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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第一章【天女の国】
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四話【渇いた村】

「まさか、まったく弁護してくれないなんてね。参っちゃったよ」

「シックザール様のお言葉が、よほど応えたのかもしれませんよ」

「応えた? ボク、何かあの子を傷つけるようなこと言った?」

「それは……まあ、おいおい学んでいきましょう」


「おい、うるさいぞ! 黙っていろ、悪魔ども!」


 三人の男たちに取り押さえられたシックザールとアルメリアは、それぞれ木製の檻に囚われていた。元々は動物を入れていた檻なのか、小さくて狭苦しく、獣臭さが染みついていた。ちなみに、脱ぎ去った服ともぎ取れた彼の腕は一緒に檻に放り込まれていた。

 今は荷馬車の荷台に乗せられ、彼らの村へと連行されていた。その荷馬車を前後に挟むように、二人の男が騎乗して監視している。とにかく振動が激しく、話しているうちに舌を噛みそうだった。

「そっちこそうるさいですよ、筋肉ダルマ! 正確には悪魔の遣いだっての! 忘れたのか、ポンコツ!」

「てっ、てめえ~!」

 手を上げようとした男だったが、やはり相手が得体のしれない相手だからか、直に触れるようなことは避けた。その代わり唾を吐きかけ、その唾をシックザールは全力で避けた。

「アルメリアは、どうして抵抗しなかったの? お前なら、あの三人が相手でも簡単に勝てただろ?」

 御者の男に気づかれないように、隣の檻に顔を近づけて話しかけた。

「確かに、全員退けることはできました。ただ……」

「ただ?」

「シックザール様は、それを望まれていなかったようなので。目で訴えていましたよね? 『ここは抵抗せず、彼らの村に連れて行ってもらおう』と」

「さっすがアルメリア! 以心伝心だね。まあ、片腕が外れちゃったのは予想外だったけれど……」

 そういって、残された腕で落ちている腕を弄り回す。

「申し訳ございませんでした……。痛くは……ないですか?」

「君も“装者”ならわかるでしょ? 違和感はあるけれど、たいして痛くはないよ。それより、ほら。見えてきたみたいだよ」

 彼らが先導する先を指さす。

 そこには、しっかりとした柵で囲まれた小さな村があった。キミコが住んでいたようなテントもあれば、高床式の木造倉庫もある。ざっと見た感じでは、軽く百人以上は生活しているようだった。

 柵の一角には、木製の門扉が設置されており、そのすぐそばには見張り台と思われる高いやぐらが組まれていた。そこで外を監視していた男が、こちらに向かって両腕を振っている。先頭の男も、応える様に片腕を振った。すると、村の内側より門扉が開け放たれた。

「貴様ら、村の中に入ったからって、むやみに騒ぐんじゃねぇぞ。その時は、遠慮なく体を貫くからな」

 村に入る直前、御者の男は槍を見せびらかしてそう忠告した。二人はその言葉を無視して、ただ狭い檻の中から村の様子を観察していた。




 二人の檻は村の端の方に置かれた。二人を取り押さえた中の言葉遣いが悪い男と、白髪混じりの中年の男が見張りに立っている。


「すっかり人気者だねぇ」

「そうですね、シックザール様」


 シックザールとアルメリアの前には、二人の見張りの男以外に、大勢の村人が群がっていた。そのいずれもが、好奇の視線を以って二人を見つめている。特に子供たちは好奇心が強く、中には檻に近づいて触れみようと試みる子供もいたが、そのたび親や見張りによって遮られた。

「しかし、キミコさんの言っていたことは本当みたいだね」ひらひらと手を振ってみると、村人たちはビクッと後ずさりした。

 村人たちの顔には生気が無かった。明らかに衰弱している。頬がこけ、体はやせ細り、爪がひび割れている。服も着替えや洗濯ができないのか、汗や垢にまみれている。

「ここに来るまでに、いくつかの田畑が見られましたね。いずれも干上がっていましたが」

「『雨が降らない』っていうのは切実みたいだね。そりゃあ、生贄を立てたくもなるだろうさ」

 檻の中で呑気に会話する二人に苛立ったのか、槍で檻の天井を叩かれる。その音にも、やはり力が無い。

 しばらくぼんやりしていると、人の波をかき分けて一人の男が近づいてきた。キミコの家に来たもう一人の、あの凛々しい男だ。見張りの二人に耳打ちすると、檻を見下ろしながら言った。

「命拾いしたな、悪魔の遣いよ。今は大切な儀式の最中ゆえ、貴様らを殺すようなことはしない。儀式が悪魔の血で穢されるのは、我々としても不本意だからな。おとなしく、そこで静かに朽ち果てるといい」

 その凛々しい男は続けての見張りを命令し、檻に群がる村人たちを家へと帰した。よく見れば、その男の足取りも弱々しい。立場上弱った姿を見せられないのかもしれないが、渇きによる衰弱は彼の体も例外なく蝕んでいたようだ。

「シックザール様。わたしたちは、いかがいたしましょうか?」

 檻の中でもきちんと正座をしているアルメリアが訊ねた。

 彼は自分のすっぽ抜けた腕を枕に、窮屈そうに寝ころんだ。

「今は何もやることが無いし、眠って体力を養おう。生贄の儀式まで、まだ時間もありそうだしね」

「そうですね。かしこまりました」

 彼は頭に巻いていたターバンを目にかぶせると、すぐに寝息を立ててしまった。




「……―ル様。シックザール様」

「……うん?」少女の声が遠くから聞こえてくる。目を覚ましてターバンを除けると、アルメリアが顔を寄せていた。強い光に当てられて、顔の半分にはくっきりと濃い影が落ちている。

 眠っている間に日が落ちてしまったようだ。見張りの二人は簡易な椅子に腰かけ、その横には一本の松明が立てかけられている。見張りも緊張感と体力が尽きたのか、槍を握りながらうたた寝をしている。

 しかし、照明となるようなものはそれだけだった。家々には灯りが点いておらず、人の息吹が感じられない。死んでしまったような村を、青い白い月の光が冷たく照らしている。空には相変わらず雲が無く、重たいほどの濃紺の空が広がっていた。

「――まるで廃村だね。それで、何かあったの?」

「何やら、あちらのほうが騒がしくなってきました。おそらく、生贄の儀式が始まるのではないかと」

 彼女が指をさす方向へと視線を向ける。それは松明の向こう側で、確かに明かりが確認できた。耳を澄ませば、人の騒ぐような声が聞こえる。

「くっそお! ボクたち抜きで儀式を始めちゃうなんて! 悪魔でもなんでもいいから、混ぜてくれればいいのにさ!」

 檻の中で地団太を踏むシックザールの横で、アルメリアは目を閉じて、耳に手を当てた。おそらくは百メートル以上先の喧騒。しかし彼女は目の前のヒソヒソ話を聞くかのように、意識を集中させていた。まるで彫刻のようなその姿は、触ると壊れてしまいそうな繊細さをまとっていた。

「……どうやら、儀式とは少し違うようです。言うなれば、前夜祭のようなものらしいです」

「前夜祭?」

「村の者たちと、キミコ殿がそこにいらっしゃいます。参列者には僅かばかりの酒と肉が振る舞われ……キミコ殿の横には、ご両親と思われる方が座り……村長らしきご老体が、中央で式辞を述べています」

「さすが、すごい聴力だね。もっと情報を集めて!」

 彼女は少し誇らしげな顔をすると、さらに耳をそばだてた。

「……どうやら、ユウタという少年はキミコ殿が好きなようです。泣きじゃくり、鼻をかんでいます」

「いや、そんな情報はいらないよ。もっと役に立ちそうな情報を!」

 彼女は少ししょんぼりすると、さらに耳をそばだてた。

「……今後の儀式の流れについて説明されています。この宴が終わった後、キミコ殿と従者たちは、山に登るそうです。そこはこの村の聖地とされる場所で、生贄の儀式はその山頂で行われるようです」

「なるほど! でかしたぞ、アルメリア!」

 彼女の頬に赤みが増す。そんなことは気が付かず、彼は再び腕を枕にして寝ころんだ。

「宴を見に行かなくてよいのですか、シックザール様?」

「いいんだよ。今ボクたちが騒ぎを起こしたら、儀式の流れがどう変化するかわからない。今は待つ時だ。宴が終わったら、もう一度起こしてね」

「なるほど。了解いたしました」

 シックザールは、細く目を開けて彼女の様子を見た。ピタリと体を停止させたまま、耳に手を当てている。

「アルメリアの寝ている姿なんて、ボクはこの先見ることあるのかな」そんなことを思いながら、あっという間に夢の世界に落ちていった。

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