これはきっと、俺達の計画がうまくいくっていう神様のおぼしめし……いや、むしろ目の前のアルメリア様こそ、神の遣いということも……!」

「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってください!」

 声上げたのは、話の置いてけぼりにされていたシックザールだった。両腕を振って自分の存在を主張する。

「おう、坊主。そういやあお前、何者なんだよ。アルメリア様と一緒にいるってことは、関係者というわけか?」

 頭二つ分ほど背の高いアルバが見下ろす。その身長の高さと、健康的に焼けた褐色の肌は、威圧感を与えるのに十分だった。笑顔こそ見せているが、その奥には明らかな警戒心が覗いている。その威圧感に押しつぶされそうになるが、しっかりとその場に立って対峙する。

 強気に出るのは逆効果だ。そう判断して、まずは目いっぱい笑顔を浮かべる。そして頭に巻いたターバンを外し、深々と一礼した。


「自己紹介が遅れて申し訳ありません。ボクは、シックザールと申す者です。そしてこちらは、まさしく皆様の知るアルメリア様です。アルメリア様は現世の穢れを憂い、こうして常世の国よりご降臨されたのです」


 二人に背を向け、アルメリアの方を向く。彼女は努めて無表情を装っていたが、内心はこの展開に驚いているはずだ。

「アルメリア様。その証拠として、あなたのお力をお二人に見せてはいかがでしょうか?」

 そうして目配せする。その視線の先には、彼女の左腕に彫られた刺青がある。

「――そうだな。わたしの力をお見せしよう」

 アルメリアはこの世を超越した存在で、シックザールはその従者。その設定を瞬時に理解した彼女は、その役を演じ始めた。

 彼女の右手が、左腕の刺青に触れる。すると刺青が実体を持ち、右手に宝石剣“エーデルシュタイン”が握られる。アルバとメーヴェの二人は、その光景にポカンと口を開けて見とれていた。

「間違いない……伝承の通りだ。刺青を実体化させる能力。そして、この宝石をちりばめた豪奢な宝石の剣。アルメリア様に違いない!」

「あ、ああ……。正直半信半疑だったけれど、こんなの見せられちゃ反論もできないよ……」

 シックザールとしてはアルメリアが人間ではないと理解させれば十分だったが、どういうわけか、それ以上の効果があったらしい。“伝承“という単語も気になる。

 何はともあれ満足いく結果だ。再び二人の方に向き直り、自分の胸に手を当て、少し眉根を寄せて二人を見上げる。

「ご理解いただけましたでしょうか。しかしアルメリア様とボクは、こちらの世界にまだ慣れておらず、記憶が曖昧な状態になっているのです。よろしければ、お二人からこの国の詳しい現状をお聞きしたいと思うのですが……」

 この二人は、間違いなくアルメリアの過去を知っている。彼らの言う、伝説の乙女としてのアルメリアは、まず間違いなく自分の後ろに立つ少女のことを指している。彼女の過去を気にしていただけに、まさに渡りに船というところだ。

 二人は口元に手を当て考え込んでいた。

「――どうする、アルバ。あんたの言葉じゃないけど、これは本当に神の遣いかもしれない。それに、今更この二人を放置しておくというのは、計画にも支障が出るんじゃ」

「――そうだな」アルバが一歩近づく。睨むような視線には重さが感じられる。「お二人がどんな存在だろうと、覚悟してほしい。この話を聞いたら後戻りはできない。もしも裏切るというのなら、それがたとえ神様だろうと、俺は絶対に許さない」

 静かだが、これほど熱気と冷気が込められた言葉を聞いたことが無い。言葉が詰まりそうになるが、一度唾を飲み込み、ようやく口を開くことができた。

「はい、もちろんです。覚悟はとっくに決めています」

「わたしも。自分がどのような存在なのか、きちんと把握しておきたい」

 アルメリアのその言葉は、きっと本心だろう。彼女が自分の過去を覗かせたのは、闘技場で短剣エーデルシュタインを折られた時の一度きり。アルメリアが意図的に自分の過去を隠している可能性も、本当に昔のことを忘れている可能性も考えられる。この出会いは、それを知るきっかけになるに違いない。

 二人の承諾の言葉を聞いて、アルバは何度か頷くと、途端に相好を崩した。両手を広げ、大胆に二人に抱き着く。

「いやぁ~、良かった! ここで断られたら、お二人とドンパチ繰り広げることになるところだったぜ! しかも、俺たちの敗北が確実の! これで俺たちゃ、晴れて仲間になれたってことだな!」

 後ろではメーヴェがため息をついて肩をすくめている。しかし彼と同様に、どこかホッとした表情だった。

「さて、そうなるとアジトにご招待しなければ。みんな!」

 体を離したアルバは、パチンと指を鳴らした。

 すると、柱の陰から、屋根の上から、窓の向こうから、急に人影が現れた。アルメリアはとっくにその気配を感じ取っていたようだが、シックザールは腰を抜かしそうになった。

 彼らは街の人々と変わらぬ姿をしていたが、その衣服のところどころが不自然に膨らんでいる。まず間違いなく武器を仕込んでおり、敵対していれば、この数を相手に大立ち回りすることになったのだろう。

「伝説の存在を相手に、二人だけで尾行するわけないだろ?」

 アルバは白い歯を見せ、自慢げに笑っていた。


 そうして案内されたのは、この街独自の集合住宅だった。切り立った崖と一体化するように建設されたそのマンションは街の端の方にあり、比較的高い位置にあることから、街を一望することができる。

「いい景色だろ。にも関わらず、街外れなもんだから不便で、家賃が安い。穴場なんだぜ」とは、アルバの談だ。

「ひょっとして、ここが皆さんのアジトなんですか? こんな、普通の家が?」

「“木を隠すには森の中”ってな。不自然に遠くにアジトを構えても、すぐに不審に思われてアウトだ。それに、ちょっと工夫もしてある」

「やっぱり、何かやましいことをしているんですね」

「やましいこと……ね」そう言うと、苦虫を噛み潰したような顔になる。「やましいことをしてるのは、どっちだってんだ」

「え?」

「いや、今はやめとこう。詳しい話は後だ」

 四人がエントランスに入ると、メーヴェは自分の部屋に戻り、シックザールとアルメリアはアルバの部屋に案内された。

 アルバの部屋を一言で言えば、普通だった。適度に家具が揃っており、適度に散らかっている。服は何着か脱ぎっぱなしで、食器や調理器具もいくつか洗わずに放置されている。おそらく、この年代の男性の平均的な部屋だろう。あまりの特徴の無さに拍子抜けする。

 そのことを遠慮なく伝えてみると、アルバは満足そうに鼻をこすった。

「そりゃそうよ。“特徴が無い”って見えるようにしてるんだから」

 彼が部屋を突っ切るので、それに続く。そうして目の前に現れたのは、鉄の扉だった。ポップな塗装で惑わせているが、よく見れば重厚なつくりになっていることが見て取れる。シックザールの細腕ではビクともしないように見えるほどに。

「この部屋は飾りだ。本当の目的地は、こっち」

 ドアノブを引くと、ギィィと軋むような音を立ててゆっくりと開き始める。

 そこにあったのは、洞穴だった。岩場を乱暴にくりぬいて作ったような洞穴がぽっかりと空いていた。

「うわあ……それっぽい」

「相当な年月をかけて掘られたのでしょうね」

「お二人さんにここまで驚いてもらえると、俺やご先祖様も嬉しくなるね。さあ、みんな待ってるはずだから進もうか。ちょっと低いから、頭上に気を付けてついてきてくれ」

 そう言うと、アルバはカンテラに火を点け先導する。暖かい光が彼を中心に広がる。

 背の高いアルバは窮屈そうに歩いている。三人の中で最も身長の低いシックザールは少し前かがみになるだけで済んだので、周囲を見回す余裕があった。

「アルバさん。ところどころ横穴がありますけれど、あれは何ですか?」

「ああ、武器の保管庫だよ」前を見ながら、あっけらかんと答える。「戦力は多いに越したことはない」

「何と戦うんですか?」

「そうだな、簡単に言えば……」一つ間を置いて答える。言葉を選んでいるようだ。「この国の秘密と。俺たちは、いわばレジスタンスなんだ」

「へえ……」

 レジスタンス。権力者や、侵略者に抵抗する組織。アルバたちは、その前者に当たるようだ。そう考えれば、あの時警官たちを躊躇なく気絶させたのも納得できる。

「後で詳しく説明するが、この国には恐ろしい秘密がある。そして、その秘密を司る連中は、アルメリア様を恐れている。お二人を尾行していたのも、それが理由さ。遥か昔のことなのに、ご苦労なこった」

「アルメリア様。覚えておられないのですか?」

 彼女に対して恭しく話しかけるのはむず痒いが、それは我慢する。そして、彼女はやはり覚えていないらしい。赤い髪の毛が横に揺れる。


「お待たせしました。到着しましたよ」

 細い洞穴を歩いてきた先には、人が余裕で百人は入れそうな広間があった。天井と壁ではランプの明かりが煌々と輝き、広間をやわらかく包んでいる。

 ひび割れた質素なテーブルの上には地図や建物の図面、食料や薬品、銃器の類まで置いてある。今にも壊れそうな椅子に座るのはレジスタンスのメンバーか。机を囲んで議論している者もいれば、黙々と刃物や銃器のメンテナンスに没頭している者もいる。この街の第一印象を太陽と例えるなら、この場所の第一印象は月――いや、巨大な影に隠れる新月か。

 よく見れば、その中にはメーヴェや、街中で見かけたメンバーの顔もちらほら見つかる。彼女らもまた陰に生きる人間なのだと実感が湧いてくる。

「みんな! 注目!」

 アルバが広間に声を響かせ、パンッ! と手を叩く。今の今まで議論や武器のメンテナンスをしていたメンバーたちは、ピタリと自分の行動を中断して彼の方を向く。そして、その隣に立つシックザールとアルメリアの方にも視線を向ける。ランプの明かりがちらつくその瞳の数々は、見る者を焦がすような熱を孕んでいた。


「既に聞いているとは思うが、我々は遂に、救世主を迎えることができた! 間違いなく、過去と未来よりの風は我々の背を押してくれている! しかし、お二人はこの世界に来られたばかりで、記憶の混濁が激しい。我々の計画をより盤石なものにするために、みんな、お二人に最大限の協力をお願いする!」


 オウ! と、男も女も、気迫のこもった返事を返す。そうして、再び自分の仕事に取り掛かる。

「こちらへどうぞ」歩み寄ったメーヴェが広間の奥に案内する。タペストリーが間仕切りの代わりに掛けられていた。そこには、竜が描かれていた。赤黒い空を竜が駆け、地上を自らの放つ炎で焦がす光景だった。

 それをくぐった先には、新旧様々な書籍が詰まった書架と、石を磨き上げて作った机と椅子が置かれていた。その椅子にアルバが座り、メーヴェが従者のように横に立つ。机に両肘をついて手を組み、その上に顎を乗せる。

「さて。それでは僭越ながら、簡単にこの国のことについて説明いたしましょう。おい、メーヴェ」

 彼の言葉に応えるように、彼女は書架から一冊の本を抜き出した。決して上等とは言えない装丁のその本は、何度も、多くの人たちが手にしたことを物語るように薄汚れていた。

「俺たちの百年に渡る戦い。それが、いかにして始まったのか。そこに記されているのです

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