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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第九章【アルメリアのいない国】
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十一話【キングスライフ】

 シックザールの目が薄く開く。

「寝すぎた!」

 そしてベッドから跳び起きた。学校や仕事があるわけではないが、あまり異世界での時間を無駄にできない以上は、なるべく寝坊は避けたいというのがシックザールの持論だった。

「おはようございます、シックザール様」

 いつものように、セルファは先に起きていた。身だしなみに気を遣う彼女だけに、既に髪型から化粧までばっちりセット済みだった。彼女の香水の香りは、異世界にいても故郷ビブリアを思い出させるので自然とリラックスできる。

「ごめん、セルファ! ちょっと寝坊しちゃって……」

「……え?」

 彼女はキョトンとしていたが、得心した様子で時計を差し出した。その時計の針は、まだ朝早い時間を指していた。窓の外を見れば、僅かに朝焼けが残っている。この空が人工的なものだという点を除けば、いつも通りの朝だった。

「おかしいなぁ……確かに寝すぎたと思ったんだけど」

「シックザール様もそうでしたか」セルファは気恥ずかしそうな笑みを浮かべた。「実は、わたくしも寝坊したとばかり思っていました。装者が寝坊など、あってはならないことですからね」

「お前もか……でも、何で二人そろって勘違いしたんだろう?」

「それはきっと、あのベッドのおかげではないでしょうか?」

 彼女が指差す先には、先ほどまで寝ていたベッドがある。ベージュのシーツが外から差し込む光を柔らかく反射している。

「事前にアモルさんからお聞きしましたが、恐ろしく寝心地の良いベッドでしたね」

「センサーが寝る人の体格を検知して、その都度自動的にクッションを調整するんだっけ?」

「さらに、温度や湿度の調整、リラクゼーションミュージックも流してくれますから」

「もちろん、ダニやノミは一匹も潜んでいない――なるほど。そりゃ寝坊したと勘違いするほど熟睡するわけだよ」

 このベッドだけでも持ち帰れないかなと思ったが、それは物理的に難しそうだった。仮に持ち帰ったとしても、このベッドにやる気を削がれて、一生ビブリアから外に出られなくなるかもしれない。そう考えると断念するほかない。

「さて、セルファ。お前のことだから、とっくにアモルさんに朝の挨拶を済ませてるよね?」

「ええ、もちろんです。十分ほど前に」

「だよね。ということは」

 コンコン。

 扉のノック音。言うまでも無く、それはアモルのものだった。

 シックザールとセルファの二人は二階に住むことにした。アモルは一階のサポーター用宿直室で泊まると言い出し、二人は「せっかく三階が空いているから使えばいい」と勧めたが、こればかりは頑として譲らなかった。

「朝食の支度が完了しました。どうぞ、下に降りてきてください」

「はーい!」

 シックザールは元気よく返事すると、セルファに向かって肩をすくめた。

「さて。今日も“おもてなし“の始まりだよ」


「さて。本日はどのように過ごされますか?」

 当然のように美味しく量の多い朝食を半分ほど食べ終えたところで、アモルはそう尋ねた。昨晩は快適過ぎる生活で逆に疲れてしまったため、この日の予定を考えてはいなかった。

 質問をしたのはアモルの方だったのに、返答を待たずして彼が再び口を開いた。

「――そうですね。本日はゆっくりドライブしませんか?」

「えっ?」

 驚いた。ドライブという案も頭の中には無かったが、実際に口にされると、その案がベストのように感じられる。

「今のもボクたちの心を読んだんですか? 何も案なんか思いつかなかったのに」

「はい。これは少し応用なのですが。

 我々の読心機能は、表に出てこないゲストの深層心理もある程度読むことができます。具体的に言いますと、私が質問を投げかけたことで、お二人の深層心理には様々な選択肢が現れます。その中から趣味・嗜好に適合した、最良の選択肢をご提案させていただきました」

「はあ……なるほど」

 よくわからなかったが、どうやら心の深いところまで読めるらしい。その結果がドライブだというのなら、否定する気持ちもなかった。元々予定は無かったのだから。

「じゃあ、お願いしようかな。いいよね、セルファ?」

「はい。わたくしも、せっかくですからこの国を回ってみたいです」

「かしこまりました」

 会話を終えた頃には、アモルは開いた食器を既に片付け終えていた。


 結果的にシックザールとセルファは、六日目までアモルの提案に乗るという形でこの国を満喫した。彼の提案は二人の心の奥底の要望を的確に汲み取っており、毎日が充実していた。それはもはや、貴族や王の生活を上回るほどだった。


 ある時は三ツ星レストランで舌鼓を打ち、

 ある時は空を泳ぐ無数の空魚たちと並走し、

 ある時は子供たちとスポーツを楽しみ、

 ある時はこの国の軍事演習を観戦しみ、

 ある時はウインドウショッピングを楽しみ、

 ある時は図書館で偉大な本《先輩》を閲覧し――やることは絶えなかった。


 アモルは身を粉にして働いてくれた。手術で改造された体とはいえ、普通の少年にしか見えない彼が働く姿に、いつの間にか警戒心も解けていた。初日に「二日後に慣れる」と言われたが、まさにその通りで、三日目には優秀な執事にしか思えなくなっていた。


 そうして六日目の夜。

 翌日にはビブリアに戻らなければならないが、あまりの居心地の良さに「帰りたくない」と思い始めていた。冗談半分でセルファとアモルにその意思を伝えてみたが、やんわりと否定された。アモルの方は、嬉しそうな顔と心苦しそうな顔が入り交ざった、絵画にしたくなるほど複雑な表情になっていた。

 この世界で最後の夜はゆっくり家で過ごそう。そう思って部屋で立体映像テレビを見ていたところ、部屋にチャイムの音が鳴った。それは来客の合図で、一階で待機しているアモルが対応に向かったはずだ。

 ゲスト向けのセールスが訪れたことは何度かあり、その度アモルがやんわりと追い返していた。しかし今回は勝手が違ったようで、部屋に備え付けられたモニターに玄関の様子が映される。

 そこに写されたのはアモルと来客の男の姿だった。ポロシャツにジーンズというラフな格好。それ自体は普通だが、男はアモル以上に小柄で、しかし仙人のように豊かな髭を生やしていた。顔に刻まれた皺から年齢を推測すれば、五十代になるだろうか。そんな小男だった。

「やあ、初めましてかな?」男の声は酔っ払いのように陽気だった。「俺は二つ隣に住むウッドだ。実は二人をパーティーに招待しようと思ってな」

「パーティー?」シックザールとセルファは顔を見合わせた。「それはまた、急にどうしてですか?」

「急なことで驚かせて悪かったな。俺は妻と一緒にこの国に来てるんだが、明日帰らなくちゃいけないんだ。それでせっかくだから、近所の連中を誘ってお別れパーティーでも開こうかと思ってな。

 もちろん断っても構わんのだが、できれば参加してくれると嬉しいな。こういうのは人数が多いほど盛り上がるんだ」

 そう言って、ウッドはモニターの向こうでニカッと力強い笑みを見せる。

「どうしようか?」

 モニターの通話を切り、セルファに意見を求める。

「わたくしはいいと思います。アモルさんが通話を許したということは、心を読んだ結果、危険人物ではないと判断されたということでしょう。他の異世界人と交流する機会も滅多にありませんし、参加してみてはいかがでしょう?」

「なるほど。それもそうだね」

 通話を戻し、参加する意思を伝える。満面の笑みを浮かべるウッドは少年のようだった。


 シックザールとセルファ、そしてアモルの三人はウッドの家の庭に通された。

「よお、ウッドさん。やっと帰って来たか」

「新しいお客さんかい? アルコールは行けるクチか?」

「おーい! こっちの皿が空になっちまったよ。おかわりくれぇっ!」

 そこには、先に招待されたと思われる異世界人たちが集まっていた。人間と瓜二つの種族もいれば、どこに口があるのかわからないスライムまで食事を楽しんでいる。

 容姿も声も何もかも異なる彼らだったが、共通していることが二つある。一つは、種族の壁を越えて親睦を深めていること。もう一つは、誰もがサポーターを引き連れていることだった。そんなサポーターたちは、影のようにゲストを後ろで見守っている。

「あらあら、お客さんね。ごめんなさいね~、主人が無理やり押しかけてきて」

 低い場所から落ち着いた女性の声が聞こえる。そちらを振り向くと、ウッドと身長、年齢が似通った女性が立っていた。

「ウッドの妻のロッコと言います。あら、お二人とも可愛らしいこと」

 オホホと、ロッコは口に手を当てて上品に笑った。

「こんばんは。ボクはシックザールと言います」

「わたくしはセルファです。初めまして」

「あらあら、ご丁寧に。でも、そんなに固くならなくてよろしいですよ。このパーティーも、主人が『最後にこの国で大騒ぎしてえ!』って言いだしたことですから」

 ロッコが夫の方を見るので、つられてそちらを見やる。彼は隣に立つ、上半身が狼のような男と楽しそうに酒をあおっていた。狼男は千鳥足になったが、ウッドは顔を赤くして大声で笑うだけだった。かなりの酒豪らしい。飲み仲間を探したくなるわけだ。

「ハイハイ、こんばんは! どんどんお料理作りますので、どんどん食べていってくださいね!」

 快活な男性の声が届いた。

 見れば、庭の隅の方、キッチンを切り取ってその場に置いたようになっていた。その場で料理の腕を振るっているのは、少し軽薄そうに見える金髪の男だった。しかし料理の腕はすさまじく、休むことなく動き続ける腕は次々に料理を生み出し続ける。来客たちの食欲も凄いが、それを上回る手際の良さだ。

「私の先輩です。勤続年数三十七年のベテランで、得意分野は料理です。特に女性のゲストに人気が高いです」

 隣に立つアモルが、彼に尊敬のまなざしを向けたまま説明してくれた。

「よおっ、アモル! 頑張ってるか?」

 片手でフライパンを振り、もう片手で野菜を千切りにしながら、その先輩サポーターが声を掛けた。

「はい、滞りなく」

「相変わらず固いなー。お二人さん、こいつ気真面目過ぎて、逆に息苦しくないですかい?」

「いや、そんなことないですよ。ボクは真面目な人が好きなので」

「わたくしも。この国では楽ができて嬉しいです」

「おっ、そうですか! この国にはいつまで?」

「明日までです。ウッドさんたちと一緒ですね」

「そーかそーか! それじゃ今夜は、一層張り切らないといけませんね。少しでもこの国の思い出を持ち帰ってもらわないと、サポーター失格ですんで!」

 一層気合が入ったのか、彼の動きはさらにスピードアップする。もはや料理をしているというより、踊っているといった方が適切かもしれない。

「ああなった先輩は、もう手が付けられません。先輩だけに働かせるのは気が引けますが、あれで楽しんでいますし、私たちはお客の立場なので、お言葉に甘えて楽しみましょうか」


 シックザールとセルファは、絶え間なく補充される料理に舌鼓を打ちながら異世界人たちとの交流を楽しんだ。

 彼らの中には、シックザールたちと同様に偶然やって来た者もいれば、何度も来たことがあるという者もいた。行き先を指定できるという異世界人などは、仕事先や旅行先として人気があるとも話していた。またある者は、この国への永住を決めていた。

 この国に対する評価は三者三様だったが、そのいずれもが好意的だった。

「シックザールさんたちも、この国で暮らしてはいかがですか?」そう誘われもしたが、自分には使命があるからと断った。「それはもったいない」「こんなに良い国――いや、世界は他に無いぞ」とも言われたが、白本としての使命を上回るものは無い。

 だからせめて、最後の夜のパーティーを目いっぱい楽しむことにした。本来はウッドとロッコの開催したパーティーなのだが、シックザールは自分のための催しなのだと考えることにした。

「へい、お待ち! マダラウオの刺身にグラットン牛の山賊焼き、七色サラダにの生プリンのチアベリーソースがけっ! ビールとワインはもう少し待ってくださいっ!」

 続々並ぶ料理を、次々口に運んでいく。セルファも食欲が暴走してきたのか、桃色の髪にソースが付いてもお構いなしに箸が進む。

 今までで最も長い夜。飲めや歌え! 踊れや騒げの乱痴気騒ぎはいつまでも、いつまでも続いた。

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