表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第二章【殺戮遊戯の国】
21/163

九話【白本と装者】

「お前が、装者だって……?」

 シックザールはリュナを見た。別の世界で、別の装者と出会うのは初めてのことだった。

 しかし、それならば納得いく。死角を突くアルメリアの攻撃を躱す。常にシックザールの視界から逸れるような軽やかな身のこなし。そして何より、白本という存在を知っていたこと。もはやハッタリなどではない。

 両者の距離は約三メートル。その話し声は離れた観客たちには届かないため、ただ会話をする三人にイライラして怒号を飛ばしている。中には、酒の入った木製のコップや、肉をしゃぶりつくした骨などを飛ばす輩もいた。

「なに、周りの雑魚共など気にせずとも良い。某も、まさか白本や装者と出会うなど思いもしなかったからな。感慨深いのだよ」

「なぜ、あなたはここにいるのですか? それに、あなたの主人の白本はどうしたのですか?」

 それを訊ねたのはアルメリアだった。

 シックザールも、そこが引っかかっていた。司会者によれば、リュナは四年連続でコロシアムで優勝している。しかし、白本と装者の滞在期間は基本的に七日間のみだ。その世界の暦によっては多少前後することはあるが、七日と四年とでは期間が違い過ぎる。

「……良い機会だ。こんな話をできるのも、貴公たちだけだからな。闘技は一時中断として、少し昔話を始めよう」

 そこからの話は、シックザールとアルメリアにとって驚くべきものだった。周囲の喧騒も、投げつけられるゴミも、二人の気を反らすことはできなかった。

「某とジャルダンがこの国に来たのは、ちょうど四年ほど前だ。ジャルダンというのは、某の主の白本だ」

 リュナは目を閉じ、五年前の出来事を思い出した。




 リュナは優秀な装者だった。

 リュナにとって、ジャルダンは七人目の主となる白本だった。それまでの六人は、全て無事に“本”に成った。

 装者は高い戦闘能力と白本を治す能力を持っているが、それでも何らかの理由で旅を続けられなくことはある。白本が本に至る確率は、五割を少し超える程度だった。その確率の中で六人連続で白本の守護を達成したのだから、リュナは装者の中でも一目置かれる存在になっていた。

 七人目となったジャルダンも、あと数ページを埋めれば本に成ることができた。そのため、この国での旅を終えれば本に成る確率は高かった。

「今思えば、それが油断になっていた」

 この国に来て二日目、リュナとジャルダンはトワルコロシアムを発見した。ちょうど闘技者の登録最終日だった。

 そこで闘技者として登録を行ったのは、リュナではなく、ジャルダンの方だった。

「ジャルダンは白本にしては珍しく、腕の立つ男だった。某が請け負った七人の中でも、飛びぬけて強い男だった」だから、リュナは登録に反対しなかった。

 そして、ジャルダンは死んだ。

 苦戦しながらも決勝戦まで辿り着いたジャルダンだったが、相手の相性が悪かった。

「決勝戦の相手は“炎剣のヴォルケン”と呼ばれる男だった。その二つ名のとおり、炎に剣を纏わせて闘う。白本なら分かるだろう? 刃物も炎も、どちらも白本にとっての弱点だ」

 数々の旅を乗り越え、心身ともに成長していたジャルダンも白本としての本能には勝てなかった。ヴォルケンの技量はジャルダンより劣っていたが、足がすくんでいたジャルダンに勝てる見込みは無かった。

「これはまずいと思って助けようとしたが、間に合わなかった。ただ切断されただけなら糸で縫合することもできたが、あっという間に炎に包まれれば、それも不可能だ。ジャルダンはなすすべなく間に灰になったよ。

 ジャルダンの腕前。本に成るまであと一歩。六人を本にした実績。それらの油断が重なった、某にとって最大の失態だった」

 装者がビブリアに帰るためには、スピンと、それを操る白本の存在が不可欠だった。その両方が燃え尽きてしまったことで、リュナはこの世界に取り残された。

 そしてその翌年、リュナはトワルコロシアムの王者になった。そして四連覇を成し遂げ、現在五連覇に王手をかけているということだ。




「とまあ、かいつまんで言えばそういうことだ。坊主と娘はまだ若いから知らんかもしれぬが、某のような装者は何人もいるはずだ。白本の方が弱い存在だからな。結果的に、生き残った装者がその世界に取り残される。もしもビブリアで行方不明の装者がいたら、死んだか、取り残されたかのどちらかだろう」

 長く話し続けて口が渇いたのか、観客席から思い切り投げられた酒をキャッチすると、一気に飲み干した。

「リュナ殿」

 彼の話を聞いて、先に口を開いたのはアルメリアの方だった。

「あなた様のお噂はかねがね聞いておりました。優れた剣の腕前を持つということも。そして行方不明になっていたということも」

「ほう、それは嬉しいことだ。美しい娘から言われると、なお一層心が弾む」

「ジャルダン様を亡くされて、その、とても心苦しいことでしょう……」

 その言葉を聞いた瞬間、リュナの整った顔が崩れた。

「――やめてくれたまえ。そういうセリフは」

 顔に害虫でも張り付いたかのように不快感を露わにし、言葉をかけたアルメリアも動揺を隠せなかった。


「あの時、某は悟ったのだ。白本など不要! 某は、この国で自由を手に入れたのだと!」


「な、なにを言っているんだ?」その言葉は二人から発せられた。突如、リュナがただ強いだけでなく、得体のしれない存在に見えてくる。

「娘よ、お前も装者ならわかるだろう? 白本など、某ら装者のことは奴隷や召使い程度にしか考えておらぬ! 自分は無力な存在で、全ておんぶに抱っこのくせに、プライドだけは無駄に高いときた! 五番目に担当した女の白本など、出合い頭に『忠誠の証として足を舐めろ』などと言ってきおったわ!」

「し、しかし……あなたは装者として、立派にお仕事されてきたのでは?」

「ああ、してきたとも! それが使命だから、それしか生き方を知らなかったのだから! しかしその呪縛も、ジャルダンの死と共に解放された!

 見ろ、この観衆を! 装者の力なら、この世界中の人間共を魅了できる! 誰もかれもが某の力を認め、人間の強者が某に挑み、それを全て跳ねのける! 某は“装者”という名の鎖から放たれ、この世界の英雄になったのだ!」

 リュナの演説は観衆にとって全く意味の分からないものだったようだが、同じ存在である二人にとっては毒のように染み込んできた。

 シックザールは震えていた。自分が、白本が装者にどのように思われているのかなど、考えたことも無かった。思い返せば、自分はアルメリアに様々な命令や無茶をさせてきた。彼女は文句ひとつ言わずに従っていたが、果たしてその内心は、どのような思いが渦巻いていたのか?

「せいぜい、そのアルメリアに愛想つかされないように頑張りなさいな」

 数日前の、シャイニーに言われた言葉がふいに蘇った。

 恐る恐る、アルメリアの顔を覗き込んだ。いつも通りの感情の読めない顔で、それが一層彼を不安にさせた。

「なるほど。リュナ殿のお言葉は、よく理解できました」

 その言葉は、シックザールにとって死刑宣告に感じられた。その場にへたりこみ、這ってでも逃げ出したい衝動に駆られた。

 アルメリアが左腕をさすり、刺青になっていた短刀エーデルシュタインを実体化させる。その短刀を右手、シックザールの立つ方に握りしめ、軽く振りかぶった。

「ヒッ!」咄嗟に頭を腕で覆い、その場にしゃがみこんだ。


 キンッ!


 金属と金属がぶつかる音。その高く透明な音が、コロシアムを浄化するかのように広がった。

 アルメリアが斬り付けたのは、リュナの方だった。リュナは眉一つ動かさず、鞘からサーベルを素早く抜いて短剣の刃を受け止めていた。

「――理解したのではなかったのかな?」

「理解はしました。しかし共感はしていません。あなたが何を言おうと、白本様もシックザール様も、わたしが守るべき対象に相違ありません。リュナ殿……いえ、リュナ。あなたのような歪んだ装者を、わたしは決して認めません」

 リュナが刃ごとアルメリアを弾き飛ばし、体勢を立て直す。その顔には、嗜虐的な笑顔を浮かべていた。

「――イイね。やはり、装者の刃は格別だ。別の装者と本気で闘う機会は無かったが、それがまさか、こんなところで得られるとはな」

 そう言って、サーベルの刃で空気を斬り裂く。昂る気持ちを抑えるための行動だったのか、初めて顔を見せた時のような冷たさが戻ってくる。

「人間たちの相手にも飽いてきたところだ。娘よ、存分に闘おうぞ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ