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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第二章【殺戮遊戯の国】
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五話【闘い終わって】

 無事に闘いを勝ち抜いたシックザールは、再び後ろ手に手錠をかけられてその場を後にした。

 背後からは、興奮した観客たちの声援が彼の背中に向けて送られた。


「あのガキ、やるじゃねぇか!」

「ゴルゴンの奴、だらしねぇな!」

「私、あの子応援しようかしら」

「シックザール! 次も勝って見せろよぉ」


 中には「次こそ死んじまえ!」といった罵声も聞こえてきたが、おおむね好意的な声が聞こえた。最初はシックザールが惨殺されることを望んでいたであろうに、いい気なものだど思った。

 実際、そんな声援を送られても、全く気分が晴れることは無かった。どうせこの観客たちは、面白ければ誰が勝っても問題ない。そもそも、次も勝てるという保証もない。やっぱり、アルメリアを置いてビブリアに帰ってしまおうかという気持ちが強くなってくる。

「……あれ? この道、通ったことないですよ」

 甲冑の男に先導されるまま歩いていたが、闘技台へ向かって通った道とは違うことに気が付いた。どこを向いても似たような景色なので、違うルートを通っていても見分けがつきにくい。

「闘技中に連絡が入ってな。君に面会したいという女がいたもので、部屋に戻る前に会ってもらう。それとも、面会を断るか?」

「いいえ、会います会います!」

 あまりの食いつき方に困惑していたが、シックザールの意思を反映してか、甲冑の男は少し早歩きで案内してくれた。感謝しつつ、二人は歩を進める。


 面会室は地上のがわにあった。甲冑の男によると、闘技者の家族や友人などが面会に訪れることはよくあるらしい。面白半分で全く面識のない人間が面会を望むのではと質問すると、そのようなことは一度もないとのこと。おそらく、闘技者の心情や人格というものには、観客は全く興味ないのだろう。目の前で剣を振るい、血を流せばそれでよいのだ。

「さあ、着いたぞ」

 分厚い扉の向こうは、この国では初めて見る板張りの部屋だった。中央に闘技者と面会希望者を隔てる鉄格子ははめられていたが、石造りの地下室と比べれば窮屈さは無い。面会希望者はあくまで一般人なのだから、そのあたりの配慮なのだろう。逆に言えば、闘技者は多少雑に扱ってもいいということか。

 中央の鉄格子を挟むように、二脚の椅子が置かれていた。そして向こう側の椅子には、見慣れた少女が座っていた。

「シックザール様!」

「やっぱり、アルメリア!」

 アルメリアはシックザールの姿を確認すると、椅子から飛び上がって鉄格子に手をかけた。シックザールも鉄格子に歩み寄るが、その前に甲冑の男に留められた。手錠からは鎖が伸び、それを手綱のように男が握っているのだ。

「面会時間は五分までだ。それまでは好きに話すといい」

 男は面会室の隅に立つと、懐から時計を取り出した。案の定というか、見張りにつくらしい。好きに話すというのは、実際には難しいのかもしれない。

「それにしてもアルメリア。よくここが分かったね」

「はい。この“コロシアム”という場所から、シックザール様のお名前を呼ぶ声が聞こえましたので」

 おそらく、闘技開始前の選手紹介だ。

「ボクとお前が離れ離れになってから、丸一日は経ってるよね? それまで、ずっとこのあたりを探してたの?」

「もちろんです。しかし、驚きました。屋台から戻ってきましたら、シックザール様の姿が見えなくなっていたのですから。まさか、誘拐でもされたのですか?」

「まあ……そんなところかな」

 半分は自業自得であることは、ここでは黙っておいた。

「なるほど、そういうことでしたか。少々お待ちください。こんな仕切り、わたしがすぐに壊しますので……」

「バカ! 早まるな!」

 シックザールの背後から殺気が漂う。アルメリアの物騒な言葉を引き金に、甲冑の男は剣の柄に手をかけていた。場合によっては、アルメリアではなくシックザールの方が斬られるかもしれない。

「も、申し訳ありません。シックザール様の状況を理解せず、つい感情的に……」

「お前が感情的になるなんて、珍しいね」

「それは……仕方がないことです。シックザール様、わたしは先ほどの闘いの最後の方だけ見ることができました。今回はどうにか勝利できましたが、失礼ながら、このままでは近いうちに敗北することでしょう。そうなる前に、どうにかここから出る方法は無いのでしょうか?」

 アルメリアをこの国に置いていけば簡単なんだけどねとは思ったが、それは口にしない。

「いや、たぶん無理だね。ほら、見張りもついているし、ボクもこんな状況だからね」

 そう言って立ち上がると、後ろ手の手錠を見せた。自分に向けられたその両手をアルメリアはしげしげと見ていた。

「まあ、そういうわけだからね。心配かもしれないけれど、ボクはこの後も闘い続けるよ。アルメリアも、観客席でよく見ておいてよ」

「……本当に大丈夫なんですね?」

「あったりまえだ! ボクを信じてよ」

「……かしこまりました。シックザール様のご意向のままに」

 渋々といった感じで了承したアルメリア。実際のところは、少しでもシックザールに危険が及べば飛んでくる気満々だろう。しかし、アルメリアが目の前に現れた以上、その心配はほぼ皆無と言っていい。そのための仕込みは済んでいる。

「さて、そろそろ五分だ。もういいか?」

 時計を見ながら甲冑の男が口を開く。

「ええ、もう大丈夫です。それじゃあ“応援”よろしくね、アルメリア」

「はい、お任せください」

 男は何も不審に思う様子は無く、シックザールを部屋の外に連れ出した。


「どういう関係なんだ? 君と、あの女の子は?」

 あの地下室に戻るまでの道中で、男が話しかけてきた。今朝初めて会った時と比べると、幾分口調が柔らかくなったように感じる。

「ん~っと。まあ、お姉さんですよ。血のつながっていない姉」従者と答えると不審に思われそうで、適当な嘘をついた。

「それがどうかしたんですか?」

「ん? いや、大したことは無い。ちょうど儂にも、同じ年頃の子供がいるからな。十七になる娘と、十四になる息子だ。どっちも、儂に似た美男美女よ」

「ふーん。髭面でお腹の出た、毛深い美男美女なんですね」

 男はガッハッハと笑いながら、シックザールの頭をポカリと叩いた。

「美男美女はさておき、可愛い子供たちだ。子供たちのためなら、どんな仕事だってできる」

 それがたとえ、自分の子供たちと同い年くらいの子供を死地においやることでも。言葉の裏に、そんな別の言葉が隠れていた。

 男の家族の話を聞いているうちに、元の地下室に戻ってきた。

「儂の名前は、バルダードだ」

 扉を閉める前に、甲冑の男は名を名乗った。

「儂を恨むのなら、好きに恨んでくれていい。しかし、恨むにしても相手の名前がわからないのでは不便だろう? だから、今のうちに名乗っておく」

 そしてバルダードは、髭面を大きく歪ませて笑顔を作った。それはシックザールをここに連れてきた終始笑顔の男とは違う、血の通った笑顔だった。

「儂はお前さんを応援しているぜ。シックザール坊よ」

 扉と鍵を閉めると、バルダードは甲冑の音を響かせて去っていった。


 部屋の中は、心なしか少しだけ綺麗になっていた。何より、ベッドに敷かれた布団が破れていない。トイレは元々使用していないが、悪臭が消え去っている。

 思えば、この大会の優勝者は莫大な賞金と貴族の地位が得られるのだ。この薄汚れた地下室から貴族が生まれるとなると、あまりぞんざいな扱いもできないのだろう。闘技を勝ち抜いた者ほど確率が高くなるので、なおさらだ。

 新しくなった布団は決して上質なものではなかったが、その前のボロボロなものよりはかなり快適だった。

 そうしてベッドの上で休んでいると、隣の扉が開閉する音が聞こえてきた。おそらく、闘技に出ていたオルバが戻ってきたのだ。オルバの野太いため息が、こちらの部屋にまで聞こえてくる。

「おい、クソガキ。生きてるか?」

 明らかにシックザールに向けた言葉だったが、しばらく黙ってみることにした。物音も立てず、息をひそめる。


「……返事がねぇな。ハッハッハ! やっぱり死んじまったか!」

「おい、クソガキ。お前の分までオレが勝ち抜いてやるからな。安心して成仏しろよ」

「……おい。本当に死んじまったのか?」

「なんだよ……暇になるじゃねえかよ……」

「ウッ……グスッ……」


 オルバの反応をひとしきり楽しんだところで、応えてあげることにした。「いや、ボクは生きてますよ」

「おっ、おおっ!? なんだクソガキめ、しぶとい野郎だ」

「だからシックザールですってば! それよりおじさんは、勝ったんですか?」

「オレのこともオルバって呼べよ! まあ、いい。勝ったに決まってるだろ。ここじゃ、負けた奴はたいてい死ぬんだよ。負けたのに生きてるなんて、滅多に無いさ……ってことは、お前、勝ったのか!? 嘘だろ!?」

 隣の部屋から、石の壁を叩く振動が響いてくる。

「勝ちましたよ。結構危なかったですけど」

「はあ~。お前、意外とやるんだな。オレはてっきり、今回の“盛り上げ役”はお前だと思ってたのによ」

「盛り上げ役?」

「お前みたいな、いかにも弱そうな奴のことだよ。観客の中には、白熱した闘技を楽しむ奴もいるが、一方的な展開が好きな奴も多い。そんな奴らのために、ただ痛めつけられるばかりの奴が放り込まれる。

 ほれ、少し前に『毎年そういう“枠“がある』って言ったろ? あれはな、そのことを言ってたのよ」

 シックザールは、自分の闘技中の観衆たちの顔を思い出した。確かに、あの顔は哀れな少年の敗北を望んでいた。今思えば、その相手がゴルゴンという少年好きの大男だったといのも仕組まれていたのかもしれない。つまりは、シックザールが惨殺されるなり犯されるなりといったシナリオが、観衆たちの脳内に描かれていた可能性がある。結果的には、そのおかげでゴルゴンを作戦に嵌めることができたのだが。

「しかし、なんだかんだでお前のこと見直したぜ、シックザールよ」

「なんなら、ボクがオルバさんも倒してしまいましょうか?」

「ハッハッハ! それは無理よ! トーナメント表を見たが、オレたちが闘うとしたら決勝戦だ。それまでに、お前は負けてこの世にはいないだろうよ!」

「失礼な! オルバさんだって、ボクと闘う前に負けるんじゃないですか?」

「フンッ、減らず口を! 確かに強敵はいるが、オレが目指すのは優勝だけよ! そしたら、ふんぞり返って毎日贅沢三昧してやるのよ!」

「うわあ……夢があるような、無いような……」

「うるせえ! 大人の楽しみ方なんて、クソガキにはわからんのよ!」

「だから、クソガキって言わないでくださいってば!」

 お互いにさんざんののしり終わると、なんだか笑いがこみ上げてきた。シックザールとオルバは、壁を隔てて大いに笑い合った。石造りの通路に、二人の屈託のない笑い声がずっと反響していた。

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