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【生まれ変わる国】

 片側二車線の国道を何台もの車が走っている。天高く浮かんだ太陽が地表を照らし、道行く人は暑そうに日陰に逃げ込んでいた。

 その道路を、一台の中型トラックが走っていた。シンプルなシルバーのボディは、真昼の日光を眩しく反射している。その質実剛健な外観に反して運転は優しく、滑らかにスピードを上下させている。

「ほら、美味いか? チックタック」

「はい、美味しいです。それと、チックタックじゃなくてシックザールです」

「そうだっけか? 覚えらんねぇよ」

 そのトラックのキャブには三人が乗っていた。

 右側の運転席には、このトラックの運転手である三石みついし。その左、つまり中央にはシックザールが、左端にはアルメリアが席に納まっている。シックザールは三石からもらったアンパンを頬張り、アルメリアは流れていく外の景色を眺めていた。

 二人がやってきたのは、どこかの世界の、普通の大通りだった。洋服で着飾った人々が目まぐるしく行き交い、何台もの車が右へ左へと疾走する。とにかく忙しそうな国だった。

 特に行くあてのなかった二人は「試しにヒッチハイクでもしてみようか」という結論を出して、それを実行した。近くの文房具屋でパネルとマジックを購入し、『ヒッチハイクしています』とだけ書いて掲げてみた。当然のように二人を拾う車はなかなか現れなかったが、余程の物好きだったのか、このトラックを操る三石が彼らを拾った。

 二人が旅をしていることを知ると、三石は「それならこの国のことを教えてやるよ」と気前よく会話を続けてくれた。そのおかげで二人はこの国のことを知ることができたが、際立った特徴も無い国だと知って少々落胆していた。


 シックザールは適当に相槌を打ちながら、三石の話を聞いていた。そんな時間がしばらく続いていたのでだんだん眠くなってきていたが、

「三石殿、危ない!」

 アルメリアの鋭い声で我に返った。

 三石は返事をする代わりに、急ブレーキを掛けながらハンドルを左に切る。フロントガラスの向こうの景色が右に流れ、シックザールたちの体も右に投げ出されそうになる。

 トラックは悲鳴を上げる様にタイヤを地面にこすらせ、斜めに歩道を向いて停止した。トラックのバンパーが歩道と車道の境目の植え込みにめり込んでいる。

「な、何ですか?」

 一人だけ何が起こっているのか把握できていなかったシックザールだったが、その原因はすぐにわかった。

 トラックの目と鼻の先に、一人の男がへたり込んでいた。年齢は二十歳程度か。体は痩せており、顔にも生気が無い。服装も決してオシャレということもなく、よく見れば汚れも染みついてしわくちゃだった。

「バッカ野郎! 死にてぇのか!」

 窓から首を出した三石が、倒れている男に怒号をぶつけた。

 男は一瞬ビクッと体を震わせたが、そそくさとネズミのように立ち去った。しかしその眼は、なぜだか恨みがこもっているように感じられた。

 三石はトラックを車線に戻すと、何事もなかったかのように再びアクセルを踏んだ。その一部始終を見ていた通行人も、興味を無くしたように再び歩き出す。

「まったく、迷惑なもんだな。最近の若い連中は……」

「あの……さっきの人、なんだか変でしたよね。自殺を試みたにしては、なんというか、変なエネルギーに満ちていたというか……」

「わたしも同じように感じました。あの眼光は普通ではありません」

「ああ、そうか。二人は旅人だから、この国の事情も知らないよなァ」

 三石は短く刈り込んだ頭をガリガリと掻いた。この国の汚点なのか、説明することを渋っている。「でもまあ、気になるよな。あんまり、他の国の奴らに言いふらさないでくれよ」

 そう念押しされたので、シックザールとアルメリアはそろってうなずいた。そもそも、どうせ七日間でこの世界そのものからおさらばするので、言いふらすこともできないのだから。

「約束します。それで、今の男の人は何者だったんですか?」

 まっすぐ訊ねると、三石は窓の外へ大きくため息をついて、とつとつと語りだした。

「あれはおそらく……“浄土転生教”の信者だよ」


「“浄土転生教”?」二人は首をかしげた。そのような宗教の名前を聞くのは初めてだった。「それは宗教なんですよね。どういう教えなんですか?」

「ああ、最近勢力を増している新興宗教みたいなもんよ。簡単に言えば、この世界を見限って、もっと魅力的な世界へ行こうっていう考え方だよ。ほら、アレだ。“ドジョーシンコー”っていうのと似たようなもんだ」

「“浄土信仰“ですか?」

「そうそう、それよ」

 それなら、シックザールたちにもいくらか理解できる。

 多くの世界を見ていく中で、その国の宗教に触れる機会もあった。その中には、死後の世界を見据えた教えもいくつかあった。三石の言う“浄土転生教”もそれと似たような物だと推測できる。

「それで、詳しくはどういう内容なんですか?」

「元々はな、小説の一要素に過ぎなかったんだ。仕事も恋人もいない冴えない男が事故に遭って、別の世界で大活躍するってあらすじだ。

 その小説の作者っていうのが、中高生に人気の作家でな。その小説をきっかけに、一気に名が知れ渡るようになったんだ。まあ、小説のヒットで終われば何も問題なかったんだが……」

「問題が起きたんですね?」

「ああ、そうだよ……」

 三石は煙草を吸おうとして、隣に明らかに未成年の子供が二人座っていることを思い出して、代わりに缶コーヒーを飲んだ。

「その読者の何人かが、小説の内容に沿った方法で自殺した。全員未成年だったよ。インターネットで知り合ったとかで、全国各地――七か所だったか――一斉に自分の命を捨てたのさ。マスコミはこぞって『あの小説が原因なのだ!』報道していたよ。あの時は俺もまだガキだったが、よく覚えてる」

「それで、その事件で終わりではなかったんですね」

「察しがいいな、坊主。そうだ、それはきっかけに過ぎなかった。

 自殺した一人に、Aという少年がいた。ある日インターネットの掲示板に、“Aの生まれ変わり”という人物が書き込みを始めた。Aの友人や家族によると、その内容はどれもAの情報と一致するとのことだった。加えて“自称A”は、異世界で体験したという内容を書き込んだ。その書き込みも、例の小説の読者を中心にあっという間に広まった」

 信号が赤になる。話に気を取られていたのか、急ブレーキ気味に横断歩道の前でトラックが止まる。その目の前を、黄色い帽子を被った子供たちがひよこのように歩いていく。

「冷静に考えれば、どこかの暇人がAの個人情報を盗んで書き込んだとか、その程度だと察しがつく。しかし、ガキどもは信じてしまった。

 今度は“自称A”を自称する連中がインターネット上で配信やらを初めて、ネズミ算式に“浄土転生教”の原型が広まっていったんだ。この教えに、教祖やら明確なルールは無い。俺から言わせれば、人生を諦めたガキどもが、積極的に命を落とすための言い訳でしかねぇよ……」

 三石は一通り話し終えると、これ以上ないほど大きなため息をついた。キャブの中に、生臭くなったコーヒーの臭いが漂う。

 確かに、この国の自慢になるような話ではない。

 シックザールからすれば、そんな嘘くさい話で自分の命を投げ出すなど全く理解できなかった。彼の場合、たとえ火の中水の中、本と成ってネイサに読まれるためなら危険に身を投げ出す覚悟もある。死なない範囲でだが、困難に立ち向かう気概がある。

「それにしても、結構詳しいことまで知ってますよね。そういう話、あまり興味無さそうな顔してるのに」

「ああ、そりゃそうだよ。俺たちトラックの運ちゃんは、就職したら必ず教習で教わるからな。浄土転生教について」

「どうして?」

「その小説で転生した主人公ってのが、トラックに轢かれて異世界に行くからよ。おかげで信者たちも、必ずトラックに突っ込んでくるんだ」

 よく見れば、三石は時折、通行人が飛び出してこないか目を光らせていた。「転生なんて実際にあるのか知らねえが、人を轢いたらどんな事情でも轢いた方が悪者にされる。勘弁してほしいぜ」


 その後トラックは、何事も無く走り続けた。陽は傾き、黄金色の光が空に浮かぶ雲を下から照らしている。

 三人を乗せたトラックは、崖に面した道を走っていた。ガードレールの外側も崖なので、三石は前方を睨みながら慎重にトラックを進ませる。

「この道を抜ければサービスエリアに着く。景色も良いぞぉ!」

「へえ~。それは楽しみですね」

 例の男のことはすっかり忘れて、三石も機嫌を取り戻していた。シックザールもすっかり忘れていたが、アルメリアはよほど気になるのか、あの一件以来目つきを鋭くして外を睨んでいた。

「アルメリア。心配しなくても、もう大丈夫だよ。こんなところで人なんて飛び出してこないからさ」

「はあ……それもそうですね」

 夕日が車内に差し込む中で睨んでいるものだから、よほど目が疲れていたようだ。眉間をぐりぐり揉むと、シートに首を預けた。

「その姉ちゃんも真面目だなぁ」

「それが取り柄ですから」

「ふーん。しっかし、今日は日差しが強いぜ……」

 ガクン!

 唐突に車体が大きく揺れる。トラックのタイヤが、大きな石か何かを踏んでしまったらしい。

「ウッ?」

 咄嗟に三石がハンドルから片手を離し、手で庇を作った。揺れた弾みで夕日が目に飛び込んできたのだ。

 その一瞬だった。落下防止のガードレールの後ろから、黒い影が飛び出した。車内の三人がその影を確認したときには、既にトラックが影を跳ね飛ばした後だった。ドスンと、嫌な音が聞こえる。

「ちっくしょう、バカ野郎が!」

 三石はトラックを急停止させると慌てて駆け寄る。シックザールとアルメリアもそれに続いた。

 三人の足元では、一人の少年が倒れていた。出血の量は少ないが、妙に顔色が悪い。その服装は、昼間に飛び出した男と似た雰囲気がある。

「三石さん、この人って」

「ああ! たぶん、例の信者だろうな!」

 おそらく、直前の障害物を仕掛けたのもこの少年だろう。「人が来ない」と油断する場所で、罠を仕掛けていたのだ。

「とにかく、応急処置が必要ですね。なんとかわたしが……」

 完全に泡を食っていたシックザールに対して、アルメリアは冷静だった。少年に駆け寄り、応急処置を試みる。


「いや、その必要はねえよ」


 しかし、三石の対応はそれより遥かに速かった。

 二人の前に一枚の紙が突き出される。そこには、発煙筒と三角表示板とAEDの収納場所、設置方法、救急に伝える内容等がひとまとめにされていた。

「ほれ、この通りにやれ。旅人でもわかるだろ」

「え? は、はいっ……」

 それを手渡すと、すぐに三石は少年の傍に座り、意識はあるのか、呼吸しているのか手早くチェックを進める。呼吸はしていなかったようで、気道確保の後、少年と三石の口が重なる。その後はリズミカルに心臓マッサージ。これらを淀みなく続けていく。まるで、料理人がまな板に乗った食材を捌くようだった。

 やがて救急車が到着した。担架に乗せられ、真っ白な車内に運ばれていく。あっという間の出来事だった。

「それにしても、随分と手際が良かったですね。感心しました」

 アルメリアは無表情で、三石の応急処置を褒めたたえた。

「へへっ。こんな熊みたいな男にしちゃ、上出来だろ? でもな、当然なのよ」

 三石は自信気に鼻の下をこすった。

「言っただろ。こんなご時世だから、教習でしっかり習ってんのよ」


 その数日後、シックザールとアルメリア、そして三石は警察官に連れられてとある病院にやってきた。

 そこは、例の少年が入院している病院だった。応急処置の甲斐あり、少年は意識を取り戻したらしい。警察から話を聞きたいと三石が呼ばれたのだが、それならと二人もついでに同行した。

 その少年がいたのは、薄いベージュの一室だった。光を放ちそうなほど真っ白なベッドの中で、少年は窓の方を向いて横になっていた。

「お待たせしたね。こちらが、君を跳ねたという三石さんと、その時一緒に車内にいた旅人の二人だ」

 警察官が簡単に紹介すると、少年は首と視線だけこちらに向けた。誰が三石なのかは、服装や雰囲気でなんとなくわかるだろう。

 少年は三人の内の一人、熊のような大男を見ると一瞬で飛び上がり、その胸元につかみかかった。入院中だというのに、どこにそんな元気があるのか。警察官も三石も、目を丸くしている。

「お前の……お前のせいで……」

 少年は細い肩を震わせ、拳に力を入れる。


「もうちょっとで転生できるはずだったのにィーーーーッ! 可愛いロリっ子女神に出会って、クッソ強いスキルもらって、異世界で赤ん坊からやり直せたのにィィーーーーーーッ!」


 少年の悲鳴のような謎の訴えを聞いた三石は、やれやれと首を振って彼の顔を両手でつかんだ。

「そうか、そいつは悪いことをしたな。だが、俺の話も聞いてくれ」

「ウルサイッ! オッサンの話なんてどうでもいいッ!」

「俺は、跳ねられたお前の応急処置をした」

「だからっ、それが余計だったんだよ!」

「人工呼吸もした」

 少年の動きが止まる。自分の唇に手を当てる。

「人工呼吸もした。何回も」

 少年の視線が少し下がる。その視線の先には、三石のもじゃもじゃした髭に覆われた分厚い唇があった。

「ま、まだ……女の子としたこと……初め…………」

 それだけ呟くと、少年は白目を剥いてベッドに倒れた。その場にいた全員が絶句していたが、三石は

「やっべ。ちょっとした仕返しのつもりが、止め刺しちまったぜ」

 呑気にそう言った。「悪いな。新しい世界で頑張れ」

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