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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
最終章【ボクたちの国】
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十三話【新たなる王】

“求道書のアンサラー”

“脳喰らいのエスティエイン”

 この二つ名は、ビブリア史上最悪の犯罪者二人が冠した二つ名だった。


 アンサラーは遥か昔の時代の白本だった。この世界ビブリアを作ったネイサが最初に生み出した白本とも伝わっている。そして、最初のヴルムとも伝わっている。

 最古の白本であるだけに、彼がどのような罪を犯したのか、それを正確に記した書物などは存在しないと言われている。仮にあったとしても、それを所蔵しているのはネイサくらいなものだろう。誰もが自由に閲覧できるものではない。

 それだけに、アンサラーの存在や恐怖については一種のおとぎ話のような形で伝わるのみだった。「悪いことをしたらアンサラーが来るぞ」幼い白本の多くは、一度は大人たちからそんなことを吹き込まれるのが常だった。


 対してエスティエインの方は、どのような罪を犯したのか明確に伝わっている。

“脳喰らい”の二つ名の通り、彼は白本を“食べていた“のだ。彼のいえには、頭部だけを食い荒らされた遺体が何人分も転がっていたという。当時はビブリアの警察組織もまだ整っていなかったため、その被害は拡大の一途を辿ったという。

 その結末はエスティエインの失踪という形で幕を閉じた。また、偶然か意図的なものか、アンサラーも全く同時期に失踪を遂げていたという。




「その二人が、なぜ今頃になって……」

 少なからず動揺するネグロの正面から、エスティエインの巨大な拳が迫る。間一髪で回避するが、拳は容赦なく路面を抉る。火薬を用いたかのように破片が周囲に飛び散り、ネグロの体を突き刺していく。彼にとって大きなダメージではないが、紙一重の回避を続けていればすぐに力尽きることは痛いほどわかった。

「そうだな。僕たちも予定が押しているので、戦いながら話してやろう。感謝しろよ? お前がこの国で一番優れた装者であるから敬意を表してやっているのだ。もっとも、話が終わるまでに力尽きてもらっては興ざめだがな」

 その宣言通り、巨大な拳の応酬が続く。シャイニーに見守られながら、その一つ一つをギリギリで躱す。飛び散る破片は大剣の影に隠れてやり過ごしていく。

「ほら、お前の可愛い主人に手を出した詫びだ。何か訊きたいことがあれば答えてやろう」

「ふん、案外優しいところがあるな。それなら訊くが、お前は俺たちのことを知っているようだな。なぜだ?」

「そんなことか。つまらんな」アンサラーは両手でそれぞれ輪っかを作り、眼鏡のように自分の目に当てた。「この国を監視していたからだ。どうやったのかは、だいたい想像がつくだろう?」

 その答えはネグロの予想の通りだった。

 このアンサラーと仲間たちは、方法はわからないが自由に身を隠したり、唐突に現れたりできるのは間違いない。加えて、街中に現れた蜂の群れも、おそらく巨大蟻の群れも、この男の仲間の仕業に違いない。たとえば監視カメラのように、それぞれの虫の見る景色を自分も見ることができれば……ビブリア全体を監視することもできるのではないか。そう推測していたのだ。


 拳の応酬の次は、巨大な足の裏が上空から落ちてくる。瓦礫に足を取られていたネグロは避けられず、大剣を盾にして真っ向から受け止めた。

「ぐうおっ!」見た目に違わぬ巨大な質量に押しつぶされそうになる。ネグロは自分が小石になったような気分に襲われた。自慢の肉体も巨人エスティエインに比べればちっぽけなものだが、ここで潰されるわけにはいかない。

「ハッハッ! 頑張るじゃないか! それなら、その状態のまま次の話を聞くがいい。そうだな、僕とこいつの罪の話でもしてやろうか」

 遥か頭上から嘲る声が聞こえる。平常心と筋肉の強張りを維持したまま、耳だけをアンサラーの言葉に集中させる。力と情報量で負けている以上、相手が気前よく話してくれるうちに情報を集めるべきだと判断した。

「まず僕の罪だが……まあ、有体に言えば“国家反逆罪”ということになるな。実はな、今よりもずっとずっと昔、ネイサ姫に反旗を翻したことがあってね。残念ながら負けてしまったので力を蓄え、ようやく勝てると判断したので再戦に挑んだわけだ」

「ネイサ姫に挑んだ……か。意味不明な奴だ。そんなことをして何になる? 勝とうが負けようが、この国での居場所がなくなるだけだ」

「何になる……だって?」この時、常に余裕の態度を崩さないアンサラーの言葉に怒気がこもった。「……まあ、それは後で良いさ。この話についてはお前たち二人だけでなく、国中の話に聞いてもらわないといけないからな」


 ウォア! ウオォッ!


 唸り声を上げたのはエスティエインの方だ。波打つように足にこもる力が変化し、ネグロの盛り上がった筋肉がさらなる悲鳴を上げる。

「わかってるさ。お前の話も聞いて欲しいよな」

 手を伸ばし、自分がすっぽり入りそうな巨人の頬を撫でる。

「僕とこいつは友達でね。お互い、唯一の理解者だったと言っていい。僕がかつて起こした戦争にも参戦してくれたし、僕の“改造”を快く受けてくれた。

 だから僕は新しい王の座をこいつに譲ってやりたいんだ。それに僕みたいな痩せ細った男より、逞しく雄々しい巨人の方が王様っぽいだろ?」

「改造……だと?」

「“脳喰らいのエスティエイン”の話は今の時代にも伝わっているだろう? なぜそんなことをしたのかと言うと、こいつは知識欲が人並外れていたんだ。だからこそ本に成らず、ヴルムとして生き続けることを選んだ――それだけでなく、他人の知識も吸収しようとしたんだ」

「なるほど……狂ってるな」

「そうかな? 僕はそうは思わない。白本とは本来、己の知識欲を満たすためだけに存在するべきというのが僕たちの持論だ。そのためにはネイサ姫ではなく、新たなる王が必要なんだ。

 そしてそのためには僕の力が必要不可欠ということだ。この時代におけるシックザールのように、初代“ビブリアの守護者”である、この僕の力が」

 アンサラーの体が淡く発光し始める。光に浮かされるように、彼の体の表面がペラペラとめくられていく。この国ではシックザールしか使うことが許されない“再上映リヴァイヴ”の能力。それを使う際の姿に相違なかった。

「この姿こそ、僕が“ビブリアの守護者”として生み出された証拠だ。今の世代のように黒いページを操ることはできないが、それはきっと、ネイサ姫が僕のような存在を警戒して追加したのだろう。まったく、どこまでも自己中心的な女だ」

 なおも語り続けるアンサラーだが、その声は次第にネグロの耳に届かなくなっていた。数分に渡り、頭上からの巨大な質量に抗っているのだ。筋肉だけでなく、五感の全てが機能を失いつつあった。


「無様だな、ネグロ」


 そんな冷たい声だけは、不思議と耳に滑り込んで来た。

「お前のこともずっと監視していた。僕が知る限り、お前は歴史上最強の装者だからだ。今回の侵攻でも最大の障害はお前だった。だからこそ主人のシャイニーを人質に取りたかったんだが――その必要も無かったようだ」

 ふっと体が軽くなる。ネグロを押し付けていた足がどかされたのだ。

 その代わり、グォンと空気を震わせながら圧倒的な蹴りが飛んできた。反射的に大剣を前に構えて防御の態勢に入る。

 しかし全身に力を込めたところで、脚が地面に固定されているわけではない。比べるまでもない質量の差から、ネグロの体は軽々と飛ばされる。背中から数枚の壁を貫通し、宙に浮いたところをエスティエインの手が捕らえた。

「薄情なものだよな。誰もお前を助けに来ない。これだけの巨体が暴れているのだから、気づかないはずが無いのだ。それでも応援に来ないということは、ネグロ、お前は相当な嫌われ者なのだな」

「…………!」

「声が出ないか? 反論できないか? ほら、そこらに隠れているであろう“仲間”に向かって、怨恨と憤怒に満ちた恨み節でも遺してやったらどうだ?」

「……アッ……ダッ……」

「そうだ、頑張れよネグロ。お前の悲痛な声を響かせてくれ」


「…………今だ!」


 その声を合図に、四方八方から人影が飛び出した。

 最も早く飛び出した三つの人影はネグロの元に向かう。鈍く光る三つの刃は拘束する指を素早く斬り落とす。体を動かせるスペースができたことと、僅かにエスティエインの手の力が抜けたことでネグロはようやく抜け出した。


「ネグロさん!」

「お待たせして申し訳ありません!」

「痛かったッスか!? 動けまッスか!?」


 巨人の元へ駆けつける前に出会った三人だった。彼らと共に近くの屋根に着地し、アンサラーとエスティエインの方に視線を向ける。

 向こうでは別の装者たちが二人を翻弄していた。人数は十人。いずれも手練れのようだ。周囲の建物や瓦礫を駆使し、立体的な機動で回避と攻撃を繰り返す。

 アンサラーはエスティエインに命じて、巨大な手で覆うようにして自分の身を守らせた。確かに攻撃は届かなくなったが、片腕を封じられた形のエスティエインの戦闘力は半減した。片腕をがむしゃらに振り回すが、ことごとく躱されていく。

 ネグロは自分の体の調子を検めながら、彼らの戦う様を眺めていた。

「見事なものだ。得体の知れない敵を相手によく動けている。彼らはまさか……お前たちが?」

「はいっ!」装者の男が答える。「驚きました……。ネグロさんの後を追ったら、黒くてデカいヴルムが暴れてるんですから。本来なら俺たちも加勢するべきだと思ったんですが……どうしても怖くて。だから他の装者たちに声を掛けて、遅れてしまったんです。本当に申し訳ありません!」

 男は声を震わせながら頭を下げる。

「何を謝ることがある」ネグロは彼の肩を叩いた。「こう言っては失礼だが、お前たち三人だけでは心もとなかった。他の装者たちが異変に気付いて駆けつけた時には全滅していただろう。むしろ、この短時間でよくあれだけの戦力を揃えてくれた」

「ああ、それなんですが」顔を上げると、どこか安堵の表情だった。

「どうした?」

「あの人たちも、俺たちと同じだったみたいです。何というか……素直になれなかったんですね。みんな近くの物陰に隠れて見守ってたんですよ」

「ああ、なるほどな」

 その一言で理解した。

 目の前の三人は、ネグロを邪険にする現状に違和感を覚え、そして歩み寄ってきた。

 今戦っている十人の装者も同じ、いや、ひょっとしたらもっと大勢の装者が同じことを感じていたのかもしれない。くすぶっていた彼らに火を点けたのは、間違いなく新たな世代の装者たちだ。

「ネグロさん、何で笑ってるんですか?」

「ん?」

 自分でも気が付かないうちに笑みを浮かべていたようだ。

 相手は強大。合計十四人の装者がこの場にいるが、それでも二人の巨悪を倒せるのかはわからない。此度のブレインとも言えるアンサラーはビブリア全土に戦争をけしかけたのだから、数百人の装者を相手にしても勝てる算段があるのかもしれない。

 しかしネグロは、この国の、そして自分自身の未来を信じずにはいられなかった。自分が人を避けて生きている間に、この国と、そこで生きる人々は確かに成長していた。目を閉じれば、多くの若い装者たちと団欒の時を過ごす自分の姿が浮かんでくる。

 屋根の上から、自分を見守る主人シャイニーの方に視線を落とす。ちょうど視線が合うと、彼女はこくりとうなずいた。「暴れてこい」と目で語っていた。

 お安い御用だ。

 この国を守らなければ――大剣の柄を握る指に力がこもった。

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