【生まれ変わった国】
この世界は“リィン”と呼ばれる。ヒューマン、エルフ、ドワーフなど、様々な種族が暮らしている。時々の争いはあるが、平和な世界だった。
この世界に、一人の男の子が生まれた。地方の村で農家を営む両親は、その男の子に“サマル”と名付けた。
サマルは少々風変わりな子だったが、賢く独特な思想を持っており、他の子供たちとは一味違うオーラを纏っていた。両親は戸惑うことも多かったが、息子を愛していた。
しかし、彼らの幸せは長くは続かなかった。サマルが十五歳になるころ、リィンに生息していた魔物たちの動きが活発になり、町や村に侵入して人々を襲うようになった。
それと同調するように、種族間の争いも勃発。ちょっとした小競り合いは、やがて戦争に発展していった。
突如として表出した世界の歪。それを食い止めようと、サマルは両親に内緒で村を飛び出した。
サマルは旅を続けた。有事の時に備えて鍛えた剣の腕前、そしてヒューマンには珍しい魔法術を駆使して闘いに身を投じた。時には命の危機にさらされ、時には英雄として称えられ、彼は混沌とする世界を歩いた。
そうするうちに、仲間も増えていった。
最初に仲間になったのは、エルフの少女“スプラ”だった。エルフの隠れ里からヒューマンを偵察に来ていたスプラは、己の誤解からサマルに弓を向けた。
しかし二人は和解し、共に近隣を支配していた呪術師を倒すことで絆を深める。スプラは里長の命によって、サマルと旅に出ることとなった。
次に仲間になったのは、ドワーフの娘の“ウィン”だった。彼女はドワーフの中では珍しい女性で、かつおとなしい性格だった。そのため仲間と溶け込めず、村を出ていることが多かった。そこで狂暴化した魔物に襲われてしまうのだが、それを救ったのがサマルとスプラの二人だった。
ところが、魔物を追い詰めたところで謎の魔導士が現れ、魔物を強化して逆に二人を追い詰めてしまう。絶体絶命のピンチに立ち向かったのはウィンだった。ウィンはドワーフの怪力と土地勘を駆使し、魔物の動きを封じる。その一瞬の隙を、サマルの剣とスプラの弓矢が貫いた。互いの力を認め合った三人は、さらなる混沌に身を投じることになる。
様々な困難を乗り越え、いくつもの苦楽を共にし、三人は世界を救うために歩き続けていく――。
その様子を、一人の少女がソファーに座って眺めていた。
美しい銀髪のポニーテールに、真っ赤な一房の髪が混ざっており、存在感を主張している。ひらひらしたフリルがたくさんついている、黒を基調としたドレスに身を包んでいる。とても小柄で白い肌なので、まるで人形がソファーに座っているかのようだった。
その後ろには、褐色の肌を持つ大男が腕を組んで立っていた。こちらは少女とは対照的に、タンクトップにカーゴパンツというラフな服装だ。丸太のような太く隆起した腕には、いくつもの刺青が彫られている。
彼らがいるのは、リビングと呼ぶにはあまりにも広い部屋だった。部屋の中はアンティーク調の家具が支配しているが、壁の一面には格子状に無数のモニターが整然と並んでいた。
その中では、普通の人間や耳の長い人間、小柄でがっちりした人間などが動き回っている。モニターによっては、魔物が街を破壊している姿や、いかにも怪しげな男がふんぞり返っている姿も見える。
「シャイニーさん、ネグロさん。お茶のおかわりはいかがですか?」
少女と大男は、その声の主の方へ顔を向ける。
そこには、見た目十歳程度の女の子がいた。その小さい手には、トレイに乗ったティーポットとお茶菓子があった。カチャカチャと音を立てながら、二人の傍へ歩み寄る。
「あら、ありがとうございます」
「ああ、いただこう」
少女はテーブルにそれらを置くと、シャイニーとネグロのカップに紅茶を注いだ。白い湯気がふわりと立ち上る。少女はお茶菓子を一つ手に取ると、テーブルを挟んで反対側のソファーに腰を下ろした。小さな体が沈み込む。
「いかがですか、この眺めは?」
少女はモニターを見つめながら訊ねる。シャイニーとネグロは全く同時に答えた。「退屈ですね」「退屈だな」
少女はその答えを聞くと、ケラケラと笑った。「ですよねー! 私は慣れちゃいましたが、普通はそうですよねー」
「それでですね、訊き忘れていましたけれど……」シャイニーは一口紅茶を飲んで訊ねた。「一体、どの人が転生者なんですか?」
少女は一瞬キョトンとした表情を浮かべると、手をポンと叩いた。
「やだなぁ、シャイニーさん。ここに映っているもの、全て転生者ですよ」
「……えっ? 全部ですか?」
「そうですよ、ほら」
少女は格子の中心、サマルと呼ばれていた少年を指す。「彼は転生者です。前の世界では、二十五歳のシステムエンジニアでした。システムエンジニアが何なのかは、私にはよくわかりませんが」
次に、その隣に映っている耳の長い少女、スプラを指した。「彼女も転生者です。前は三十二歳のOLでした。ちなみにバツイチでした」
さらに隣、小柄な少女を指した。「彼女は、前の世界では五十一歳の男性でした。会社をリストラされ、家族に逃げられ、自ら命を絶ちました」
シャイニーはその三人を見る。件の三人は、モニターの中で炎を吐くドラゴンと闘っている。元システムエンジニアことサマルは、魔法で作った壁でその炎を遮っている。
「“全て“ってことは、あのドラゴンも?」
「はい、もちろんです。あのドラゴンは、前の世界では小説家だったとのことです。特に、子供たちを中心に人気があったのだとか」
「ふーん」シャイニーは紅茶をさらに一口。
「転生というものは、自分で何に転生するのか決められるのか?」
そう訊ねたのはネグロだった。ネグロは立ったまま紅茶を飲んでいた。
「いいえ。何に転生するのかは、実は私にもわかりません。この“リィン”という世界が何を欲しているのか、全てはそれ次第ですね」
「転生した後、転生前の記憶が戻ることは?」
「ほとんどありません。ただ、転生前の世界に強い心残りや、高い技術などを持っている場合は記憶が戻る確率が高いようです。基本的には、転生したとは気づかずにこの世界で暮らすことになります」
なるほどねーと呟きながら、シャイニーはぐるりとモニター全体を眺める。「……ってことは、思い通りに転生できなかった人は最悪ね」
「まったくですね~。私が見た中でも気の毒に思ったのは、前世で虫嫌いだった女の子が、こちらの世界でゴキブ……」
「いい! いい! それ以上はいい! 想像しちゃう!」
シャイニーはブンブンと首を振る。ポニーテールがバサバサ揺れる。
チリン、チリーン
突如、鈴の音が部屋に響く。何事かと、シャイニーとネグロは身構える。
「ああ、ご安心ください。ちょっと、お客様が来ただけです」
少女はトレイを持って部屋を出る。扉の向こうでは、彼女が身支度を整える音が微かに聞こえてくる。自分たちが出て行っても仕方ないので、再びモニターに目を向ける。元人気小説家は、元OLに火を噴いていた。
「はいはい、お待たせしました~」
数分の後、再び少女が部屋に戻ってくる。
「あら、今回は随分早かったですね」
「はい。今回は男の子が来たんですけど、途中で息を吹き返したみたいで、転生前に消えてしまいました。最近はこういうパターンも増えてきましたね。向こうの世界で、医療技術が進歩したのかもしれません」
「大変ですね、転生の女神というのも」
女神と呼ばれた少女は、にこやかな笑顔を浮かべた。「案外、楽しいものですよ」
シャイニーたちがやって来たのは、神々が暮らす世界だった。黄金色の空に、ふわふわした雲の形をした土地がいくつも浮かんでいる。そのうちの一つに着地した。
その雲に住んでいたのが、この“転生の女神”と呼ばれる少女だった。初めのうちは転生者かと思い違いされたが、自分たちが様々な世界を旅していることを話すと、呆気なく信用された。神様なりの余裕ということか。
そうして彼女は、自分の仕事について教えてくれた。
ここに暮らす神々は、二つの世界を統べているとのことだった。二つの世界は対になっており、一方の世界で命を落とせば、もう一方の世界で転生するとのこと。彼女の仕事は、知的生命体の転生の手続きを専門に行っているとのこと。
「最近は変な小説が流行ったせいで、私の仕事も増えてるのよ。おちおち紅茶も飲んでいられないわ」そう悪態をついていた。実際に、シャイニーたちが客として迎えられた後も、女神様は何回も転生者の相手をしていた。
「この仕事をしていると、時々考えてしまいます。ひょっとしたら、私も神様になる前は、全く別の人生を歩んでいたのかもしれない……って」
シャイニーは、そんなことは考えたことも無かった。白本というものは、ネイサの力によってビブリアで生まれる。それ以外の世界など関係ない。それを疑ったこともないし、これからも疑うことは無いだろう。
「ちなみに、どっちがいいですか? 転生して神様になったのと、転生とは関係なしに神様になったのと」
なんとはなく訊ねてみた。女神様は頬に手を当てて考えていたが、その答えはすぐに返って来た。
「どちらでも、いいのかもしれませんね。結局、全ては今の私自身にかかっているのですから。今は今、前世は前世です」
「なるほど」「まったくだな」
二人は女神を見て、同時にうなずいた。見た目は、ちょっと豪華なドレスを着た少女だというのに、妙に大人びて見える。これが神々しさというものか。
シャイニーはこれ以上質問するのも無粋だと感じたのか、視線を前にモニターに戻した。ちょうどその時、ドラゴンの爪がサマルの剣を捉え、真っ二つに叩き折ってしまった。
「あっ。あの剣も転生者ですよ。前世では――」




