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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第二章【殺戮遊戯の国】
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二話【人ごみの中の誘惑】

 新しい世界へと旅立つ中で、シックザールは例の夢を見た。黒く冷たい風が吹く世界で、自分ただ一人が立っている、あの夢だ。

「また、この夢か……」

 うんざりしていると、遠くから巨大な足音と、それに伴う振動が伝わってくる。いつもなら、この後足音の方へ駆け寄り、そして巨大な影と遭遇する。彼もそのことを覚えているので、あえて今回はその場で座り込み、相手の方が来るのを待つことにした。

 すると、足音はしばらく続いたが、急にピタリと止んでしまった。どうしたんだろうとその場で逡巡していると、


 ――愚か者、死ぬるべし――


 生ぬるい吐息と共に、耳元に囁かれた。




 霧が急速に晴れる様に、シックザールの視界が晴れていく。

「さて、今回はどんな所かな?」

 まず見えたのは、自分と手をつないでいるアルメリアの姿。そして次に見えたのは、空にサンサンと輝く太陽だった。日差しは強いが、空気は涼しい。依然訪れた日照りの国と比較すれば、かなり過ごしやすい環境には違いない。

「これは良かった。どこかの建物の屋上だね。人目に付くところに出ちゃったら、騒ぎが起きて面倒だしねぇ」

 二人が降り立ったのは、石造りのしっかりした建物の屋上だった。洗濯物が大量に干してあるところを見ると、集合住宅の陸屋根なのかもしれない。

 縁に歩み寄ると、その国を広く見渡すことができた。

 シックザールの視界に、無数の石造りの建物が飛びこんできた。立方体、もしくは直方体のシンプルな形状の家々が立ち並んでいた。まるで複製したかのように、似たような建物が密集して並んでいた。

 その建物を縫うように、網目のような無数の細い道が伸びている。その道の上を、大勢の人々が行き交っていた。家族や友人同士で楽しそうに談笑し、店先では汗を飛ばしながら大声で客寄せをしている。うるさいというより、賑やかという表現がしっくりくる。

 無機質な建物に対し、彼らの服装は色とりどりで、小川の上を流れる花びらを連想させた。シックザールが訪れた国々の中でも、これほど人の熱気が充満した国は三つもない。

「とても活気のある国ですね、シックザール様」

「そうだね。この国なら、きっと面白い物語が見られるよ……おっ?」

 両手をひさしのようにし、シックザールは遠くの方を見た。四角い建物が並ぶ中で、その建物だけは円を描いており、また大きかった。ちょうど、巨大なすり鉢のような建物だ。その周囲を見ると、簡素な屋台がそれを取り囲むように営業していた。

「アルメリア。あの建物が何だかわかる?」

「――他の建物が邪魔になって、ここからではわかりかねます」

「やっぱりそうだよね。きっと、何か面白いことが起こるんだ。お祭りとか!だからあんなに屋台も集まっているんだね」

 シックザールはそこから離れると、下へ続く階段を見つけた。階段口からは、涼しい風が吹きあがってくる。

「どこへ行かれるのですか?」

「決まってるだろ。あのお皿みたいな建物へ行くんだよ!」

 アルメリアに手招きすると、駆け足で階段を降り始めた。




 通りに降りてみると、人の波は一層分厚く感じられた。少し早歩きするだけでも、近くを歩く人にぶつかりそうになる。仕方なく二人はゆっくり歩いてお皿状の建物に向かうことにした。

 歩いてみて気が付いたが、この国には外国人も多く歩いている。この国の人間は茶色い髪の色をしているようだが、それ以外にも金髪や黒髪、赤髪の人間が歩いている。顔つきも、顔の彫りが深い人から耳たぶが大きい人まで様々。おかげで、二人は周囲から好奇の視線を向けられることなく通りを歩くことができた。

 そして時折、このような会話が聞こえてきた。


「いよいよ明日からだな!」

「今年は一体、誰になるのかねぇ」

「私、最終日までのチケット買っちゃったわ」

「隣町のアイツも、随分前から張り切ってやがったぜ」

「こんな時にこの国に来られた旅人さんはラッキーよねぇ」


「やっぱり、何かお祭りでも起きるみたいだね」

「そのようですね」

 街の人々の話題は様々だが、その中でも大半を占めるのが、その何らかの“お祭り”についてだった。老若男女問わず、多くの人が若干興奮した様子でその話題を口にしている。

「何があるのか知らないけれど、ちょうどいいタイミングで来られたみたいだね」

「そのようですね――あら、やっと到着したみたいですよ」

「ホントだ! 近くで見ると、一層デカいね」

 通りの十字路を曲がると、探し求めていたすり鉢状の例の建物が目の前に現れた。

 シックザールはその建物を間近に見て、鳥の巣を思い出した。一体どのように組み立てたのか、細長い建材が一見不規則なように積み上げられている。建築技術が低いのか高いのか判断が付かなかった。

 その周囲には、等身大より少し大きめの銅像が一定の間隔を開けていくつも立てられていた。そのほとんどは、剣や盾などを手にした屈強な男たちだった。筋肉の隆起だけでなく、その肌を流れる汗まで表現されている。触ってみると熱かったが、それが日差しによって温められたのか、その像が自ら発している熱なのか、判断に迷ってしまうほど精巧に作られていた。

「ヘンテコな建物だけど、銅像はいい作りだね。でも、何だってこんなむさ苦しい銅像をいくつも作ってるんだろ。この国の人間は、こういうマッチョな男が好きなのかな」

「さあ。わたしには分かりかねますが……」

 そんなことを話していると、二人のお腹がグウと鳴った。どうやら、歩いているうちにお腹がすいてしまったらしい。

「そういえば、前の国は携帯食料ばかり食べてたよね。あれ、腹持ちはいいんだけれど、あんまり美味しくないんだよなぁ」

「一応、七日分の携帯食料は持ってきていますが」

 アルメリアが携帯食料の刺青を見せる。シックザールはそれを見て、露骨に嫌そうな顔になった。

「せっかく外の国に来たのに、それは無いよ。ボクはここで休んでるから、適当に美味しそうなのや珍しそうな食べ物買ってきてよ。あと、飲み物も何かお願いね」

 言うが早いか、シックザールは傍に設置されていたベンチに腰掛けた。

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

「うん。早めに戻ってきてね」

「本当に、一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫に決まってるだろ」

「五分……いえ、三分で戻ってきますので」

「う、うん」

「知らない人に声をかけられても、ついていってはいけませんよ」

「わかってるよ! 子供じゃないんだから!」

「……本当に本当ですね? それでは、行ってきます」

 アルメリアは会釈すると、何度か振り返りながら、人ごみの中に消えていった。彼女の姿が見えなくなったことに一瞬不安がよぎったが、すぐ近くには簡単な料理を売る屋台が並んでいるため、すぐに帰ってくるだろうと高を括った。


「おぼっちゃん。こんなところでどうしたんだい?」


 その声が背後から聞こえてきたのは、アルメリアの姿が見えなくなってほんの一分ほどだった。

 ベンチの上でだらけ切っていたシックザールは、驚いて背後を振り返った。そこに立っていたのは、一体何が面白いのか、満面の笑みを浮かべた男だった。髪には白髪が混じり始めているが、髭はきれいに剃られており、眉毛の手入れも行き届いている。身に纏う洋服は皺が無く、きちんと手入れが行き届いている。体中の有害な雑菌も手で払い落としていそうなほど、清潔感に満ち溢れた男だった。

 知らず知らずのうちに、シックザールの警戒心は薄くなっていた。だから、正直に答えてしまった。

「今は一人ですけれど、もう一人連れがいます。もうすぐ戻ってくると思いますけれど」

「そうかそうか。ちなみに、その連れというのは男の子かい?」

「いえ、女の子ですが?」

 男の体がピクリと動く。まるで、体のどこかにあるスイッチを押して、体内の回路を切り替えたかのように。

「なるほど。見たところ、君は別の国から来たようだね。それなら、私がとっておきの観光地を教えてあげようか」

「ふーん。それは嬉しいですけれど、連れを待たないといけないので」

「それがね、その観光地というのは、女の子にはちょっと刺激が強すぎる場所なのでね。すぐ近くにあるんだけれど、一般人には分かりにくい場所にあるんだ。それになにより」

「なにより?」

「とても面白い経験ができるんだよ」

 面白い物語を追い求めるシックザールにとって、最後の一言は蜜のように甘かった。それ以外にも、「とっておき」「刺激が強い」「すぐ近くだから」と、魅力的な言葉が知らない内にシックザールをその気にさせていた。しかし当の本人は、そのような言葉に絡めとられていたことに、全く気が付いていなかった。


「……本当に、すぐ近くなんですね?」

「ああ、そのとおりさ」


 だから彼は、警戒しながらも誘いに乗ってしまったのだった。

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