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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第五章【剣も魔法も無い世界】
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十一話【ラストスパート!】

 突如現れたネグロは、その大きな手でわしわしとシックザールの頭を撫でる。その手が「よくやった。あとは任せろ」と語っていた。

「いや、ちょっと待ってください!」シックザールは、それを拒否した。「ネグロさんが強いのはわかっています。あなたは、最強とも称される装者ですから。だから、あなたがアルメリアと戦えば、あいつは……」

 それ以上は言葉が続かなかった。そんな彼の悲痛な訴えに答えたのは、ネグロではなくシャイニーの方だった。

「なんだ。アンタ、何も知らないの? この世界にいるのに?」

「えっ?」

 彼女の言っている意味が分からなかった。何も知らないとは、何のことを指して言っているのか?

「だけど今は、それを説明している暇は無さそうね。とりあえずこれだけは言っておくけれど、ネグロに任せておけば大丈夫よ。アンタのためにも、アルメリアのためにも、それだけは保証してやるわよ」

「……絶対だな?」

「絶対よ! 面倒だから、詳しい話は後! ワタシたちも仕事しなくちゃいけないんだから」

 そう言って指差す先には、金色の猿たちと戦う原人たち。初めは数で優勢だった原人たちだったが、今では猿と同じ人数しか立っておらず、劣勢は明らかだった。

「アルメリア含め、ここにいる敵を全滅させるのよ。わかった?」

 実はわからないことだらけではあったが、シャイニーが顔を近づけてにらみつけてくるので、ただ黙って頷くしかできなかった。

「はい、よろしい。さっさと武器を構えなさい」

 そう言って、シャイニーの方も武器を取り出した。それは手作りの石斧だったが、リュナが作ったものより完成度は明らかに高く、大人の男が力いっぱい叩きつけても簡単には壊れそうにないものだった。よく見れば、それ以外にも全身にアクセサリーを身に着けている。

「ああ、これ? 全部ネグロが作ってくれたの。こんな世界だけれど、オシャレはしたいでしょ?」その感性は理解できなかったが、ネグロがただ力が強いだけでなく、繊細な作業もお手の物だということはよくわかった。

「じゃあネグロ、そっちは任せたわよ!」

「ああ、わかってるさ」

 その場をネグロに任せると、二人は原人と猿たちの戦場に向かった。


「――でも、どうやってあの猿たちを倒すんだ?」

 残っている猿は三匹。手足は長く、眼光も鋭い。不意打ちとはいえアルメリアを難なくさらったのだから、一匹でもその強さは侮れない。

 シャイニーも、ビブリア初の電子書籍タイプの白本だが、非力であるという点では他の白本たちと何も変わらない。むしろ、水にも衝撃にも、人一倍弱いという欠点は誰もが知っていた。そういうわけだから、「ネグロがシャイニーの従者になったのも、その弱点を見越してのこと」というのが、皆の見解だった。

「……アンタ、今、ワタシのことを頼りないとか思ってるでしょ」

「よくわかったな」

「ちょっとは隠しなさいよ! こう見えて、ワタシはアンタよりずっと強いんだからね!」

「お前が?」そういわれて、シャイニーの体をじろじろ見る。「――そうは見えないな。ちっこいし」

「大きさは関係ないでしょ! 見てなさい!」

 シャイニーはスピードを上げ、手前にいた猿に急接近する。その猿は今まさに目の前の原人を遅そうとしていたが、シャイニーの足音を聞きつけてか、こちらに首を向けた。全身の毛をぶわりと逆立て、口の奥からキィキィと威嚇音を鳴らす。それでも構わず、シャイニーは走り続ける。

 ついに猿が動いた。原人を足蹴にすると、全身を大きく揺らして真正面から向かってくる。猿の狙いはシャイニーだが、あまりにおどろおどろしい気配をシックザールも感じ取っていた。

「危ないぞシャイニー!」

 つい、彼女を気遣う声が飛び出した。

 しかし、彼女は脚を止めない。後ろを走っているシックザールだったが、なんとなく、彼女が余裕の笑みを浮かべている気がした。

「シャアァッ!」

 猿は両腕を突き出し、シャイニーの体をつかもうとする。その攻撃を、シャイニーは煙のように体をくねらせて躱し、その肩に爪を食い込ませた。


「ON!」


 シャイニーが吠えた。

 すると、彼女につかまれていた猿の体が、ほんの一瞬だけ鋭く発光した。そしてピクピクと体を痙攣させると、その場に倒れ込んでしまった。

 その様子を見ていたもう一匹の猿が慌てて駆け寄る。一部始終を見ていた猿はそれなりに警戒心を持っていたが、やがて我慢できずにシャイニーに突進した。

 しかしその猿も一匹目の二の舞を踏み、攻撃を躱され、シャイニーに体をつかまれると、体を光らせて倒れた。あっという間の出来事だった。

 追いついたシックザールが、ツンツンと竹槍の先で倒れた猿の体をつつく。どちらの猿も生きてはいたが、体の痺れが残っているのか、立ち上がることすら満足にできない。

「お、おい、シャイニー! これ、どうなってるんだ?」

 問いかけると、彼女は銀色の髪をこれみよがしに揺らしながら振り返った。幼さの強いその顔に、悪女のような笑みを浮かべていた。

「ほぉ~ら、言ったでしょう。ワタシのほうが強いって。今のはね、この猿たちを感電させたのよ。こんな芸当ができるのは、あらゆる白本の中でもワ・タ・シ……だけなんだからね!」

 オーホッホッと高笑いするので、それは耳を塞いでやり過ごす。しかし悔しいが、こんなことは装者にすらできないし、実際に猿を立て続けに二匹も倒してしまったのだから言い返すこともできない。

 しかし、シックザールが恨めしそうに彼女を睨みつけていると、フラッと彼女の体が揺れた。そのまま倒れそうになったので、シックザールは慌てて彼女の体を抱きとめた。

「おい、シャイニー! 急にどうしたんだよ?」

 彼女の顔を覗き込むと、目の光がほとんど失われていた。体を支える力もなくなったのか、彼女の柔らかい体は、ぐにゃりと餅のように情けなく垂れてい

た。

「コノ……ノウリョク……ツカウト……スゴイ、疲レル……ノヨ……」

 そういうことか。電子書籍タイプは相手に電気を流せるようだが、それは自分のエネルギーを流すということ。疲労が激しいのも無理はない。

 シックザールは、シャイニーの頭を倒れている猿の腕に載せた。腕枕というわけだ。

「ウウ……獣クサイ……」

「贅沢言うな。残り一匹はボクと人間たちとで何とかするから、お前はそこでゆっくり休んでろ」

「シカタ……ナイワネ……」

 そうつぶやくと、シャイニーは目を閉じた。これが彼女の充電ということか。

「さて、と」シックザールはボロボロになった竹槍で、自分の肩をコツコツと軽く叩いた。「まさか、シャイニーにカッコいい所を見せつけられるとはね。ここで魅せなきゃ、男じゃないね」

 既に疲労困憊に近い自分の体を奮い立たせ、最後の一匹の猿に立ち向かっていった。


「ゼエッ……ハアッ…………フウーッ!」

 いよいよ限界を迎えたシックザールは、ついにその場に膝をついた。仲間の原人たちも息を切らし、力尽きてその場に倒れ込む。疲労もそうだが、皆例外なく体中には生傷が絶えず、目の焦点も定まらない。まさに満身創痍。満足に動ける者はいなかった。

 しかし、彼らは勝った。

 残り一匹となった猿は仲間を倒された怒りに満ち、その金色の毛皮に怒気を纏って猛攻を仕掛けた。理性の無い、獣臭さに満ちたその攻撃に、数で再び優位に立ったシックザール達も始末に負えない状態だった。


「みんな! ボクの指示に従えっ!」


 そこで声を張り上げたのはシックザールだった。彼の頭には、ぼんやりと、例の恐竜との戦いが思い出されていた。

 形は違うが、あの戦いも、強大な個と集団の戦いだった。今のこの状況はそれと同じで、力を合わせれば勝てるのだと。

「オオォッ!」「クォアーッ!」「ドフウッ!」残った原人三人も、彼の声に応えてくれた。

 四人は、ひたすら粘った。相手に傷を一つ付ける頃には、三つの傷を受けていた。それでも、立ち上がり、武器を振り、血を吐いて、戦い続けた。まともなコミュニケーションも取れない四人は、一つの意志の元で何度も立ち上がった。

 絆の力と言えるほど、清く正しいものではない。多少野蛮に言えば「この猿、ぶっ殺してやる!」といった程度の想いだ。しかし最終的に、それが勝利につながったのだった。

「そうだ……リュナは……?」

 地面に顎を付けたまま、シックザールはリュナの姿を探した。

 リュナは中段の位置で、白いサーベルタイガーと対峙していた。互いに血に染まり、その戦いが終盤を迎えているということが感じ取れた。

 しかしシックザールの目には、リュナが劣勢に見えた。というのも、彼はうつむき、その場に膝をついていたからだ。彼の武器であるサーベルも、どういうわけか鞘に納められている。その姿は、自分の首を差し出しているようにしか見えなかった。

「おい、リュナッ……早く前を向けよ……!」

 声は弱々しく、とてもリュナまで届かない。たとえ届いたとしても、彼には不愉快にしか感じないのだろうが。

 リュナの首がガクンと揺れる。それを目にしたサーベルタイガーが、ついに動いた。その巨体には似合わないスピードで、真っ赤にぬめる口を大きく開く。

 その瞬間、光が走った。

 光はリュナの手元から、サーベルタイガーの口、のど、胸、腹、尻を貫き、そして消えた。光が消えた時、その獣は二つの大きな肉塊に変わった。体の上半分と下半分とで、きれいに両断されていた。

「刃が傷むので、あまり居合などしたくないのだがな」

 その光は、リュナがサーベルの刃を走らせる光だった。その速さは、まさに光速と称すべき光の刃だった。

「――おっ? なんだ、坊主。某のことが心配だったのか?」

 シックザールの視線に気づいたリュナが、嫌味な笑みを浮かべながら言い放った。

「だ、誰がお前の心配なんかするもんか! ボクが気にしてるのは、お前なんかじゃなくて、アルメリア達の方だ!」

 そう言って指を差す。この岩屋の最上段では、アルメリアとネグロの戦いが繰り広げられていた。

「なんだ、そういうことであったか。あちらなら心配あるまい。ネグロ殿が勝つに決まっている」

「それは、そうなんだろうけれど……」

 シックザールの心配を察したのか、リュナは若干、穏やかな口調で言葉を発した。

「案ずるな。そこの白本の小娘が言っていたではないか。ネグロ殿に任せておけばよいと。どうやら二人は、某ら以上にこの世界のことを知っているようだ。だから、この戦いの決着はネグロ殿に任せる」

「お前、アルメリアのことが好きなんだろ? 心配じゃないのか?」

「心配ではない……と言えば嘘になるかもしれん。しかし某は、ネグロ殿の力も存じている。某が装者として働いていた頃から、あの方は生ける伝説のような存在だったのだから」

「生ける伝説……」

 その言葉は、決して誇張ではないとわかった。

 ネグロは巨体で、携える武器も子供の背丈ほどある大剣だ。それに比べて、アルメリアはスラリと伸びる四肢に、軽量の短剣を持つ。スピードの差は歴然だ。

 しかしネグロは、アルメリアの攻撃を難なく躱していた。時には大剣を壁にして、時には体を翻して、そのすべてを危なげなく回避する。そしてひとたび剣を振れば、アルメリアは全身で防御しても軽々と吹き飛ばされていた。あれほど強いアルメリアが、まるで普通の少女のようにか弱く見える。

 かつてアルメリアは、「自分が何人も束にならなければネグロには勝てない」そのようなことを口にした。シックザールは、それが彼女なりの謙遜だと思っていたのだが、それは決して謙遜でも誇張でもなく、事実だったのだ。


 アルメリアの体は、見るも無残なほどのボロボロにされていた。全身に傷をこさえ、指の何本かは本来曲がらない方向に曲がっている。その姿を見るうち、シックザールの視界は、徐々にゆらゆら揺らめいていった。

「やめて……やめてくれ……」

 もはや身動き一つできない彼女の目の前に、ネグロが無表情で立つ。その両手は、大剣の柄を握っていた。その切っ先は、まっすぐアルメリアの体の中心を向いている。

「本当ならこんな場所ではなく、よりふさわしい場所で手合わせしたかったものだ」

 ネグロはそれだけつぶやくと、全身の筋肉を盛り上げ、剣を突き出した。


「やめてくれよおぉぉーーーーーーーーッ!」


 シックザールの悲痛な叫びが岩屋に響き渡る。何度か反響して、静寂が戻ってきた。

 気が付けばネグロが彼を見下ろしていた。その剣の先からは、何かの液体が滴り落ちていた。ぴちょん、ぴちょんと、その音だけが空しく耳に届いた。

「全部片付いたぞ、シャイニー」

「ええ、そのようね。疲れたぁ……」

 いつの間にか回復していたシャイニーが傍に立っていた。

 シックザールは無意識のうちに、シャイニーにつかみかかっていた。彼女の体から発せられる甘い匂いが、妙に鼻についた。

「シャイニー! お前、ネグロになんてことをさせたんだ!」

 シックザールの右手が、シャイニーの首を絞める。それを見てネグロの視線が鋭く光るが、それをシャイニーは手を出して制した。

「だから……言ってるでしょ。大丈夫なんだって……」

「何が大丈夫なんだよ! いくら装者でも、あんな剣で体を貫かれればどうなるかわかって――」


 パパパッパッパッパッパァーーーーン!


 突如頭上から、この場に不似合いな能天気なファンファーレが響き渡った。その音に、シックザールと原人たちは頭上を仰ぐ。そこには岩屋の薄暗い天井しかなかったが、確かに、いくつもの楽器が奏でる短い曲が流れていたはずだった。

 そして次に聞こえたのは、音楽ではなく人の声だった。

「おめでとうございます! エリアボスの討伐お疲れさまでした!」

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