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【果てしなく遠い国―作戦―】

「いけません、そのようなこと!」

 アルメリアはシックザールの両肩を掴むと、彼をその場に縫い付けるように抑え込んだ。両肩から鈍い痛みに挟まれながら、それでも怯まずにまっすぐ見つめ返した。

「落ち着くのはアルメリアの方だ。お前の言う通り二人で敵の元へ向かえば、まず間違いなく迎撃される」

「それは……!」

「それより、片方が囮になって注意をひきつけ、もう片方がこっそり近づいて仕留めるのがベストだ。そうだろ?」

「それは、わかります。しかしそれなら、囮なんて危険なことは、わたしが……」

「いいや、わかってない! ボクじゃ正確な敵の場所は分からないし、接近したところで、相手が近接戦闘にも長けていたら返り討ちだ。ボクが囮になれば、身軽なお前なら五分と掛からず、三分くらいで決着をつけてくれるだろ?」

 一気呵成にまくしたてる。思えば、アルメリアに対してここまで言葉をぶつけたことは無いかもしれない。その勢いに押されたのか、彼女は瞬きも忘れて、ただ目の前の主人を見つめることしかできなかった。

 言葉を止めると、重苦しいほどの静寂に包まれる。その停止した空気の向こうでは、姿の見えない狙撃手が二人を狙っているのだろう。

「……承知しました」

 アルメリアは目を閉じ、うなだれるとそれだけつぶやいた。

「一分一秒でも早く敵を始末してきます。それまでは、シックザール様のお力をお借りします」

「怒ってる? アルメリア」

「わたしの未熟さに怒っています。しかし」

 アルメリアは顔を上げた。決意を決めた彼女の瞳には、目には見えない決意の炎が揺らめいていた。

「もしも、わたしより先にシックザール様が命を落とすことになりましたら、その時はシックザール様に対しても怒ります」

 その言葉を聞いて、つい笑みがこぼれた。「決まりだね」


 崩壊したリビングの壁に背を付け、遥か先からこちらを狙っているであろう狙撃手の姿を想像する。屈強な男だろうか? それともロボットか何かだろうか? どちらにしても、そいつを倒さなければここで旅は終わりになる確率が高い。アルメリアがその敵を倒すことを信じて、自分は数分間逃げ回らなければいけない。紙でできた心臓がぎゅっと縮まる。

 崩れた壁の端にたどり着いた。ここから一歩でも踏み出せば、その瞬間から見えない敵とのバトルが始まる。一撃必殺の、命を懸けたバトルが。

「作戦はさっき伝えたとおりだ。まず、ボクが飛び出す。敵がボクを狙い始めたら、お前は反対側からスタートしてくれ。無事に仕留めたら、適当に合図を送って」

「承知しました」

 アルメリアも折れてくれたのか、特に反論もしない。それとも、ただ呆れているだけなのか。いや、彼女はそんな適当なことはしない。これが最も勝算があるのだと理解したのだ。きっとそうだ。

「よしっ。一、二の三で飛び出す。スピードが出るよう、後ろから押してくれ」

「はい」アルメリアのひんやりとした手が背中に当てられる。もしも失敗すれば、アルメリアとこうして触れ合うことも無くなるわけだ。それはなんだか、不思議と寂しく感じる。最初はただの、従者の女の子だったはずなのだが。

「それじゃあ、そろそろ行くよ。一――二の――」

 適度に脱力しながら、脚には力を籠める。アルメリアの指にも力が入る。

「――三ッ!」

 シックザールは死地に飛び込んだ。


 狙い通り、敵はシックザールに狙いを付けた。

 彼が飛び出した二秒後には、荒廃した国に爆音が轟いていた。少し離れた位置に植えられていた庭木が根元に大きな穴を開け、パキパキと乾いた音を立てながら倒れていく。

(思った通り、ボクを狙っている。あまり嬉しくはないけれど、作戦通りだ)

斜め後ろで枯れ木が倒れる音を聞きながら、シックザールは一心不乱に手足を振った。

(アルメリアは出発したか?)確かめたいが、その余裕もない。地面は雑草に覆われているので、路面の状態は不明瞭だ。足を取られれば、まず死ぬ。

 二発、三発とシックザールを狙った弾丸が宙を貫く。二人組が一人になったことに敵が違和感を覚えているのかは分からないが、狙いを変えるつもりは無いようだ。きっとアルメリアは、申し訳なく思いながらも全力で駆け出しているのだろう。

 彼女の話では、自分一人が全力で走れば二分、見つからないようにセーブして走って三分で敵の元にたどり着くとのことだった。彼女は二分の方を申し入れたが、念には念でシックザールは三分を選んだ。当然彼の側の危険性は増すが、それも説得の末に納得させた。他意は無い。その方が成功率が高いと踏んだからだ。

 実際、シックザールには自信があった。コロシアムの闘技者にされた際、自分でも驚くような身軽さを発揮した。攻撃の技術は無いが、ただ回避することに専念すれば装者のアルメリアにすら匹敵するだろうと自負している。さらに、いざという時には“切り札”もある。あまり使いたくは無いのだが。

 その自信が彼の体を軽くし、思考をクールにした。

 幸い、小柄なシックザール一人が身を隠す程度の遮蔽物は多かった。中には、敵の狙撃二、三発は耐えられそうな頑丈なものもある。

 自分の姿を晒している時は、緩急と方向転換を何度か挟んでフェイントをかける。姿の見えない相手にフェイントをかけるというのは妙な気分ではあったが、効果はあるようで、その度に敵は大きく狙いを外した。しかし体力を消耗するので、遮蔽物に隠れてごく短時間の休息を入れる。この方法なら、三分はギリギリ持つはずだ。


 何度目かの遮蔽物に入る。ここまで来ると、敵の狙撃による爆音にも慣れてきた。それでも恐ろしいことに変わりは無いのだが。

 徐々に落ち着いてきたことで、シックザールはふと疑問に思った。

(いくらボクが走っているからといって、狙いが悪くないか?)

 そもそも狙撃手とは、基本的に相手を一発で仕留める役割のはずだ。そうしなければ自分の位置を知られて、相手の接近を許してしまう。実際、今アルメリアが敵に向かって走っているはずだ。せめて、攻撃をやめてその場から逃げた方がいいのではないか。

(そもそも、なんでこんな場所にいるんだ? だいぶ走ったけれど、他に誰もいないじゃないか。それとも、あいつが皆殺しにしてしまったのか?)

 ドン!

 そんなことを考えているうちに、シックザールが背にしていたレンガの壁が砕け散った。悲鳴を上げる間もなく、衝撃をモロに受け止めて雑草の上を転がっていく。幸い敵の弾丸は貫通していなかったようで、強い衝撃を受けた以外には外傷も無かった。手足が問題なく動くことを急いで確認する。

 遮蔽物が無くなった。すぐに逃げなければいけない。それは分かっていたのに、シックザールはその場から離れることができなかった。彼の視線は、たった今崩されたレンガの壁に縫い付けられていた。

 そこには、粉砕されたレンガの粉塵と共に、淡い紫色の煙が漂っていた。その煙は、髑髏ドクロの形をしていた。それも一つではない。三つの髑髏がシックザールの顔を恨めしそうに見つめていた。髑髏の煙は一瞬悲しそうな表情を浮かべると、レンガの粉塵に混ざって消えていった。

「なんだよ、今の……目の錯覚か……?」

 その煙の先、何かが光った。しまった! そう思った時には遅かった。

 弾丸がシックザールの体を貫いた。反射的に体を射線から外したことで致命傷は外した。しかし、腰が大きく抉られた。これが普通の人間なら、苦痛に悶えた末に死んでいたところだろう。しかし白本のシックザールは、苦痛に顔を歪める程度に済んだ。

 しかし、脚に力が入らなくなった。バランスを崩し、その場に倒れ込む。自分の腰を見れば、先ほどの髑髏の煙がそこから浮かび上がっていた。

「あいつ……これを弾丸にしていたのか……?」

 着弾点に髑髏の煙を作る弾丸とは何なのか? 気になるところだが、冷静に分析する暇はない。地面に倒れ込んだ獲物を、敵が放っておいてくれるとは思えない。

「逃げなくちゃ……」立ち上がろうとするが、力が入らない。情けなくその場に崩れ落ちる。目の前に伸びている雑草を掴み、地面の上を芋虫のように這いつくばる。

「これは、とてもじゃないけど逃げきれないな――」

 そう呟いたとき、シックザールの頭に巻かれたターバンが宙に舞った。

 銃声が止んだ。

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