Assiduissimi Ⅱ
>>>颯
いつも見る夢は何処か朧げで、でも目の前にいる少女だけは、そこだけがまるで別世界のように、いつもくっきり輝いて見える。
大きく立派な木の下で、周りを花で囲まれ、太陽から寵愛を受けながら少女は佇む。
その少女に向かって俺はいつも違う名で呼ぶ。見る夢ごとに違う名で、見た目もほんのり違っていて、でもいつも同じ少女。
それだけは何故だかわかっていて、だからいつも笑顔で愛しいその名を呼ぶ。
振り返った少女は笑顔で近寄ってきて――――……
そして目を覚ます。
7時ジャスト。我ながら吃驚するぐらい、いつもと同じ時間。カーテンを開けながら少し伸びをする。そして俺は服に手をかける。
5分後には着替え、顔を洗いに洗面所まですこしまだおぼつかない足取りで向かう。
大体いつも7時20分にはリビングに行く。
いつもと同じルーチンワーク。
「っす、母さん」
「あら、颯おはよう。よく寝れたかしら?」
「ん、まぁまぁ」
「フフフ眠たそうね。あと30分は多く寝れるだろうに、今日も優姫ちゃんの所ね?」
「っせえな」
母さんのにやついた顔をわざと視界に入れないようにしつつ、TVの天気予報を見ながら朝飯を食う。ちっ、今日も残暑が残る暑さかよ。いつになったら冬が来るんだ?
7時45分、朝飯を食い終えて歯磨き、それから荷物をとりに再度私室へ。長い縁側の廊下をぺたぺたと歩く。
7時55分。
「行ってくる」
「はいはい、いってらっしゃい。優姫ちゃんによろしくね」
そんな母さんの言葉を背中で受け止めながら俺は隣の家に乗り込む。いちいち遠慮入らないのはわかってるし、そもそもこの家にはインターフォンがない。ということで玄関から入り、そのまま階段を登って一つの部屋の前に立つ。
《Yuki's room - keep out!!》
「立ち入り禁止…ねぇ?」
クスリと笑いながら、どうせ無駄だろうと思いつつ一応ノックはする。返事は無し。ま、いつものことだがな?
そっと開けて部屋に入る。全体的に赤基調の部屋。唯一のピンク毛布を上から被り、スヤスヤと寝続ける優姫のベッドに腰掛ける。ちっ、いい顔で寝やがって、一体何の夢を見てるんだ?
そのまま寝かせておきたい気持ちをグッとこらえ、静かに方を揺する。
「おい、起きろ優姫。おーい!おい、起きろって言ってんだろ、起きれ。」
最後のは最早叩いてるに近かったが、気にせず揺すり続ける。
「ふぁ……そぉ?」
「あぁ、早く起きないと遅刻するぞ?」
「スースー……」
「おいっ!!」
優姫は俺の手を掴んだまま再度眠りに落ちている。長いまつげと目元に微かに滲んだ涙、無防備な姿にちょっとドキリとする。あぁ可愛い……なんて俺が思ってる事なんてこいつは露にも思ってないんだろうな。
俺は溜息をつきながら渋々もう一度起こしにかかる。遅刻する訳にはいかないからな。
優姫が起き抜けに叫び出すまであと10分。
朝の騒動を思い出しながらこっそり笑う。朝が弱い優姫を起こすのは俺の日課だが、今日はちょっとやばかった。明日はもっと早くに起こそう。
ちなみに当の優姫はというと何やら不穏な空気を漂わせた女子生徒達に呼び出されて今いない。ちっ。さっきから蒼汰や桜がチラチラ俺を見てくるのも鬱陶しいし、行くか。どうせ俺のせいで呼び出されているんだろうしな。
昼休みに入って半分過ぎた頃合で俺は立ち上がる。さて“今日”はどこだ?
俺はしばらくブラブラしながら何となく優姫の気配がする方に足を進める。そして使われていない校舎のある部屋が気になった。
「旧図書室……ね」
扉を開けたらすんなり空いたのでスルリと入り込む。ふむ……ここには誰もいないようだけど……
俺は微かに聞こえる声を頼りに奥の窓を一つ開ける。
「ビンゴ♪」
二階から見下ろすと、丁度真下で優姫とそれを取り囲む10人ぐらいの女子生徒が目に入る。一番前にいる奴なんてうちのクラスの……なんて名前だったか?まぁいい。ボス猿の様にふんぞり返っているやつだ。
俺はしばらくそれを見守ることにする。
「大体あんた何様のつもりなわけ?毎日毎日佐伯君と登校してきて!!」
「勘違いしないでよ、あんたなんてあたしに比べたらそこら辺に生えてる雑草よ、雑草!!」
雑草って……一番しぶといんじゃね?なんて呑気なことを考える。当の優姫はと言うと……うん、他人モード。こうなったら優姫は怖い、というかクールだ。あぁ俺の出番はねぇな?早くもイライラモードに入ったらしい優姫は眉間にシワを寄せ黙り込んでいる。
「ちょっと何シカトこいてんのよ!」
「黙ってればいいと思ってるわけ?」
「調子乗んなブスっ!!」
あ、カッチーン。今のは俺の方がムカついたわ。なんだあの女、優姫に向かってブスとか、てめぇ鏡で自分の顔を見ろよ。
その時ずっと黙り込んでいた優姫が口を開く。
「もう帰っていい?」
「「「は?」」」
ぷっ……帰っていいってなんだよ?
「貴女達さぁ何が言いたいのかいまいちよくわかんないんだけど。とりあえず暴言のレパートリー少な過ぎて笑えるし、というか馬鹿は嫌いなんだよね。」
さらりと言い切り、ふっと笑う優姫。その様子に唖然とする女達。
「結局何が言いたいわけ?あたしが颯に近づくなって言いたいわけ?そんなの無理よ無理」
「無理って…そんなの……許さない」
「別に貴女に許されなくてもいいんだけどね?でも颯ってさ、頼んでなくても毎朝部屋まで起こしに来るような奴だよ?あたしが来るなって言っても来るわよ」
確かに。俺は毎朝の日課をやめろと言われてもやめるつもりは無いな。からかう材料も増えるし。
「ま、毎朝起こしに来る…?」
「部屋まで…?」
いや〜という叫びが重なる。いやいや、いや〜ってなんだよ?
「だからさ、颯があたしを構うのが嫌なら颯に言ってよね。まぁそんなので切れるような幼馴染みの縁ならとっくに切れてるだろうけど」
そう言って最後ににやりと笑う。
あぁこれは優姫の勝ちだな。あとは颯爽と優姫が去って終わり。のはずだったんだが、ここでボス猿が騒ぎ出す。
「あんたなんて――っ!!」
周りの静止を振り切って、綺麗に孤を描いで振りあげられる右手。
「ちっ」
窓をひらりと飛び降りる。そして驚く女達の前でそっと着地する。目の前でボス猿が驚いた顔をしているが、振り降ろされた手は今更止められない。
バチーン!!
「ったくいってぇなぁ」
「さ、佐伯君?!」
ボス猿の振り上げた手は俺が咄嗟に挙げた片腕を赤く染めていた。
状況を把握しているのかいないのか、周りの女達は俺が目の前にいる事に口々に騒ぎ出す。
「ちょ、ちょっと颯?!何してるのよ!!」
「何…ってー騎士の華麗な登場?」
「馬鹿」
あんたみたいな強面が騎士なわけないでしょと言って背中を軽く叩く。
「でもありがとう。腕、血が出てる。保健室に行こ?」
確かに腕から血がたらりと垂れている。ちっ、ボス猿の爪で切ったか?益々むかつく女だな。
「いや、そんな大した事ねぇし。それよりも……」
おい、お前。といつもより低くした声で上から見下ろす。こういう時に身長178cmという高身長は役に立つ。
「は、はい!!」
「てめぇ今、優姫に手出そうとしてただろ」
「いや、あの……その……」
「ごちゃごちゃうるせぇ!!お前ら2度とこいつに近づくな、いいな」
いつもは抑えているドスの効いた声で言う。
「「「は、はい!!」」」
女達が足早に去っていく。中には泣いてる奴もいるみたいだがそんなのは気にしねぇ。
「優姫、大丈夫か?」
「大丈夫だけど……よくここがわかったね?」
「ま、ふらーりと歩いてたらな」
「颯って野生動物?……で?」
「うん?」
「いつから見ていたの?」
鋭く優姫が俺を睨みつける。
「いつからって……雑草?」
はぁと深い溜息をつく。そしてまぁいいやと言いながらくるりと背中を見せる。
「どうせ心配して来てくれたんでしょ?さ、帰ろ」
「おぅ」
これがいつもの日課だったりする。ったく性懲りも無くよくもまぁ次から次へと優姫にちょっかい出す奴が出てくるもんだな。全く気が抜けねぇ。
振り返らずスタスタと歩いていく優姫の後ろ姿を見ながら俺は小さく溜息をついた。