表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第四章【偽者の国】
33/163

二話【雪の街にてB】

(これは……困りましたね……)

 アルメリアは、郊外の道端に立っていた。時間帯はおそらく昼なのだろうが、空には分厚すぎる雲が蓋をしてしまっているので、街はどんよりと暗い。道路の脇に設置された街路灯には、温かいランプの光が灯っている。

(まさか、シックザール様と離れた場所で到着してしまうとは。このようなことは初めてです……)

 通りに人通りはそれほど多くなく、時々現れる通行人は、まるで亀のようにコートの襟に首を埋めている。

 そして、通り過ぎる際に例外なくアルメリアを横目で見ていた。頭から爪先まで、いやらしい目つきということではなく、好奇の眼差しで見ていた。

 初めの内は理解できなかったアルメリアだったが、何人もの現地人を見ているうちにその理由が判明した。

 簡単に言えば、アルメリアの髪の色は珍しく、さらに薄着過ぎるのだ。装者は物を刺青にして収納することから、ある程度は肌を露出していることが多い。

 しかし雪がしんしんと降りしきる中で、その恰好はあまりにも場違いだった。装者のアルメリアにとっては堪えるような寒さでもないが、あまり目立つ格好というのも差し支える。

 アルメリアは路地裏に姿を隠すと、自分の背中に刻まれた刺青を撫でる。そこに刻まれているのは衣類の刺青で、あっという間に実体化したコートが彼女の手に握られる。

 シックなベージュのロングコートで、どこの国でも通用するようなシンプルかつ丈夫なものだ。アルメリアはあまりにも寒さが厳しい国や、シックザールを雨から守る際にはこのコートを愛用している。

 今回は周囲の目を気にしてという理由だが、それなりに効果はあるようで、元の通りに戻ってみても好奇の視線は減少した。

(一応帽子もありますが、髪は隠さない方がシックザール様もわたしを見つけやすいでしょう。よしっ)

 アルメリアは決意を固めると、人の流れに従って通りを歩き始めた。もしも二人が離れ離れになってしまった場合、シックザールはその場に留まって、アルメリアが移動して探すことになっている。その決まりに従って、アルメリアは雪の降る街に主人を探しに向かった。


 アルメリアは大通りに出ると、速足でずんずんと歩を進めた。

 シックザールらしき背丈の子供をじろじろ見ながら歩いているので、その親を中心に眉をひそめられる。そんなことはお構いなしに、街を一周する勢いで目を光らせる。

 そうして、本当に一周してしまった。

 仕方なく、大通りを広く見渡せるベンチに腰掛けた。そんな彼女を、街の人たちは遠巻きに見ながら、そそくさと立ち去っていく。それは、彼女の容姿が珍しかったからではない。なぜなら、


「ぶええぇぇぇぇ~~~~! じっぐざーるざま~~~~……!」


 人目もはばからず大泣きしていたからだ。

 いつも凛として、どのような困難も涼しい顔で突破してきたアルメリア。だからこそ、シックザールも彼女の腕前を信頼していた。

 その彼女が、ほんの数時間自分の主人の姿を見失っただけで大泣きしていた。ボロボロと大粒の涙が流れて、鼻水がとめどなく流れてくる。アルメリアはぐしゃぐしゃになった顔を雪で洗って、また涙と鼻水を流して、また雪で洗ってを繰り返していた。その顔はびちゃびちゃに濡れて、前髪がぺったりと額にくっつく。

「うぐっ、ひっく……じっぐざーる様ぁ…………れ?」

 うつむきながら涙を流すアルメリアの視界に、突如小さな手が現れた。その手には薄汚れた白いハンカチが乗っている。

「ほら、使ってください。遠慮しないで」

「あ……ありがとうございます」

 そのハンカチを受け取ると、雪やらなんやらで濡れた顔を拭う。ポケットにでも入っていたのか、ハンカチは人肌に温められて心地いい。

「あの、どなたか存じ上げませんが、ありがとうございました」

 一通り顔を拭き終わると、アルメリアは顔を上げた。そして、息をのんだ。

 そこに立っていたのは、頭にターバンを巻き、全身をマントで覆った少年だった。幼さの残る顔ながら、強い意志を秘めた瞳。それはまさに、シックザールそのものだった。

「シ……シックザール様! このようなところにいらっしゃったのですか!」

 思わずアルメリアは、ベンチから飛び出して少年の両肩を掴む。しかし、少年は戸惑うばかりで困惑の表情を浮かべるばかりだった。

 暗くて最初はよくわからなかったが、少年はシックザールではなかった。服装は似ているが、髪も瞳も色が違う。どちらも薄い茶色で、それはこの国の国民の特徴だった。

「ちょっ、ちょっと! 僕はシックザールなんて名前じゃないよ!」

「そ、そのようですね。申し訳ありませんでした」

 素直に深々と頭を下げるアルメリア。その姿に戸惑う少年だったが、「べ、別に気にしてないから、顔を上げてよ」とすぐにやめさせた。そして、一つ提案した。

「お姉さん、そのシックザールって人を探してるんですよね? それなら、僕と一緒に馬車に乗りませんか?」


 その馬車は駅馬車というものだった。街と街との行き来を行う馬車で、安価な交通手段として多くの人が利用しているとのことだった。幌の張られた大型の馬車を、二頭の恰幅の良い馬が力強く引っ張っている。

 アルメリアは少年に誘われて、後部からその馬車に乗り込んだ。仕事帰りなのか、分厚いコートを着て、しっかりした革の鞄を持った男たちが何人か座っていた。突如現れた異国の少女に少し目を剥いたが、よほど疲れていたのかすぐに幌にもたれかかって目を閉じた。

「お姉さんの分の運賃も払っておいたから、気にせず乗ってていいですよ」

 最後に少年が乗り込むと、馬車は歩み始めた。ゴトンゴトンと重厚感のある音を立てながら、固い路面を踏みしめる。幌の隙間から風が入り込むが、人の熱気のおかげで寒さは和らいでいる。

「ありがとうございます。この国のことは、まだよくわからないので……」

「あっ、もちろんただの善意じゃないですよ! ボクが目的地に着くまで、話し相手とか、ボディーガードとか、そういうのお願いしますからね」

「……しっかりしているんですね。でも、そういうことならお任せください」

 微かに微笑むと、アルメリアは少年に訊ねた。

「それにしても、本当にシックザール様が見つかるのでしょうか?」

「たぶん、やみくもに町中を走り回るよりは確率が高いと思います。この馬車は北にある街に向かうんですが、そこには警察の支部があります。そこで捜索願の手続きを行えば、周辺の街も含めて警察の捜索が始まりますので、そうなれば旅人一人探すのは容易だと思います」

「手続きが終わるまで何日くらいでしょうか?」

「街への移動を含めると、三日で済むと思いますよ」

 アルメリアは内心ホッとした。滞在期間が七日間だから、四日も捜索してもらえば充分に帰りに間に合う。

「何から何まで、ありがとうございます。出来れば、何かお礼がしたいところですが……」

「そんな、いいんですよ。さっきの約束を守っていただければ」

「そうでしたね。ああ、そうだ。自己紹介がまだでしたね。わたしはアルメリアと申します」

「アルメリアさんですね、いい名前じゃないですか。ボクの名前はアクトルといいます。短い間ですが、よろしくお願いします」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ