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coD  作者: 井上彬
第一章 旅立ち
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第五話

 ガタッゴトッガタッゴトッ

 馬車の独特な音をずっと聞いている。

 馬車の内装は至ってシンプルで、腰掛と扉しかない。本当に必要最低限の設備って感じだ。

 俺はルーシーとベリーに対面する形で座っている。

 あれからルーシーたちの話を聞いた。その内容が、まるで漫画の世界の話のようでまだ整理ができないでいた。

 だけど、さっきまでのあの戦いを見ているから、本当なんだろうなって思う。

 ルーシーからされた話はこうだ。



 今から三〇〇〇年ほど前の話。この世界は天界、人間界、冥界の三界で構成されており、天界と冥界が人間界を管理する形で均衡を保っていた。

 しかし、以前から天界――天使を良く思っていなかった冥界――悪魔が天界に攻め込んだ。これがきっかけだった。

 最初、天界が有利だった。戦力差で圧倒していたが、冥界が人間を操り天界を攻め出すとあっという間に形勢が逆転してしまった。

 結果的に神が魔王を倒したため決着はついたものの、お互い痛手を負った。天使は数が極端に減り、悪魔は核となる悪魔が全滅した。

 一時休戦となった。

 しかし、今でも尚悪魔は度々人間界に現れて悪さをする。それに対応するためにルーシーたちが所属する組織ができた。



 ――というものだった。


「悪魔……かぁ」


 無意識の内に言っていた。

 ルーシーたちの敵が悪魔だから、あの不審者も悪魔……だよな。

 自然と納得してしまった。

 相手が悪魔なら並の人間じゃ太刀打ちできないだろう。『鬼の四天王』が瞬殺されたのも納得できる。

 ベリーと悪魔の戦いも早すぎてほとんど見えなかったし。

 あれ、ってことは……ベリーは人間じゃないのか?

 ルーシーも悪魔の攻撃を素手で受け止めていたし……。

 色々考えているといつの間にかベリーから変な目で見られていた。


「変な目してウチらを見ないでよ。寒気がするんだけど」


 身構えるようにして嫌な顔をされた。ルーシーも若干引いている気がする。


「あ、いや、ごめん。考え事してたんだ」

「……考え事?」


 ルーシーが不安そうな顔をしている。


「今日のあれは悪魔なんだと思うけど、武術を体得している『鬼の四天王』でさえ瞬殺だったんだ。並の人間じゃ到底太刀打ちできるとは思えない。だけど、二人は違った。明らかに人間離れしすぎている。人間……なんだよな?」


 人間であってくれと思いつつも、疑問は拭えなかった。

 人間ではなければ、ルーシーもそうだということになる。

 そんな俺を見て答えたのはベリーだった。


「あー、あ、あ。そういうことか。ウチらが疑われてるのか。まぁ一般人があれを見れば確かにそう感じるかもだけどねぇ。ウチはともかく、先輩のことは信じてあげよーよ」


 溜息をしつつ情けない目で見られた。最後の言葉がグサッと刺さった。


「ウチらは人間だよ。ただ、他の人とは訓練の仕方が違うってだけ。ウチらは対悪魔のエキスパートだからね」


 人間。そう聞いて少し安心した。

 しかし、エキスパートだからと聞いても納得はできなかった。

 専門的に訓練しても人間として越えられない壁がある。

 例えば陸上。短距離走を専門的に訓練しても世界記録でさえ九秒の壁は越えられない。

 だけど、ベリーは違う。悪魔と戦闘中、見失うほどの速さで動いていた。

 訓練の仕方の違いでそんなに変わるものなのか。


「あ、その目は信じてないなぁー?」


 …………。

 俺の目って分かりやすいのかな。


「しょーがないなぁ。先輩、説明しちゃってくださいよ!」



 お前がするんじゃねぇーのかよ!



 と、心の中でツッコミを入れたくなくなった。

 ルーシーはルーシーで、しょうがなさそうに溜息をしている。


「それじゃあ説明するけど、訓練方法を説明する前にさっき説明した戦いの後の話をするね」


 そう言うとすらすらと説明しだした。

 まとめるとこんな感じ。



 戦いの後、神は自らの力を使って戦いで傷ついた大地を元通りにした。そしてもう二度と人間が悪魔に操られないように人間一人ひとりの生命の『核』に神の力の一部を分け与えた。その後神の力の残り全てを使い、この世の生物全部に神の加護となる『因子』を与えた、悪魔に対抗できるように。

 ルーシーたちの組織はこの『因子』――『ファクター』と呼んでいるみたいだ――を使って悪魔と戦闘しているらしい。

 意識的にファクターを体内に取り込むことで、通常では得ることが不可能な身体能力や筋力を手に入れることができる。それにより、悪魔と戦える体になる。しかし、ファクターは神の力の一部だったもののため、それを人間の体内に取り込むには負担が掛かる。そのため、最低限の筋肉、体力等が必要になる。人間の体次第で取り込むファクターの量を増やすことが出来、量が増えればその分得られる力も大きいとのこと。

 また、ファクターの量は人それぞれ、生物それぞれである。訓練によりある程度は増やすことは可能だが、先天的なところが大きいとのこと。



「フェクター……ねぇ」


 この話を聞いて妙に説得力を感じた。

 ということは俺にもそのフェクターがあって、訓練一つでさっきのベリーみたいに戦えるってことなのか。

 そう思うとなぜか嬉しかった。ルーシーを守ることができそうで。


「ん? フェクターじゃなくてファクターね?」


 あ、ファクターか。

 真顔で間違えたからちょっと恥ずかしい。ルーシーも少し笑ってる。


「ファクターってすごいんだな。俺も頑張ればさっきのベリーみたいに、高速で動けて、悪魔を吹っ飛ばすほどパワーも上がって、空中も歩けるのか。俺にもできるのか、半信半疑だけどすごいな」


 そう言うと、今度はベリーに訂正された。


「あ、ファクターを使っても空中は歩けないよ。別の理由だよ」


 別の理由……か。

 確かに人間の身体能力が上がったところで、空中に浮けても歩けそうにはないな。浮くといっても、めっちゃジャンプして滞空時間伸ばすとかだけど。


「さっきの話で、『人間一人ひとりの命の核に神の力の一部を分け与えた』ってあったよね? その力を使うんだ」


 そう言うとベリーは右手を顔の前に持っていき、手の平を上にした。


「力は人それぞれ違うんだけど、ウチはこれ」


 その瞬間、ベリーの手の平から数センチ上のところが爆発するかのように発火した。

 そして、ベリーの手の平を中心にして火は螺旋を描き半径一〇センチほどの火の玉になった。


「発火能力なんだ。空中を歩くときは、足の裏で小爆発させる形で浮いてる。すごいでしょ」


 最後に自慢気だったことはおいといて、俺は感動――というより興奮した。俺の目の前で常識を無視したことが起きたからだ。

 原理なんて関係ないかのように、何もないところから火が発生した。

 普通じゃありえないことだ。

 しかもさっきの話では、この力も一人ひとりにあるという。俺にもその力があるんだ。


「な、なぁ。発火能力の他には、どんな能力があるんだ?」


 俺の問いにベリーは自信満々に答えた。


「んー、そうだねぇ。例えば、風を操る能力や水を操る能力など操作系の能力だね。ほとんどの能力はこの操作系なんだ。だけどそれ以外もあって、そういうのを特殊系って呼んでる。例えばねぇ……」


 二、三秒、考えるようにして目線を動かしていた。

 そして、何かを見たかのようにハッとした。


「人の記憶を見たり消したりできる能力があるよ。そう、その彼のようにね」


 彼。

 彼と言われても分からず、頭を傾げた。

 ここには俺とルーシーとベリーしかいないし、男は俺しかいない。

 『彼』が誰か分からずベリーを見ると、ベリーの目線は俺じゃなく俺の隣を見ていた。そこには誰もいないのに。

 ゆっくり隣を見た。


 いた。


 俺は思わず慌てふためいてしまった。

 俺の隣に黒いローブを着た人がいたからだ。

 この黒ローブ、さっきルーシーたちと一緒にいた人か。

 あれ、だけど確か学校で別れたはずだよな……。

 さっきまでと隣にいなかったのに、いつの間に……?


「いつの間にいたんだって顔してるな。五秒ほど前からだ」


 そう言うと、ジュンはフードを脱いだ。

 フードのせいで今まで確認できなかった顔がそこに見える。

 凛々しい顔立ちをしており、顔全体は細く引き締まっている。顔立ちだけなら熱血スポーツバカにいそうな顔であるが、彼の雰囲気からはそんなことは想像できない。妙に落ち着いた感があり、大人な印象を見受けられた。髪の毛はショートぐらいで男の俺から見てもイケメンでクールな感じである。

 こんなイケメンならわざわざフードで顔隠さなくてもいいのになと思った。

 しかし、そんなことよりもいきなりジュンが現れたことに気がいった。


「え、五秒ほど前って言ったって、ここ馬車だぜ? 中の人に気付かれず侵入なんてできないだろ」


 俺が今聞いたことは『普通』のことだ。小学生に聞いても多分『無理』だと答えると思う。

 馬車とはいえ、そこそこの速さで走っているものに音もなく隣に座るとか無理だと思うんだよな。第一、ジュンは俺たちが出発するときは学校に残っていたんだから追い付くにしても時間が掛かるし、走ったのであれば息の一つでも上がるはず。


「お前は馬鹿か。この二人に俺たちのこと説明してもらったんじゃないのか? ファクターが云々って」


 あ。

 そうでした。

 ジュンの登場シーンがインパクトが大きすぎて忘れてた。

 そうか。この人もルーシーやベリーと同じなのか。無理やり納得した。


「ま、そういうことだ。お前、これからこっちに来るなら、もっと頭が切れねぇと生き残れんぞ」


 力のある顔で釘を刺された。

 なんていうか、ジュンはルーシーやベリーと違って歴戦の猛者って雰囲気だな。顔に凄みがある。


「それにな、こんな世界だからとやかくは言わないが、年上には最低限の礼儀は見せろ。俺じゃないが、アルカディアにはそういうのに厳しい奴はいるからな」


 そう言うとジュンは目線を俺から外し、正面を向いた。説教は終わったらしい。

 さっきからジュンに説教されてばっかだな。

 ジュンも若いのにそんな口調じゃ反感買うんじゃないかと思いつつ、ジュンから目線を外した。

 さっきから視界の端で妙にうるさかったベリーを見た。

 声を出さずに口パクで俺に何かを伝えようとしている。

 読唇術とか会得してないけど、なんとなく分かった



(ジュ ン は 四 ○ 歳)



 そう理解して、俺は慌ててジュンさんの方を向いて全力で頭を地面につけた。


「タメ口利いて、すいませんんんんんんんんんんっ」


 こう見えて俺は礼儀を重んじるタイプだからね、うん。どう見えているのかは知らんが。

 ジュンさんは俺の土下座を見て、小さく頷いた。

 それにしても四○歳には見えない。もっと若く見えた。雰囲気なのか顔立ちなのか、二○代に見間違えた。

 けど決して童顔といった顔ではなく、例えるなら新社会人みたいな。

 四○歳といえば、俺の親父が生きていたら丁度同じ年齢だな。生きていたら、だけど。

 そう言えば、ベリーは誰にでもタメ口だな。

 俺にもそうだし、ジュンさんに対しても。見た目は明らか俺より若いぞ。中学生に見える。

 いや、待てよ。ジュンさんも見た目に反してアラフォーだったし、ベリーも実はアラサーぐらいだったり、な。

 それはないか。ルーシーのことを『先輩』って呼んでるくらいだし。

 でもジュンさんがベリーを叱らないのはなぜだろうな。何か訳アリなのか?

 …………ベリーに限ってないか。何も考えてなさそうだし、うん。


「そう言えば」


 ハッとしたかのようにルーシーが切り出した。


「ジュンさんがここにいるってことは、任務の方は終わったんですね」


 真剣な顔をしていた。

 そのルーシーを見て、ジュンさんは頷いた。多分ベリーも、大人しいから真剣な顔をしているんだろう。

 そんな中、俺だけが首を傾げていた。

 ジュンさんと最後に別れたのは学校で、しかもそれからまだ三〇分程しか経っていない。

 漫画とかで『任務』といえば、どっか遠くの地へ行き、そこで何かをしなければならないもので、時間が掛かるものだ。

 短い時間の中でできる任務を考えると、俺はどうしても『学校』を考えてしまう。

 あの後学校でまた大変なことが起きたんじゃないかと、焦燥感に襲われてしまった。

 頭の中にニコラスの顔が浮かぶ。

 そんな俺を見て、ベリーが説明してくれた。


「ジュンはね、さっきの学校で『後処理』をしてきたんだ。それがジュンの今回の任務」


 『後処理』と聞いて、少しホッとした。

 まだ大事な部分は聞いていないが、後処理ということは新しく被害に遭ったわけではないということが分かっただけでも安心した。

 しかし、この任務の内容がとても重要だった。


「ウチらの組織は世界規模で悪魔と抗争しているんだ。世界各地の至る所で、今日学校で起きたことより悲惨なことも起きてるし、被害の大きいケースだと町一つがなくなってしまったなんてこともあるよ。けれど、キールは今まで生きてきて、そういったニュースを見たことがあるかい? 他のみんなが悪魔のことを知ってるかい? いいや、みんな知らない。そんなことを知ってしまったら、世界中がパニックになってしまう。そうならないために、ウチらは『後処理』をしてる。今回だって例外じゃない。多くの人が死んじゃったし、学校だって倒壊してしまった。これを悪魔がしたって知ったら、『次は自分が狙われるかもしれない』という恐怖で人はおかしくなる。その危険性をなくすために、ジュンがみんなの記憶を――――」


「なぁ」


 つい、話を遮ってしまった。

 いや、この先の言葉を聞きたくなかった。

 けれど、遮ってしまったからには言葉を発しないといけない。

 俺は重くなった唇を開いた。


「ニコラスたちの記憶から、俺はもういないのか?」


 どうやったら記憶を消せるのか気になることはあるが、俺の中ではそれどころじゃない。

 返事を待った。

 数秒、沈黙が流れる中、これに答えたのはジュンさんだった。


「あぁ、そうだ。あいつらの中にはもうお前はいない」


 きっぱりと、そして率直なものだった。


「キールのこと覚えているのに、突然キールがいなくなったら事件になっちゃうからね。辻褄が合うように記憶を改ざんするんだ」


 補足するようにベリーが言う。

 言っていることは理解できた。

 今まで友達してきた奴が突然いなくなったら不思議に思うよな。おかん辺りが警察に捜索届出しそうだな。多分、ニコラスもそうだな……。

 今までニコラスのことは少し面倒臭い奴で鬱陶しいぐらいにしか思ってなかったけど、もう俺のこと覚えていないとなるとなんか……な。

 俺がウジウジしていると、そんな俺を見てジュンさんがイライラしていた。


「おい、お前」


 そして今日の中で一番鋭い声音。


「あの時『愛する人のために』とか言ってたくせに、今更他の奴の記憶云々で迷ってるのか? お前の覚悟はそんなもんなのか」


 軽蔑したような目だった。

 そして一言一言が胸に刺さる。

 迷っていたわけではないけど、少し揺れてしまってはいた。

 こっちの世界に来る決心がついたのはニコラスのおかげだ。あいつを見て、俺は決心がついた。

 なのに、そのニコラスが俺のことを覚えていない。そう思うと、付き合いが長いせいもあってコトの重大さを実感してしまう。

 けれどルーシーを裏切るつもりはない。揺れはしたが、ルーシーの傍にいると決めたから。


「少なくとも俺は迷わない」


 そう言ってジュンさんは自分の左腕を力強く掴んでいた。ローブの左袖が少し捲れ、そこから刺青のようなものが見えたがよく分からなかった。

 そんなジュンさんを見ていると、カッコよく見える。

 外見の話じゃなく、中身の話。

 カッコいいよな。

 だけど、ジュンさんはなぜか俺に冷たい気がする。

 会って早々嫌われてしまったのかな。

 少し凹みながら、窓の外の風景を見入るように目的地到着を待った。

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