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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第三章【ビブリアという国】
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二話【マリキタ】

 シックザールとアルメリアは、ただ黙って荒れた道を歩いていた。途中、ヴルムたちの住居から視線を感じたが、中から現れる者は誰もいなかった。二人も視線に気が付かないふりをして、まっすぐ前を見ながら歩き続けた。

 そうして、目的のレンガの小屋に辿り着いた。その中からは「カン! カン!」と、リズミカルに固いものが叩かれる音が響いてくる。

 その隣には、ひときわオンボロの木造の小屋と、ちょっとした家庭菜園がある。こちらは居住スペースのようだが、あまり手入れは施されていないのか、つる状の雑草が伸びて一部を覆っている。

「鍛冶屋のマリキタさんがいるのは、ここで間違いなさそうだね」

「そのようですね。ご在宅中で良かったです」

 どうやら、マリキタ氏は仕事中のようだ。二人は住居を横切り、レンガ小屋の入り口に向かう。入り口の鉄の扉は開かれていた。その陰に隠れて、顔を半分だけ覗かせる。

 そこには、黄金色に熱された鉄を金槌で叩く一人の老人がいた。老人が金槌を叩きつける度、台の上に乗せられた鉄から放射状に火花が飛び散る。老人の体や顔にも容赦なく火の粉が当たるが、全く意に介さず、金槌を振り続けた。

「すごい……。白本は火が怖いものなのに……」

 それはとても美しい光景に思えた。カン! という澄んだ音と共に、花が咲くように火花が散り、レンガ小屋の中が明るく照らされる。まるで小さな花火だった。

 唐突に、老人は金槌と、鉄を掴んでいた太いハサミを台の上に置いた。皺だらけだが、太く筋肉質な腕で額の汗を拭う。

「結構だがな……見学は。出てきなさい……気が散ってしまう」

 そう言うと、老人はこちらを向いた。最初に出会ったヴルムと違い、触角や複眼の類は見当たらない。頭はつるりと禿げ上がっており、その代わりといわんばかりに口元には真っ白で豊富な髭が蓄えられている。体はずんぐりと太っており、動かすのが窮屈そうだ。

「あっ、すいません! あなたが、鍛冶屋のマリキタさんでよろしいですか?」

 老人はゆっくりとうなずいた。腹が窮屈なのか、首だけでうなずく。

「白本に、装者か。珍しいね。仕事かい?」

「はい、そうです。折れてしまった剣を直してほしいのですが。ほら、アルメリア」

「こちらになります。お願いできますか?」

 そう言って、布に包まれた短剣を差し出す。マリキタはそれを布ごと受け取ると、柄と刃をそれぞれ手にもって、炎にかざすように検分した。

「折られたんだな……綺麗に。かなりの、使い手だった……折った奴は」

 シックザールとアルメリアは顔を見合わせた。折られた時の状況をピタリと言い当てられた。

「良い剣だ……しかし、これは。すぐには直せない。時間がかかる」

「なんとか、早めに直していただけないでしょうか。これからの旅に必要なのです」

 そう急かすアルメリアを、マリキタは静かに睨んだ。腫れぼったい瞼の下から覗く双眸は、装者である彼女の体を冷たく射抜いた。

「焦るな……わかるがな、気持ちは。良い仕事はできない……焦ってはな」

「申し訳ありません……」

「ふう」一つため息をつくと、マリキタは椅子から立ち上がり、二人に背を向けた。

 正面から見れば普通の太った老人に見えたマリキタだったが、その背中には、丸く大きな羽が付いていた。その羽は、マリキタのほぼ全身を覆っている。

 羽は赤く、七つの黒い水玉模様がついている。それはまさに、ナナホシテントウのそれだった。

「ほれ。これを使いなさい」

 その羽にくぎ付けになっている二人の前に、マリキタは一振りの短剣を差し出した。革製の鞘に納まっている短剣は何の装飾も施されていないシンプルなもので、その刃は大きく湾曲していた。

「これを持っていなさい。修理が終わるまで、代わりに貸す」

 アルメリアは両手で、その短剣を丁寧に受け取った。

「この短剣は? 相当使い込んであるようですが」

「儂の装者が持っていたものだ。昔の話だが」

「その装者は?」

「出ていったよ。愛想を尽かしてな。それは餞別だ……あいつから、別れの」

「そんなものをお借りして良いのですか?」

「ああ、構わんよ。どうせ、儂には使えない。もう、旅をする体力も無い」

「……そうですか。それでは、ありがたくお借りいたします」

 アルメリアとの話を終えると、マリキタは再び振り返り、二人のことなど忘れたかのようにエーデルシュタインに向き合った。テントウムシの背中が鈍い光沢を放ち、呼吸と共に静かに膨らんで縮んでを繰り返す。

 あとはマリキタの仕事が終わるのを待つしかないので、二人は外に出ようとした。しかし、シックザールはおもむろに振り返ると、彼に対して一つの質問を投げかけた。

「マリキタさん。正直に言って、白本や装者のことをどう思いますか?」

 アルメリアは一瞬目を見開いたが、本当に一瞬のことで、その返答を黙って待った。

 マリキタの動きが止まる。そして、その質問の答えを返した。

「なんとも思わんよ。白本だろうが、装者だろうが、客は客だ」

「――そうですか。ありがとうございます」

 今度こそ二人は鍛冶場を後にした。マリキタの敷地の外には人の気配があったが、二人が外に出た瞬間に、その気配は遠ざかっていった。

「……さて。これからどうしましょうか? あまり歓迎はされていないようですが、もう少し見て回りますか?」

「いや。それより、久しぶりに行きたいところがあるんだ」

 その時のシックザールの声は少しだけ弾んでいた。その声の調子でアルメリアも理解したようだ。

「姫様のところですね」


 二人は再び国の中央、あの十字路に戻っていた。

 村の中では常に不機嫌だったシックザールだったが、“姫”の元へ行こうと決めてからは一転、気分を良くしていた。

「ご機嫌ですね、シックザール様」

「そりゃもちろんさ! できることなら毎日でも行きたいけれど、それはさすがに失礼だからね」

「そうですね。実は、わたしも楽しみです」

 二人は十字路の南に足を向けた。他の道と同じように、芝生の中に幅広の石畳が伸びている。しかし南側の道には、色とりどりの花々が咲き乱れていた。それは道の先に行くほど色鮮やかになり、カラフルな地平線の向こうにはぼんやりと白い建造物が見える。

「ぃよっし! じゃあ行くぞ!」

 シックザールはステップを踏みながら石畳を進んだ。その後ろをアルメリアが続く。

 道を進めば進むほど、花々の甘い香りが漂ってくる。ところどころでブンブンとミツバチが飛んだり、リスやウサギなどの小動物がこちらを見つめたりしている。二人は様々な国を旅してきたが、姫の元へと続くこの道ほど美しい景色に巡り合ったことは無かった。

 地平線はすぐにやってきた。というのも、この国の端は断崖絶壁になっている。国の端から外を見れば、無限に続く空しか見えない。下を見れば、ただ真っ白な空間が広がっているだけだ。わざわざ確かめなくても、落ちれば確実に死ぬ。もしくは、永遠に落下し続けるかもしれない。

 国の端の外に、空以外の物はただ一つしかない。それは、ビブリアの姫が住む居城だけだ。

 シックザールたちが歩いた道の先には、上部が平らになった、巨大な大地が浮かんでいる。それこそが姫の居城がある敷地で、そこまで行くためには、巨大な石橋を歩いていく必要がある。石橋は緩やかなアーチ状で、その両側には背の高い欄干が設置されている。土台もしっかりしており、なぜだか全く劣化もしないので、石橋が崩れて真っ逆さま……という心配もない。

「とはいえ、高所恐怖症の人は相当怖いだろうけど」

 シックザールは欄干に手を掛け、青い空を眺めながらつぶやいた。あっという間に石橋を渡り切る。


 その大地の中央はちょっとした丘になっており、姫の居城はその中心に立っている。

 正面にはマーブル模様の大理石でできた、幅の広いステップが何段も続いている。それを登り切ると、ようやく居城が目の前に現れた。

 居城は真っ白の大理石でできており、その中央には、鉄で補強された分厚い木製の門扉がはめ込まれていた。その両側には、銀色の鎧を身に纏い、巨大な斧槍を掲げる二人の装者が警備に当たっていた。

「おや、シックザール様ではありませんか」

 向かって右側に立っていた装者が表情を崩し、手を軽く振った。

「やあ、こんにちは。調子はどう?」

「どうもこうも、毎日暇なものですよ。まあ、それが一番なんですけどね」

 そう言ってニヤリと笑う。目を細め、口の中からは真っ白な歯が覗いた。

「ごきげんよう、シックザール様。本日は姫様に御用ですか?」

 今度は左側の装者が声をかける。こちらは少し真面目なようで、斧槍をしっかりと携えている。

「ああ、そうだよ。姫様は?」

「もちろん、城の中にいらっしゃいます。今から門を開けますので、少々お待ちください」

 二人の装者が目くばせすると、同時に斧槍の尻で大理石の床を叩く。すると、重々しい木製の門扉が、ゆっくりとせり出すように開きだした。城の外側へと向かって、ズズズと低い音を響かせながら動き、外に向かって開け放された。

「さあ、どうぞ。姫様もお喜びになられるでしょう」

「うん、ありがとう。行こうか、アルメリア」

「はい、シックザール様」

 二人が城の中に入ると、外の装者は再び床を叩く。自動で門扉が閉まり始めた。

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