十四話【装者たちの戦い】
三人の装者を引き連れてネグロが地面に降りる。出迎えてくれたのは、建物の陰で装者たちの戦いを見守っていたシャイニーだ。
「ネグロ! 大丈夫!?」
「ああ、問題ない。心配をかけたな」
「……別に心配してたわけじゃないし」
唇を尖らせて不服を露わにする主人の頭をポンと叩き、大剣を肩に乗せた。
「さすが俺のご主人様だ。悪いが、すぐに終わらせるから、もうしばらく隠れていてくれ。君が目に付く場所にいると、どうにもやりにくいのでね」
「そういうことだからさ、シャイニーちゃん。ここは俺たちに任せて、君は休んでいてくれ。せっかくの可愛いお召し物も、埃で汚れちゃうしね」
二人に言い含められ、シャイニーは不承不承といった様子で身を隠した。
その小さな姿が見えなくなったところで、装者の男が目配せした。
「ここからの戦いは、小さな女の子には少し過激かもしれませんからね。特に、ネグロさんの戦いっぷりなんかは」
「仕方ないだろう。相手が相手だ。俺もシャイニーのことを気遣いながら戦う余裕は無い」
「やはり、それほどの相手ですか」
「間違いない。それに間違いなく、奴らはまだ手の内を隠しているぞ」
それでも、やるべきことに変わりはない。まずは敵を束ねているであろうアンサラーを叩き、その後に巨人を始末する。仮にまだ見ぬ敵が潜んでいたとしても、敵の頭を潰せばおそるるに足らない。
大きく一歩踏み出し、倒すべき敵を見据える。アンサラーはエスティエインの左肩に立っていたが、今その姿は巨大な左手で隠されている。まずはあの左手をどかさなければならない。
ネグロは大きく息を吸った。片腕を振り回して暴れる巨人と死闘を繰り広げる十人の装者たちに向かって叫んだ。
「お前たち、協力してほしい!」
装者たちの視線がネグロに向けられる。その大音声は巨人の注意までも引き付けた。
「先に倒すべきは、その手に隠れたアンサラーだ! お前たちの武器では奴まで刃は届かない! 俺が懐に潜り込めるよう援護してほしい!」
駆けつけた装者たちの武器は、装者達にとってはオーソドックスな剣や槍であった。強力な再生能力を持つエスティエインの手に守られたアンサラーを斬るには、それらの武器では届かない。しかし、この国で最も強靭なネグロの肉体と大剣であれば――。
ネグロの提案に、装者たちは応えた。
「承知しました!」
「全力でサポートします!」
「美味しいところはくれてやりますよ!!」
「私たちが道を切り開きます!」
「ネグロさんに頭下げられたら断れねえっすねェ!」
頭は下げていないが、ネグロの言葉は驚くほどすんなりと彼らに受け入れられた。入り乱れるように細かい斬撃を繰り返していた装者たちは、一旦その場を離れて周辺の屋根に飛び移り、敵に睨みを利かせる形で取り囲んだ。
「ありがとう、みんな!」
すかさずネグロは指示を出す。
「そこの三人は常に左手を狙え! 奴の左手を自由にさせるな!」
「反対の四人は巨人の注意を引きつつ右手を攻撃! あくまで陽動に徹するんだ!」
「残りの三人は脚を斬れ! 再生するとはいえ、一時的にダメージは入る。蹴りに気を付けながら機動力を削ぎ落すんだ!」
了解!
指示を言い終えたとほぼ同時に、装者たちが一斉に自分の役割を演じ始める。驚くべきことに、彼らの動きは先ほどまでよりも一層洗練されていた。
「ウオォア!?」
表情は読めないが、エスティエインも動揺を感じているようだ。唐突に磨き上げられ、統率された動きは効果的に動きを封じている。
「嬉しいんですよ」
目を見張るネグロの横から思わぬ答えが飛び込んだ。
「嬉しいって?」
「だって、ネグロさんが頼ってくれたんですから。僕らもそうだったんですが、内心怖かったんですよ。『俺たちは恨まれてるんじゃないか』とか『所詮私たちは、あの方に比べれば取るに足らない存在』とか。僕たち装者ってコンプレックスが強いですから、ネグロさんに頼られたら、それはもう張りきっちゃいますよ」
「そうか……そんなに嬉しいことか」
それならば、俺もだ。人と心を通わせる。その嬉しさをシャイニー以外の相手で感じられたのはいつ以来だろうか。いつの間に忘れてしまったのだろうか。
俺の言葉が彼らの力になるのなら、彼らの誠意は俺の力になる。既にピークを越えてしまったと感じていた己の体に、かつてないほどの力が充実するのを確かに感じた。
「俺たちも行くぞ! この戦いを、ここで終わらせる!」
「了解です!」
「私たちが道を切り開きます!」
「ッス!!」
ザラつく地面の上を駆ける。
装者たちの陽動は上手く機能している。ただがむしゃらに斬り付けていた先ほどまでとは雲泥の差だ。
しかし敵は強大。わずかなミスが即座に命取りになる。装者たちの体力も無限ではない。
「ネグロさん、ヤバい!」
自分にまとわりつく装者を払いのけていた右腕が、突如としてネグロたちの方に向いた。
それはある程度予想していた動きだ。わざわざシャイニーを人質に取ろうとするあたり、ネグロの存在は一際警戒されていると推測できたからだ。
「一本ずつ頼む!」簡潔に命令を下す。
三人は即座に理解して頷いた。
目いっぱい開かれた手の平は四人を覆いつくすほどだった。そのうちの親指、中指、小指を三人の装者たちが一人一本ずつすれ違いざまに斬り落とした。
「上出来だ」
ネグロは身を翻すと、がら空きになった人差し指と薬指の間を抜けた。そのまま手首に着地すると、太い丸太の上を走るようにエスティエインの角張った右腕を駆けのぼる。
「ウオォ!」
「落ちるか!」
ネグロを振り落とそうと右腕が振られる。大剣を腕に突き刺し、気が遠くなるほどの加減速の中を耐え忍ぶ。目に映る景色が高速で跳び回る中、その視線は常にアンサラーが隠れる左肩に注がれていた。
「ネグロさんを守れ!」
「右腕を封じるんだ!」
自分の役目を守りながらも、臨機応変に装者たちが動く。右手を攻撃していた四人の装者のうち、三人は腕の付け根や脇腹の辺りを重点的に攻め立てる。
残る一人は完全に無防備になっていたエスティエインの顔面を斬り付けた。黒く塗りつぶされた顔は表情が読めないが、その奥に苦痛の表情が見て取れた。
「オアァッ!」
痛みからか野太い悲鳴が上がる。反射的に顔を押さえようと、乱暴に振られていた右腕が顔に向けられる。
好機! ネグロは確信した。
右腕がちょうど胸のあたりに近づいたタイミングを捉える。両手で大剣の柄をつかみ、体を支えながら両足に力を込める。
今だ!
渾身の力を爆発させ、大剣の剣身を引き抜きながら宙を飛んだ。目指す先は巨人の左肩。体をひねり、剣を振りかぶり、空気を切り裂く。
「セィアッッ!!」
跳躍の勢いに体のひねりを加え、唸りを上げる肉厚の剣身がエスティエインの左手を引き裂いた。その力は凄まじく、手だけでなく肩の筋肉や骨までも削り取った。中に隠れるアンサラーも間違いなく両断される。
そのはずだった。
「――いない?」
その姿が見当たらない。いかに細身とはいえ、今の斬撃を躱す隙間など無かったはずだ。左手への攻撃に注力していた三人を見るが、彼らも困惑しながら首を横に振るだけだった。アンサラーが逃げ出す瞬間を見た者は誰もいない?
パチ――パチ――パチ――
頭上から手を叩く音が聞こえる。全員の視線が乾いた音に引き寄せられた。
エスティエインの頭上、角に囲まれた場所にエスティエインが座っていた。装者たちをあざ笑うように、頭の上で大きく手を叩いている。
「ほら、拍手をしなよ。本来はお前たちの役目だぞ」
「……拍手だと?」
「そうだとも。マジシャンは観客たちを幻想の世界に誘い、彼らに驚きと興奮を与える。そして観客たちは、拍手をもってマジシャンを称賛するのだ」
「何の話をしている、貴様」
「僕が初めてそれを見たのは、十二番目の世界を訪れた時だったか。あれは驚いたよ。なんせ、人間が一瞬にして別の場所から現れたのだからな。しかしその後知ったのだが、この手のマジックは色々な世界で見られるのだな。お前たちも一度くらいは見たことがあるだろう?」
「……何の話をしているのだと訊いているんだ!」
ネグロの怒声が飛ぶ。しかしアンサラーはふらりと立ち上がると、その声を無視して周囲をぐるりと見回した。その目は、自分を取り囲む装者たちを一人一人見定めていた。
「さて、次は僕が八番目に訪れた世界での話だ」
アンサラーの体が光に包まれていく。体の表面が紙のようにめくられ始めた。
「その世界は海上交通が盛んでな。この時ばかりは、僕の装者も船に乗ることを許してくれた。なんたって、白本と海の相性は最悪だからね。本来は乗ってはいけないのだが、それくらいしか見どころが無かったので特例ということだ。
しかし結果的に、その選択は間違いだった。僕たちは潮風ではなく、巨大なイカの化け物に襲われたのさ。僕らの乗るガレオン船を覆うほどの大きさで、乗組員たちは十本の腕に絡め取られ、次々に海の中へと引きずり込まれた。
僕の装者は身を挺して守ってくれたよ。彼の犠牲を経て、僕は一人でビブリアに帰ることができた。ああ、思えば初めて装者を失ったのはあの世界だったな――」
「それは気の毒だったな。だが、俺たちには関係ない」
「そうだろう? だからね」
お前たちにも体験してもらおうと思うんだ。




