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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第一章【天女の国】
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五話【白刃】

 ザッ――ザッ――ザッ――


 シックザールは、今度はアルメリアの声ではなく、その乾いた足音で目を覚ました。その足音の主は、あの凛々しい男だった。男は居眠りしていた二人の見張りを叱りつけた。

「もうすぐ、キミコ様が出立なされる。俺は護衛のために同行する。だから、この者どもの監視を怠るな」

「で、でもよぉ……こいつら、何も反抗的なことしてきやせんよ。ひょっとしたら、本当にただのガキ――」

 眠い目をこすりながら、例の口の悪い男が悪態をついた。その男の頭を、凛々しい男が鷲掴みにする。その眼までもが鷲のように鋭く、男の目を貫きかねない勢いでにらみつけた。つかまれた方の男はブルリと身もだえすると、その場で思い切り尻餅をついた。

「すっごい目つき。アルメリアでも、あんな目は滅多にしないよ」

 シックザールがボソッとつぶやくと、それが聞こえていたのか、倒れた男が檻を乱暴に殴った。痛かったのか、手をさすっている。

 凛々しい男は呆れた表情でため息をつくと、そのまま元来た道へ戻っていった。話の流れからして、キミコの一行と合流するのだろう。


 男が闇夜に姿を消すと、尻餅をついた男が思い切り地面を蹴った。もうもうと立ち上がる砂煙を、月明かりが静かに照らしていた。

「ちっくしょう! いつもいつも上から目線で睨みやがって! 俺より年下のくせに、俺より出世しやがって!」

「それを言うなら、ワシなんぞアイツの倍は歳を取っておるぞ」もう一人の見張りが口を挟む。

「ああそうだよなァ……オッサンも辛いよなァ……。自分より一回り二回りもガキの奴に命令されてよォ……」

「いや、ワシは別にアイツを妬んでいるわけじゃ――」

「わかるぜ、オッサンの気持ちはよォ! アイツ、表向きはいい格好してやがるけどよ、きっと裏では、歴代の巫女様に手を出してやがるぜ? 巫女様は遠くに暮らしてるし、あいつはお目付け役だからな。顔の造形は一応いいから、それを活かして好き放題してんのよ。仮に妊娠させちまっても、巫女様はすぐに身を投げるからな……ああ、クソ! 羨ましいぜ!」

「う、うむ……」

 それからも、口の悪い男は延々と目の前にいない男を罵倒し続けた。男の罵詈雑言を、中年の男は適当に生返事をしながら聞き流していた。おそらく、ずっと前からこの三人はこんな関係なのだろう。リーダー格の凛々しい男に、不満ばかりの男。波風を立てない中年男。意外とバランスはいいのかもしれない。

 男はいよいよしゃべり疲れたのか、椅子に腰を下ろした。

「……ハア。だいたいよ、こいつらが邪魔なんだよ。こいつらが現れなけりゃ、俺らも前夜祭で食事にありつけたのによ。それどころか、一晩中見張りときたもんだ。わかってんのか、てめぇら!」

 そう吐き捨てて、檻を蹴ろうとして、やめた。男の目は、片方の檻、アルメリアの入った檻にくぎ付けになった。男の爬虫類のような目が、彼女の体をなめるように観察する。まるで、視線で彼女の服を脱がしていくような気味の悪さだ。

「なんだよなんだよぉ。もっとガキかと思ったが、なかなかいい体してるじゃねぇか。顔つきはまだ幼いが……大人のオンナにも負けない、いいモン持ってんじゃねぇのよ」

 いよいよ我慢できず、爬虫類男は彼女の檻の中に手を伸ばす。中年男は、その様子をチラチラと横目で見ていた。

 アルメリアは、相変わらず正座をしていた。その太ももに、爬虫類男の手が触れる。その感触を確かめる様に、軽くさすったり、力を込めて揉んでみたり、男は恍惚の表情を浮かべていた。

「ああ……たまんねぇ。この村の女は、どいつもこいつもミイラみてえに貧相だからなぁ。まあ、触ったことはねぇんだが」

「無いのかよ」そうツッコミを入れた中年男の椅子が蹴られた。

 当のアルメリアはというと、身じろぎ一つしていなかった。男にされるがままになっている。

「なんだ、この女? まったく反応しやがらないぜ、つまらねぇ。まあ、それならそれで好きにさせてもらうけれど……」

 男の手が、さらに足の付け根の方にまで進行していく。もう片方の手は、男のズボンに入れられた。股間のあたりで、もぞもぞと動いている。


「おい、お前! そろそろいい加減にしろよ! アルメリアは、ボクの従者なんだぞ! その汚い手をひっこめろよ!」


 隣の檻、シックザールが怒号を上げた。「姫様の命令でボクもアルメリアも我慢していたけれど、これ以上は許さないぞ……!」

「ああん? なんだよ、従者とか姫様とかよぉ……」

 男は不機嫌をあらわにした。目の前のご馳走にハエが止まったかのような表情だった。

 男は檻から離れると、傍に立てかけてあった松明を手にした。中年男が慌てた様子でそれを止めようとするが、まったく意に介さない。そして、シックザールの檻の正面に立った。

「ゴチャゴチャうるせえんだよ、ガキがッ! もういいよ、めんどくせぇ! 悪魔の遣いってことで、俺がこの場で裁いてやるよォ!」

 そう叫んで、松明を彼の目の前で大げさに振り回す。飛び散った火の粉が檻の中に侵入する。

「うわっ! やめてよぉっ!」小柄なシックザールからしても、その檻は小さい。その小さな檻の中で、彼は火の粉から逃げ回った。頭や手足が、檻に激しくぶつかる。

「なんだよ、さっきの威勢はどうしたァ? 小動物みてぇにおびえやがって……こりゃあ面白れぇや! 隣の女をヤッちまう前に、お前で飽きるまで遊んでやるよォ!」

 松明の先が、シックザールに向けられる。そのまま奥まで突っ込まれれば、体のどこかしらは炎に触れてしまう。

 男は狙いをつけて、松明の炎を彼に突き刺そうとした。


「アルメリアァァァーーーーーッ!」


 その声を受けて、アルメリアは右手で、自分の左腕をさすった。そこには、一振りの短剣を模した刺青いれずみが彫られていた。彼女の手がその刺青に触れると、肌から引っ張られるようにその短剣が立体感を持って姿を現した。


 シュンッ


 月の光を浴びた刃が走り、彼女を囲っていた檻に傷が入った。かと思いきや、その檻は真っ二つに切り裂かれた。

「へっ?」松明を持った男は、突然の出来事に頭が回らなくなっていた。その男の顔面に、檻の破片が思い切りぶつけられた。一瞬で男は気を失い、手から松明を落とした。

「な、なんじゃ? 何が起きた?」

 ずっと静観していた中年男が立ち上がろうとする。その前に彼女は男の首の後ろを叩き、あっという間に昏倒させた。シックザールが叫び声を上げて、ほんの五秒程度の出来事だった。

「ア、アルメリア! 早く!」

 その声で彼女はハッとした。落ちた松明が、シックザールの入った木製の檻を燃やしていた。彼女は燃えている部分を短剣で切り落とすと、思い切り蹴とばした。粉々に粉砕された木片は、乾いた畑に降り注いだ。

 アルメリアは、檻の隅で震えているシックザールを抱きしめた。その柔らかい体に吸収されるように、彼の震えは少しずつ収まっていく。

「申し訳ございません。救出が遅れてしまいました……」

「ま、まったくだよ! そもそも、アルメリアがあの男に触られた時点で反撃してれば良かったんだよ! お前はじっ、自主性が足りないんだよ……!」

 震えながら、シックザールは精一杯強がっていた。彼女はその言葉を聞きながら、ただ黙ってうなずいて、彼を抱きしめていた。

 そして気が付いた。しゃがみこんでいる彼女の足に、なにやら湿った感触がある。その湿り気の原因は、視線を落とすとすぐに判明した。その視線で、やっと彼もその事実に気が付いた。カアッと、顔が熱くなる。

「……すぐに替えないといけませんね」

 彼女は微笑むと、本日二回目となる着替えに入った。着替える前に、彼の濡れている部分をしっかりとふき取った。




「うん。やっぱり、この服が一番だね」

 シックザールは、この国に来た時の服装に戻った。

「あとは、とれた腕を戻さないといけませんね。シックザール様、袖をまくってください」

 彼が袖をまくると、肘から先が綺麗になくなっていた。肘には、とれた腕と同じように白いひだのようなものが見える。

 アルメリアが、彼のとれた腕をそこに密着させる。そして傷口を隠すように、両手でしっかりと覆い隠した。すると、彼女の手のひらから何本もの糸が出現した。その糸は意思を持ったように動き出し、その傷口を縫合していった。すべての糸の縫合が終わったところで手を離すと、最初から何もなかったかのように傷も縫合の跡も無くなっていた。彼は腕の調子を確かめるべく、手を握ったり開いたりを繰り返してみる。

「――よしっ。ちょっと力が入りにくいけど、十分動く。ありがとう、アルメリア」

「いえ、どういたしまして」

 すべての仕事をやり終えると、彼女は傍に置いていた短剣を、その刺青が彫られていた場所に突き刺した。すると腕に染み込んでいくように、あっという間に刺青に戻ってしまった。

「便利だよね。“装者“の、その能力」

「ええ。白本の皆様をお守りするには、どうしても欠かせませんから」

 彼女の体には、ところどころに刺青が彫られていた。それは、“装者”の一種の収納術だった。


“装者”とは、シックザールのような白本を守り、立派な本になる助けをする護衛のような存在である。白本はか弱い存在である。水に濡れれば力を無くし、火をつければあっという間に燃え尽きる。そんな彼らを、命がけで守る。

 この収納術も、そのために生まれた。常に大量の荷物を持ち歩くことは困難であるし、武器はなおさらだ。そこで装者たちは、刺青に形を変えて荷物を持ち歩く。

 そして万が一白本が傷つくことになった場合、それを治すことができるのも装者たちだけなのだ。


「しかし、わたしたちの刺青など、なんということはありません。白本の皆様は、それよりもっと大事なものを、その身に刻まれているのですから」

「へへんっ。まーね!」

 ドンと胸を張るシックザール。つい先ほどおもらししたことはすっかり忘れている。

「……っと、こんなことしてる場合じゃないね。キミコさんたちの居場所はわかる?」

「少々お待ちください」

 アルメリアは、前夜祭の時と同様に耳を澄ませる。しかし、その表情は芳しくない。

「申し訳ございません。夜になって、虫たちが鳴き始めたようです。その音が騒がしくて、正確な位置がつかめません……」

「ええっ、くっそぉ! やっぱり、お祭りの時に潜り込むべきだったかなぁ……。これじゃあ、生贄の儀式が見られないじゃないか!」

 途方に暮れていた二人だったが、同時に振り返った。人の気配を感じたからだ。

 道の向こうに、小さく黒い影が立っていた。よく見れば、それは一人の少年だった。歳のほどは、シックザールと同じ程度に見えた。その彼は警戒心をまといながらも、確実に二人に近づいていた。

「……てくれ」

あと数メートルというところで、彼が何かをつぶやいていることが分かった。聴力の良いアルメリアが、先に驚きの表情を少し浮かべた。

「……助けてくれ」

 今度はシックザールにも聞こえた。それは確かに、助けを求める声だった。

「助ける? 君を助けるんですか? 残念だけど、ボクたちは今忙し……」

「オレのことじゃないんだ!」

 じれったくなったのか、その少年は大声を出した。ゼエゼエと、大きく呼吸している。

 そして、地面に手を突き、頭を下げた。


「お願いだよ! あの子を……キミコちゃんを助けてくれよ!」


 呆気に取られているシックザールだったが、そんな彼にアルメリアはそっと耳打ちした。

「シックザール様。この子です」

「この子? 何が?」

 彼女は頭を下げている少年の肩を叩くと、その場に立ち上がらせた。彼の手足に付いた砂を手で落としていく。

「あなたは、ユウタ殿ですね。キミコ殿のことが大好きな」

 少年は一瞬驚いたが、力強く頷いた。照れている様子は一切なく、その眼には決意の炎が灯っていた。

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