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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
第八章【ともだちの国】
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六話【陽が沈む】

「ただいまー!」

 シャイニー、さち子、ゆき子の三人の声が重なる。ドタドタと廊下を歩いていると、台所からネグロと幸恵が顔を出した。

「帰ったか。いいタイミングだ、もうすぐ昼食ができるぞ」

「ネグロさんってすごいのねぇ。こんなに大きな体なのに、私よりお料理が上手かも」

「なに。わんぱく娘のわがままを聞いているうちに、自然と身についてしまったんですよ」

「あらあら、ご謙遜を」

 家事を通して仲良くなったのか、短期間で二人は意気投合していた。これ以上仲良くなっては幸助が嫉妬してしまうかもしれない。

 昼食はそうめんだった。姉妹が若干うんざりした表情を見せたことから、おそらくこの家では、しばらくそうめんが続いているのだろうと推測できた。しかしシャイニーとネグロの二人にとっては初めての料理だったので、満足げに食べていた。「お姉ちゃまもネグロたんも、そんなにそーめんが好きなの?」とゆき子が不思議そうに眺めるほどだった。


 そうめんを平らげると、三人は朝と同じように、跳ねるように出かける支度を始めた。

「なんだ。また遊びに行くのか?」

「うっさいわね。この二人や、他のガキんちょたちが一緒に遊びたかってるんだから、しょうがないでしょ」

 実際に、シャイニーの両手をそれぞれ姉妹が握っているが、彼女自身もまんざらではない様子だった。その表情を見て、ネグロは何か言おうとして、やめた。

「あら、もうお出かけ?」

「ええ。他の子たちも、もう集まっているはずです」

「そう、それなら仕方ないわね。だけどシャイニーちゃん、日が暮れるまでには帰ってきてね?」

「はい。あまり遅くならないように帰ってきますので」

 ネグロと幸恵に見送られながら、シャイニーは姉妹に手を引かれる形で再び真夏の町に躍り出た。

「……アンタたちのお母さん、ちょっと変なこと言ってたわね」

「えっ?」虚を突かれたようにさち子が振り返る。「そんなこと、言ってましたっけ?」

「『日が暮れるまでに』って。ずいぶん限定的というか、具体的というか。『暗くなる前に』とか『遅くならないように』とかでも良かったんじゃないかしら。ワタシの考え過ぎ?」

 二人に尋ねるつもりで語尾を上げた。しかし二人は、聞こえなかったかのように彼女の手を引くだけだった。


 午後からは七人で魚釣りに向かった。浅川あさがわの少し上流で、こちらの方が水深が少し深いことから中川なかがわと呼ばれていた。無論こちらも、子供たちが勝手に付けた愛称だった。小学生以下が保護者を連れずに入ることは禁止されているが、岸部から魚釣りをする分には問題無いとのこと。

「ほらほらシャイニー! この餌分けてやるよ!」

「ギャーッ! 来んな! 気色悪いっ!」

 釣り道具一式を持ってきたのは雄太郎と学の男子二人組だった。雄太郎の方は釣り用の餌を持ってきたのだが、それは小さいミミズのような虫だった。活きが良いのか、半透明のタッパーの中でわらわらと蠢いていた。初めのうちはおとなしくそれぞれの釣り針に虫を刺していたのだが、シャイニーの釣り針を前にした途端、指でつまんだ虫を急に近づけてきたのだった。

 結果的に、呼吸困難になる一歩寸前でようやく追いかけっこをやめてくれた。

「げえ――はあ――。あのクソガキ、ワタシに恨みでもあるのかしら」

「きっと、シャイニーさんの反応が新鮮で、つい意地悪したくなっちゃったんですよ」

「ボクたちも、最初は」

「ユータローに同じことされてた」

「……このグループから、アイツを追放した方が良いわよ」

 ひと悶着あったものの、その後は親切に釣りのやり方を教えてくれた。シャイニーにとって魚釣りは初めての経験だったが、雄太郎や学の指導のおかげですぐに手順を覚えた。ただし、釣り針に虫を刺すことだけは学に依頼した。

「魚――さかな――サカナ――――」

 午前中に体力を消耗したからか、真夏の熱気のせいか、シャイニーは頭がぼんやりし始めていた。大き目の麦わら帽子のおかげで直射日光は遮っているが、体にまとわりつく熱気はぬるま湯のようだった。水面の不規則な光は平衡感覚と現実感を徐々に奪っていく。ふと周りを見ると、子供たちは真剣な表情で釣り糸の先を見つめていたり、近くを漂う蝶々に興味を引かれたりしている。

 なんでコイツら、こんなに元気が余ってんのよと思ううち、まぶたが重くなり、開けることが敵わなくなった。


「――さん――シャイニーさん!」

「――んん?」

 遠くから誰かに呼ばれている。その声が徐々に近くなり、より明瞭になっていく。同時に、自分の肩が揺さぶられる感覚。

「あっ」

「ようやく目を覚ましたか!」

「ねぼすけさん」

「ねぼすけさん」

 すぐ目の前にあったのはさち子の顔だった。名前を呼び、肩を揺すっていたのは彼女だった。他の面々も、シャイニーの顔を覗き込んでいる。

 雄太郎はハアとわざとらしくため息をつくと、学を親指で指した。

「学に感謝しろよ。もう少しでお前、居眠りして川に落っこちるところだったんだからな。あいつが早く気付いたおかげで、とりあえず釣り具を回収して、その場に寝かしといたんだよ」

「あ……そうだったの? ありがとうね、学」

「え、いや。僕は別に、そんな……」何がそんなに照れくさいのか、学は照れくさそうに自分の頬を掻いていた。しきりに眼鏡の位置を直している。

 落ち着いたところで、シャイニーは風景の変化にようやく気付いた。

 空が赤い。中川も、河原の砂利も、川を挟む土手も、そこに生える草花も、遠くまで広がる街並みも。全てが燃えるように赤い。立ち上がると、山々の稜線の向こうに煌々と輝く夕日が沈み始めている。あと一時間もしないうちに、夕日は完全に地の果てへ沈んでいくだろう。

「陽が沈む……」

 今のは誰の声だとシャイニーが訝しんだが、それは雄太郎が発した言葉だった。それまでの彼のイメージとはかけ離れた、嫌に冷たい声だった。

 気づけば、他の子どもたちも同じように夕日を見ていた。

「何よ。明日になったら、また遊べばいいじゃない」そう言おうとして、口を閉じた。少年少女たちの表情から“恐怖”が見え隠れしていたからだ。

「シャイニーを起こしてる間に遅くなっちまった。早く片付けて帰るぞ」

「うん。みんな、竿は雄太郎に、釣り針と糸は僕に返して」

「ボクたちも」

「手伝うわ」

 子供たちはテキバキと釣り道具を片付け、あっという間にその場は元通りになった。子供らしからぬ手際の良さに、シャイニーは妙な引っ掛かりを感じずにはいられなかった。だから、ちょうど近くにいたさち子を捕まえて尋ねることにした。

「ねえっ。アンタたち、急にどうしちゃったのよ。何をそんなに急いでんの?」

「何って……お昼に言われたじゃないですか。『日が暮れるまでに帰ってきなさい』って」

「それは憶えてるけど、だからって、そんな律儀に約束守ることないでしょ? 少しくらい遅れたって誰も怒らないわよ」

「何を呑気なことを言ってるんですか!」

 唐突な怒声に押されるように、シャイニーは体をのけぞらせた。さち子自身も自分の声に驚いたようで、慌てて自分の口を両手で塞いでいた。

「すみません。大声を出してしまって。それにシャイニーさんは外国の方ですから、知らなくても無理はないですよね」

「……よくわからないけれど、何か事情があるの? ワタシが知らないような」

「それは……そういうことです。あっ」

 遠くで雄太郎が手を振っている。彼の表情にも、どこか焦りの色が見える。他の子どもたちも例外無く。

「詳しい話は、帰りながらお話しします」

 そう言って、彼女は一度唾を飲み込んだ。

「カラコロちゃんの噂について」

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