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100万頁のシックザール=ミリオン  作者: 望月 幸
【プロローグ】
1/163

【終わった国】

 大海原に浮かぶ一つの島で、一人の少年が手を合わせ、黙祷を捧げていた。その傍らには、少年より頭一つ分ほど大きく、若干年上に見える少女が大きな傘を差していた。

 雨が降っていた。ただの雨ではなく、一メートル先も見えないほどの豪雨だ。

 彼らが立っている場所も、元々は島ではなかった。“この世界”で最も高い山で、その標高は五千メートルを超える。それが今では山頂の先っぽしか見えない。水没してしまったのだ。当然、そのふもとにあった街や村は水底に沈んでいる。もしもそこまで潜ることができれば、人間や家畜の代わりに魚たちが闊歩していることだろう。

 この世界は、すでに終わったのだ。

 うねり、飛沫をあげ、跳ねる水面は巨大な生物の胃袋の中を連想させた。空には幾重にも重なった雨雲が敷き詰められ、この世界に蓋をしている。彼らが立っていたのは、そんな世界だ。

 

「一週間、お世話になりました――」


 少年の口から、まだあどけなさの残る声が発せられる。しかしその声は、一瞬にして豪雨にかき消されてしまった。おそらく、少女の耳にすら届いていないだろう。

 少年は、わずかに残された土地をぐるりと見回す。目に入るのは雨、雨、雨。 彼は、まさにこの世界の有様を体現したように、どんよりとした表情を浮かべた。

「やっぱり、雨は嫌いだ……。本能的に受け付けないし、見ていてあまり楽しいものじゃないよね。アルメリアはどう思う?」

 アルメリアと呼ばれた少女は、視線だけ横の少年に向けた。彼の肩が少し濡れているのを目に留め、傘をさらに近づける。彼女の濡れている面積は、少年の十倍に達している。

「わたしも、シックザール様と同意見です。雨は嫌いです」

「その理由は?」

「シックザール様が、雨が嫌いだからです」

「うん、よろしい!」

 シックザールと呼ばれた少年は笑みを浮かべ、最後にもう一度、びしょ濡れの世界を見つめる。そして大きなため息を吐いた。氷点下に達しようかという気温にも関わらず、その吐息は白くない。

 自分の後頭部を軽くさすった。金色の柔らかい髪の陰から、赤い一房の毛束が覗く。

「いよいよ時間も無いね。そうでなくても、これ以上こんなところに長居してたらふやけちゃうよ。早く帰って日光浴でもしたいね」

「その時は、わたしもご一緒に……」

「うん、いいよ」

 ジッと雨を見つめていた彼女の表情が、一瞬だけ暖かくなり、そして元の仏頂面に戻る。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか。しっかりつかまってね」

 シックザールは、アルメリアの腕を自分の肩に回す。それに誘われるように、少女はもう片方の腕を、傘を差しながら器用に回した。

 マントの中に手を突っ込み、少し濡れてしまった手をぬぐう。そして手を握ったり開いたりと体の調子を確かめた後、勢いよく「パチンッ」と指を鳴らした。

 すると、彼の髪の毛が白い炎に包まれた。炎は数秒のうちに全身を包み、その背中で体を抱くアルメリアにも燃え移る。しかし彼らは熱がることなく、まるで春の日差しに包まれたかのように穏やかな表情を浮かべる。


「ありがとうございました。あなたたちの物語は、とても面白かったですよ」


 白い炎が彼らを燃やし尽くした。そこには誰もいなくなった。

 燃えカスも、灰もない。彼らが立っていた場所は、その数分後には完全に水面が覆いつくした。

 人がいなくなった世界には、依然として雨が降っていた。

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