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【果てしなく遠い国―襲撃―】

 シックザールの視界が晴れていく。自身とアルメリアを包んでいた白い炎が掻き消え、新しい国の姿が目に映る。

「……今回はハズレみたいだね」

「そのようですね」

 曇天の下で二人が見たものは、荒れ果てた国だった。

 この国の建築物はレンガでできていたようだが、それが崩れた積み木のように地面に散乱している。地面からは背の高い雑草が伸び放題になっており、よく見ればその隙間から石畳の舗装が覗いている。それも隙間からびっしりと細かい雑草が伸びており、舗装の役目を果たしていない。崩壊が激しい建物の周辺にはガラスや瓦も散らばっており、仮に裸足で歩けば足の裏がザクザクに切られてしまうことだろう。

 足場が悪いので、とりあえずその場で周囲を見回す。しかしどこまで見ても、同じような寒々しい光景が広がっているだけだった。さらに奥にはこの国を囲む城壁も見えるが、それも所々が崩れている。その上では分厚い雲が空を覆っており、鳥の一羽も見当たらない。

 唯一、国の中央に立っている円柱型の城は原型を保っていた。この国の為政者たちの住居だったのか、その城だけがかろうじて威厳を保っていた。しかし、その城を見上げる国民は、既に一人も残っていないようだった。足元に視線を落とせば、ヒビが入った髑髏の黒い眼孔が、何も無い空間をぼんやりと見つめていた。

「とてもじゃないけど、人が住んでいるとは思えない。何か見どころがあるとも思えない。今回はさっさと帰っちゃおうか。この前みたいな無駄な時間はゴメンだ」

「それもそうで……」

 言いかけて、言葉を途中で止めた。「どうしたの、アルメリア?」声をかけてみるが、彼女はどこか遠くを見て、耳に手を当てていた。それに倣って、シックザールも同じ方向へ耳を傾ける。


 ――ごぉん――ごぉん――


 遥か遠くから、何かを叩くような音が響いてくる。心なしか、足元からも振動が伝わってくる。その音と振動は、徐々に近づいてきた。

 何だ? 何が近づいてくるんだ?

 目を閉じて、さらに耳を澄ませようとして――

「シックザール様危ないッ!」

 突如両肩を掴まれ、乱暴に押し倒される。あまりの勢いに、首がその場に置き去りにされそうだった。悲鳴さえ発する暇がない。


 ドゴォンッ!


 轟音と共に、先ほどまでシックザールが立っていた場所のレンガの壁が砕け散った。文字通り粉々になり、少しだけ色のついた煙がその場にもうもうと広がった。

「……なんだなんだ!」

 突然の衝撃に慌てて立ち上がる。

「ダメです、立ち上がっては!」

「えっ?」

 先ほどの再現のように、再びアルメリアに体を掴まれ、その勢いのまま転げまわる。そしてやはり、先ほど立っていた位置のレンガが粉砕された。轟音と粉塵と共に。

「しばらくしゃべらないでください! ついでに動かないでください!」

「う、うん……」

 アルメリアは体を硬直させたシックザールを抱え込むと、全力でその場から駆け出した。その二人を追いかけるように、爆発するような轟音が立て続けに背後から続く。


 ドゴン! ドゴン! ドゴン! ドゴォン――!


 まるで巨人の足音のように、その音はひたすら追いかける。空気を震わせ、破片をまき散らし、廃墟と化した国をさらに無残に打ち砕いていく。最初に二人が立っていた場所は、密度の高い砂煙の向こうに消えてしまった。

「シックザール様。今からあの建物に隠れますので、しっかりつかまっていてください」

 進行方向を見ると、まだかろうじて原型をとどめている一軒家が見える。敷地の広さからして、それなりに裕福な人間の住む家だったのだろうか。すでに枯れて灰色に変色してしまっているが、太く背の高い庭木が何本も見える。

「行きます! つかまって!」

 促され、彼女の体に回した腕に目いっぱい力を籠める。

 そして、アルメリアは跳んだ。

 高さ一メートルほどのブロック塀を飛び越え、そのまま窓ガラスを突き破って家の中に転がり落ちた。所々穴の開いたフローリングの上を転がり、壁に当たってようやく止まった。そこはキッチンだったようで、床には食器類が散乱していた。部屋の隅には正方形の大きさのテーブルと、背もたれのついた椅子が四脚残されていた。これでもかと劣化しており、とても座れるような状態ではなかったが。

 二人を追いかけていた音は止んでいた。不気味なぐらいに静かで、逆に落ち着かない。また、いつどこからあの音が聞こえてくるのかわからない。何とか体を起こすが、どこからか誰かに見られているのかもしれない。二人は壁に沿い、這いつくばるようにしてキッチンの角に移動した。

「ご無事ですか、シックザール様?」

「ボクは大丈夫だよ。でも、アルメリアは……」

 彼女は全身から血を流していた。体の至るところにガラスの破片が刺さっており、それらを一つ一つ抜いていた。傷は浅そうだが、あまりに痛々しい姿だった。

「わたしの心配をしてくださっているのですか?」

 アルメリアは首を傾け、シックザールの顔を覗き込んだ。体中から血を滲ませているくせに、表情はどこか満足げだ。

「別に、心配なんかしてないよ! 装者なんだから、それぐらいの傷すぐに治るだろ!」

「ええ、その通りです。ただ、今の傷で刺青も傷んでしまいました。左腕の短剣は問題なく取り出せますが、それ以外は実体化させることは難しそうです」

「その刺青、収納力はすごいけれど怪我をすると役に立たないからなぁ」

 装者は物を刺青に彫って体に収納することができる。しかし切り傷や火傷などを刺青の部分に負ってしまうと、その傷が治るまで出し入れができなくなってしまう。装者特有の便利な能力だが、唯一の欠点といえる。

「とにかく、こうなったら仕方ない。わけがわからないけど、攻撃が止んでいるうちにこの世界からオサラバだ」

「それがよろしいかと」

 アルメリアと肩を抱き合うような形にして、後頭部から伸びたスピンを激しく燃やす。その白い炎が二人の体を覆っていく間に、キッチンの南側に設置されていた窓がキラリと光った。

 口を開くより先に、アルメリアはシックザールを抱き寄せると隣室に続く扉に飛び込んだ。その直後――ドゴォ――二人が座っていた場所が弾け飛んだ。キッチンの床に大きな穴が開く。床の食器がガタガタと音を震わせる。


 キッチンの隣はリビングで、表面の革が破れ中身が飛び出したソファが並んでいた。中央にはガラスのテーブルが置かれていたが、そのガラスは砕け散りコップ一つ置けそうにない。部屋の隅に置かれていた観葉植物はカラカラに枯れ果てていた。その植木鉢の傍に、二人は身を縮めて隠れた。

「……なんだよ! 急に攻撃再開して!」

「おそらく、混沌カオスの炎が窓から覗いてしまったのでしょう。それを目印に狙われたのかと」

「じゃあ、どこか目立たない場所に隠れてから栞を燃やせば……」

「いえ、それは難しいかもしれません」

「どうして……あっ!」

 アルメリアの視線に促されて、シックザールも首を動かした。

 外から見たら多少ボロい程度の一軒家だったが、実際には、原型をとどめていたのはごく一部だった。二人が身を隠すリビングは天井がなく、半分えぐられたようになっていた。これでは雨をしのぐことすらできない。ようはハリボテみたいな状態で、二人が見たのはその正面だったわけだ。

「最初にシックザール様を抱えて走り回った際、この国をある程度見回していました。しかし、あまりにも荒れ果てており、わたしたちが完全に姿を隠せるような場所はありませんでした。唯一、国の中央にあった城は最適な場所ですが、そこまでは距離が離れすぎています。そこまで移動する間に、まず間違いなく撃ち殺されるでしょう」

「……じゃあ、適当に穴でも掘って、そこで栞を燃やそうか?」

「それは可能かもしれませんが、あまり長時間その場に残っていれば、敵は見境なく攻撃してくるかもしれません。あの威力で連射されれば、こんな廃墟の壁などひとたまりもないでしょう」

「……となると」

「……そうなりますね」

 シックザールは唾を飲み込み、喉を鳴らした。

「ボクらを狙う、謎の敵を倒すしかないのか?」


 敵が何者かは分からない。どうして、突如現れた二人を問答無用で狙うのかもわからない。敵の武器もわからない。それでも、倒さなければ逃げることすらできない。

 武器は不明だが、例えばスナイパーライフルのような、長射程の狙撃が可能な武器であることが予想される。

「敵の位置は分かる?」

「はい。ここまでの攻撃から敵の方角、距離、高さ、弾速、全て判明しています。ただ……」

 アルメリアはこの理解不能な状況にありながら、敵の位置を完全に突き止めていたようだった。それなのに、何かを言いよどんでいる。

「ただ……なんなの?」

「……わたしには飛び道具はありません。そのため、敵のいる場所まで直に赴く必要があります。全力で向かっておよそ五分といったところですが」

「ですが?」

 アルメリアがシックザールから目を逸らす。

「先ほど申し上げたように、身を隠せる場所はほとんどありません。移動に五分もかかっていては途中で命中してしまう。その間シックザール様をお守りすることは難しいとしか……」

「ああ、そういうことか。アルメリアはちょっと勘違いしているね」

「えっ?」目を丸くして、まっすぐにシックザールの瞳を見つめてくる。


「ボクが囮になる。アルメリアは、その隙に敵を倒してくれ」

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