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【果てしなく遠い国―女軍人―】

 重厚な門をくぐってシャイニーとネグロが最初に見たのは、軍人たちを出迎える国民たちの姿だった。老若男女問わず、百人近くの人間たちが彼らを出迎えていた。二人はこれまでにも多くの軍隊を見てきたが、ここまで歓迎されているのを見るのは初めてのことだった。

「ふーん。ただの演習帰りって割に、ずいぶん出迎えが多いのね。相当頼りにされてる?」

「長く戦争が続いていたということだからな。自然と、軍部の権力が増していったのかもしれない。まあ、そういう国ほどろくなことになっていないのが通例だが」

「まったくよねー。力を持った人間ほどめんどくさい生き物もそうそういないわー」

 そんな失礼なことを当の本人たちの横でぼやいていると、例の爽やか軍人が肩を叩いた。若干、その顔は引きつっているようにも見えた。

「あ、これは失礼」「あら、ごめんなさい」二人は形だけ謝罪した。

「い、いえいえ、いいんですよ。そうですよね。実際、軍人が権力を握って国が長く栄えた例は少ないです。しかし、私たちの国は違います! 確かに、過去に過ちを犯したことはありますが、その失敗を糧により良い国づくりを行ってきました! 今では私たち軍人は、ただの武力ではなく、国を支えるヒーローなのですっ!」

 しゃべればしゃべるほど、男は顔を赤くし、動きがオーバーになっていった。シャイニーはそんな男を冷めた目で見ながら「うわっ。この人間、自分のことヒーローとか言っちゃったよ。ツラはいいけど、ちょっと危ない奴っぽいわ」と、心の中で毒づいた。おそらく、ネグロも同じ気持ちだったことだろう。

 男は一通りしゃべり終わると、息を整えながら姿勢を正した。

「ふうーっ。よし、わかりました。それでしたら、旅人さんたちにはこの国のことをとことんまで知ってもらいましょう。これはもう義務ですよ、義務!」

「いや、義務とか突然言われても……」

「旅人さんたちは、この国には何日まで滞在されるのですか?」

「明日までだが?」その世界の滞在期間は最大で七日間。今は六日目なので、翌日のうちにビブリアに戻らなければいけない計算になる。

「明日までぇっ?」

 男が突如素っ頓狂な声を上げたので、シャイニーはその場に尻もちを搗きそうになった。

「それはいけません! たったの二日じゃ、この国のことを全然知ってもらえないじゃないですか!」

「いや、そこまで興味があるわけでも……」

「さて、どうするべきか。私は演習の報告と定例会議、それに新兵たちの教育もあるし、その後は幹部たちとの会食……この二人をガイドする時間が無いではないか……誰か、他の者に任せるか……」

「おーい。イケメンよ、聞いてるー?」

 男は口に手を当てて、彫像のようにその場で固まって考え事を始めた。話しかけても、体を揺すっても、自分の世界から帰ってこない。面倒だからと、その場からゆっくり離れようとしたところで、男は顔を上げた。顔に帽子の影が落ち、それでいて眼光は鋭いので、若干ホラー風味を増している。

「おお……いるではないか。愛国心があり、この国に詳しく、適度に暇な奴が。あいつに案内を任せればいいぞ」

「あいつ?」「あいつ?」

 二人が訝しんでいると、男は明後日の方向へ駆け出した。「旅人さんたちはそこで待っていてくれー!」と叫びながら。


「どうする? あんな奴ほっといて、こっそり逃げない?」

「まあ待て。せっかくここまで来たのだから、何も収穫無しは避けるべきだろう。せっかく歓迎してくれているのだし」

 そんなやり取りを何度か繰り返していると、あの男が駆け足で戻ってきた。

 そして、よく見れば後ろにもう一人、誰かを引き連れていた。服装は男とよく似ているから、きっと軍人なのだろう。しかし、軍人にしては動きが鈍そうというか、走り方がおかしいというか。一言で言えば、弱そうだった。

「やあー、旅人さん方。お待たせしました!」

「ホントに待ちくたびれたわ」ぼそっと呟いたシャイニーたちの前で二人は停止し、背筋をピッと伸ばした。

 それでようやくわかった。華奢な体に、控えめながら膨らんだ胸。細い腹部に、その割に幅のある腰。彼が連れてきたのは、女性の軍人だった。彼女は猫背気味だった背筋をピッと伸ばすと、二人に向かって礼儀正しく敬礼した。

「初めましてぇ。わだしは本日よりお二人の案内をさせていただきます、ティモと申しますッス。短い間ですが、よろしくお願いするッス」

 その女性軍人は独特の垢抜けないイントネーションで挨拶すると、帽子を取ってお辞儀した。

 顔を上げると、顔に落ちた太い金髪を乱暴に横に除けた。大きいが若干眠そうな目に、少し太くて垂れた眉。低めの鼻に、薄いピンクの唇。軍人ゆえに化粧っ気は無く、しかしそれを差し引いても、まるで田舎から奉公に上京した農家の娘のようだった。


 結局その日は、国の中心地に行って宿屋や飲食店、土産屋などの店舗を回る程度に終わった。二人が入国した時には既に日が落ち始めていたためだ。

「そんではぁ、何かありましたらこちらの電話番号におかけください。本日はあまりお二人をご案内できず、誠にもんしわけなかったッス」

「いえいえ、お構いなく」

「ああ、お前も早く仲間の元へ戻るがいい」

 二人は少々やつれた顔で、ハエを追い払うようにティモを追い払った。

 あの男が言っていたように、ティモは確かに愛国心に溢れて、かつ国のことに詳しい女の子だった。しかし、あの独特の訛りで延々としゃべり続けるものだから、耳の中をかき回されるような思いだった。あと一時間も長く付き合っていれば、あの口調が自分たちにまで伝染してしまうかもしれなかった。

「明日も来るって言っていたわね。やっぱり、ティモが来るのかしら……」

「だろうな。同じ女同士、お前がメインで相手してやれよ」

「女同士の前に、人間同士じゃないから無理ッ!」

「……ビブリアに帰りたいのなら、早めに言えよ」

 二人はティモに勧められた宿屋に、背中を丸めて入っていった。


「おはようございますッス。よぐ眠れましたか?」

「ええ、まあ……」

「ああ、おはような……」

 翌朝になると、予想通りティモが迎えに来た。服装は昨日と全く同じで、少々汗臭い。

 結局、二人はビブリアに帰らず、おとなしく宿屋に泊まっていた。事前に話を通してくれていたのか、宿代は無料かつ料理は豪華で、部屋も二人で泊まるには十分すぎるほどの広さだった。ここまでされては、さすがに恩を感じずにはいられなかった。それにネグロが言っていたように、せっかく来た世界なのだから収穫は欲しい。この世界に来て経験したことと言ったら、延々と歩き続けたことと、アクの強い軍人コンビにかき回されたことだけだった。

「それでしたら、さっそくご案内させていただきますッス。お二人は、出国は何時ごろのご予定で?」

「んー。日没くらいかしら」

「はあ。日が落ちてから国を出るなんて、さすがに危なくないッスか?」

「ああ、別に気にしないで。そういう、自分ルールを作るのが好きなのよ」適当にでっち上げた嘘に、ティモは訝しみながらも納得してくれた。

「まあ、いいッス。そんじゃ、車を用意してるんで乗ってくださぁ」

 彼女に案内されて歩いていくと、宿屋の横の駐車場に砂の色をしたバギーが停められていた。車体の汚れや傷からして、おそらく軍用のバギーなのだろう。

 ティモはまっすぐ運転席の方へ向かうと、びょこんと座席に座り、エンジンを勢いよく噴かせた。獣の唸り声を何倍にもしたような轟音が振動と共に鳴り響く。

「どうしよう、ネグロ。ワタシ、あの車にすっごく乗りたくない」

「奇遇だな。俺も全く同じことを考えていた」

 二人が躊躇していると、運転席に座るティモが眉間にしわを寄せ、唇を鳥のように尖らせていた。クイッと、映画のワンシーンのように後部座席を親指で指した。

 ようやく観念して二人が後部座席に座ると、満足そうな笑みにコロリと変わった。その表情は軍人というより、純朴な一人の少女に思えた。

「ほんでは、行きますッスよー」

 ガコガコンとギアを動かすと、三人を乗せたバギーは勢いよく発進した。勢いよすぎて、首ががくんと後ろに折れそうになった。

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