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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第一章【天女の国】
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一話【黄土色の出会い】

 ここはどこだろう?

 シックザールは、黒い嵐の中にいた。周囲には何も見えない。黒い絵の具を筆に着けて乱暴に線を引いたように、彼を取り囲む空気が流れていくだけだ。あまりの強風に、飛ばされないようにと体を縮込める。

 手を地面に突いたことで気が付いた。ズシン――ズシン――何かの足音がリズミカルに近づいてくる。そしてその振動は、少しずつ大きくなっていた。

 なんだろう? 何が近づいているんだ?

「確かめたい!」その衝動に駆られたが、この強風では歩くこともままならない。そういうわけで、彼はその足音の持ち主が近づいてくるのを待つことにした。

 しかしどうしたことだろう。徐々に距離が詰められていくと、心に不安の火が灯り始めた。

 近づいてはいけない――出会ってはいけない――彼の本能がそう告げていた。好奇心と不安がせめぎあい、彼は完全に動けなくなっていた。

 そうして、足音が消えた。

 ハッとして顔をあげると、黒い嵐の中に、さらに黒い、巨大な影が立っていた。

 シックザール=ミリオンと、巨大な影。その二つが目を合わせたとき、彼は気を失った。


「また、あの夢か……」

 洞穴の奥で、シックザールは目を覚ました。横になったまま首を動かすと、穴の外から朝日が差していた。

「――アルメリア、起きてる?」

「はい、シックザール様」

 彼女は一晩中正座し、そのやわらかく滑らかな太ももを膝枕にしていたようだ。彼女がシックザールより遅く眠り、早く起床していることを彼は知っていた。しかし実のところ、本当に眠っているのかどうかも怪しい。彼女が眠っているところなど、彼は見たことが無いのだ。

 名残惜しそうに太ももから頭を上げると、洞穴の外へひょっこりと顔を出す。太陽の位置は低く、ほぼ真正面に見える山に未だ一部が隠れている。にもかかわらず、ジリジリと強烈な日差しが地面を照り付けていた。

 シックザールは手を伸ばして、空気をかき混ぜる様にひらひらと動かす。

「――気温28℃に、湿度31%。天気は快晴。悪くないね。ちょっと気温は高いけど、カラッとした暑さなら歓迎だ」

「本日はどのようなご予定でしょうか」

 いつの間にか隣に立っていたアルメリアが訊ねる。この気温を意に介さない涼し気な表情。もっとも、それ以外の表情などほとんど見たことも無かった。まるで仮面をかぶっているようだ。

「そうだね。とりあえず腹ごしらえして、それから、あの山に向かって歩こう。あそこまで行けば、人がいる気がするんだ」

「了解しました。それではすぐに、お食事の準備を」

「うん。よろしくね」

 アルメリアは食料と食器を用意し、流れるような手さばきでシンプルかつ高カロリーな料理を作り上げた。二人はそれをもくもくと口に運び、後片付けをし、炎天下の世界に飛び出した。

「よっし、行こうか!」

「はい、シックザール様」

 洞穴から飛び出したシックザール。彼の後頭部から伸びた一房の赤い髪が、日の光を浴びて炎のように輝いた。


 そして、誰にも遭遇しないまま二人は五日間歩き続けた。

 乾燥した空っ風が、彼の全身を覆うマントを揺らす。マントの下には厚手の服を着こんでおり、彼の細い体のシルエットを隠していた。そしてその細い体は、怒りに燃えて震えていた。


「なんで! 誰も! いないんだよぉ!」


 怒りに身を任せて、彼は頭に巻いていたターバンを地面に叩きつけた。砂がぶわりと舞い、風に巻かれて飛ばされる。

「毎日毎日、砂! 枯れた草! 茶色い山! それしかないじゃないか! ああもう、つまらん!」

「お、落ち着いてください。シックザール様……」

 アルメリアは拾ったターバンの砂を払い、取り出した傘で彼に日影を作る。日に当たった彼女の肌から汗が吹き出している。この五日間で白い肌はこんがりと焼け始めていた。

「天気がいいのと乾燥している以外、なんにもいいことが無いじゃないか!」

 そう悪態をついて、派手に地面を蹴る。そこには水分を失い、カリカリに乾燥していた雑草が生えていただけだった。それが彼の蹴りで粉々に粉砕し、風に舞って、どこかに消えていった。

「五日も歩いているけど、雨どころか雲すら見当たらないね。ボクはむしろ嬉しいくらいだけど、普通の人間ならとっくに枯れ果ててるんじゃないかな。そうなると、これ以上歩いている意味もないんじゃないか……。アルメリアはどう思う?」

「わたしは、シックザール様の意思に従います」

「お前も面白くないなぁ……」

「申し訳ありません……」

「いや、いいよいいよ。それより、叫んだらのどが渇いちゃったよ。お水もらえる?」

 水筒をもらおうと手を伸ばすが、彼女は軽くうなだれて、首を小さく横に振るだけだった。

「えっ? まさか……」

「……水は、今朝尽きてしまいました」

「ハッハッハッ! 面白くない冗談だね…………ホントに?」砂の大地に、彼の乾いた笑い声が落ちる。

 あまりの退屈と水を失ったショックに、彼はとうとう何もかもめんどくさくなり、その場に倒れこもうとした。そんな彼を抱きとめたアルメリアは、視線を遠くに伸ばした。

 揺らめく陽炎。その奥に、ぼんやりと揺れる人影を見ていた。




 口の中を、ぬるい水が通り過ぎていく。その感触をしっかりと味わって、シックザールは目を開けた。ぼんやりとした視界が、徐々にくっきりと輪郭を持っていく。

「……んっ?」それは、どこかの家の中のようだった。太い支柱を中心に、竹のような建材が格子状の骨組みを作っている。その骨組みを包み込むようにフェルトがかぶせられ、頑丈なテントのようになっていた。


「ああ、よかったぁ。気が付かれたんですね」


 すぐ横から女の子の声が聞こえる。アルメリアのものかと一瞬思ったが、それにしてはだいぶ幼さが残る声だ。訝しみながらもその声の主のほうに視線を動かした。

 そこには小さな水差しを持った、一人の少女が座っていた。シックザールの柔らかな金髪とも、鮮やかな赤みを帯びたアルメリアの髪とも違う、艶やかな黒髪。その下ではバランスが悪いほど幼い顔が笑顔を浮かべていた。

「えっ……と。ボクはどうしたの?」

 枯れ草が詰まった枕から頭を上げ、上半身を起こす。そうしてやっと、その黒髪の少女と正面から顔を合わせることとなった。

「あ! まだ寝てなくちゃ……」

「いや、大丈夫です。適度な水分があれば体は持ちますから」

「は、はあ」

 その答えに虚を突かれたのか、少女は返答に窮した。

 目を覚ましたシックザールは、キョロキョロと首を動かした。

「そういえば、ボクの従者を知りませんか? ボクの他にもう一人、ちょっと年上の、赤い髪の女の子がいたはずなんですが」

「あ、えっと……」少女は苦いものを噛んだような表情を浮かべ、自分の背後を指差した。「ひょっとして、こちらの方でしょうか」

 そこには、少女に向けて土下座をするアルメリアの姿があった。指先までぴったり伸ばしてそろえられている。

「キミコ様、ありがとうございました!」

 彼女は黒髪の少女に礼を言うと、跳ねる様に顔を上げた。ずっと地面に顔を着けていたのか、額と鼻の先が少し赤くなっていた。

「シックザール様! ご無事でしたか!」

 瞬時に土下座を解くと、滑り込むように彼の元に身を寄せた。土下座女のあまりの俊敏さに、キミコと呼ばれた少女は口と目をポカンと開けていた。その視線を受けて、シックザールは照れ笑いを浮かべながら頭を掻いた。

「とりあえず、色々話すことがありそうだけど……」彼は居住まいをただし、キミコの方に体を向けた。

「まずは助けていただいたお礼を。ありがとうございました」

 ペコリと一礼。それにつられて、キミコも頭を下げた。彼女の肩にかかった黒髪が、痩せた頬を軽く撫でた。

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