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【ちゃんと見てるから2】

「適当にくつろいでろよ。今から昼飯作るからさ」

 そう言いながらシックザールは部屋着に着替え、エプロンをかけた。口笛を吹きながら冷蔵庫の中身を見定めている。

「あっ、僕も手伝うよ」

「いいからいいから。なんなら、風呂場で体を拭いてこいよ。さっきのケンカで体が汚れただろ?」

「う、うん……じゃあ、お風呂借りるね」

 風呂場に移動しながら、こっそりと部屋中を見回してみた。

 アルメリアがいなくなった後、無気力になったシックザールは自分の函の掃除すらできなくなっていた。セルファがいなくなったことで、また同じことになるのではと心配していた。

 しかし実際は、きちんと掃除が行き届いていた。風呂場に入ってみても、カビ臭さや湿気などは感じない。毎日掃除していなければこうはならない。


 風呂場から出ると、ちょうど昼食が完成したところだった。作っていたのはペペロンチーノで、にんにくの香ばしい香りが鼻をくすぐった。

「コピィは辛いのも大丈夫だったよな? ほら、座れよ」

 促されてダイニングチェアーに座る。盛り付けは雑だが、香りはレストランに出てきそうなものだった。

「それじゃあ、いただきます」

「うん、いただきます!」

 フォークにパスタを巻き付け、口に運ぶ。ピリリと辛い刺激と、続いて小麦とにんにくの香りが体中を駆け巡る。鼻の奥からも良い香りが漂ってくる。

「兄ちゃん、美味しいよ!」

「それは良かった。何度も練習したんだよ」

「そんなに何回も作ったの?」

「他に誰も作ってくれないからな。この料理はパスタ料理の基本らしいから、とりあえず作ってみたんだ。

 だけど、基本と言いつつこれが難しいんだ。初めのうちは、ペペロンチーノっていうより『麺とにんにくと唐辛子が混ざっただけの食べ物』って感じだったんだ」

「へえ~。料理ってむずかしいんだね。僕は全然できないから、出来合いの物を買ってばかりだよ」

「お前も何か作ってみろよ。いつか自分の従者ができれば作ってもらえるけれど、それまで既製品ばかりってのも味気ないだろ。白本たるもの、何事も経験だ」

「う~ん……考えておくよ」

「ああ。上手くできるようになったら、今度はボクにごちそうしてくれ」


 昼食は和やかに終わった。二人は食器を片付け、リビングのソファーに並んで腰を下ろした。

 そこでシックザールは、自分が最近訪れた世界について話してくれた。

 この時間がコピィは一番好きだった。まだ見ぬ世界に思いをはせるのは、好奇心旺盛な白本共通の趣味のようなものだ。先輩の白本や装者から話を聞くこともあれば、申請してネイサの居城で本を読ませてもらうこともできた。コピィは前者だ。

 アルメリアがいなくなってしばらく旅に出なかったため、異世界の話を聞くことができなかった。しかし、セルファを失ってからは一人でも異世界に旅立つようになったため、また以前のように土産話を聞けるようになったのだ。

「でもさ。白本が護衛も付けずに、一人で旅立つなんて危険でしょ?」

「そうだな、普通は無理だ。でも、ボクにはこれがあるからさ」

 そう言って、シックザールは自分の右手を挙げる。すると、腕全体から黒いページが次々と湧き出て、細い腕を覆っていく。ほんの十秒ほどで、彼の腕は何倍も大きい漆黒の腕に変貌していた。指は獣の詰のように尖り、まるで悪魔のようだ。窓から差し込む陽の光にかざせば鈍い光沢が浮き出る。

 もう一度右手を挙げる。先ほどの逆再生をするかのように、黒いページの一枚一枚が腕の中に入り込んでいく。そうして、元のすべすべした細い腕が出てきた。

 ポカンと口を開けているコピィに、シックザールは自分のことを話した。つまり、自分はネイサによって作られた“ビブリアの兵器”ということだ。初めて使った時は、ほぼ暴走状態だったこと。今では徐々に使いこなせるようになってきたこと。包み隠さず教えてくれた。

 なぜ、そんなことを話してくれるのかわからなかった。しかし、これは話しにくい内容だということはコピィにもわかった。

 まだまだ未熟者の自分に打ち明けてくれる。その事実はコピィに確かな自信を抱かせた。


「……っと、ごめん。こんな話されても困るよな」

 ひとしきり話し終えたところで、シックザールは照れくさそうに笑いながら頭を掻いた。

「そんなことないよ!」思わず立ち上がる。「他の人には話しづらいこともさ、僕には何でもしゃべってよ! そりゃあ、僕は何の力にもなれないかもしれないけれど、話を聞くことぐらいはできるからさ!」

「コピィ……」

「僕は、ちゃんと兄ちゃんのことを見てるよ! 他の誰が敵になっても、僕はいつまでも兄ちゃんの味方だよ。誓っても良い!」

 胸を張り、その胸をドンと力強く叩く。力を込めすぎてむせてしまった。

 その様子を、シックザールは微笑みながら見上げていた。

「ありがとうな、コピィ。頼りにしてるよ」

「うんっ!」


 結局コピィは、夕飯までシックザールの家でごちそうになった。

 自分のいえに帰ろうとした時、シックザールは送っていくとは言いださなかった。送っていけば、コピィも自分の巻き添えに遭うおそれがあると知っていたからだ。昔は何の問題も無く送ってもらっただけに、その点は少し寂しく思えた。

「じゃあね、兄ちゃん! ご飯美味しかったよ!」

「ありがとう。気を付けて帰れよ」

 玄関で手を振って別れる。パタンとドアが閉まった瞬間に寂しさが込み上げてくるが、いつまでもそんな小さいお子様気分ではいられない。今後外の世界に出ることになれば、もっと辛い経験が待っているのだから。

 月明かりの下を、じゃりじゃりと土を踏みながら歩いていく。澄み切った夜空から降り注ぐ月の光は、コピィの寂しさを幾分か紛らわした。

「…………」

 ふと、何とはなしに立ち止まった。そして周囲を見回した。

 道を挟むように数軒の函がある。そのうちの三軒の窓からは明かりが漏れ、白本と装者の団欒の声や、香ばしい夕飯の香りが漂う。

「……クィッドさんが見守ってくれてるのかな?」

 コピィは人の気配を感じていた。それは函の中からではなく、外からだった。

「なんだかんだ言って、あの人って面倒見がいいよね」つい笑みがこぼれる。

 自宅に到着し、リビングの明かりを点ける。そこには、十段に及ぶ荘厳なトランプタワーが組み上がっていた。

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