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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
最終章【ボクたちの国】
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二十六話【消える炎】

混沌カオスの炎が……消える……!?」

 それは誰も予期しないことだった。

 動物たちに産みの親がいるように、植物たちに根を張る土があるように、ビブリアの住民たちにとって混沌の炎はこの世にあって当たり前の存在。それが今まさに、目の前で消え失せようとしている。


「おい、嘘だろ……?」

「でも、確かに小さくなっていくぞ……!」

「なんだよ……何が起きてるんだよ!」


 人々がどよめき始める。言いようのない不安の塊が爆発しようとしていた。

「シックザール様、どうすれば!」

 常に冷静なアルメリアですら例外ではなさそうだ。意見を求める声に焦りが見える。

 ボクまで割れを失ったら駄目だ! シックザールは、自分の頭に冷水を浴びせるつもりで考えを巡らせた。

 これはアンサラーたちの所業に違いない。

 アンサラーはスピンを付けていた。それはつまり、他の世界からビブリアに飛んできたことを意味する。白本と装者が異世界間を移動するには栞が必要不可欠だからだ。しかし混沌の炎が完全に消えれば、アンサラーがやってきた世界への道は閉ざされてしまう。

 混沌の炎を生み出したのはネイサだ。ネイサならば、時間をかければ消えた炎を蘇らせることはできるだろう。しかしすぐには無理のはずだ。再び炎が燃え盛る頃には、アンサラーは態勢を立て直しているに違いない。

 あの二人がどこの世界にいるのかはわからない。そもそも、狙った世界に行くこと自体誰も成功したことが無い。

 しかし、今ならそれを成功させる可能性がある。そのためには、混沌の炎を絶やすことだけはできない!

 シックザールは腹を決めた。

 アルメリアに体を支えてもらいながら立ち上がる。人々の注目が集まる中、できる限りの大声を張り上げた。


「みんな、手伝ってほしい! 白本と装者の死体を集めるんだ!」


 人々のどよめきが止まる。静かになったところで再び声を張り上げた。


「死体を集めて、混沌の炎の薪にするんです! そうすれば消えるまでの時間を稼ぐことができる! それだけ手伝ってくれれば、あとはボクとアルメリアがアンサラーたちとの決着をつけます!」


 混沌の炎の薪は、ほかならぬ白本と装者の体そのもの。そして、街や石橋の前にはエスティエインとの戦いによって命を散らした者たちの死体が転がっている。それをくべれば、きっと炎は勢いを盛り返すはずだと考えたのだ。

 しかし、そのためには数十人分、できればそれ以上の死体をくべる必要がある。すでに弱り切ったシックザールでは不可能。オリジナル以上の力を手にしたアルメリアでも時間が足りない。この作戦には人手が必要不可欠なのだ。

 問題は、彼らが手を貸してくれるかだ。つい先ほどまで自分たちを恐怖で支配していた相手に、再び立ち向かうことになる。どこからか見られているという可能性もありえる。おまけに、彼らはネイサへの不信感も募らせているはず。

 そんな状況下で、今更自分たちに手を貸す者が現れるのだろうか?

「勘弁してくれ!」

「これ以上この国を混乱させないでくれ!」

 そんな声が聞こえてくるだろうと覚悟していた。


「……わかった!」

「まかせろ!」

「これ以上見てるだけなんてできるか!」


 しかし、それは杞憂だった。ビブリアの住民たちはそこまで臆病者ではなかった。

 前列にいる者たちが後ろのほうへ伝言していく。言葉の波が広がるにつれ、人々の「この国を守りたい」という意志が強くなっていく。感覚の大半を失っていたシックザールでも、五感でそれを感じ取ることができた。


「時間が無い! 完全に消えちまったらおしまいだぞ!」

「装者たちは街から死体を運んでくるんだ! 怪我した奴、力の無い奴はこの近くに倒れている死体を運べ!」

「白本も子供も例外じゃないわ! 一人で無理なら、二人か三人がかりで運びなさい!」


 手際よく指示を出す者も現れる。一人一人が自分の身を守ることしか考えていなかったというのに、今は一つの意志の元に団結を固めている。すでに一部の者たちは街に向けて走り出していた。


「皮肉なものだね」

 ぽつりとそんな言葉が漏れた。

「どういうことでしょうか?」

「アンサラーのことだよ。昔あいつがこの国を想って暴れたせいで、ヴルムたちの風当たりが強くなった。今回は恐怖で支配しようとしたせいで、かえってボクたちの団結力が強くなった。あいつのやることは、何でも裏目に出るのかもしれないな」

「たしかに、そうかもしれませんね」

「でも、あいつは誰よりもこの国のことを想っていた。それは間違いないと思うんだ」

 すぐそばにあるアルメリアの顔をまっすぐ見据える。シックザールは今まで考えていたことを正直に話した。

「あいつと話がしたい。この国の……この世界の未来のためには、あいつと話す必要がある。そう思うんだ。それが“ビブリアの守護者”たる、ボクができる最後のことなんだ」

 最後まで聞き終えると、アルメリアは大きくうなだれた。垂れる赤毛のせいで彼女の顔が見えなくなる。

「ボクのわがままだ。お前が『倒すべきだ』と言うなら、もう一度考え直してもいい」

「何をおっしゃるんですか」

 いつもの調子で彼女が答える。

「わたしがそのようなことを言ったところで、考えを変える気は無いのでしょう? それに、わたしがあなたの決意を汚す真似をするはずが無いではありませんか」

「……そうだな。ごめん、意地悪を言っちゃったよ」

「いえ、そんな……」

 人々の声が聞こえる。老若男女問わず、仲間たちの屍を背負って歩みを始めた。

「ほら、お前も手伝いに行かないと。今、この国で最も頼れるのはお前なんだぞ? しっかり活躍してくれないと、ボクが再上映リヴァイヴで呼び出した甲斐が無い。頼むから、ボクに有終の美を飾らせてくれ」

「少しだけ……待ってください」

 アルメリアの肩が大きく上下するのを見て、シックザールはため息をついた。

「本当に、お前は意外と泣き虫だよな」




「よし、行くぞ!」

 シックザールが先頭に立ち、後ろに続く人々を鼓舞する。

 集まった死体の数はおよそ三十人分。完全に火が消えて無くなるまでの時間を考えれば、これが限界だった。あとは道中で回収したり、街に行った装者たちが早めに戻ってくるのを期待するしかない。

 シックザールは無理をおして自力で歩く。そのほうが、後ろに続く者たちに勇気を与えられると思ったからだ。隣を歩くアルメリアが何度か心配そうに視線を向けるのに気づきながらも、ただ一心不乱に前を見据えて歩く。一度でも意識が逸れれば、その途端にくずおれてしまう気がした。

 ただひたすらに北を目指して歩く。

 国の中央の十字路を越え、舗装された道を歩き、北の森を抜けていく。いつもなら混沌の炎が嫌でも視界に入る位置なのに、ここまで接近しても熱気すら感じない。まるで、太陽がこの世から消滅したかのような心細さすら感じる。

「手遅れ」の文字が頭をちらつくたび、少し早足になる。酸っぱくて焦げた臭いが鼻を衝くたび、体の中から脂汗がにじみ出る。


「――――着いた!」


 永遠にも似た行軍を続けるうち、ようやく目的地に着いた。

 混沌の炎は天にも届く巨大な炎。直径数百メートルの巨大なすり鉢状の穴の底に、薪となる白本と装者の死体が幾重にも重なっている。そのほとんどは燃え尽きて真っ白な灰になっているが、よく見れば一部原型が残っている場合もある。穴の中心に向かって一本の頑強な石橋が伸び、その先端で白本たちは自らの体を燃やし、異世界に旅立つ。それがビブリアの最北端の光景だった。

 それが今は無い。雄大な白い炎はその姿を消していた。ただ煙がくすぶる臭いだけが立ち上っている。

 到着してようやく気付いたが、その原因は不自然に浮かぶ雨雲だった。ちょうど穴を覆うほどの大きさを持った雨雲がぽっかりと浮かび、サラサラと霧のような雨を降らしている。雨雲は役目を果たしたのか雨脚は弱く、既に止む寸前だ。

「遅かったか……」

 誰ともなく、そんな声が聞こえる。ひょっとしたら自分の口から漏れたのかもしれない。

「シックザール様!?」

 ここまで来て諦められるか! いつの間にか穴に向かって歩き出していた。

「いけません! 危険です!」

「そんなこと言ってられ――えっ?」

 踏み出した脚が宙を踏む。暗闇でわからなかったが、既に穴の縁に立っていたのだ。弱った足腰では、バランスを崩した体重を支え切れない。

「おっ、わっ、わあっ!?」

 差し出されたアルメリアの手をつかみ損ね、急斜面を転げ落ちる。穴の底に溜まった灰がクッションになったので助かったが、雨でぐしゃぐしゃの泥のようになっていたので、一瞬で泥まみれになってしまった。

「うげっ、最悪……ん?」

 泥を落としていると、前方に白いものが見えた。それは頼りなく揺れているようにも見える。

 まさか! 泥沼に足を取られながら進むと、それは確信に変わった。

 小さいけれど混沌の炎だ! しかも、あの姿は……!


「兄ちゃん! やっと来てくれた!」

「待ちくたびれたぞ、この野郎!」


「まったく。じっとしてろって言ったのに……!」そう思いながらも、顔がゆるんでいくのを我慢できなかった。

 コピィとクィッド。北の森に残してきた二人が、小さくなった混沌の炎を守っていた。

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