Assiduissimi Ⅰ
「…―――い、おい、起きろ優姫」
「……まらねふひ(⚠︎まだ眠い)…」
「眠いじゃねぇ、学校、遅刻するぞ」
「スースー……」
あぁバイバイ明るい世界。ようこそ夢の世界―――…ってそう世の中は上手くいかないんだよね。
「へぇ、俺がわざわざ起こしに来てやったのに寝るのか?ふーん……じゃぁここで襲われても文句は言えないな。」
耳もとで囁かれるアブナイワード。
・・・・いや、いやいやいや!文句多ありですからっ!!
「ストーーーップッ!!!」
あたしは飛び起きながら妖しく近づいてきていた颯を全力で押し返す。
「ちっ。なんだよ?どうせなら寝ててもよかったんだぜ?」
「いやいや操の危機でしたから」
危ない危ない。冗談に聞こえない冗談は朝からやめて欲しい。って、ん?朝?
「颯……今何時?」
「8時15分だけど?」
愉しそうに笑うこいつが悪魔に見えるのはあたしだけでしょうか神様………この目の前にある男前の不敵な笑みを握りつぶしたい―――…
「なんでもっと早く起こしてくれなかったのォォォ!!」
「あら、颯君来てたのね?おはよう」
「おはようございます」
そういってにこっと笑う颯にお母さんはキャーキャーと騒ぐ。
「もぅ!今日もかっこいいのね!優姫には勿体ないくらいよ。今日も起こしに来てくれたんでしょう?悪いわね」
「いえ、優姫の寝顔を見るのは俺の毎朝の日課ですから」
誰にも渡しませんよと笑う颯にお母さんはまたもや騒ぎ立てる。そんな颯をギロと睨みながらあたしは素早く髪の毛を梳く。どうせ寝顔を見て笑うのが楽しみな癖に。ホントムカつく。
「そんなムカつく野郎に毎朝起こしてもらわねぇと遅刻するお前は何なわけ?」
げっ……もしかして……
「颯ってエスパーだったの?」
「ハァ?お前馬鹿か?お前が心の内をさらけ出してんの、この口で」
そう言って颯はあたしのほっぺを左右から引っ張る。丁度髪の毛を結んでいる最中だから手が離せないあたしはされるがままになっている。
「ふっ、変な顔。」
「う、うっひゃい」
「ったくさっさと着替えろよな。あと10分で予鈴が鳴るぞ」
「うそ、ちょ、ちょっと待ってね颯。見捨てないでね?」
「さーな?じゃ、おばさん、行ってきます。」
「はーい、いってらっしゃい」
そう言って本当に出ていく颯。嘘でしょ、まじで置いていくつもり?この鬼っ!!
あたしは急いでブレザーに着替えて鞄を持つ。玄関の姿見を見てうん。準備完了。今日は体育があるから髪の毛を結んだけど、可笑しくないよね?
「お母さん、行ってきます!!」
「はーい、颯君と仲良くね?」
走って外に出ると門の外で颯がバイクに跨って待っていた。
「ったく遅ぇよ。」
「ごめん?」
「疑問形にするな」
コツンと額を小突いてほらとヘルメットを渡してくる。
予鈴まであと5分。朝のチャイムにこんな田舎の、ましてや山に囲まれた土地で、歩いて間に合えという方が無理な話である。故にあたしたちの学校は乗り物の許可が下りているんだけど……流石にあと5分で着く距離じゃ………
「あの、颯?もう間に合わないし安全運転で……ね?」
「は?馬鹿かお前。間に合わせるに決まってんだろ」
こいつ馬鹿かと心底心配そうな顔で、というか憐れんだ目で見てくる。
「その目ヤメロ!!」
「あーうっせ。どーでもいいからメット被れ」
そう言ってあたしに無理やりヘルメットを被せてくる。
ちなみにこれはあたし専用の赤メットだったりする。
「あぁ神様。明日こそ早起きするのでお願いですから今日命を取るなんて言わないで下さい……」
「阿呆言ってんな。行くぞ、しっかり掴まっておけよ」
そうして颯は盛大にアクセルを吹かすのだった。
「ありえない……」
「フフ。おはよう、優姫。また佐伯君のバイクに乗せてもらってきたの?」
「あ、桜。おはよう。そして大当たり。死ぬかと思った……」
俗に言う主人公席。教室の一番窓側一番後ろ、の右側に座るあたしは前の席に座る親友の桜にげんなりした顔で挨拶をする。
「今日は何時にバイクに乗れたの?」
「あと5分だったから8時25分かな?」
「あら、記録更新ね」
そう、新記録だ。どうしてあんなにカーブが多い道路や、獣道を後ろに人を乗せて走っておいて5分で着けるんだろう?誤解がないように言っておくがあたしもバイクに乗るのは好きだし、そこそこ知識もある。この学校じゃぁそれなりに腕は立つ方だ。けど未だに颯のテクはよくわからない。
「何にしても、間に合って良かったわね」
「そうだな。優姫は俺に言うことがあるんじゃねぇの?」
頭に手を乗せそういう颯に向かって舌打ちをする。
まぁ教室に入ってきたのは気づいていたんだけどね。何しろ女子がキャーキャー煩いから。
「佐伯君だわ。」
「まぁ、今日もかっこいい」
と言った感じに口々に騒ぐ声が聞こえる。
確かに見た目は良いんだけどさ、身長高いし、黒髪をちょこっとだけいじっているヘアスタイルは颯の男らしいイケメン具合を引き立てているし、程よく筋肉がついててスタイルもOK。これ以上ないってくらいの容姿。なのにさらに文武両道ときた。まぁ女子が騒ぐのもわからんでもない。あたしもこいつじゃなかったら騒いでたと思う。
まぁその騒ぎには当然あたしへの恨み妬みの声も混じっているんだけどそこは割愛しよう。
「はいはい、今日もありがとうございました!!はい、席座れ!」
そう言って隣の席に押し込む。
そうなのだ!栄えある主人公席はこいつが座っている。というかあたしたちのクラスはくじ引きで決めているはずなのにこいつはいつもこの席だ。それはというとこの席になった人達は颯に席を(半ば無理矢理に)献上する。女子だけじゃなく男子まで。何なんだこのクラスは。
「ハハ、朝から疲れてるね、優姫ちゃん。おはよう」
「あ、おはよう蒼汰君」
「うん、おはよう。もう少し早く起きたら颯の鬼走りを経験しなくて済むのにね?」
「うっ、それを言われたら何も言い返せないんだけど…」
「あはは、そうだね?というか颯はわざとギリギリに起こしている感があるよね?あ、痛っ」
最後の方は声を落としてたから蒼汰君の話が聞き取れなかったんだけど、どうやら颯からはばっちり聞こえたらしい。「っせぇ」と言って殴ってた。
「ちょっと颯〜本当のことだからといって殴らないでよね〜って言うか最近ますます手グセ悪くなってない?そんなんじゃぁ優姫ちゃんに嫌われちゃうよ?」
「えっ?あたし?」
「っせぇよ!!」
ガツンともう一発。
「ちょっと颯!!蒼汰君が可哀想じゃん!!」
「あ''?」
「睨みつけたって怖くないんだからね!!大体最近の颯は―――…」
日頃の文句をここで解消してやろうと言葉を続けた時、残念ながら朝のHRの時間を知らせるチャイムと、それを同じくして先生が入ってくる。
「まーたお前らは仲良くおしどり夫婦やってるのか?HR始めるからだまれよ」
「ちょ、みっちゃん!!颯と夫婦とかやめてよ、寒気が……」
「てめー優姫!!いい度胸じゃねぇか、表出ろよ」
「な、何おぅ!殺るのか!!」
「「殺らなくていい」」
コツンとあたしと颯はそれぞれ桜と蒼汰にチョップを食らう。
その瞬間教室は笑いの嵐に包まれる。
これがいつもの光景。
陽月高校2年2組の毎朝恒例行事だった。