九話【素晴らしい文明】
応接室を出ると、おもてなし課の三人に連れられて歩く。
「ここは、役所の別館になります。異世界から来られる方は、別館の応接室に自動で導かれるシステムとなっています」
この世界に到着した時、いきなりソファーに座った姿勢になっていたのはそれが理由だったようだ。この国の技術力とおもてなし精神に舌を巻いた。
内壁にタイルが貼られた、広く清潔感のある通路を歩く。おもてなし課では黒のスーツの着用が義務付けられているのか、皆似たような服装だった。中には忙しそうに駆け回る職員もいるが、シックザールたちとすれ違う際は必ず会釈を欠かさなかった。
ちらほらとスーツを着用していない人間たちの姿も見える。その多くは、体のどこかに通常の人間とは異なる特徴が見て取れた。腕が四本ある人間、体が鱗で覆われている半魚人、流暢に言葉を発する熊……おそらく、彼らもシックザールたちと同じ異世界人だ。彼らの傍には必ず職員が付いており、腰にはアモルが持つのと同じ金属の筒を帯びている。
「わあ……」
「すごいですね……」
エントランスを抜け、二人は初めてこの国の外の景色を見た。小高い丘の上にある役所からは、この国を広く見渡すことができた。
まるで雲が漂うように、空にはいくつもの大地が浮遊していた。大地の上部には土筆のように、何本もの細長い建築物が立っている。リーベの話によれば、この国の住宅の基本的な形で、中に入れば外見以上の広大な空間が広がっているらしい。異世界からもたらされた建築技術と、空間を操る魔術の合わせ技とのこと。
浮遊する大地と大地を繋ぐように、小魚の群れのようなものが泳いでいる。しかしそれは小魚でも鳥の群れでもなく、車だった。見えないトンネルの中を泳ぐように、何百何千台という車が規則正しく飛び回っている。訊けば、目的地を告げるだけで自動的に飛行するとのこと。その開発にはこの国の人間と、やはりゲストの力があったようだ。
地表に視線を戻せば、緑豊かな原風景が広がる。建物は低く視界が広い。耳をすませば子供たちの笑い声が聞こえるし、空気を思い切り吸い込めば草花や動物の匂いも感じられる。
しかし最も驚くべきことは、頭上を覆う青空も作り物だったということだ。つまりこの国は、とてつもなく巨大なドームに覆われているという話だった。気温・湿度・天気・日差し・季節……全てを自在にコントロールしていると、リーベは自分のことのように胸を張って説明した。言うまでも無く、これもゲストの協力によるものだった。
「文明が十倍の速さで進歩した」という説明を大げさと感じていたが、その景色を見れば頷くほかなかった。
「いかがですか、私たちの国は?」
リーベが尋ねる。思っただけでも伝わるが、この感想はぜひ口に出して言いたいと思った。
「正直……圧巻の一言です。ボクは今までにいくつもの国と世界を回ってきましたが、これほど発展した文明は見たことがありません……!」
「わたくしも同じ意見です。人間が互いに交易をするということは存じていますが、それが異世界も巻き込むことで、このような発展を遂げるのですね……」
二人は心から称賛した。その言葉はリーベたちに快く響いたようだ。
「心を読めるとはいえ、やはり耳から伝わる称賛の言葉は嬉しいものですね。しかし、こんなのはこの国の素晴らしさのほんの一部でしかありません。アモル君、これから先は君にかかっていますよ?」
「はい、承知しています。精一杯役目を務めさせていただきます!」
アモルが気合を入れているところで、目の前の車道に一台の車が滑り込んで来た。タイヤが無く、宙を浮遊しているから音もほとんど聞こえない。汚れ一つない純白のボディが眩しい。
「『Universal Flying Vehicle』略してUFVです。あらゆる言語を理解し、搭乗者の思い通りに運転できます。ご要望があればレンタルも可能ですが、とりあえずはアモルに運転させます」
「どうぞ、こちらへ」
近づくと、UFVのドアが半透明になる。ゲート同様、何の抵抗も無く乗り込むことができた。それを確認するとアモルも運転席に乗り込んだ。
「それでは、良い旅を」
笑顔で見送られながら、アモルはUFVを発進させた。
運転席にはハンドルもあれば、ブレーキ、アクセルもある。その点はシックザールが他の国々で見た車とほぼ同じだが、運転方法は全く異なるようだ。アモルはハンドルを握り、アクセルに足を乗せているが、体はほとんど動いていない。車の衝突試験の人形のようだった。
それを指摘すると、彼は前を見ながら答えた。
「ハンドルは、ドライバーの意志を伝える端末といったところでしょうか。私の脳波や体温を感じ取り、運転や空調を自動的にコントロールします。アクセルとブレーキは、細かいスピード調整に使用する程度ですね。緊急時・手動モード時・UFVに登録されていないポイントに向かう際には必要不可欠ですが」
実年齢は二十代後半とわかっていても、少年の顔と声で流暢に説明されるとどうしても違和感があった。
「私の容姿に違和感がありますか?」
心を読まれたのか、そんなことを言い出した。
「どうしてもということでしたら、遠慮せずにお申し付けください。少しお時間をいただければ、全身整形手術で姿かたちを変えることができます。心を読まれることに気味の悪さを感じるのでしたら、ついでにその機能を停止することもできますが」
「……いや、いいですよ。すぐに慣れると思いますから」
「お心遣いありがとうございます」
それきり何も言えなくなってしまった。全身整形手術が何なのかはよくわからなかったが、ゲストが少し違和感を覚えたというだけで、即座にそんな提案を行えるとは信じがたいことだった。
シックザールも巨大蟻襲撃の後は、全く別の姿に生まれ変わりたいと思うことも何度かあった。しかし、いざ“シックザール=ミリオン”の殻を脱ぎ捨てる機会が訪れたとして、それをためらわず受け入れることはできないとも思っていた。
しかし、アモルにはそれができる。
「どうされました? 気分がすぐれませんか?」
尋ねてきたのはセルファの方だった。アモルも横目で気にしている。
「いや、平気ですよ。ちょっと考え事をしていただけです」
「そうでしたか。それならよろしいのですが」
シックザールは頬杖を突きながら、ドアガラスの向こう側を眺めた。皆が皆自動操縦を使用しているのか、同じ速度でぴったりと並走している。少し視線を遠くに向ければ、鯨のように巨大な貨物車が優雅に空を漂っている。自分が空を泳ぐ小魚の一尾になったような気分だった。
およそ五分の走行を終えると、UFVは一つの浮遊地に到着した。遠くから土筆のように見えていた建物は、近くで見ても土筆そのものだった。植物の土筆は節の部分を袴が覆って膨らんでいるが、こちらの建物は居住スペースとなっているとのこと。茎の部分はエレベーターで、てっぺんの穂は庭だ。
アモルは無数の土筆住宅が並ぶ土地の一角にUFVを着陸させると、滑るような走行で道路を駆ける。そうして、オリーブ色に輝く一軒の土筆住宅の前に停めた。
「到着しました。足元にお気をつけて降りてください」
アモルの手を借りながらシックザールとセルファが降りる。すると道路に亀裂が入り、たった今乗ってきたUFVは地下に収納されていった。
「こちらが、A区画十の九番地です。もしもUFVなどを運転する機会がありましたら、この住所を告げれば自動的に到着します。
お二人もお疲れでしょう。説明はこの辺りにして、中をご案内いたします」




