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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
最終章【ボクたちの国】
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九話【夢の中の男】

 シックザールははやる気持ちを抑えながら、コピィとクィッドからこの日起きたことを尋ねた。

 無数の蜂が街を襲い始めたこと。蜂が家々に火を点け、多くの住民が逃げ惑っていること。“切り裂きクーペ”“膿母のメルマドーレ”といった、歴史に名を残す大犯罪者が唐突に現れたこと。そして、蜂の襲撃を食い止めるために森へ踏み込んだこと――それらすべてを頭に入れた。


「――なんてこった。混沌カオスの炎から出てきたとき妙に焦げ臭いと思ったら、まさか火を放つなんて!」

 思わず頭を掻きむしった。こんな大事な時に、国を離れていた自分に対しても苛立ちを感じずにいられなかった。

「タイミングが悪かった。こんな力を持っていても、肝心な時に現場にいないんじゃ意味ないじゃないか……何が“ビブリアを守る兵器”だ。何が“ビブリアの救世主”だ……!

 やっぱり、新しい物語を刻みに行くなんてやめて、おとなしくこの国に引きこもっていれば良かったのか?」

「やめてよ兄ちゃん!」コピィが必死の剣幕で詰め寄る。「自分を責めないでよ! 兄ちゃんだって立派な“白本“なんだから、異世界に出て悪いことなんて何もないじゃないか!」

「コピィ……お前」

「それでも自分を責めるって言うんなら、早くこの国を救ってよ! 今度は誰にも化け物とか言わせないように、完璧に救って見せてよ! 僕の知ってる兄ちゃんは、こんなことでへこたれないハートを持ってるんでしょ!」

 そう言って拳を作り、シックザールの胸を叩く。その位置にハートがあるのだと見えていて、そこに火を点けるかのようにぐりぐりと拳をねじ込む。疲れているだろうに、その拳は胸を強く押して来る。

 シックザールは拳を見下ろすと、その手を両手で強く握った。

「……ああ。悪かったなコピィ。しかし、この騒動はお前が思っている以上に厄介なものだ。たぶん、ボク以外にはネイサ姫ですら解決できないかもしれない」

「それは、どういうことなんだ?」

 口を挟んだのはクィッドだった。目は虚ろになり、疲労をため込んだ両腕をだらんと地面に降ろしている。

「確かに、お前は遅れちまったのかもしれねえ。だけど遅すぎるってわけでもねえし、言い方は悪いかもしれねえが、タイミングが良いじゃねえか。それに、俺たちからこの国の現状を聞いたばかりだってのに、何か俺たちの知らない情報を持っているような口ぶりだったぞ」

「さすがクィッドさん。鋭いですね。そうだな、二人には話して良いかもしれない。ボクも、自分の頭の中を整理したいし」

 うんうんと二つ頷くと、真剣な目を二人に向けた。

「手短に話すけれど、ボクが早めに旅を切り上げて戻ってきたのは、不吉な夢を見たからなんだ」


 シックザールは自分のことを話し始めた。昔から、巨大な黒い影に追いかけられる夢を見ていたこと。その頻度が、少しずつ増えてきたこと。

「大まかな夢の内容は同じでした。しかし、最近変化があったんです」

「変化?」

「声が聞こえるんです。どこからか……ひょっとしたら、その黒い影かもしれませんが」

「どんな声なんだ?」

「ボクの聞き違いかもしれませんが……言われたんです。『シックザール。僕の弟』って」

「弟って……」「そんなわけ……」

 当然それはあり得ないことだった。ビブリアの住民たちに血のつながりは一切無いため、親子や兄弟と言ったものは存在しない。

「だから、弟って言うのは何かの比喩なんだと思います。だけど、きっとボクの出生と関係があるに違いない。そう思うんです」

「なるほどな。この流れからすると、お前が急いでビブリアに戻ってきたのは“夢”が理由なんだな?」

「その通りです。声が聞こえたのが一つの変化でしたが、昨夜見た夢は決定的でした」

「な……何があったの?」おそるおそるコピィが尋ねる。


「黒い影の他にもいたんだ。一人の白本の男が。それも普通の白本じゃない……僕と同じ、金色の髪の白本でした」


 二人が息を呑んだ。

 白本は皆銀色の髪を持つ。染めることは可能だが、その髪色に愛着をもっているのでそのようなことはしない。唯一の例外がシックザールの金髪で、その髪色はネイサ姫と同じであることから、彼は昔から特別視されてきたのだ。

「お前が金髪で、夢に現れた白本も金髪……“弟”っていうのも、その辺が理由になってるのかもな。で、そいつに何か言われたのか?」

「いえ、何も。というより、僕はその白本の顔すら見ていません。黒い影と金髪の白本、それと数人のヴルムが歩き去っていく――その後ろ姿を見ていました。

 彼らの歩む先には、燃え上がるビブリアの姿がありました。それで嫌な予感がしたボクは、こうして戻ってきたということです」


 シックザールの話はこれで終わった。意見を求めるように二人の顔を見やるが、やはり困惑しているようだ。

「……正夢ってやつだよね。ひょっとして、その金髪の人たちがこの事件の犯人なのかな?」

「ありえるな。俺たちもさっきクーペって奴と戦ったし、今もメルマドーレと戦った。どっちもビブリア出身のヴルムだ。異世界からの侵略者だったらともかく、敵の黒幕が白本と言うのなら、手下にヴルムがいたとしても不思議じゃない。今までどこに隠れていたのかと言う疑問はあるが」

「そうですね……」

 シックザールは強くまぶたを閉じ、何かを考えた後に立ち上がった。

「ありがとうございます。情報を整理できました。

 ボクの予想では、あの金髪の白本が街にいる可能性が高い。そして、あの人を止められるのはやっぱりボクだけだと思います。危ないですから、二人はこの場所でじっとしていてください」

 そう言って、シックザールは二人に一台の機械を手渡した。

「今“再上映リヴァイヴ”で作り出した端末です。ボクの感覚と連動させているので、ボクが見たり聞いたりしたものがそこに表示されます。これから何が起こるかわかりませんから、それで情報収集だけしておいてください」

「ああ、わかった」「うん」

 二人は快諾した。逆らおうにも、そもそも体が満足に動かないのだ。

 シックザールは礼を言うと、元来た空を見上げた。クッと胸を反らすと、背中から大量の黒いページが噴き出し、瞬時に先ほどの黒い羽を形成する。自分の手足のように使うその姿は、彼の並々ならぬ努力を示唆していた。

「それでは行ってきます。クィッドさん、コピィのこと、よろしくお願いしますね」

「ああ、任せとけ。こう見えても、子守の腕はめきめき上達してんだ」

 そう言いながら彼は自分の周囲に手を這わしていた。

「何か探し物ですか?」

「ああ。ちょっと借り物の武器があったんだが……おかしいな。どこかに行っちまった」

「ふうん」

 どんな武器かわからず、首を傾げたまま飛び上がった。

「じゃあね、二人とも。ちょっと行って、この国を救ってきますから」

「うん! 応援してるよ、兄ちゃん!」

「頼んだぜ、ビブリアの救世主様ぁ!」

 二人の声援を背に受けながら、いまだ煙がくすぶる街へ飛び立った。


「――あそこか」

 黒いページによる飛行方法を習得したシックザールは、一分もかけずに森を抜けることができた。

 地面を見ると、クィッドたちの話にあったように戦いの痕跡が見つかった。七人の装者と、馬一頭の死体。そこから少し離れたところに、体が一部変形したヴルムの死体も転がっていた。降りて見ると、それはカマキリのヴルムだった。

「あの時、夢の中で見た後ろ姿の一人に似ている……かな? こっちの方が、少しスリムに見えるな」

 その男は真っ二つに両断され、両手の傍には鎌が落ちている。その周囲を見れば、下草が踏み荒らされているのがよくわかった。壮絶な戦いが行われたのは間違いなさそうだが、このヴルムと戦った者の姿は見当たらない。

「それにしても不思議な切り傷だ。細く鋭利な傷がほとんどなのに、とどめの一撃は身の丈もある大剣で斬ったみたいに。ビブリアで、こんな戦い方をする装者なんて覚えが無いけれど」

 この場でどのような戦いが行われたのかは知る由もないが、既に終わった場所で油を売っていても仕方ない。再び翼を広げ、街に向かって飛び立った。

 街の上空には、今でも分厚い煙の雲が覆っている。それに対して頭上には晴れ渡った青空。その青空に黒い筋のようなものが見えた気がしたが、一度まばたきすると目を凝らしても見えなかった。


「……!」

 街に到着したシックザールは言葉を失っていた。

 火の手はほとんど収まっていた。それは装者達の消火活動の賜物という以上に、ただ単に、燃える物がほぼ消失していたということだった。かつて巨大蟻に襲撃された際も相当な被害が出たものだが、今回はその数倍だ。他国との戦争が起きでもしなければ、これほど凄惨な光景になることはないだろう。そう思えるほどだった。

「誰か……いないのか……?」

 街には人影が見当たらない。ようやく誰かを見つけたとしても、それは半分炭化した白本ということも何度かあった。紙が焼ける臭いと、肉が焼ける臭いとが混じった独特の臭いは耐えがたい不快感を植え付ける。

 ここは地獄だ。それなら、みんな死んでしまったのか? それにしては、遺体の数が少なすぎる。違和感をぬぐえない。

 鼻を押さえながら街中を走り回るほどビブリアの惨状を見せつけられる。それでも目を逸らすわけにはいかない。いまだ残る熱気や臭気を遮断しながら、視覚と聴覚をフルに活動させる。

 誰かいないのか――誰か生き残りはいないのか――祈るような気持ちで駆け回る。


 わぁ――ぁん――


 ザンッ。靴を滑らせながら急停止する。

 泣き声! 女の子の!

 細い路地の間を潜り抜け、最短距離で声の元に辿り着く。

「うっ……! ひっく!」

 やはり女の子だった。なぜかレインコートを着ているが、通りの真ん中に膝をついて泣いている。

 目の前には、一人の大男が倒れている。おそらく彼女の装者で、自分の主人を守り抜いて力尽きたのだろう。遠目からでも生気が感じられず、女の子の様子からしても相当な重傷、もしくは命を落としたものと思われる。

「二人とも、大丈夫か!?」

 身体能力を上げるためにまとっていた黒いページを体内に戻し、二人の傍に駆け寄った。

「その声……シックザール?」

「シャイニー! ネグロさん!?」

 驚くことに、そこで泣いていたのはシャイニーだった。仰向けのネグロの体に手を当て、目を真っ赤にして泣きはらしていた。

 ネグロの体にも目を移そうとしたが、一瞬視界に入ったその暴力の跡が拒否させた。そこに、伝説の装者の雄姿は消え失せていた。

「アホザール……アンタ。今までどこ行ってたのよ……」

 いつもの憎まれ口が弱々しい。普段の彼女なら、泣き顔を見せるぐらいなら顔面を壁に押し付けるような性格だ。今も挑むような目をしているが、その目の端からは涙がとめどなく流れ出し、赤く染まった頬を伝って襟元を濡らしていく。

「シックザール……助けてよ。もう、アンタしかいないのよ! ネグロを、ワタシたちを……この国を救ってよ!」

 そう泣き叫んで、シックザールの胸元に顔をうずめた。

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