二話【一人の男子と二人の女子】
フェルトのテントの中で、三人は簡素なクッションの上に座った。先ほどまで使用していた枯れ草入りの枕をちょっと大きくしただけのものだ。
「一言でいえば、ボクたちは旅人なんです」
本当にシンプルに、シックザールは自分たちのことを説明した。アルメリアは、細かく首肯して相槌を打つ。
「旅人? こんなところに、珍しいですね。どこの国からいらしたんですか?」
その質問に、二人は表情を曇らせた。
「ちょっと、説明が難しいんですけれど。とてもとても、遠い国です。どうしてこの国に来たのかというと、正直に言ってしまえば、単なる偶然ですね。行きついたところが、この国だった。それだけですよ」
キミコは納得できないような表情を浮かべたが、二人の様子から見てあまり詮索してはいけないと思ったようで、そのことについて言及することはやめた。
ちょっと気まずい雰囲気に居心地が悪くなり、シックザールは自分の後頭部を見せた。キミコの目線がそちらに動く。
彼の淡い金髪の中から、不釣り合いな赤い髪が一房伸びていた。その赤い髪は肩甲骨のあたりまで伸びており、毛先だけが白く変色していた。
「一部だけ、妙に長い髪の毛がありますよね? これ、ボクの国では栞と呼ばれていて、この栞が燃えて無くなるまで、旅をしていいっていう決まりになっているんです」
「え? この髪の毛、燃えているんですか?」
「毛先が少し白くなってますよね? そこをよく見てください。大丈夫、熱くないですよ」
彼女は少々迷ったが、結局好奇心が勝ったのか、おそるおそるその髪に手を伸ばした。白い毛先を顔に近づけると、おっかなびっくり指先でつついたり、耳に近づけたりした。
「……ホントだ。毛先が少し光ってますし、チリチリ音を立ててますね」
「ねっ! あと二日くらいで燃え尽きちゃうから、このまま人に会えないんじゃないかと心配になったんですよ。でも、キミコさんがいてくれてよかったです!」
すると、今度は彼女の表情が曇った。興味津々でシックザールたちを見ていた彼女だったが、唐突にその表情から笑顔が消えた。代わりに、何か別の暗い感情が彼女の顔を覆っていく。
シックザールはその表情の変化を見逃さなかった。そして核心を突くべく質問を投げかけた。
「そういえば、他に人間の気配がしませんが、他の人たちはいないんですか?」
彼女は急に腹痛にでも襲われたかのようにうつむいた。その表情を彼女の黒髪が隠す。
ちょっと話を急ぎすぎたかなと後悔し始めたところで、その顔が上がった。彼の予想に反して、その顔は笑顔に戻っていた。少々ぎこちなさはあるのだが。
「そういえばシックザールさん。服がボロボロになっちゃっていますよ。私のでよければ着替えがあるので、お貸ししますよ。それに、その服装じゃ暑そうですし」
そう言われて、自分の体を見下ろした。五日間にわたって直射日光と乾いた風にさらされた服は、あちらこちらに砂が溜まっていた。ズボンの裾には、枯れ草の破片がこびりついている。
「それもそうですね。ずっと人間に会っていないから、服装のことなんて気が付きませんでした。それではお言葉に甘えて――」
キミコは竹で編まれた籠の中から、自分が身にまとっているものと同じ、花々の刺繍が施された白い上下の服を取り出した。その服はアルメリアが受け取り、シックザールはマントの留め具を外し始めた。彼がマントを絨毯の上に置いたところで、キミコはハッとして頬を赤らめた。
「じゃ、じゃあ私、向こうを向いていますから! 着替え終わったら言ってくださ――」
そこまで言いかけたところで、シックザールのズボンと下着が一気に引き下ろされた。突如現れた男の子のシンボルに、キミコの視線が吸い込まれるように動いてしまった。
アルメリアもチラリとソレを確認すると、流れる手さばきで今度は上半身の服を脱がした。二人の女の子に視線に挟まれる形で、あっという間に全裸の男の子が誕生した。
時間が止まったかのように彼の股間を見ていたキミコは、みるみる全身を赤くし、両手で顔を覆った。
「キャアアアアァァァァーーーーーーーーーーッ!」
黄土色の大地に、一人の女の子の悲鳴が響き渡った。
「いや、ボクとアルメリアも悪かったですけれど、さすがに大げさじゃないですか? たかが、おちん」
「それ以上言わないでください!」
シックザールはまるで着せ替え人形のようにアルメリアに全て着せ替えてもらい、キミコとそっくりな服装になった。着心地がよく、上質な素材で織られていることは明らかだった。
そうして着替え終わったところで、また先ほどのように二人と一人は向かい合う形で座った。キミコの視線は時々自然と彼の股の方に移動し、そのたび頬を赤らめて視線を逸らした。
「シッ、シックザールさんが何も包み隠さなかったのでっ、私も自分のことを包み隠しませんっ!」
「えっ? 君も裸になるんですか? ぜひ見せてほしいですね」
そこまで行ったところでキミコの平手打ちが飛んだ。アルメリアがその手を防ごうとしたが、やめた。それは別に、彼の遠慮ない言葉にあきれ返ったからではない。
ぺしん。
彼女の手が、シックザールの頬をはたいた。目を丸くし、はたかれた頬を撫でた。彼女の手にはまったく力が入っておらず、これっぽっちも痛くなかったのだ。
キミコは正気に戻ると、慌ててその手をひっこめた。着替えが始まる前の、あの具合の悪そうな表情に戻る。
「――君が一人でここに暮らしているのと、何か関係があるんですか?」
そう訊ねると、彼女はこくんと首を縦に振った。
「私は、ここで暮らし始めて十五日になります。そして、今日で私はこの家を去るんです」
そう言って、テントの中をぐるりと見まわした。それにつられるように、二人も周囲を見まわす。
よく見れば、寝具に衣類、調理器具など、最低限の物しかない。よほど生活能力の高い人間でなければ、長期間にわたってこんな場所で生活することはできないだろう。
「一人の女の子がこんなところで暮らしているなんて、普通じゃないですよね。いくらボクでもそれはわかります。しかし――」
どうしてこんなところに? シックザールは訊かずにはいられなかった。
キミコの息が詰まる。そして二度深呼吸をすると、その理由を語り始めた。
「私は明日、生贄になるんです。この土地に雨を降らせるために」




