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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第九章【アルメリアのいない国】
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七話【おもてなしの国】

 真っ白に覆われた視界が徐々に晴れてくる。これもまた久しぶりの光景だ。異世界への移動は何度も繰り返してきたが、新たな世界に到着する時はいつも心が躍る。久しぶりに味わったその感覚は、やはり心地いい。

 視界が晴れると同時に体の感覚が戻ってくる。これでようやく移動が完了した。新たな冒険の始まりだ。


「あれ?」

「あら?」


 シックザールとセルファは、同時に気の抜ける声を出した。なぜだか、自分の目線が低い位置にあるのだ。

 その理由は単純で、二人とも座っているからだった。世界間の移動が終わる時は大抵立った状態なので、座った状態での到着は初めてだった。

 二人が座っていたのは、キャラメル色の革張りのソファーだった。しっとりとした光沢と感触。手で触れれば、革が肌に吸い付いてくるようで心地いい。シミやホコリなどは見られず、高級かつ手入れが行き届いていることが一目でわかった。

 シックザールは所在なさげに辺りを見回した。そこは応接室のようで、ガラスのセンターテーブルを挟んで向かい側にも同じ色のソファーが置かれている。

「ここって、応接室……だよね?」

「ええ。そのよう……ですね」

「偶然ここに来ちゃったってことかな? それとも、ここに案内された記憶がすっぽり抜け落ちてるのかな?」

「どうでしょうか。わたくしには判断ができません」

 二人そろって首を傾げる。今の二人にできるのは、おとなしく現状を把握することだけだった。

 床は木の木目が美しい板張りに、壁と天井は清潔感のある白。天井は高く、照明も無いのに部屋全体が余すところなく照らされている。

 壁には緑豊かな風景と人の営みが描かれた絵画が飾られている。ちょうど十枚飾られており、一枚一枚は小さいが、異なるタッチで描かれた絵画はどれも存在感がある。

 もっと近くで見てみたいと思い、ソファーから腰を浮かせた時だった。


「どうぞ、ご自由にご覧になってください」


 男の声。

 シックザールとセルファは身構えた。この場に男はシックザールしかいないが、当然今のは彼の声ではなかった。

「誰ですか?」セルファが声のする方を鋭い目つきで睨む。その先には壁がある――が、よく見ればほのかに青みがかっている。長方形のそれは、ちょうど扉のようにも見えた。

「扉ですよ。それと、驚かせてしまって申し訳ありません」

 再び男の声。その声は、青色の長方形の向こう側から聞こえてきたように感じた。

「あっ!」

 二人の視線の先、ヒュウンというささやかな音と共に、青色の壁が半透明になる。その向こう側には二人の人間が立っていた。


「ようこそ、私たちの国へ。歓迎いたします」


 そう言いながら、爽やかな笑顔を浮かべた男と、同じく笑顔で盆を掲げた女が入ってきた。まるで「そこに壁など存在しない」と言うかのように、二人は半透明の壁を突っ切って部屋に入った。そうして二人が通過し終えると、壁は元の色に戻った。

 男は鈍い光沢を放つ、仕立ての良い黒のスーツを纏っていた。キビキビとした動作で対面のソファーの横に立つと、二人に向かって深々と一礼。そして悠然とソファーに腰を下ろす。

 一緒に入ってきた、やはり黒いスーツの女性がテーブルの上に三人分のお茶とお茶請けを置く。それは一見普通の紅茶とクッキーのように見えるが、これまでに嗅いだことがない香りを放っていた。

「どうぞ、お召し上がりください」

 今まさに手を伸ばそうとした時、向かいの男は笑顔でそう言った。

「え、ええ。お言葉に甘えて……」どもりながらクッキーに手を伸ばす。一口サイズのクッキーを口に入れると、中からトロリとしたものが流れ出す。それはアルコール分を含んでいて、慣れていないシックザールは一瞬顔をしかめたが、甘くてすんなりと喉を通った。

「美味しいです」そう言うと、男は笑顔を見せた。


 歓迎されているようだが……さて、何を訊こうか。そう思っている間に、男が口を開いた。

「お二人の疑問にお答えする用意は整っていますが、話を円滑に進めるためにも、まずは自己紹介からさせていただきます。私の名前はリーベと申します。以後、お見知りおきを」

 向かいの男、リーベはぺこりとその場でお辞儀する。つられて二人も頭を下げ、自分の名前を告げた。

 しかし、それ以降が難しい。基本的に、異世界では「別の世界から来た」ということを悟られてはいけない。無用な注目を集めるからだ。中には、危うく奴隷や研究材料にするため捕らえられそうになった――といううわさ話も聞く。だからトラブルを避けるため、よその国からの旅人という設定が頻繁に使われている。

 今回もその手で行くつもりだったが、リーベは思いがけない言葉を発した。


「お二人は異世界から来られたのですね?」


 そのセリフには疑問符が付いていたが、確信している口調だった。そう感じた。

「いえ……何のことだか、さっぱり」

 平静を装いながら否定する。しかしリーベは手を突き出し、「何も言うな」と言わんばかりに首を振った。

「隠さなくても結構です。いえ、むしろこの国においては『異世界から来た』と主張する方がメリットがあるでしょう」

「それは……どういうことなのでしょうか?」二人そろって訝しむ。

「これは、お二人のように異世界からいらっしゃった方に必ず申し上げる言葉なのですが……」

 彼はおもむろに立ち上がると、舞台上の役者にように、もしくは飛び立たんとする鳥のように、両腕を広げた。


「私たちの国は――“おもてなしの国”なのです!」


「おもてなしの……国」

 そう復唱する二人の前で、リーベは一仕事終えたように満足げな表情でお茶を口にしていた。

「実は私たちの国――というより、私たちの世界と言った方が正しいでしょうか。この世界は古来から頻繁に、異世界からの来訪者ゲストが訪れていたのです。今現在、この国だけでも二万人弱のゲストがいらっしゃいます」

 その数字はかなり大きく思えた。

 ビブリアの国民たち以外にも、異世界を渡り歩く存在がいるということはシックザールたちも知っていた。しかし遭遇する確率は非常に低く、彼らもまた正体を隠していることが多いので、交流は全く無いと言っても過言ではない。シックザールも、そのような存在と接触した覚えは無い。

「科学者が言うには、世界というものはいくつも存在するらしいのです。それも、各世界は完全に独立しているわけではなく、まるであみだくじのようにつながりあい、未来に向かっていると。だからこの世界は、そのつながりがとりわけ複雑に絡まり合う時空に存在する――そのような仮説が立てられているのです」

「なるほど……すいません、ボクにはよくわかりません」

「わたくしも……理科は苦手なので」

 二人は肩をすくめて降参する。「栞を結んで、混沌の炎で燃やされれば異世界へ飛ぶ」それ以上深いことを考えたことが無かっただけに、考えても理解できるとは思えなかった。

「実は私も、よくわかりません。理系は苦手ですし、この仮説も膨大な仮説の内の一つでしかありませんから」

 そう言って、彼は舌を出していたずらっぽく笑った。

「まあ、理屈はいいのです。事実として、多くのゲストがこの世界にやって来る。大切なのは、そんな異世界からのゲストとどのように向き合うのか。それに尽きます」

 リーベはお茶を一口飲むと、手のひらをテーブルに押し当てた。

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