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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第二章【殺戮遊戯の国】
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六話【快進撃!】

 第一回戦から数時間後、再びバルダードがシックザールを呼びに来た。

「シックザール坊よ、出番だ」

「ふわあ……もう次の闘いですか……」

 パンパンと頬をはたくと、不承不承といった体で部屋を出た。相変わらず移動中には手錠をかけられるが、今回は歩きにくいシックザールに合わせて、バルダードはゆっくりとした歩みになっていた。応援してくれているというのは本当なのかもしれない。オルバの大いびきを背に、二回目となる闘技に向かった。

 そうして再び闘技台に立たされた。それまで時計もない地下室にいたので気づかなかったが、すっかり夜が更けていた。闘技台を囲むように何本もの松明が掲げられ、紺碧の夜空を焦がさんと火の粉を舞い上げていた。

 シックザールの姿を確認すると、昼間以上の歓声が沸き起こった。暗くてはっきり見えないが、観衆の人数は昼間以上に思える。夜という時間帯と松明の炎が本能を掻き立てるのか、その熱気は昼間の物とは少々異質になっており、一種の狂気を感じさせる。熱気に包まれた闘技台の上で身震いしそうになる。


「シイイィィィィーーハアーーーーッ!」


 向かい側から甲高い雄叫びが聞こえる。第二回戦の相手は、ゴルゴンとは違って細身で小柄の男だった。前傾姿勢で、大きく股を開いて歩く特徴的な動きは爬虫類を連想させる。

「皆さま! 今宵も当コロシアムに足を運んでいただき、誠にありがとうございます!」

 櫓の上で、司会の男が声を張り上げる。その隣には露出の激しい二人の女性が立ち、小さい松明を掲げている。その熱い光が男の顔を明るく照らした。

「さあ! 見事に第一回戦を勝ち抜いた男たちが、今宵さらに熱い戦いを繰り広げる! まずは緑コーナーからの選手紹介だ!

 この展開を誰が予想したでしょうか? 第一回戦にて“大斧狂いのゴルゴン”を翻弄し、見事に打ち倒すという大番狂わせ! 今大会の台風の目となるのか? 奇跡の少年、シックザールゥ!」

 まるで示し合わせたかのように、大歓声が沸き起こる。心なしか、女性の観客の声が大きい。

「しかし、今度の相手はさらに手ごわいぞぉ。なぜなら、赤コーナーから現れたのは、第一回戦にて衝撃のデビューを飾った無名の闘技者! 意外性という点では、彼も負けてはいないぞ!

 その名は“両鎌のチャッキー”! 素早い身のこなしと鮮やかな鎌捌きで、対戦相手を血祭りに上げた恐ろしい男だ! シックザールは、この男の攻撃を凌げるのかァ!?」

 絶対に、凌げないことを期待しているなと思った。一回戦を勝ち抜いたとはいえ、彼の敗北を期待する人間は多いに違いない。「まあ、負けるつもりもないし、仮に斬り付けられても血は出ないけどね」

 二人の手錠が外されると、チャッキーは二本の鎌を渡された。鎌を両手に持った直後にチャッキーは威勢よくそれを振り回し、傍にいた男の甲冑に傷をつけた。おとなしく陰気そうな顔つきだが、その眼孔にはゴルゴンと似たような暗い光が灯っていた。狂人の類なのは一目瞭然だった。

「さあ! 両者の準備が整ったところで、いよいよ始めさせていただきましょう」

 シックザールは体を揺らし、深呼吸して体を楽にする。一度だけ、ちらりと観客席の方に視線を向けた。

 そして、第二回戦の火ぶたが切って落とされた。




「シイイィィィィハアアァァーーーー……アッ!?」

 両鎌を胸元に構え、シックザールに向かって突進しようとするチャッキー。しかし、目の前の少年の姿に虚を突かれ、途中で足を止めた。観衆たちからもどよめきの声が上がる。あいつはいったい、何をしているんだろうと。

 その場にいる全員の視線の先には、右腕を上げたシックザールの姿があった。胸を張り、右手は人差し指をまっすぐに立て、天を指している。


「チャッキー、覚悟せよ! この手が振り下ろされるとき、お前は地面に這いつくばることになるであろう!」


 チャッキーは、ただただ目を丸くしてポカンと呆けているだけだった。そしてそれは、観客たちも同じだった。静まり返ったコロシアムに、炎の燃え上がる音だけが流れている。

「……ウヒャッ! ウヒャヒャヒャウヒャッ!」

 沈黙を破ったのはチャッキーだった。両手の鎌をぶんぶん振りながら、踊るように笑い転げている。それにつられるように、観客席からも失笑の声が上がった。

「オレっちが地面に這いつくばるゥ!? 武器も持たないお前に対してェ!? 何の冗談よォ!」

 チャッキーは唾を飛ばし、ついでに涙を流しながら笑い続けた。ようやく笑いが落ち着いてくると、何度も深呼吸して呼吸を整えた。徐々に体の揺れが収まっていく。

「……つまんねぇや、ボウズ。切り刻まれて死ねよ」

 目の据わったチャッキーは、一瞬のうちに加速して距離を詰めた。その俊敏さは人間離れした域に達しようとしていた。

「……じゃあ、仕方ないですね」

 シックザールの右手が、迫りくるチャッキーに対して下ろされる。


「きゅえっ!?」


 チャッキーは首を絞められたかのような小さい悲鳴を上げ、白目を剥いた。そうして、シックザールの足元で倒れ込んだ。鎌を握るその手は、ピクピクと痙攣したように動くだけだった。それも少しすると、完全に止まってしまった。

 呆気に取られていたバルダードが駆け寄り、その容体を確認する。何度も念入りに確認するが、シックザールにはその結果は分かり切っていた。


 話は、アルメリアとの面会に遡る。

「いや、たぶん無理だね。ほら、見張りもついているし、ボクもこんな状況だからね」

 そう言って、シックザールは後ろ手に手錠をかけられている自分の両手をアルメリアに見せた。

 その時彼女に見せたのは、ただの両手ではなかった。そのとき、再上映リヴァイヴの能力を応用し、手の中に文字を浮かび上がらせていた。バルダードに見張られている状態では、口頭で作戦を伝えることはできない。そのため、このような方法をとるしかなかった。

 伝えた作戦はシンプルで「観客席からばれないように相手を狙撃しろ」というものだった。そしてそのサインが、あの腕を振り下ろす仕草だった。

 どのような方法で狙撃するのかはわからなかった。しかし、そこは装者のアルメリアだ。主人である白本に言われたことは、確実に成し遂げるはず。実際に、アルメリアは確実にシックザールの命令を遂行してきた。

 アルメリアに仕切りの鉄格子と見張りのバルダードを何とかしてもらい、その場でビブリアに帰ることも可能だった。しかし、「この国の人間たちをギャフンと言わせてやりたい」その想いが勝った。それに、このまま優勝するという物語を記録する方がずっと利益になる。そういった思惑もあったのだ。


 そして、話は元に戻る。バルダードは、チャッキーが戦闘不能であることを確認した。

「しょ……勝者! 緑コーナー、シックザーーーールゥッ!」

 観客たちはよくわからないまま、とりあえずパチパチと拍手を送っていた。




「しかし、驚いたな。どうやってあいつを倒したんだ?」

 地下室へ戻る際、バルダードに話しかけられた。

「とうやって……とは?」

「とぼけないでくれ。チャッキーの首筋には、細い針が刺さっていた。おそらくあの針が、体内の神経に損傷を与えたんだろう。しかし、君はただ腕を振り下ろしただけだ。どうやってあんな芸当を?」

 なるほど、針を飛ばしたのか。確かに針一本なら、飛んできたところで誰の目にも止まらないだろう。おそらく、刺青に仕込んでいた裁縫針を飛ばしたのだ。

「さあ? 案外、遠くから協力者に狙撃させたのかもしれませんよ?」

「アッハッハッ! そんなこと、できるわけがなかろう! 走っている人間の首筋に針を飛ばして刺すなど、それこそ人間業ではないわっ!」

 そりゃあ、装者は人間じゃないからね。思い切って正直に話してみたが、やはり冗談だと思われるのがオチらしい。

「おっ? シックザールよぉ、また勝っちまったのか?」

 シックザールの足音を覚えたのか、室内のオルバが声をかけてきた。大あくびを繰り返すところからして、まだ起きたばかりなのかもしれない。

「オルバよ、お前の出番はまだ先だ! おとなしく寝ておれ!」

「まあまあ、バルダードさん。この人も、ボクのことを気遣ってくれているだけですから」

「ハアーッ!? 誰が、こんな乳臭いガキのことなんぞ気を遣うのよ!?」

「なんだとっ!? カビ臭い人間めっ!」

「……お前たち。仲がいいのか悪いのか、どっちなんだ?」




 正確な時間は分からないが、この国に来てから四日は経つ。

 それまでに、シックザールは何度も闘技台に立たされた。そしてその度、アルメリアに狙撃をさせた。闘技者は別の闘技者の闘いを見ることができないため、誰も対策を立てることができない。しかし見ることができたとしても、まさか観客席から針で狙い撃ちされているなど夢にも思わないだろう。

 初めはシックザールの敗北を望んでいた観衆たちも、次第にシックザールを認める様になっていた。準々決勝戦では、シックザールが右腕を上げると、観衆の半分が揃って右腕を上げ、天を指した。相手の闘技者からしたら、気味が悪くて仕方がなかっただろう。

 中には、シックザールのパフォーマンスを無視して速攻で攻撃を仕掛ける相手もいた。しかしシックザールは持ち前の身のこなしで攻撃を回避し、その間にアルメリアが過たず相手の首筋を撃ち抜いた。

 その華麗かつ不可思議な闘いに、観衆たちの中にはシックザールのファンが出始めていたようだ。若く、かつ容貌もそれなりに整っているシックザールは、特に女性からの人気がうなぎ上りになっていた。


「準決勝勝者は……“呪い殺しのシックザール”!」


「“呪い殺し”とかやめてほしいね。魔術師とか、天使とか、もっとあるでしょ……」

 そうして、準決勝戦も危なげなく勝ち抜いた。手錠をかけられて闘技台を去る背中に、黄色い声援が降り注いだ。

「しかし、まさか本当にここまで勝ち抜いてしまうとはなぁ……」

 バルダードは心底感心しているようだった。盛り上げ役として初戦で呆気なく散るはずだった少年が、いよいよ決勝戦まで辿り着いてしまったのだ。

 勝ち進むにつれて、バルダードも協力者の存在を疑うようになってきた。しかし、やはり自分の子供と同い年程度の闘技者に同情しているのか、深く詮索しようとはしなかった。もしくは、誰が勝っても興味ないのか。

「さあ、部屋に着いたぞ。明日が決勝戦だから、こことももうお別れになるな」

 さすがに決勝戦まで残ると、地下室の環境もかなり改善された。地面にはじゅうたんが敷かれ、ベッドの布団も新品の物だ。ベッドメイキングまで施されている。トイレには仕切りがつけられ、テーブルは大型になり、かつテーブルクロスまでかけられている。もはや、普通の宿屋程度にはなっている。

「いろいろあったけれど、この部屋ともそろそろお別れかぁ……」

「なるべくなら、勝って出て行ってくれよ。ここまで来たら、儂はシックザール坊の優勝姿を見んことには気が済まん」

「ん、ありがとうございます。任せてよ、ボクらに敵う奴なんていやしないさ」

「ボクら?」

「ああ、いや……ボクと、バルダードさんのことですよ」

「……ふっ。まあ、そういうことにしておこう」

 バルダードはいつも通りに扉と鍵を閉めると、扉の格子部分から顔を出した。

「本当に、死なないでくれよ」

「うん、もちろんですよ!」

 そう言って、シックザールは親指を上げた。バルダードも、見える様に親指を上げた。健闘を祈る、と。

「じゃあな! 最後の食事は、とびっきり豪華なのを作らせるように言っておこう!」

 ガシャガシャと甲冑を掻き鳴らし、バルダードは去っていった。


「やれやれ。あのオヤジ、やっと向こうに行きやがったか」

 甲冑の音が聞こえなくなると、今度は隣の部屋から声が聞こえてきた。もう聞きなれた、オルバの声だ。

「しかしまさか、お前が決勝戦まで生き残るとはな……ってことは、オレの相手はお前になるわけか」

「あれっ? オルバさん、準決勝戦に勝ったんですか!?」

「その意外そうな声はなによ? ていうか、まだやってねーよ」

「なんだ。じゃあ、ボクと闘うには、あと一回勝たないといけないわけですねぇ~」

「……そのバカにした声はなんだよ! ぶっ飛ばすぞ」

「ぶっ飛ばしたいなら、準決勝に勝つことですねー」

「……このクソガキめ」

 しばらくすると、甲冑の音が聞こえてきた。バルダードとは別の足音だ。

「――そういえば」

「あん?」

「ボクたち、こんなにおしゃべりしているのに、お互いの顔も知らないんですよね」

「そういえば、そうだな」

 隣の部屋で、扉の開く音が聞こえる。オルバもいよいよ準決勝戦に向かうようだ。

「でもな、気にする必要も無えだろ」

「なんで?」

「決勝戦で、嫌でも目にすることになるからな」

「ああ、なるほど。そこでようやく、オルバさんの不細工な顔面を拝めるわけですね」

「おっ、おいこら! 勝手に不細工だと決めつけんなよ! こんなぶっとい声だが、顔は悪くねえぞ! てめえこそ、声以外はブッサイクなんだろが!」

「んなわけないでしょ! ボクの美男子っぷりを見て、絶望して自害しないでくださいよ!」

「ハンッ! 減らず口を叩きやがるぜ」

「それはお互い様ですよ」

 オルバは甲冑の男に叱られながら、その場を後にした。

 シックザールはベッドの上で、オルバへの罵倒の言葉の数々を考えていた。しかし、オルバはいつまで経っても帰ってこなかった。

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