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coD  作者: 井上彬
第三章 『アレ』無し男
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第三〇話

 気が付くと俺はベッドに横たわっていた。

 見慣れない場所だ。どことなく病院に似ている。

 だが、きちんとした施設ではなく、簡易に作られたテントのような。


「ここは……?」


 周りを見渡すと、俺のベッドの隅でテンダーが顔を突っ伏して寝ていることに気付いた。

 テンダーがいるということは少なくともここは安全な場所なのか。

 すると、人が二人、俺のいるテントの中に入ってきた。


「気が付いたようだね」

「……ここ……は?」

「衛生テントだよ。テンダー隊士より伝令を受け、必要かと思ってね。ちびっ子警備隊ワンダーガリソンズ基地アジトがある郊外だよ、ここは」


 二人とも『蜥蜴』の隊士のようだ。

 一人は全く見たことのない人だった。淡々と説明してくれているこの人は筋肉ガチガチで如何にも強そうな体格だ。

 そしてもう一人。


「……フェイさん!!」

「久し振りだな、キール。カルカラでの任務以来か」


 フェイさんは一ヶ月前、初の合同任務で同じ班に組み込まれた『蜥蜴』の隊士だ。

 まだたった一ヶ月しか経っていないが、なんだか懐かしく思える。


「……どうしてフェイさんが……ここに?」

「俺も今回の合同任務に参加しているんだ。お前たちとは違う班だがな」


 まだ起きたばかりで記憶があやふやだが、何とか理解しようと努めた。

 そうだ、俺は合同任務に参加していたんだ。

 すると、また一人、忙しそうにテントに入ってきた。


「いやぁー、すまないすまない。各班からの報告が多くてね――――っと、目が覚めたようだね」


 彼は俺を見ると表情を一変させ、喜ばしそうに笑った。


「これでやっとクソ忙しいこの業務から解放されそうだ。君には聞きたいことが山ほどあるんだよ。テンダー君に聞こうにも、君をここに運び終えたときに倒れてしまってね。きっと緊張の糸が解けたんだろう」


 この人も淡々と話してくる。

 しかし俺はこの人が誰か分からない。見たこともない。少しずつはっきりしていく意識の中で記憶が甦ってくる。


「あぁ、すまない。そういえば自己紹介がまだだったね。私は今作戦の指揮係を務めているサイモンだ。よろしく」


 サイモンさんはにこやかに手を差し出し、俺はそれに従い握手した。

 指揮係…………そうだ、伝令を出したんだ。


「そして、こっちにいる筋肉モリモリの彼は私と同じ指揮係のマイルズだ」

「マイルズだ。よろしくな」


 マイルズさんとも同様に握手をした。

 伝令を出した後……何があったんだ……。


「フェイくんとは既に知り合いみたいだから紹介はいいね。さて、本題に入ろう。昨日、君たちの身に何が起きたのか、事の経緯を詳しく教えてくれないか。そして、エイベル隊士、他二名の隊士がどうなったのかも」


 その言葉を聞いて俺は思い出した。

 あの日のことを全て。

 ヴィクターさんが……クラッグが…………グレイザー・D・ディカールに殺されてしまったこと。そしてマリーネという女性と悪魔教の教祖。

 そう全てが鮮明に。

 俺は慌ててベッドから飛び出た。


「エイベルさんを助けに行かなくちゃっ! 彼は今どこですか!?」


 気がつけば俺はサイモンさんの胸倉を掴んでいた。


「ハハ……若いっていいねぇ。まぁ落ち着け。焦って真実に辿り着けなくなるのは嫌だからな。とりあえず、隣のテントに移動しようか」


 そうして言われるがまま、俺は指揮係の二人とフェイさんの四人で移動した。

 そこで昨日起きたことを全て説明した。




---




「教祖……か。悪魔教の親玉が出てきたわけか」


 フェイさん、サイモンさん、マイルズさんの三人は顎に手を当て考え込んでいる。

 隣のテントには長机と椅子が何脚かあった。その他にもよく分からない道具や資料があり、ここは恐らく指揮係が機能するための場所だろう。

 三人は俺と対面する形で座り、俺はそこであのとき起きたことを全て説明した。警察署で資料を読み漁り、『アレ』無し保険を調査、『アレ』無し男と対峙し、『ちびっ子警備隊』ワンダーガリソンズと出会う。そして…………。


「しかし悪魔教にこれほどまでの力があるとは想定外だった。所詮は人だと甘く見ていた。まさか悪魔との契約に成功していようとは」

「これではっきりと分かったな。悪魔教は我々の管轄になる。警察だけでは荷が重過ぎるな。だが、捜査は上手くいかないだろう」

「グレイザーの例だな。キールの報告通りならファクターは一般人とは何ら変わらないだろ。その中で悪魔教徒を探すのは困難だ」

「それだけじゃないぞ。マリーネという人物、こいつのように警察に潜入されて証拠を消されることも有り得る」

「……何か方法はないものか……」


 三人とも悪魔教への対策のみ、議論していた。俺が最も気になっているあのこと・・・・には一切触れない。


「あの」


 俺が話を遮ると、三人とも黙ってしまった。

 そして俺の方を向いた。


「話し合われてるときにすみません。俺、どうしても同じ班の仲間のことが気になるんです。エイベルさんは無事なんですよね? 別のテントでピンピンしているんですよね? 早く案内してもらえないですか?」


 三人がエイベルさんのことを俺に話さないのは、彼が元気だから――無事だからだと思った。

 だから先に昨日のことを報告させたんだと。他の可能性を考えたくなかった・・・・・・・・

 しかし異変に気付いてしまった。何もないのならすぐに返事がくると思っていたのに、それは来ない。空気が変わっただけだ。

 段々と頭の隅で嫌な考えがチラチラした。


「…………ハッ――――」


 思わず鼻で笑ってしまった。そんな考えを吹き飛ばそうと無意識に。

 そんな中、サイモンさんが重い口をやっと開いた。


「……すまないな。別に隠してたわけじゃないんだ。何というか……その……タイミングがな……」


 気まずそうな顔をして頬を掻いている。

 なんでそんな顔をするのか理解ができなかった。いや、したくなかった・・・・・・・

 しかし、明らかに状況がエイベルさんのを悟らせようとしてくる。


「エイベル隊士は殉職されたよ。今朝、君たちが戦闘したであろう場所で発見されてね、外灯に鎖で両手を広げて逆さに吊るされていたんだ。まるで十字架を逆さにした――悪魔教のシンボルのようにね」


 それを聞いて俺はその場で座り込んでしまった。ただ、現実を受け止めたくなくて頭の中が真っ白になった。

 その後のことはあまり覚えていない。何かを叫んだ気もするし暴れた気もする。それら全てが夢の中にいたような、そう錯覚している。

 夢なら良かったのに。



 後から聞いた話で、今回の任務でサンミリューの悪魔教は壊滅したらしい。これからはきっと『アレ』無し男の噂も耳にすることはないだろう。任務は成功だ。

 ただ、死者が出た。三名だ。


・エイベル・スタバナース

・ヴィクター・フリヴァラス

・クラッグ・ヘンズリー


 俺たちの班のみだった。他の班からは、負傷者は出たものの軽傷ばかりで死ぬことはなかった。

 俺たちだけが、悪魔教の幹部らしき人物と戦闘した。その違いだ。




---




 任務が終わり、午後九時過ぎ。

 合同任務に参加していた隊士は皆、アルカディアに帰還していた。

 任務の疲れを癒す者、己の実力を知り訓練に励む者、そして、仲間の死を憂う者。皆、それぞれが束の間の自由を手にしている頃、三つの影が共通の意志を持って動いていた。


「ひゃー、夜でも蒸し暑いねこりゃぁ」


 サイモン、マイルズ、フェイ。彼らは『蜥蜴』の三本柱だ。『蜥蜴』の中で三本の指に入る強さである。


「なぁサイモン、本当にその資料ってのがここにあるんだよな?」

「あぁ。ここはアルカディアが創設されてから今までの過去全ての記録が残ってるんだ。お前らもキールの報告にあったあの言葉が気になってるんだろ?」

「まぁ……確かにそうだな。そうだけどなぁ」

「なんだよマイルズ。何かあるのか?」

「いやぁ、俺はデスクワークがからっきしダメだから――――」

「帰れ」


 三人は資料館の中に入っていった。


「今晩は、サイモン様、マイルズ様、フェイ様。今夜はどのようなご用事で?」


 受付嬢が丁寧に挨拶をした。

 それを見たサイモンとフェイは驚いた。


「ほぉ、受付嬢なんていたのか」

「つい先日からでございます」


 よく教育されているようで、礼儀正しい彼女にサイモン、フェイは特に何も言うことはなかった。


「一四年前の記録を確認したいのだが」


 サイモンがそう言うと受付嬢は誰にも悟られない程度に頬をピクッと動かした。


「それならばEの八五三の棚をご確認ください。先客がおりますため、ご迷惑にならないようにお願い致します」

「先客?」


 三人は怪しみながらもそのEの八五三の棚に進んだ。

 なぜこのタイミングで一四年前の資料を調べに来ているのか。キールの報告を聞いたのはここにいる三人だけだ。

 たまたま調べに来たのかもしれない。その可能性もあるが、やはりどう考えてもこれしか考えられない。


 証拠隠滅。


 マリーネという奴が警察に潜入していた例もある。ここに潜入しようと、俺が敵なら考える。

 いや、しかしここの警備は厳重だ。まず門をくぐることさえできないはずだ。悪魔と契約している奴なら……な。

 しかし、目的地に着くとそんな不安も消えてしまった。


「ヴァニッシュ隊士!!」


 一四年前の記録を調べていたのはヴァニッシュという隊士。彼は『龍』の隊士で周りからの信頼も厚い男だ。


「あぁ、これは失礼」


 サイモンはつい大声を上げてしまったこと詫びた。

 それに対し、ヴァニッシュは微笑んだ。


「気にしないでいいよ。僕ならもう帰るとこだったから。君たちはどうしてここへ?」

「私たちは任務中に悪魔教の教祖なる人物が発した言葉が気になりここに来た次第です」

「仕事熱心なんだね。良いことじゃないか。僕はこれで帰るね」


「Have a good night♪」


 そう呟いてヴァニッシュはその場から立ち去った。


「不思議な人……だな」

「「あぁ」」


 三人の中にある意味強い印象を与えただろう。ヴァニッシュ隊士とは不思議な人だと。

 しかしなぜヴァニッシュ隊士は一四年前の資料を……?

 サイモンはその考えを拭った。『蜥蜴』と『龍』、所属が違えば見える世界が違う。故にサイモンにヴァニッシュの考えなど分かるはずもない。


「さぁ、調べるか」


 サイモンはEの八五三の棚のファイルに手を掛けた。

 その時だった。


「ぐぁ……っ」

「…………っ」


 二人の唸り声と共に倒れる音が聞こえた。

 サイモンは慌てて振り返った。マイルズとフェイが地面に倒れていた。

 二人とも意識はなかった。

 なぜ急に二人がほぼ同時に倒れ意識を失ったのか、理解できなかったのだろう。必死に状況を理解しようと努めた。

 しかし焦った状況でそんなことが分かるはずもなく、ただ辺りを見渡したが誰もいない。

 そしてサイモンが首の辺りに痛みを感じると、マイルズ、フェイと同様に倒れ込んでしまった。


「……ど……どうしてあなたが……っ」


 サイモンは失いそうになる意識の中でその正体を見てしまった。

 その者の脚を掴むが、意識が途切れてしまった。


「こいつら、どうします? 殺します?」


 パンプスの音を響かせながらEの八五三の棚に近付いてくる影が一つ。

 その影の主がサイモンたちを襲った張本人に尋ねた。


「殺しはしないよ。殺しちゃったら、この棚に何かがあるって奴らに教えちゃうだろ? だから生かしておく」

「そのままにしておくおつもりですか?」

「そんなことしないよ。まだ『一四年前』のあの事件を調べられたくないからね。記憶を抜く・・・・・んだよ」



 一〇分が過ぎた。

 三人は次第に目を覚ましていった。


「おい。サイモン。起きろっ」

「んあ? なんだ、マイルズ。それにフェイも」

「俺たち、いつの間にか寝ちまったみたいでよ。気付いたら資料館だよハハハ。滅多なことするもんじゃないな。任務が終わったから飲みに行く・・・・・なんてよ」

「飲みに……あ、あぁそうだったな。おかげで酔って資料館に来てたってわけか」

「そうゆうことだろう。受付の姉ちゃんに聞いたらベロンベロンだったらしいからな」

「まぁ……なんだ、帰るか」


 三〇超えた三人が酔って記憶をなくしてしまったと考えると恥ずかしくなってしまい、三人は早々に帰ってしまった。




---???---




 時間は少し遡り、三か月前。

 キールがアルカディアに来て数日のことだった。

 とある街で隊士が一人、捕まっていた。


「ンンンンンンンンンン゛」


 薄暗い部屋の真ん中に椅子を置かれ、その椅子に手足を鎖で縛られ口も塞がれ、何一つできない状況だった。

 所謂、『監禁』。いや、『拷問』と例えるのが正しいのかもしれない。

 その隊士はかなり強い。恐らく彼自身もそう思っているだろう。そんな彼がまるで赤子の首を捻るように遊ばれ、気付いたらこの状況だった。

 そして彼を遊んだ張本人が今目の前に、そいつの仲間であろう人間も彼の周りに大勢いた。

 肉体的な痛みはないが、目の前にいる奴の視線、表情、挙動一つ一つが彼を精神的に追い詰めている。

 こんな子供に……と彼は考えているかもしれない。それほどまでに彼を遊んだ奴は幼い容姿をしている。

 そこに奴と同じ容姿の子供が部屋に入ってきた。


「あー!! また僕の姿で遊んでる!! そんな頻繁に真似・・しないでくださいよ~」

「すまないすまない。この身体の方が色々と動きやすいんだよ」

「ちぇっ。そう言われると嬉しくて断れないじゃないですかぁ」


 小さな子供同士でよく意味の分からない会話をしている。そんな中でも彼は必至に鎖を解こうともがいている。


「こいつ、どうするんです?」

「あぁ、殺すさ。ただその前にすることがあるからな」

「あ、あれですね!」


 彼は一瞬にして縮こまった。自分を弄んだ奴が自分を殺すと言ったからだ。

 ただそれだけで彼はビビッてしまった。

 奴は彼の方を向くと右手を伸ばしながら彼に近付いた。そして、彼の頭に奴の右手が触れるとほくそ笑んだ。


「あぁ~、君、良い能力を持ってるんだねぇ~♪ 見えなくなる能力かぁ。ちょっと覗かせてもらったよ」


 その顔が不気味で、ただの人間にこんな表情が作れるのかと思わせるほど残酷で深い闇を匂わせた。


「クライヴ、儀式の準備を。この能力、是非とも欲しい」

「御意」


 クライヴと呼ばれた男はすぐに動き出し、彼を中心にチョークで地面に何かを書き始めた。

 そしてその数分後、部屋中に断末魔の叫びが響き渡った。

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