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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
最終章【ボクたちの国】
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三十話【アンサラーとの対話】

「――こちらです」

「ああ」

 アルメリアを一歩先に、シックザールたちは居城の中を歩いていく。あまり掃除されていないのか、一歩踏み出すたびに足元からふわりと埃が舞い上がる。十歩歩くたびにくしゃみが出た。

 一階には食堂と調理室があった。唯一この場所だけはたいして埃が落ちておらず、代わりに調理台には外の畑で収穫されたと思われる野菜が乗っていた。

 アンサラーたちだって、食事もすれば寝ることもあるだろう。戦っている最中には絶対に感じられない生活感が、この部屋には充満していた。

「なんだか調子が狂いそうだな。なんというか、他人の秘密をうっかりのぞき見しちゃった感じというか……」

「シックザール様?」

「大丈夫だって。決意は鈍っちゃいないよ」

 この世界に来た一番の理由はアンサラーとの対話を実現するためだ。そして、やはりアンサラーが危険人物だと結論付けなければならない場合、彼の命を奪う決断をすることになるだろう。ビブリアの守護者としてシックザールが最後にやるべき仕事がそれだ。

 一階は一通り回った。玄関ホールに戻り、二階へと続く階段を見やる。


 二階。

 赤い絨毯が敷かれた廊下に沿って部屋が並んでいる。開け放たれた扉の陰から中を覗けば、ちょうど一人分の寝泊まりできる空間。床から天井まで傷だらけの部屋もあれば、足の踏み場もないほどの人形で埋め尽くされた部屋もある。

 一部屋一部屋、十分に警戒しながら覗いていく。しかし誰もいない。もぬけの殻だった。

「――となると、残るは」

「ええ。あそこしかありませんね」

 廊下の突き当りの部屋。その一室だけ重厚な扉が閉められている。

 扉の前に立つと、耳をピタリと扉に当てる。中から音や人の気配は感じられない。どうやら開けてみるしかなさそうだ。

「アルメリア、頼む」

「承知しました」

 彼女の手がアンティーク調のドアノブを握り、回すと同時に蹴り破った。


 ヒュッ――


 蹴りの音に紛れて何かが宙を貫く音が聞こえた。

「やはり、わたしが開けて正解でしたね」

 アルメリアの額の先に、長さ三十センチほどの短い矢があった。そのシャフトを二本の指で挟んで受け止め、床に落とした。カランと冷たい金属音が鳴る。

「随分な歓迎のあいさつですね」

「勝手に上がり込んできた相手には、一番の歓迎の仕方だと思うがね」

 開けた扉の先、窓際に置かれた肘掛椅子にアンサラーが座っていた。その両手には、今しがた矢を撃ち終えたボウガンが握られている。他に矢が見当たらないところを見ると、この一本でどちらかを仕留める予定だったのか。もっとも、次の矢をつがえる暇をアルメリアが与えるとは思えないが。

「なに、ただの悪あがきだ」シックザールの考えを読んだようにアンサラーが答える。「文字通り、せめて一矢報いないと気が済まなかったんでね」

 そう言うと、ゴミのようにボウガンを窓から放り投げる。

「一つ訊いていいかな?」

「なんでしょうか」

「エスティエインはどうなった?」そう言いながら向ける視線の先には、エスティエインが守っていた玄関があるはずだ。「さきほど、やたら銃声が騒がしかったからな。戦ったんだろう?」

 この場にシックザールたちがいる時点で結果は明らかだ。それをわかっているであろうアンサラーに、アルメリアの方が答えた。

「恐ろしい敵でした」

「そうか」

「手負いの獣ほど手強いと聞きますが、まさに彼がそうでした。よほどあなたのことを守りたかったのでしょう。どれだけ体を削ぎ落されても、果敢にわたしに向かってきました。彼の頭部を撃ち抜き、ようやく決着がつきました。

 敵同士ではありましたが、わたしは彼ほどの戦士を知りません」

「…………そうか」

 いつもより饒舌なアルメリア。嘘の言葉がよどみなく出てくる。

 不自然さは感じられなかった彼女の言葉に、アンサラーは静かに相槌を打つ。

「あいつがやられたのなら、僕が君たちに勝つ術は無いな。さあ、煮るなり焼くなり好きにしてくれよ。そのために、わざわざ異世界くんだりまで来たんだろう?」

 アンサラーは目を閉じると、両手を肘掛に乗せて背もたれに身をゆだねる。ちょうどそれは、死刑執行を目前にした罪人のようであった。

「まあ、そんなに焦らないでくださいよ」

 窓際にはもう一脚の肘掛椅子がある。一脚の丸テーブルを挟み、シックザールはアンサラーと向かい合う形でその椅子に座った。その横ではアルメリアが立っている。

「ボクはあなたと話をしたくてここに来たんです。話の内容次第では、やはりあなたを始末するつもりですが」

「ハッ!」アンサラーがくだらないと笑う。「勝者の余裕だな。それならせいぜい、お前たちの機嫌を取れるように努めなければな!

 さあ、何の話をしたいんだ?」

「そうですね……」

 そういえば、何も話題を考えていなかったと後悔した。なんとはなしに窓の外を眺める。

「……この世界、すごいですよね。小さいけれどビブリアに似ている。アンサラーさんが作ったんですか?」

「……調子が狂うな。おだてるつもりが、おだてられるとは」

 アンサラーの表情が変わる。優越感に多少は明るくなるかと思いきや、恨みがましく空をにらみ始めた。

「ああ、そうだ。僕が作ったんだよ。世界の創生に関わる神話は多くの世界に存在するからな。それと僕のヴルムとしての能力と、ネイサ姫が残したビブリアのデータをもとに、再上映リヴァイヴで作り上げた。僕の――一応の最高傑作だ」

「そういえば、あなたはビブリアで最初のヴルムだったんですよね。一体、何の虫がベースになっているんですか?」

「……見たいか?」

「あなたが良ければ」

「フン。良いも悪いも、今の僕に拒否権など無いのだろう? 見せてやるよ」

 アンサラーは立ち上がると服を脱ぎ始めた。あらわになった上半身は痩せこけているが、外見は普通の人間と変わらない。

「この姿も、再上映で作った見せかけの体だ。僕の真の姿を見て、好きに笑ってくれればいい」

 自分の体を偽る使っていた能力を解除したのか、徐々に体に変化が現れる。

 アンサラーの色素の薄い肌が一層白くなっていく。よく見れば、それは白い毛のせいだった。体を覆うように白い毛がびっしりと生え始め、綿のようにふんわりした毛に肌が覆われてしまった。

 変化はそれだけではない。背中からは分厚い三角形の翅が四枚。そして額の左右からは、櫛状の触覚が左右に広がっている。


「……カイコ?」


 蚕のヴルム。それがアンサラーの正体だった。

「なあ、シックザール。蚕がどんな虫か知っているか?

 あいつらはな、一言で言うと『家畜』なんだよ。絹を採取するために飼いならされている。人の手が無ければ、自分の力で生きていくこともできない。人間たちにとってはありがたい存在なんだろうが、当の蚕たちはどう思っているんだろうな」

「……あなたは、自分も蚕と同じだと? ネイサ姫に飼われている家畜だと?」

「正確には『自分たち』だ。その筆頭が僕たちだよ、シックザール。ネイサ姫からしたら、僕らはちょっと上等な蚕と同じ存在なんだよ。


 だから、僕が解放してやろうとしたんだよ! 自分を! みんなを!

 それを、なんだ!? 僕の厚意を仇で返すマネをしやがって! 大した志も持たない連中が! 寄ってたかって!

 お前にも失望したぞ! 僕と同じ境遇の弟なら共に戦ってくれると信じていた! だというのに、僕たちにとどめを刺したのはシックザール、貴様だった!

 この家畜! 家畜家畜! 首輪付きの虫野郎! クソッ! クソッ! クソガキッ! お前なんて、さっさと始末してしまえばよかったんだ!!」


 ひとしきり罵詈雑言を吐き出したアンサラーは、ぜえぜえと呼吸を乱している。それでも恨み節を続けようと口を動かし続けていた。

「アンサラーさん」

「話しかけるな! お前の声なんて……」

 ぴたりと口を止め、まじまじと正面を見ていた。

「……何で、お前が泣いているんだ?」

 シックザールは泣いていた。激しくけなされたからではない。アンサラーの心からの声を真正面から受け止めたからだ。

 この時点で確信した。この男ほどビブリアを愛している者はいない。そんな男を裁く権利が自分にはあるのだろうか?

 その疑問に対して、即座に答えは出た。

「アンサラーさん」

「…………何だよ」


「ボクは、あなたを殺さない。あなたは生き続けるべき人だ」

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