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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第八章【ともだちの国】
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九話【奮い立つ子供たち】

 この世界に降り立って三日目、つまり、さち子一家の厄介になって三日目の夜。

「さあさあ。ネグロさんも一杯!」

「やあ、これはすみませんな」

「いやあ、酒飲み仲間が増えて嬉しい限りですよ」

「はいっ! シャイニーお姉ちゃま!」

「こっちの煮っころがしも美味しいですよ」

「わかったから、ワタシの自由に食べさせてよ……」

 シャイニーとネグロは、完全に一家に溶け込んでいた。そもそも、いくつもの世界を渡り歩く白本シャイニー装者ネグロは、やろうと思えば人間の心の隙間に潜り込むことは容易にできる。しかしこの一家はよほどお人よしなのか、特に労することなく溶け込むことができた。

 ご飯のおかわりを要求しても、一番風呂に入っても、嫌な顔をしない。ネグロに言わせれば、内心で嫌がっているという様子も無さそうだ。これまでにもいくつかの家族の厄介になった経験はあるが、それでもこれ以上良くしてくれる家族は無かった。

 ただし、例の“カラコロちゃん”について尋ねた時は歯切れが悪くなった。話はしてくれたが、その結果得られた情報はさち子から聞いたことと大差無い。しかし、この町の大人たちもその怪談を恐れ、本気で信じているという点は証明される形となった。


「おやすみなさい」

 一家全員入浴と歯磨きを済ませたところで、さち子一家は二階の寝室で、シャイニーとネグロは一階の居間で床に就いた。数えきれないほどの染みが付いた今の天井もすっかり見慣れてしまった。もしも今更二階の寝室に招かれたとしても、こちらで寝ることを選んでしまうかもしれない。

「興味無かったんじゃないのか?」

 出し抜けにネグロがつぶやく。何のことを言っているのかわからなかったシャイニーは答えるのに数秒かかった。

「……ああ、カラコロちゃんのこと? 別に、興味が無いなんて一言も言ってないわよ。調べても徒労に終わる確率が高いって言っただけで」

「同じことだろう」

 ネグロの声に僅かに怒気が含まれているのを感じた。気のせいかもしれないと思えるほどの些細なレベルだが。

 シャイニーが困惑して口を閉じている間に、ネグロの方が口を開いた。

「君が一言『やっぱり、カラコロちゃんについて調べてほしい』と命令してくれれば、俺は可能な範囲で調査を進めていた。特に今日は、午後からは君が家の中にいて、心おきなく調べることができたのだからな

 それとも……未だに信用できないのか? 自分の従者を」

 思わずシャイニーはネグロの横顔を見た。そこにあるのは、間違いなく、生きる伝説と称される最強の装者の横顔。なのに今の言葉を聞いた時、彼女は全く異なる姿を感じ取っていた。

「……ごめんなさい」

 シャイニーが自ら、素直に謝ることは少ない。普段ならネグロが茶々を入れるところのはずだが、彼は無言だった。自分の主人の、次の言葉を待っている。

「できる範囲でいいわ。アンタ――っていうかワタシたちは、ただでさえ目立つんだから。ベテラン装者の力、ワタシに見せてみなさい」

 フッと、息が抜けるような音が聞こえた。笑ったらしい。

「その言葉を待っていたんだ、ご主人様よ」


 翌日の昼過ぎ、ネグロに「毎日毎日、よく飽きもせず遊びに行くものだ」と皮肉を浴びながら三人で家を出る。

 正確には、この日は遊びに行くのではなかった。きっかけは、一本の電話だった。その電話は、昨日珍しく遊びに来るのを中止したという雄太郎からだった。電話に出たのはさち子で、シャイニーとゆき子は彼女から雄太郎の話を伝え聞く。いわく「大事な話があるから、午後三時に駄菓子屋の前に集合」とのこと。

 三人は約束の時間十分前に、駄菓子屋“あめだま”に到着した。元々は飴専門の店だったが、店主が様々な駄菓子に手を出す内に、総合的な駄菓子屋に変貌したという話だった。しかし飴づくりはまだ行っているとのことで、ここで駄菓子を買うと「飴ちゃんあげるよ」と無料でプレゼントしてくれる優良店ということで、子供人気は高いらしい。

「あっ、来ましたね」

 時間厳守の少年、学が先に来ていた。暑いだろうに、店先の陽が当たるベンチに座っている。確かに、彼が遅刻するというのはイメージするのが難しかった。

「やあ」

「コンチャ」

 五分後には双子外国人も到着する。

「よし! みんな、よく集まってくれた」

「何が『よし!』よ。人を呼び出しといて、自分が一番最後で、しかも遅刻ってどういうことよ」

 さち子が口を尖らせて雄太郎を非難する。彼は十分遅れでようやく到着したのだった。

 彼女の非難の声を無視して、雄太郎は“あめだま”の中に入っていく。肩越しに振り返った。

「今日は急に呼び出して悪かったな。アイス奢ってやるから、好きなの選べよ」

「えっ!?」

 不満を滲ませていた子供たちの目が急に爛々と輝く。その一言は、よほど魅力的だったらしい。

 現金なもので、子供たちの不満は一瞬で解消された。「単純なガキども」と呟くシャイニーの手にも、一本の棒アイスが握られていた。

 店先の青いベンチに子供たちが並んで座る。彼らの目の前では雄太郎が真面目な目つきで腕を組み、仁王立ちしている。その手にアイスは無い。

「“タントーチョクニュー”に言う」慣れていないだろう四字熟語を言うと、彼は一度息を吸う。「俺たちで、カラコロちゃんをやっつけないか?」

「えっ!?」

 一同、全く同じリアクションを取る。ゆき子に至っては、手に持つソフトクリーム型のアイスを落としそうになっていた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」学が授業中の生徒のように、手を上げて意見を述べる。「単刀直入過ぎて、逆に分かりづらいですよ! 一体、何があったんですか? ちゃんと詳しく教えてくださいよ」

「……武志がカラコロちゃんに襲われた」

「えぇっ!?」

 大きな反応を示したのはさち子だった。

 どこかで聞いた名前だなとシャイニーは考えていたが、すぐに思い至った。この世界に来た日、突如路地裏からシャイニーにぶつかってきた少年。その後さち子が現れて、彼の名前が武志であることと、ボーイフレンドであることを教えてくれた。

 なるほど、ボーイフレンドが襲われたとあれば驚くはずだと納得する。動揺を隠そうともしないさち子は、雄太郎に詰め寄った。

「武志君は? 武志君はどうなっちゃったの!?」

「お、おい。落ち着けよ!」

 目の前のさち子をなだめると、雄太郎は全員に向かって言った。

「……残念ながら、噂の通りだったよ。あいつは、断ったんだろうな。俺が何度話しかけても、体を揺すっても、何も反応しちゃくれない。初めて見たけど……あれが“廃人“ってやつなんだろうな。見ている俺まで、病んできそうだったよ」

「じゃあ、昨日遊びに来なかったのは――」

「あいつの所に見舞いに行ってたんだよ。元気無かったのは知ってたけど、まさか、こんなことになるなんて……!」

 思えば、初めて雄太郎に会った時「友達の見舞いに行っていた」と話していた。その友達が武志だったのだろう。

 しかし引きこもっているはずの武志は、理由はわからないが外に出て、そこでカラコロちゃんに襲われたということか。

「俺はそもそも、あいつが元気無くなったのもカラコロちゃんのせいだと睨んでる! きっと怖くって、誰にも――俺にも話せなかったんだよ! このままじゃ、あいつがかわいそうなんだ!」

 雄太郎は手を腰の横で揃えて気を付けすると、思い切り体を前へ折り曲げた。元気少年らしい、恥ずかしいほど素直で全力のお辞儀だった。

「みんな、協力してほしい! これ以上、俺の友達が襲われるのは我慢できないんだ! この中には、武志と仲良くない奴や、ほとんど知らないという奴もいると思う。俺のわがままかもしれないけれど、でも――!」

 そこまで言ったところで、さち子が彼の背中を撫でた。雄太郎は腰を曲げたまま、顔だけそちらの方を向いた。彼女の眼は、子を慈しむ母親のように優しい。

「雄太郎ったら、水臭いじゃない。私たち、友達でしょう? いつもみたいに、遠慮なく『俺についてこい!』って感じで誘ってくれれば良かったのよ」

「で、でも……実際に武志は被害に遭ってるし、危険だと思って……」

「大丈夫よ。怖くないわけじゃないけど、結局、子供を家に帰すだけの相手でしょ? 私たちが力を合わせれば、きっと勝てるわよ! ほらっ」

 さち子に促されて、彼の眼はベンチに座る友達に向く。不意に彼は笑みを浮かべた。

「僕も、実は興味があったんですよ。カラコロちゃんの噂。いい機会だから、僕らで暴いちゃいましょうよ」

「ボクたちも、この国でできた大切な友達が」

「奪われるなんて、許せないもの」

「ゆき子頑張る! こらしめてやるんだからっ!」

「――あっ、ワタシも言わなきゃダメ?」シャイニーは軽く咳払いし、口元を歪める。「正直、武志には個人的な恨みがあるけれど、運が良いわね。ワタシもちょうど、あの怪談に興味が湧いてたところよ」

 感極まったのか、雄太郎は目に涙を溜めながら、「ありがとう! ありがとう!」と一人一人手を握りしめる。

「ありがとう、シャイニー! お前は友達になったばかりだからさ、正直、断られると思ってたよ!」

 シャイニーの白く小さな手が、雄太郎の日焼けした両手に包まれる。熱く、じわりと汗に濡れる手は、不思議と不快には感じなかった。

「そりゃ……そうでしょう?」

 シャイニーが頷くと、後ろで結んだ髪がふわりと揺れる。

「ワタシたち、友達なんだから」

 胸の奥で、トクンと何かが鼓動した。

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